−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-三部会-




1789年5月4日、フランスの代表に選ばれた各身分の議員たちが一堂に集まり、国王や王妃と共にベルサイユの町を行進した。

雲一つ無い晴天で、1200人もの議員による行進はノートルダム寺院でのミサの後、サン・ルイ寺院へと向かうことになっている。

行進には楽隊や騎馬隊が華を添え、見守る群衆は熱狂した。


しかしきらびやかな特権身分の議員たちとは違い、黒一色の平民議員のいでたちは一種異様なまでに陰鬱で地味なものだった。

もし彼らが希望と誇りに満ちた表情をしていなければ、その黒々とした行進は不気味な印象さえ与えたに違いない。


実はこの時、宮廷の思惑として、あくまで特権階級と平民とでは身分に大きな違いがあり、三部会において平等などあり得ないという事を暗にしきたりで示そうとしていた。

平民議員の地味ないでたちも取り決められたものであったし、彼らは王への挨拶もおざなりに済まされ、身分の低さを思い知るように仕組まれていたのである。


一方、議員を警護するオスカルはこれから始まる輝かしい未来への第一歩に希望を抱き、号令の声にも張りが出た。

気分が高揚しているのはオスカルだけではない。

兵士たちもいつもより威勢が良いし、アランもたいそう上機嫌で沿道で見守る人々に冗談を飛ばしている。

彼らは時に興奮した民衆からほめられたり怒鳴られたりしていたが、まるでお祭り騒ぎの熱気の中では時間の全てが夢の中のように足早に過ぎていく。


「ジョゼフ殿下も今日はムードン城からお戻りになり、この行進をどこかでご覧になっている。出来ればこのまま良くなって下さればいいのだが」
オスカルはふと遠い目をした。

王太子の病状は相変わらずなのだと聞く。ならば尚更、一時でも病の痛みを忘れるような華やかな行進をお見せしたい。


「大丈夫だよ、神様も三部会を見守っていらっしゃる。きっと殿下を次の王様にして下さるに違いないさ」
アンドレも今日は機嫌がよい。


「では、私は未来の王妃になれそうだな」
オスカルはふっと口の端で笑った。


「はっ?」

アンドレは何か大きな聞き間違いをしたのかと彼女を振り返ったが、ちょうどその時、行進の最後を行くルイ十六世とアントワネットが姿を現し、国王を讃える人々の興奮した歓声に雑談どころではなくなってしまった。


しかしその声の中に、アントワネットを良く言う言葉は聞かれなかった。

オスカルの耳には時折、遠くからオーストリア女という蔑んだ声もちらほらと聞こえてくる。

又、王妃を見ると、その表情はどこかうつろで瞳には落ち着きがなく、見ようによっては、もの悲しそうにさえ見える。

民衆の憎しみを背負っていることは前から王妃も自覚しているはずで、聞こえてくる野次には彼女も少なからず傷ついているだろう。

しかし、オスカルにはその表情が決して批判に耐えているのではなく、王太子の具合が思わしくないのであろうと察し、心が痛んだ。




翌5月5日、ムニュ公会堂にて三部会の開会が宣言された。 

実はこの日、国王がパリではなくベルサイユで三部会を開くと取り決めたことは大きな誤算となっていた。

生活を切りつめて血税を払ってきた第三身分の議員たちは、地方から出てきて初めてベルサイユ宮殿の豪華さを目の当たりにし、感動するどころか胸に憎悪を刻みつけることとなった。

さらに特権階級とはいえ第三身分と立場の近い司祭たちは、昨日の行進で身分の高い大司教たちから同列に並ぶことを拒絶され、大いにプライドを傷つけられていたのだ。


又、公会堂へ入るために特権階級の議員のみが正面入り口から入ることを許され、第三身分の議員たちは狭い脇の入り口からはいるように指示されていた。



「おかしいではありませんか、身分に問わず彼らは国を代表する議員ですぞ、それを通用口から通すとは道理に合いませんぞ」
公会堂入り口の警備に当たっていたオスカルは釈然としないやり方に対し、儀典長のブレゼ候に抗議した。


