−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-過去と未来-(前編)




王室の期待を受けて、再び財務総監の座に着いたネッケルは力強く社会の混乱に立ち向かおうとした。

縮小された高等法院の権限を元に戻す事、全国三部会を指定した期日に執り行う事、これらの民衆の要望を満たして、ひとまず事態を沈静化しようとした。


結果としてパリでは民衆が熱狂し、ラモワニヨンとブリエンヌの人形を焼き、暴動が起きた。
それに乗じた高等法院はさらに民衆を扇動し、鎮圧しようとした国王軍を非難し、最後には部隊を撤退させた。

だが、民衆の力を借りた高等法院の勢いはそこまでだった。


ネッケルは三部会において、第三身分の議員を、特権階級である貴族と僧侶議員を足したのと同数にすることを提案したが、その考えは特権階級には受け入れられなかった。

法服貴族である高等法院、そして他の貴族や僧侶たちは三部会で多少の増税は認めざるを得ないと考えていたが、決して民衆のためではなく、目的は王権の縮小にあったのだ。


しかし民衆は違った。

イギリスやアメリカのように、自由で平等な社会、あるいは議会政治を熱望していたのである。
だが、さすがのネッケルにも様々な顔がある。

幅広い層に支持されている分、彼は様々な立場の相手とつきあいがあり、単に民衆の言いなりになる事も出来ず、かと言って貴族をないがしろにする事も出来なかった。


又、議員を選ぶに際して、昔の三部会の形式の通りにすれば権力者が幅をきかせ、真に大多数を占める第三身分の者たちは議員に選ばれるかどうかも怪しく、そうなれば声を上げる事も出来ない。

そして従来の形式では身分ごとに討議し、議決も満場一致でなければならないという非合理的なもので、全く現実を無視していた。


ネッケルは両者の板挟みになり、さらに従来形式の不備をどう改善するかを悩み、なかなか解決法を見いだせないでいた。


そうやって彼が迷っている間に9月に入り、高等法院は全国三部会において、従来通りの方式で執り行うと決定し、民衆からの支持を一気に失ってしまった。


パレ・ロワイアルでもそこかしこで街角の弁士たちが熱弁を振るっていた。
彼らは民衆に対し、愛国者や人民と呼びかけ、高等法院の裏切りに怒りを表明した。

オルレアン公の命により、無法地帯になっていたこの回廊は、警察も簡単に出入りできず、過激な意見もまかり通っていたのである。




**********




ディアンヌの嫁入り話は意外なところから順調に進んでいった。

アンドレがベルナールに何気なしにディアンヌの話をしたところ、独身の同僚がいて結婚相手を探しているのだという。

ユルバンという青年で、すでに両親もなく世話をする親戚もなく、なかなか女性と知り合うきっかけがないが気のいい奴だと言うので、疑りまなこのアランを説得して一度会ってみる事になった。

ユルバンは栗色の巻き毛が可愛い印象で、服装が少し野暮ったい感じがしないでもないが、年齢よりも若く見える。

だが、話してみると非常に落ち着いており、アランも好印象を持った。


案外、周囲より当人同士は冷静で、お互いに相手の性格やら容姿などを見て、初対面から惹かれるものを感じあっていた。

そしてすぐに意気投合し、三ヶ月ほどでついに結婚を決めるまでに至った。

結婚式に着るのだという晴れ着を身に当てて、嬉しそうにするディアンヌの笑顔は以前にも増して美しくなっていった。


ところがそうこうしているうちに、前から寝付いていたアランの母親の具合が急に悪くなり、一週間あまり意識朦朧となっていたかと思うと、ろうそくの火が消えるように静かに息を引き取った。


さすがに猛者のアランも号泣し、それでもディアンヌの嫁入り先が決まって安心して逝ったに違いないと何とか自分に言い聞かせていた。


初めてアランの家に行ったオスカルは、庶民の暮らしぶりを見ていつものように暗い気持ちにさせられるものと思っていた。

しかしディアンヌは涙をできるだけこらえ、アランも又、愚痴をこぼすことはしなかった。


毎日、母の世話をしていたディアンヌも深く嘆いてはいたが、自分の結婚相手が見つかるまでがんばって命を長らえさせてくれていたのだから、かえって感謝していると言い、彼女はユルバンのことをますます運命の相手だと確信しているのだと言う。


