−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-心の声-



ようやく春の兆しが見え、人々は暖かな日差しを受け、もっと世の中は良くなっていくのだろうかとふと空を振り仰いだ。

世論は改革を叫び、盛り上がっているが、明日に突然世界は変わるはずもない。


一方、王室は度重なる高等法院の抵抗に対し、5月に法務大臣のラモワニヨンによる大胆な司法改革を行った。

高等法院さえ黙らせることが出来れば、今の不安定な状態はすぐに落ち着くかも知れないと、世の中の流れを甘く観測していたのだ。


この改革は高等法院の権限を大いに縮小するという内容で、同時に罪人の処刑に先立つ拷問の禁止なども盛り込まれた。

だが今さら高等法院を押さえつけたとしても、すでに時遅しだった。

反王室を掲げる貴族やブルジョア層は、自分たちの権力も高等法院と同様に、やがて王権によって取り上げられるかも知れないのだと驚愕したのだ。

彼らは王室に不信感をあらわにし、ますます王の権力を弱めようとしっかりと結びついたのである。


少なくとも、アントワネットの寵愛を受けることが出来ず、プライドを傷つけられた者はかなり以前から王室の権力が弱まることを願っていた。

過激な王室批判のパンフレットの出所の一部は、次期王座を狙うオルレアン公であるとか、宮廷から遠ざかっていった貴族であることは間違いないとささやかれていた。

もはや貴族から王室の離反が始まっていることは隠しようもない。




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アランは相変わらず妹のディアンヌの縁談でやきもきしていた。

行き遅れても困るし、はたと考えて、いなくなっても寂しくて生活に張りあいが無くなってしまう。
悩んだ末、果てはアンドレが「俺は誰とも結婚しないよ」と言うにも構わず、婿入りの話を持ちかけてみる。


さて、そのディアンヌなのだが、彼女は兵士の面会日には必ずやって来ていた。

兵士達も彼女にはぞっこんで、アランが番犬のように目を光らせていなければとっくに誰かのものになっていたかも知れない。

彼女は気だての良い娘で、良く言えば従順なのだが、感受性が強く、流されやすい性格をしていた。

男には尽くすタイプなので、兄としては得体の知れない男に騙されることが無いよう、出来るだけ頼りがいのある男を引き合わせてやりたいと思っている。

自慢の妹はアランの唯一の泣き所でもあった。




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兵士たちが楽しみにしている面会日が来ると、オスカルは司令官室にいることが多い。

どうやら兵士達よりも、面会に来た家族のほうが上官に威圧感を感じて気を遣うらしく、できるだけゆったりと会わせてやりたいと配慮していたのだ。

しかし若い娘などはオスカルの容姿を見て憧れてしまい、面会日にあまり姿を見かけないのを残念がり、恋人である兵士は「隊長は女だから」とその都度言い聞かせなければならない。


ディアンヌも最近になって面会日にはいつも以上に浮き浮きとやって来るのを、女心にうといアランにわかるはずもない。

家でもアランがオスカルの話をはじめると彼女はじっと耳を傾けて聞くのだが、婿探しの話になるとあまり気乗りしていないのかそっぽを向いてしまう。


こうなればだめで元々と思い、一度だけアンドレと妹を引き合わせようとし、彼は意を決して、休みの日にアンドレを自宅に招くことにした。

母親が病がちで、家の中はディアンヌが取り仕切っており、用心のためにアランはこれまで誰にも自宅を見せたがらなかったのだ。



数日後、アンドレはアランに招待されて、パリの古いアパートの三階にある彼の家を訪ねて行った。
部屋の中は質素ながら所々に上品な調度品も置いてある。

かつて家が栄えていた頃のものらしく、インテリアに全く興味のないアランが言うには「妹が嫁に行く時の持参金にする」とのことらしい。

何も知らずにやって来たアンドレは特に緊張する様子もなく、アランの母親と天気の話をしたり痛いひざの愚痴を聞き、人見知りをするディアンヌにも手料理がおいしいと話しかけていた。


