−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-変わりゆく世界-



1789年1月、三部会の詳しい内容が発表されたとたん、たちまち全国規模で盛り上がりを見せ、人々は熱狂しはじめた。

大々的に選挙運動が始まり、今年も冷え込みは厳しかったにもかかわらず、民衆の間では改革への期待が過熱した。


国王の定めた選挙規則は非常に自由でおおらかなものであった。
立候補者は自らを宣伝しようとし、国中の至る所で民衆に語りかけるようなパンフレットがばらまかれ、三部会にかける人々の意気込みが明らかに見て取れた。

あれほど民衆に支持され、最後にうち捨てられた高等法院はすでに何をやっても冴えが無く、少しばかり民衆に反抗したもののすっかり勢いを無くし今では完全に無視されていた。




オスカル率いるフランス衛兵隊は三部会の警備の特別訓練に入り、特に多忙な時を過ごしていた。

アランも少しずつ元気を取り戻し、時折冗談なども飛び出してくるようになっている。
嫁さんを世話してやろうかという声もあるが、今のところ彼は気楽な一人暮らしを決め込んでいるらしい。


「そんなことより選挙が始まると大変なことになるぜ、ベルサイユの町も決して安全とは言い切れねぇ」
アランは自分のことに話が及ぶとさりげなく話題を変えていた。


事実、三部会のために各地で陳情書が集められ、各身分による様々な意見が飛び出していた。

特に民衆の間では、陳情書をきっかけにしてこれまで押さえられていた不満への怒りが爆発し、地方では市役所を囲んでデモンストレーションが起き、あるいは略奪や暴動も発生している。


貴族議員が多少の税制改革を容認する姿勢を取ったのに対し、平民層からは身分の平等を求める声が高く、自らの権利を主張した。

特にブルジョア層の者たちは、これからの世の中は経済で実権を握り、現実的に財力を持つ者が栄えることを暗に理解していた。

彼らは三部会による改革を期待し、自らが次の支配者になることを確信し、王室の権威を弱めようとする貴族たちの権力争いを冷ややかに静観していたのである。


又、選挙のシステムは非常に複雑で、尚かつ、各身分ごとにも様々な衝突が起きていた。
それぞれの持つ不満をぶつけ合い、互いに非難しあっていたのだ。

同じ平民同士でも職種の違いや環境の違いで陳情する内容にばらつきがあり、まとめることは容易ではない。


平民である第三身分は財力と権力のある者が圧倒的に優位に立ち、国民の大多数を占める農民を締め出していた。

だが、何より第三身分では法律に強い者たちが議員に選ばれていた。アラスで選出された弁護士のロベスピエールなどもそうである。


貴族議員の選出はとりわけ自由主義貴族には厳しかった。

まだまだ今の制度を捨てきれない彼らは、前進的な考えを持つ者を敬遠したのである。

自由主義貴族として旗手の役目をになっていたラ・ファイエット候などは選挙戦で大いに苦戦していた。

だが貴族の中にも反体制を叫び、民衆に高い人気を誇っていたミラボー伯爵は、貴族議員としては選ばれなかったものの、平民議員として選出されている。


ラ・ファイエット候はすでに少将の階級にいたが、その過激な自由思想が国王の逆鱗に触れ、軍務証書を取り上げられたという武勇伝がある。

貴族の間では自由主義に走りすぎていると陰口も叩かれているが、本人はかねてよりの目立ちたい性格と新しい物好きなので他人の言うことなど気にしていない。

反対にオスカルに対し、どうして議員に立候補しないのかと聞くほどだ。


「私のなすべき事は軍務であり、政治に口出しすることではない」
オスカルは彼の問いにただそう短く答えるだけだった。

ラ・ファイエット候にすればその答えだけでは物足りなかったのたが、彼女には付け入る隙がなく、それ以上深入りして聞くことはできない。


「あれだけ多才な人物が政治に関わらないのは不思議だ、結局、女には政治は向いていないのだろうか」
ジャルジェ家の屋敷から去ろうとしていたラ・ファイエット候はぼそりとつぶやいた。