確かに暮らしが貧しいことで、アランの母親の命は思ったより縮まったのかも知れない。

だが、娘の結婚を見届けて逝った母を今は静かに見送りたいのだというアランの気持ちが周囲にも伝わっていたらしい。

近所の人々も訪ねてきてはアランの肩を叩いて慰めていた。



オスカルはこの日、ディアンヌと初めて間近で対面したのだが、夢見がちで幼い印象の少女だとアンドレから聞いていた通り、どことなく頼りなさそうな外見をしていた。

これからの生活は大丈夫なのだろうかと少し心配すらさせられる。


ところで彼女はこの時、アランの家の中に古ぼけてはいるが立派な調度品が並んでいるのに気が付いていた。
壁の絵やビューローなど、細工も凝っていてそれなりの価値がありそうだ。

そしてアンドレから「ディアンヌの嫁入り時の持参金にするために置いているらしい」と聞き、妙に納得した。



だが、ふと目に止まった壁の絵を見つめていると、オスカルはいつか見たような気がして、ついじっと見入ってしまった。

よく晴れて穏やかな海を渡る帆船の絵で、どこにでもある構図だ。

多分、昔に似たようなものを物語で見たのだろうとしばらくぼんやり眺めていると、突然彼女ははっとある事を思いだした。

確かに何かの拍子に子供の頃の記憶がよみがえることがある。



まだオスカルが夢と現実の間にいたような頃、すでに跡取りとして厳しく接していた父のレニエは、何かあるたびに彼女に対して、跡取りの責任をたたき込んでいた。

一方、当時の彼女は剣や銃を習い始めてさほど間が無く、本で読んだ大航海時代の船長や、大海原を渡る海賊に憧れていた。


「父上、私はいつか船で世界を回り、多くのことを見聞したいと考えています」
オスカルは父に教えてもらった自分の武術が通用するかどうか、無邪気な冒険心で世界中を旅して試したかったのである。

強い相手に立ち向かい勝利する世界に惹かれていることを、子供心に父に知らせたかったに過ぎない。

むしろ、父の教育を信じていたからこそ、誇りを持って言ったのである。


だが、父の返事は予想外のものだった。

ジャルジェ将軍はオスカルを噴水の所に連れて行き、いきなり抱え込んだかと思うと、頭から水に放り込んだ。


「何を寝ぼけたことを言っているのだ。旅や冒険などというものは、ならず者にさせておけばいいのだ。お前はジャルジェ家の跡取りなのだぞ。王家のそばに仕え、命に代えてでもお守りすることが何より大切だと、私がいつもいつも言っていることを忘れたのか!」
父は顔を真っ赤にして激怒していた。


オスカルはその間、冷たい噴水の中で動くことさえ出来ずに沈黙していた。
びっくりしたあまり、涙も出なかった。


父はきっと喜ぶと思っていたのに、逆に怒らせてしまった。

そして自分は何が何でもフランス王室を守らなければと改めて気付かされ、この水の冷たさを心に注ぎ込むようにして固く決意したのである。

だが本当のところは、怒る父が怖ろしくて水の中から出られなかったというほうが正しいのかも知れない。




**********




三部会の形式について、どうにも判断に迷ったネッケルは名士会に頼る事にした。

11月には第二回名士会が開かれ、その場で王族たちは今こそ王権が権威を示すべきと勢いづき、第三身分の倍増にこぞって反対した。

しかし民衆は王族が言うように決してルイ十六世をないがしろにしていたわけではない。
国王あってのフランスだと主張し、王族たちの声をかき消した。


そして各地では混乱が続き、特権階級と第三身分の者たちは自分たちの権利を守るために衝突したのである。

中には貴族でありながら自らの特権に疑問を抱き、法の下の平等と税金を納める事を宣言する者も出てきていた。

民衆はさらに、高等法院の腐敗した内部事情を糾弾し、彼らの特権が今後縮小されるべきだと声高に訴えた。



**********



ジャルジェ将軍の元部下にエステルハージ伯爵という人物がいる。

彼はいまもジャルジェ家には時折顔を出し、宮廷の様子などを語って帰っていた。
顔も広く社交的な男で、たいていの所に出入りしているが悪いうわさを聞くことはない。

話し方も親しげながらきちんと距離を置き、好印象を与えている。


オスカルが王妃付きの士官だったこともあり、衛兵隊に転属してからも、彼女が王室やアントワネットの様子を気にしていることを伯爵はそれとなく気が付いているのか、特にオスカルに対しては王妃の近況などを語っていた。