「…ありがとうございます」
ディアンヌの返事は短く、会話も続かない。自分のペースがあるのか、あまり周囲に気を遣わない性格らしい。

それに彼女はさほどアンドレに興味を示さなかった。


彼女はトロンとした目つきで表情があまりなく、はかなげな印象を受ける。

男心をそそると言えば語弊があるが、つい守ってやりたいと男に思わせる魅力を持っていた。

アンドレにすれば、強がる反面まれにポロリと少女の顔を出すオスカルに惹かれていたので、ディアンヌが好みのタイプではないことは確かだ。


彼らのやり取りをさりげなく聞いていたアランは、ディアンヌがあまり乗り気ではないことに気が付き、これで又、婿探しは一からやり直さなければならないと大きなため息をついた。


だがディアンヌは、アンドレがオスカルの付き人だったという話が出たとたん、急に態度を変えた。

オスカルの人となりはどうなのかと質問しはじめ、パリでのお気に入りの店はどこなのかとか、とにかく彼女に関することなら何でも楽しそうに聞いてくる。

アンドレもつい嬉しくなり、行きつけの花屋だとか、若い頃にケンカをした酒場だとか、いつになく話が弾んでいたところ、では、とばかりにディアンヌがそこへ案内して欲しいと言い始めた。


結局、アランは妹にほどほどにしておけと言ったものの、ディアンヌは戸惑うアンドレを連れて出ていった。

後に残ったアランは、妹が隊長に恋しているのだとようやく気付き、余計に頭を抱えていた。




パリ市内をディアンヌと共に廻り、アンドレが彼女を自宅に送り届ける頃にはすっかり日が暮れ、一体今日は何だったんだろうと彼は思い返しながら帰路についた。


ところでこの時、彼の姿を建物の陰からじっと見つめている男がいた。

実はディアンヌには兄の知らない恋人が過去に五、六人ほどいた。

いずれも実らぬ恋だったが、ディアンヌの優柔不断な態度を勝手に誤解して恋人気取りになった男や、中には警察の世話になった男もいて、彼女との別れ際もあいまいになっている。

どの男もアランの存在を怖がっており、今のところ何も問題は起きていないが、彼らそれぞれディアンヌに新しい恋人が出来ることを望んでいない。

彼らは徒党を組んでディアンヌの私設親衛隊になっていたのである。


もちろん彼女を一日連れ歩いた男を快く思うはずがない。
男はアンドレの容姿を記憶に焼き付けようと、彼が去っていくまでじっと見届けていたのである。




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アンドレは屋敷を出たものの、今もジャルジェ家の用事で動き回る事が多い。

中でも馬の蹄鉄に関しては屋敷の中では彼が一番信頼されており、職人と直接会って注文するのも彼の役目になっている。

ベルサイユ近郊のモントルイユにある蹄鉄職人のマチュラン親方という男は腕が良いことで評判だった。

ジャルジェ家は古くからつきあいがあり、すっかりなじみになった職人達も愛想がよい。


一人息子のジャンはアンドレの知り合いで、しばらくの間はパリのフォーブル・サンタントワーヌ地区で修行をしていたが、少し前に父親の工房に入ることを許され、跡を継ぐべくがんばっていた。

ジャンはすっかり啓蒙思想にかぶれ、自由だ平等だと声を上げているが、父のマチュランは昔気質の職人で、息子が革命的な考え方にかぶれている事を認めようとしない。

それもそのはずでマチュランは先祖代々、蹄鉄の鋳造の仕事を受け継いでおり、伝統も誇りもある上に、王室御用達という看板がある以上、マチュランは熱心な王室の支持者であった。