文武共に長け、ひときわ目立つ容姿と統率力を持つと評価されているジャルジェ准将であれば、議会においてもたちまち頭角を現し、実力者になるに違いない。


だがそれを思えばラ・ファイエットとしては、かえってオスカルが政治に口出ししない方が都合良いのかも知れない。いつも一番の英雄でありたい彼としては、誰であろうとも自分よりは目立って欲しくないからだ。



「才能のある人間は何でも出来るが故に、結局何もなしえない場合があります。ただ一つのことしかせず、ただ一つのことを極めることは結果として強いことなのだと私は思います」
門のところまで彼を送り出しそうとしていたアンドレはさりげなくそう伝えた。


「人生は短い。頭に思い浮かんだすばらしい計画は即実行に移すべきだし、その都度、人々から賞賛され、充実感を得た方が楽しいと私は思うのだがな」
ラ・ファイエットはアンドレの言うことがさもわからないと言わんばかりの態度で肩をすくめ、馬に鞭を打った。




**********




衛兵隊の兵士にラサールという青年がいる。

ジャンやフランソワとさほど年も離れておらず、まだ妻帯していない。

いつもおどおどとしているので時々兵士たちから馬鹿にされたりしているが、根が素直で善良なため周囲は彼を可愛がっている。


本人も隊の中の雰囲気は気に入っているようで普段は何事もないが、ただラサールは酒癖が悪かった。

酒場に飲みに行き、ある一定の量を超えると急に目がすわり、辺り構わずくだを巻くので、誰もが酔ったラサールの世話をする事を嫌がっていた。

アンドレの行きつけの店「熊の手」でも、「もうあいつは連れて来ないでくれ」と言われるほどで、誰彼なくつかまえてしつこくからむラサールは迷惑な客であった。


だが、不思議と彼がオスカルに対してからむことは一度もなく、普通なら直属の上官であれば真っ先に被害に遭うと思われるのだが、正気を失っても近づけないほどジャルジェ准将は威光を放っているのかも知れないと、兵士たちは笑い話にしていた。


聞く所によると彼の亡くなった父も又、酒におぼれ、尚かつ家族にまで手を上げていたのだという。

長男のラサールは下に妹や弟がいたので、何かあると父親の平手は、彼が他の家族をかばって受けていたのだという。

なるほど、彼が何かにつけびくびくしているのはそういうところに原因があるのだなと、オスカルはアランの話を聞いて納得した。




「酒はほどほどにしておくんだぞ、ラサール」
ちょうど司令官室に入ってきたラサールに、オスカルは一言忠告した。


実は注意したのはこれが初めてではない。

今までも何度か失態を目の当たりにするにつけ、何度となく言い聞かせてきたのではあるが、どうやら昨日も酒場で一暴れしていたらしい。
目尻の青あざは誰に殴られたものだろうか。


「わかってるんです。だけど気が付いたら飲んじまっていて、…すぃません。み、みんなに迷惑ばっかしかけて、俺…」
申し訳なさそうにそう言いつつ、彼は胸の辺りを落ち着かない様子で何度もさすっていた。


「何だ、二日酔いか」


「いえ、ちがうんです。これ親父の形見で」
そう言ってラサールが襟元からガサガサと不器用そうに出してきたのは銀色をした大振りのペンダントだった。
ごつごつしたドクロのデザインで、全体がいぶしたように鈍く光っている。


「親父は人付き合いが下手だったんですけど酒が好きで、お…俺はよく怒鳴られてました。子供の頃は親父はもう本当に怖いだけで、今より俺、びくびくしていたんですけど、親父がついに倒れて死んじまう直前に、俺に向かって今まで悪かったと謝ったんです。そいで、これをお守りにしろって」


「親父さんは最後は正気に戻っていたんだな」


「えぇ、今から思うと親父はただ寂しくて心細くて、それを家族にうまく言えずに暴れていたんじゃないかなって。もしその時、俺が親父の話し相手になって一緒に飲んでいれば、きっとうまくやっていけたのにって…」
ラサールは少し言葉を詰まらせた。