彼はポリニャック夫人と同じく、アントワネットの良き話し相手になっていた。

王妃の取り巻きの一人だったが、彼は純粋に友達としての態度を持ち続け、王妃を励まし、出来る限り彼女の耳に悪い出来事は入れないように心がけている。


聞けば、以前は王妃がプチ・トリアノンに入り浸ることを快く思っていなかった国王なのだが、最近は頻繁に出入りし、共に食事まで取っているという。

元々、国王になる予定ではなかったルイ十六世は、本音を言えばしきたりに縛られたくないらしく、結局はアントワネットの行動に影響されていた。

おかげでベルサイユ宮殿で手持ちぶさたになった給仕の者たちは、宮廷でのしきたりの役目を担っていたはずの貴族たちと同様に、国王や王妃が不在のために自分の役割を果たせずに自尊心を傷つけられ、ますます王室離れに拍車がかかっている。


かつて、王妃の着替えも化粧もしきたりにのっとっていた。

だが、肌着一つ身につけるまでに何人もの手を経て王妃に渡される手順は非合理的でまどろっこしく、アントワネットはいつも苛立っていた。

化粧は公開され、王族や士官である男性も参加するし、宮廷貴族に対する朝の挨拶もやたらと長くて儀式ばっている。
毎昼食の様子も一般に公開され、王室の食事は全く落ち着かないものであった。

アントワネットはこれらのしきたりに反発し、全く役に立たないことを身を以て示しただけなのである。


だが、肌着を渡す役目をなくした貴婦人は役目を失って自分の存在意義も失ってしまった。

朝の挨拶をないがしろにされた貴族は王妃に不信感を抱く。

公開の昼食に手を付けず、ふてくされているアントワネットを見ても誰も喜びはしない。


王妃になった当初のアントワネットにすれば、それでも故国のオーストリアにいた頃よりも我慢しているし、充分、譲歩しているつもりでいた。

しかし所詮ベルサイユ宮殿にいる限りはしきたりから解放されることはない。

結果として彼女はしきたりそのものから逃げ出すようにベルサイユ宮殿から出て行き、プチ・トリアノンに安住の場所を見いだしたのである。

アントワネッの行為は結局、ベルサイユのしきたりを受け入れることが出来ず、のびのびと少女時代を過ごしたオーストリアでの生活のほうがフランス宮廷よりも優れているのだと、暗に物語っていたのだ。


結局、若い頃のアントワネットは王妃の責任の重さを自覚していなかった。

そしてしきたりによる秩序によって、いかに宮廷の平和がを保たれていたのかも全く考えたことがなかったのである。

王や王妃がいないベルサイユ宮殿へ、貴族たちも出仕する意味がない。
彼らは自分たちの生活を第一に考えるようになり、次第に王室をないがしろにしはじめていた。


しかし王妃の思慮が浅いだけで世の中が混乱するわけではない。

課税の不備は貧富の差を大きくし、民衆の憎悪の的となっていたし、徴収が複雑な仕組みであったために経済的な問題や、工業化・近代化する社会に対して対応できず、世の中を不安定にさせていた。


又、夫であるルイ十六世がデュバリのような寵姫を持たず、アントワネットただ一人を愛していたために、王室の批判をアントワネット一人が背負い込む結果となっていたのである。


「王妃様は最近の世の中の混乱ぶりを嘆かれています。しかしいつかこれも収まり、又、元のように戻るであろうとお思いのようですが、私としてはこのままでは済まないような気がして王妃様の将来を心配しています。宮廷を取り巻くあらゆる人々の力によって王室が成り立っていることを両陛下が忘れてしまうのであれば、これは大変危険なことです」
伯爵は王室の楽観的な思惑と、時代の流れが必ずしも一致しないことを予感していた。


人当たりも良く人情家で、一度信頼した者に対しては厚い恩情をかけるアントワネットだが、どことなく生き方がフワフワとし、王妃の義務や生きる目的というものを真剣に考えず、自分がなすべき事に向き合おうとしない彼女の生き方は、はた目にももどかしいものだった。


最近になって政治に関わるようになり、夫であるルイ十六世を支えるようになってようやく目に厳しい光が宿るようになってきたが、それでもまだ彼女の時間感覚は古き良き時代の中にあるのだと言う。


「ところで王妃様は時々ジャルジェ准将の事をお話しをされるのですよ、オスカルは元気なのでしょうかと」


「私にはもったいないお言葉です。アントワネット様のお言葉は暖かく、いつも有り難い。王太子殿下のご病状も気になるところです。是非近いうちに謁見させて頂きましょう」
今も王妃との細い絆は切れずにつながっていることをオスカルは嬉しく思う。


「…殿下は相当、具合を悪くされています。お顔の色が土のようになってしまい、私も小さい子がおりますので拝見するたびに痛々しい」
伯爵はそれ以上、王太子の事を語りたがらなかった。




−後編へ続く−


2006/7/13/



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