「これは陛下のご命令である、異議は認めぬ」
ブレゼ候はまるで見下したようにオスカルの言葉を遮った。

「しかし…」


その時、反論をしかけたオスカルの目に、こちらをじっと見つめる平民議員たちの姿が写った。

視線を投げかけているのは、以前 アラスで会ったロベスピエールだった。
うわさに名高いミラボー伯や、平民議員の身分を問うパンフレットで有名なシェイエスもそばにいる。

青白い顔をしたロベスピエールはオスカルを見て、神経質そうな表情を少し崩し、冷淡にニヤリと笑った。

仕方ない、彼の目はそう言っているようだった。



開会式では議員たちから惜しみない拍手と賞賛を受けたルイ十六世に比べ、アントワネットが現れた時は会場全体が波を打ったように静かになった。

会場の誰もが、アントワネットに敬意を表さなかったのである。


しかし彼女はそれでも高く頭を上げ、毅然とした態度を保ち続けていた。

今、アントワネットの頭にあるのは愛するジョゼフの具合のことのみだった。
ジョゼフは今日朝から高い熱を出して苦しんでおり、息子の元に駆け付けていきたい気持ちばかりで、彼女にすれば長丁場の式典など出たいはずもない。

ただ王妃という立場が彼女を縛り付けているに過ぎない。


そんな精神状態でも彼女は張り裂けそうな思いを押し殺し、誇らしげに城内を見渡していた。

何より、ジョゼフに「僕もがんばるからお母様もがんばって」と言われていた彼女は、こんな時に負けてはいられないと自分に強く言い聞かせていたのだ。



そのうち、ついに議員の一人がアントワネットの威厳ある態度に心打たれ、拍手を送った。
すると一人二人と拍手が増え、最後には「王妃万歳」という声が上がったのである。

アントワネットはにこやかに会釈し、席に着いた。



“ジョゼフ、お母様もあなたのようにがんばっています。これほど強くなれたのはあなたのおかげなのですよ、ジョゼフ…”


アントワネットは目の奥が熱くなるのを覚えつつ、心の中でつぶやいた。



その後すぐに国王の演説が始まったのだが、弱々しい口調で議員たちの改革精神を批判し、続くネッケルの長ったらしい形式ばった口上に議員たちはあきあきし、特に遠い地方から出てきた第三身分の議員たちは三部会の意義を早くも見失いそうになっていた。


宮廷は議会による改革など全く望んではいない。

本心は全く逆で、平民どもに改革などさせるものか、させてたまるかかという強固な意志が彼らにひしひしと伝わってきたのである。


よって、開会式においても、肝心なことは誰の口からも語られることはなかった。

全ての議員が平等に一人ずつ投票権を持つのかどうか、又、国の改革をどう進めるのかと言うことについても全く触れられることはなく、三部会は平民議員たちにとって全くあてがはずれたものでしかなかった。



彼らはここでやっと悟ったのである。

勝利を待っているだけでは埒はあかない。自分たちで勝ち取らねばならないのだと。


ただ単に全国から集まっただけでまとまることを知らなかった平民議員は、開会式の絶望を経験することによって一致団結し、理不尽な制度を打ち破ろうと強く決意したのだ。




**********




翌日から戦いは始まった。

平民議員たちはまず州ごとに集まり、そして議員全体でひとつにまとまった。
彼らは身分事に別れて討議する事を拒み、一方の貴族議員らは全く取り合わず、議会は進まず空転を続けた。


貴族議員と平民議員のあいだに入って調停案を出した僧侶議員に対し、貴族議員はこれを拒否し、今度は国王が仲に入ったにも関わらず態度を留保した。

それを逆手に取った平民議員は、貴族議員が議会を止めていると批判した。


又、平民議員たちはすでに、新聞やパンフレットによって世論を盛り上げるすべを知っていた。
彼らは議員の身分による待遇の違いをあばき、広く伝えることによって多くの民衆を味方に付けていたのである。