「そうか、だけど親父さんの寂しさについてお前が責任を感じる必要はないし、むしろお前が深酒をやめた方が親父さんも喜ぶんじゃないのか」


特に貴族よりも平民の生活のほうが父や母とのふれあいが大きい。

毎日の生活の中で父親が飲んだくれて家族に危害を加えていたのなら、家の中はラサールにとって心が安らぐ場所ではなっただろう。

それでも父を愛そう、尊敬しようとがんばっていた彼の気持ちを思うと、身勝手をしたあげくに亡くなった父親の本心は実のところどうだったのだろう。

父親にも色々あるのだなと、オスカルは思った。



「はぁ、以後気をつけます」


頭を下げるラサールは父親のことを語るとひどく疲れた様子だった。

時には恐れ、憎んだ父を今は「かわいそうだ」とまで思えるのだが、皮肉なことに彼自身が父親とそっくりな道を歩んでしまっている。

父に対する様々な感情は、彼の中で今も渦巻き、落ち着いていないらしい。




**********




蹄鉄職人のジャンは昨年の8月に死刑判決を免れてから人を避けるようになっていた。

事件は彼にとって心身共に大きな痛手となっていたが、それに追い打ちをかけるようにして、彼のことを政治的に利用しようとする輩がどこからともなく現れ、亡くなった父と彼の事について何の配慮もなく質問攻めにしていたのである。

あるいは新聞記者たちも今のジャンの近況を紙面に載せようと、遠慮なく工房にやって来た。
工房の職人たちは息子同然のジャンをかばい、ついにはできるだけ人目に付かないように彼を隠していたのだ。


アンドレは何とか職人に頼み込み、彼に一目会って励ましたいと伝えていたが、「実は今はここから離れてた所にいて、しばらく帰ってこない」と取り合ってもらえない。

とりあえず励ましの伝言だけは伝えたものの、彼をいたわる気持ちがちゃんと届くかどうかは全くわからない。
事実、ジャンは近くにはいないかも知れなかった。


浮かぬ顔で屋敷に戻ってきたアンドレはオスカルの自室に呼ばれ、先日ディアンヌからもらった船の絵を壁に掛けて欲しいと頼まれた。


「あの親父さん、亡くなったのは気の毒だが、ジャンも気の毒だ。親父と息子というのはそんなに抜き差しならない関係なのかな。俺の親父はおぼろげな記憶ながら優しかったような気がするんだが」
アンドレは道具箱から釘を取り出し、作業を進めながらジャンに関する事の顛末をオスカルに語りはじめ、ふと自分が思っていたことをつぶやいた。


「そんなものかも知れぬ。私も父上や母上のためにこそ自分はしっかりせねばと思うこともあったし、時には私の生き方を決めつけ男として生きろと言った父を、身勝手と思ったり不信感を持ったこともある」


「オスカル…」
振り返ったアンドレの顔が一瞬曇った。

彼はオスカルを見守り続ける中で、何度か彼女が無理をしていたのではないかと気になることがあった。
その都度、オスカルはきっと困難を乗り越えていくだろうと信じ続けてきたのではあるが、本人の口からかつての想いを聞くと、やはりそうだったのかと思わせられる。


「安心しろ、今はそうではない。昔のことだ」
オスカルは少し笑った。


「心配なんてしてないよ。いつもひとこと多いからはらはらすることはしょっちゅうだったけどな」
誇らしいこと、苦しかったこと、さまざまな過去の出来事を乗り越えてきた彼女だからこそ、今となってはアンドレも安心して話を聞いていられる。


「父上や母上には感謝しているし、栄光ある地位に立てたことも両親のおかげだ。だが…以前のように宮廷のためにこの身を捧げようという一途な想いが、少しずつ変わってきたのは自分でもわかっている」
オスカルは一旦、言葉を切った。


彼女は父によって用意された道ではなく、自分らしい生き方を探そうと宮廷を飛び出し、自分の意志によって動くことを知った。

そのうち、今までの自分が背負った運命に対するわだかまりもなくなり、いつしかこの国の民を守りたいという気持ちをはっきり自覚するようになってきていたのだ。

今、世の中は大きく変わろうとしている。
古い制度を取り壊し、人々が暮らしよい世界を築くために、もし自分の力が役立つ機会があるとすれば、それは素晴らしいことではないか。