警備に当たる衛兵隊の兵士たちの間にも、貴族議員への不満が少しずつ出はじめ、士気が下がりはじめていた。

彼らの多くは元々身体が頑丈なので、多少休みの取れない日が続いても警備に支障はないが、ただ、進まぬ議会の様子を知るとどうしても覇気が出ない。


オスカルはその都度、大声を出したり、元気を無くした兵士を鼓舞したり、一瞬たりとも気が抜けない日々がすでに一ヶ月近く続いている。

アランやアンドレをはじめ他の兵士も彼女を補佐してよく動いたが、責任もあり直接兵を統括して指揮を執る彼女自身が結局は誰よりも気力・体力を必要とした。


そんな誰もが疲労を感じていた矢先、追い打ちをかけたのはブイエ将軍の不調だった。

彼は雨の中を狩りに出て夏風邪を引き、ひどい咳をしながら軍務会議に出席した。
議場警備を引き受けるオスカルはこの時やむを得ず彼の横に座ったのだが、遠慮もなくブイエ将軍があちこちに向いて激しく咳き込み、皆のひんしゅくを買っていたのだ。

ジャルジェ家ではまず父のジャルジェ将軍がさっそく熱を出し、オスカルも又、例外ではなかった。

ばあやを心配させてはいけないので寝込むことはしなかったが、さすがに三日ほどは身体の節々が痛み、高熱が出た。




**********




疲れた様子を見せてはいけないと、雨が降っても率先して議場の外を見回るオスカルの姿をアンドレは心配そうに見守り、いとおしさを募らせていた。


雨に濡れると彼女の線の細さはいっそう際だつ。

長いまつげに雨のしずくがからまって少し伏し目がちになると、非常に女性らしく、ひときわ美しく見えてしまう。


「濡れると色っぽくなるもんだな。お前が惚れるのもわかる気がするぜ」
オスカルについてはあまり普段から女性として意識していないアランでさえそう言う。


以前に比べ、彼女が少し痩せたのもアンドレにはわかっていた。

出来るものならこのまま腕に抱いて連れ去り、安全なベッドで休ませてやりたいとも思う。
だが、彼女は決してそれを望まないであろう。


こういう場面では彼は必ず思うことがる。

もし普通に女性として育てられたのだとしたら、このような苦労を背負うことなく、温かい家庭と元気な子供たちに囲まれた平和な生活が、彼女に用意されていたに違いないであろうと。

今も彼女の意志一つで、そのような生き方を選ぶ事は出来る。
しかしオスカルはそれらを振り返ろうとはせず、自ら厳しい道を歩もうとする。


いずれにしても身分の違うアンドレは、彼女が女性として授かる幸せな生活に導いてやることは出来ない。

むしろ男として生きる彼女だからこそ自分もそばに居続けることが出来るのだが、どうにも今の状況を歯がゆく思う。




**********




自由主義貴族のリアンクール公はかねてよりオスカルに目をかけてきた。

特に二人でひざをつき合わせて政治について議論したわけではないし、心情を語り合う仲というほどでもない。

ただ、人に対する接し方や、これからの貴族のあり方について彼はどことなく通ずるものを感じていたのだ。

オスカルがアントワネットのお気に入りだったにもかかわらず、決して取り巻きに加わることをせず、あえて王妃に苦言を呈していたこともリアンクール公は人づてに知っていた。


彼は三部会に貴族議員として臨み、改革に向けて自分の出来る限りの努力をするつもりでいた。

出来れば議会政治を実現させ、国民の声をもっと反映できるように社会の仕組みを変えていく事を望んでいる。

が、その一方で王室に対しても深い尊敬を抱き、王政がこれからも安定して続くことも期待していた。


しかし多くの貴族議員は今の制度を変えることに反対で、国が存続するために多少の税金負担は仕方ないとしても、彼らの持つ絶大な特権を譲るつもりは全くなかった。

そもそも三部会を開いたこと自体が、王室の権力を弱めようという意図だったのである。

貴族の多くは自分たちの権限を増やし、もっと裕福になろうと考えていた。
彼らはすっかり贅沢におぼれ、金遣いが荒いため、少しでも自分の財産が目減りすることを恐れていたのである。