この先色々なことが起きるだろうが、このまま穏便に改革が進むことが何より彼女の願いだ。


「自由に物事を考え自由に動くということは、父上が言うように決められた道を歩いていたならば考えもしなかったことが起きる。時には必要以上に物事を考えすぎてしまうし、自分の心を偽ったり押し殺したりすると、たちまち心は萎えてしまう。自由とは素晴らしいものである反面、ジャンが自由を口にしたために父との確執が起きたのであれば、考えようによっては残酷なものだ」


「もう少し右が上かな」
アンドレは彼女の話を聞きながら、壁に掛けた絵がちゃんと水平かどうかを確かめている。


「いや、ちょうど良いぐらいだ、そんなものでいい」
オスカルは船の絵が好きだった。

大海原を自由に進む船は、今の彼女の気持ちを明るくさせた。


アントワネットへの固い忠誠心と、引き裂かれるような自分の気持ちの間で葛藤し、苦しんだ事もあった。

あの日、アンドレの激情を知り、戸惑う自分をどうしたらよいのかわからない時期もあった。

又、衛兵隊で兵士たちの不信感あらわな目と対峙することは、今まで以上に自分の強さを必要とした。

だがそれらは自由を選んだからこその苦しみなのだ。

行き先を自分で決めるからこそ、悩みも生じ、捨てていくものへ痛みを感じるのは当然なのだ。


宮廷の空気で自分ががんじがらめになっていると感じていたあの頃と今とでは全く違う。

部下との衝突も今では懐かしい。

敵ばかりと思っていた中で唯一アンドレが味方になり、影で見守り続けてくれていたことも心強かった。



「おまえがそばにいてくれて本当に良かったと思っている。アンドレ」
オスカルは伏し目がちに言った。


「よせやい、絵を掛けたぐらいで…」
アンドレは照れ笑いをしながら部屋から出て行った。




何もそこまで勘の鈍いアンドレではない。

オスカルかただ単に絵のことでしんみりしたのではないことぐらいわかっている。

もし彼らが互いに惹かれあった恋人同士で、越えなければならない壁が何もない間柄であれば感情が一気に盛り上がり、この場で強く抱き合っていたのかも知れない。


だが、アンドレにはオスカルを二度と傷つけまいという強い決意があった。

そして一方のオスカルにも又、彼に対して素直に気持ちを開くことをためらう理由があった。

単にジャルジェ家の跡取りとして生きる自分にアンドレを巻き込みたくないわけでもない、そして身分の違いによるものでもない。

彼女はアンドレへの気持ちが高まるに付け、かつてフェルゼンに心を寄せて彼を深く傷つけたことにわだかまりを感じ始めていたのである。


アンドレが部屋から去った後、オスカルは大事なことを言いそびれてしまっていたことを後悔していた。



今までありがとう。



その一言を、一度ちゃんと彼に言葉で伝えたかったのに。

心の自由を感じているはずなのに、まだまだ自分の気持ちはままならない。
自分で自分がもどかしい、そんな思いでオスカルは唇をかみしめた。




**********




選挙戦が始まると共に世の中には、自由・希望・変化という情熱を燃やす言葉が勝手に踊り出し、政治活動を促すパンフレットが舞い飛んだ。

中でもシェイエスの「第三身分とは何か」というパンフレットは身分制度の不公平さと平民の権利を訴え、民衆に政治意識を植え付けた。


又、「国王は名もない住民からも要求を聞く事を希望している」という、あくまで形式に過ぎなかった触れ書きの言葉を、民衆は自分たちに都合の良いように勝手に解釈し、いっそう熱狂した。

それらの言葉は疲れを知らぬ人々の活躍で、どのように貧しい者の耳にも届いたのである。


さらに、不満を抱えていた民衆は選挙戦による高揚した気持ちを持てあまし、感情的になっていた。

この年は特に冷夏による作物の不作、そしてイギリスとの通商条約により国内に工業製品が流れ込んだことで失業者が増えており、生活不安を抱えた民衆は、小麦が高く積み上げられているであろう貴族や富豪の屋敷の食料倉庫をねたましい気持ちで見上げていたのである。


あちこちで治安が悪化する中、パリ市庁舎からの依頼もあり、衛兵隊のパリの留守部隊にオスカル率いる中隊が増援で駆け付けることが多くなった。

特にパリでは仕事を求めて流れ込んだ労働者が増え、中には労働者のふりをして良からぬ事をたくらむはならず者も入り込んでいる。
市民たちはまず安心できることを望み、町の警備強化をして欲しいと、市長に何度も苦情を述べていたのである。