慈善活動を行うリアンクール公は腐敗した貴族社会の現状に疑問を持ち、人道主義的な考えを持っていた。
第三身分に平等な一票を与える事も当然だと考えており、議会の進展によっては貴族の特権も放棄すべきと割り切っている。

彼は議場に入る際も、きびきびと兵士たちに指示を与えるオスカルを見かけると、にこやかに近づいて彼女の労をねぎらっていた。


「今日も全く議会は進展しないだろう。国王陛下が促されたと言うのに、貴族議員の多くは自分たちが動かないことが何より有利だと信じている。何か突破口を開く糸口がない限り、三部会は空転を続けるだけだ」
公は苦笑した。


「私も兵士たちに失望を与えないよう、進まぬ議会の様子を伝えるのはなかなか難しいところです。しかし議会がいつまでもこのまま平行線をたどるとは思えません。彼ら、平民議員の燃えるような意志を公はお感じになったでしょうか。彼らはこの国の民がもっと暮らしよくなることを信じて、改革をやり遂げる決意でございましょう」
オスカルは公に対しては本音を明かした。


「確かに。三部会が始まってからのこの一ヶ月の空転は、対立する議員同士の根比べかも知れぬ。ジャルジェ准将、私も彼らに負けぬようにがんばることとしよう」
リアンクール公はかえってオスカルに励まされ、議場の中へと消えていった。


その姿を見送って、くるりと方向を変えたオスカルだが、突然めまいを感じ、思わずすぐそばの石柱に手を添えた。

風邪をうつされ、先日から少し身体が弱っているのはわかっていたが、ここ数日の、今までにない疲労感には彼女も困惑していた。

空が廻り、立っている地面がいきなり沈んでいくような感覚が治まるまで彼女はしばし肩で息をし、柱に寄りかかるしかない。



ここのところ休みがないのはわかっていた。だがそれは兵士たちも同じである。

自分の弱った姿は見せたくはない。


“貴族議員の中にもあのように立派な志を持った方がいらっしゃるのだ。私も弱気になどなってはいられない”


気力で顔を上げ、さあ元の配置に戻ろうとして振り返った時、彼女は不意に後ろから近づいてきたアンドレに勢いよくぶつかった。

めまいによる耳鳴りのせいで彼の気配に気が付かなかったのだ。


アンドレはとっさにオスカルの腕をつかみ、かろうじて彼女が反動で倒れそうになったのを支えた。


「何をやってるんだ、アンドレ」
彼女は驚いて一歩引いた。


「痛え…」
彼は彼で鼻にオスカルの頭がぶつかり、顔をしかめている。


「…兵士の交代時間が来たから知らせに来ました、隊長」
と言いつつ、実はアランから隊長が見知らぬ男と立ち話をしていると聞かされ、言い訳をつけて様子を見に来たのである。

そうすると柱にすがるように寄りかかり、疲れた様子の彼女がいたので心配して駆け寄ってきたのだ。


「ところでオスカル、どこか具合でも悪いのか」
アンドレはとっさにつかんだ彼女の腕が、前より細くなっているように感じたのだ。


「いや、どこも悪くない。もう行くぞ」
そう言うと彼女はアンドレの脇をすり抜けて行った。


なぜだかわからない。

だが、特にアンドレにだけは弱った自分を見せたくはなかった。
最近では彼がどれほど頼もしく見えていることだろう。

屈強そうな肩や、大きく包み込むような手を見ているだけでも、非常に頼りがいを感じてしまう。

そして以前と変わらず、彼のオスカルを見つめる瞳は穏やかで優しい。
もし彼の前で弱気になれば、たちまちそのたくましい腕の中に崩れて行きそうな気がしたのだ。


今はだめだ、とオスカルは自分の甘えを振り切った。



一方アンドレは、本当に大丈夫なのだろうかと思いつつ、オスカルの後ろ姿を見送っていた。




2006/6/25/



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