要請を受けて巡回をしていると、強奪や暴動の場面に駆け付けることが多々ある。
たいていは軍隊が出動すれば何とかその場は収まるのだが、また別の所で暴動が始まる。


オスカルたちが忙しく動き回り、次に伝令を聞いて駆け付けたのは、金貸しの食料倉庫だった。
よほど憎まれていたのか、金貸しは銃で撃たれ、すぐに病院に担ぎ込まれたのだという。

「暴徒は銃を持っている。皆、気をつけて決して隙を見せるな」
そう言ってオスカルは先頭に立って駆け付けていった。


「相手が男じゃなくて、敵に突撃するのは好きなんだな、お前の隊長さん」
アランはアンドレの横に馬を並べて言った。


「こんな時に冗談はよせよ」
つい真顔で返すアンドレだが、たとえ賊が銃を持っていようと早撃ちの腕ではオスカルにかなうはずがないのは彼が一番よくわかっていた。




**********




現場に到着した時、強奪にあった倉庫は暴徒に荒らされている所だった。


「引け、引け。ここから出ていかないと捕らえるぞ」
アランはここぞとばかりに先頭に躍り出て人々を蹴散らそうとした。

暴徒とはいえ決して盗賊とは限らない、集まってきているのは子供に食べ物を与えようとしている飢えた民衆なのだ。


「あっ、エドモン!」
その時、暴徒の中に知人を見つけたため、アランの脇をすり抜けて暴徒に近づいて行ったのはラサールだった。


「おい、ラサール。気をつけろ」
アランは叫んだ。ラサールが知人に気を取られて隙だらけなのがわかったからだ。


しかしその瞬間、一発の銃声が響いたのと同時に、ラサールの体は衝撃で後ろにのめり、ドサッと音を立てて馬から落ちた。


「ラサール!」
アランの叫び声と共に続けてもう一発の銃声が大きく響き、今度は暴徒の中にいた怪しい覆面の男が肩から血を流して倒れ込んだ。

オスカルが間髪おかずに応戦したのである。


兵士たちはすぐに我に返り、アランに率いられて暴徒を蹴散らしていった。
暴徒を煽動していた賊が倒れ、統率力を無くした人々は逃げ腰になっている。

その間にオスカルは全体を警戒をしつつアンドレに指示し、ラサールの手当を頼んだ。

飛び出していったラサールが銃で撃たれて倒れ込んだのは誰にも止められないことだった。

駆け寄ったアンドレも、彼が深手を負っているに違いないと思ったのである。

あわてて抱き起こし、一刻も早く怪我の具合を確かめようとした。


「親父が…親父が守ってくれたんっす」
ラサールは落馬の衝撃でぐったりしており、意識はあるものの頭を打ったのか訳のわからないことをつぶやいた。


暴徒がちりぢりに去ったので今度は皆が彼を囲んで見守ったのだが、怪我をしていないと知ると全員が首をかしげた。

ラサールは大粒の涙を流しながら、襟元から重たそうなペンダントを取り出した。


「これに…、これに…弾が当たって…」
後はもう言葉にならなかった。
ドクロのペンダントは銃弾から彼の心臓を守り、身代わりとなって無惨につぶれていたのである。


先日ラサールの話を聞き、彼の父親の真意を量りかねていたオスカルだが、この時ばかりは偶然の出来事とは思えなかった。

今は亡き父親が彼を守ったとしか考えられなかったのである。




**********




「あれからラサールの酒癖は治ったらしい。良かったよ、本当に」
後日アンドレは、司令官室にいたオスカルに報告した。


「うむ、それは良かった。神様も粋なことをなさるものだな」
つい椅子から立ち上がるオスカルも又、笑顔を見せた。


「ラサールの運が良かっただけだよ。あいつ、ああ見えて悪運強いからな」
アンドレはあきれたように腕組みをした。


窓の外では、雲の切れ間から幾筋もの光が地上に差し、あたかも天の父が永遠に穏やかであることを示しているかのようだった。




2006/8/30/


up2006/9/9/up


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