もちろん一人息子だとはいえ、ジャンが革命的な思想に傾くのは彼にとって許されないことだった。

父は一方的に息子を非難し、ジャンは耐え続けていた。

もし、母親が生きていたら間に入って空気も和らいだかもしれないが、融通の利かぬ父と信念を持つ息子は互いに主張を捨てず、平行線をたどっていた。


アンドレはこの日、彼の仕事場に顔を出した時、いつものようにジャンの姿が見受けられないことを不思議に感じていた。

又、道から見上げた二階の窓際に、沈んだ様子の若い娘がぼんやりと物憂げに景色を眺めているのを見て、あれは誰だろうとも思った。



マチュランが席を外した時、別の職人がアンドレに「色々とあったんですよ」と寂しそうな面持ちで、事の成り行きを小声で教えてくれた。


ジャンは父のマチュランから新しい考え方を捨てるようにきつく言われたのだが、逆らったため、つい先日に家を追い出されたと言う。

彼は親孝行で父思いなのだが、父のマチュランは無慈悲にも息子には厳しく、自分の言うことをきかない者はもう息子でも何でもないと言い放ち、親子の縁を切ってしまった。


ここのところ二階でずっと沈んでいる娘は、マチュラン親子の遠縁にあたり、母親と一緒にこの家に身を寄せているエレーヌと言う。

元々はジャンと恋仲になり将来を誓ったのだが、それを知りつつ父のマチュランが息子から全てを取り上げようとして、最近になって自分とエレーヌとが結婚するように決定したのだという。

もし将来エレーヌとの間に息子が出来れば、ますますジャンは不要になり、最高のあてつけにもなる。

父はすっかり息子への愛情を無くし、むしろ憎しみすら抱いていた。

職人たちは親方にも義理があり、かといってジャンもほんの子供の頃から知っているだけに胸が痛むと言った。


ざっと聞く範囲では理不尽な話だとアンドレも思ったが、他人の家庭にくちばしを入れるわけにもいかない。

又、その家庭の中のことは他人にわからないことが多々ある。
一概にどちらかが悪いと決めつけることは出来ない。

彼は仕事場を出て行く時、もう一度二階の窓を見上げ、かわいそうなエレーヌの姿を見上げた。




**********




女の嫉妬も怖ろしいが、男の嫉妬も怖い。

アンドレの居場所や職業、その行動など、様々なことを親衛隊の彼らは手に入れ、いつか襲いかかるチャンスをうかがっていたのである。


その機会は意外と早く訪れた。

パリの留守部隊に来ていたオスカルはこの日、アンドレを伴っており、帰りは夕刻になっていた。


人影がまばらな路地に差し掛かった時、横道から馬車の前に男が飛び出してきて、あわてたアンドレが手綱を引くと、建物の陰から四、五人の男達がいきなり出てきて馬車に飛び乗り、彼に襲いかかった。

異常を察して馬車から出てきたオスカルにも危害が及んだ。



「何事だ」
オスカルは馬車から飛び降り剣を抜いたが、それよりも早く鞭を持った男の一撃が彼女の頭に命中した。

彼女は衝撃で石畳の道に打ち付けられ、転がっていった。



「オスカル!」
アンドレは自らも五人の暴漢を相手に応戦していたのだが、彼女の危機を目の当たりにし、つい反撃の手がゆるんだ。


その瞬間、一人の男がアンドレを刺そうとナイフを振り上げた。

とっさにオスカルは体に激痛を感じつつも上半身を立て直し、アンドレに襲いかかる男の腕めがけて銃を放った。



だが、これが別の引き金になってしまったのだ。

この騒ぎを遠巻きに見ていた誰かが、貴族が市民に発砲したと騒ぎ始め、無関心だった人々も巻き込んで暴動へと発展した。

すぐに三十人ほどの暴徒が集まってきて、そこにいたオスカルたちに襲いかかり、馬車を破壊しはじめた。

それと共に金目のものを探す女や子供までが集まってきて互いにケンカを始め、現場は混乱を極めた。



殴られ蹴り飛ばされ、もみくちゃになった人の波からはじき出されたオスカルは、足を引きずりながら、すぐ近くの大きな通りに通りかかった馬車に、無我夢中で助けを求めに飛び出していった。


後ろに騎馬兵を従えていた馬車の主は、いきなり飛び出してきた将校がかなり弱っているのに気が付き、あわてて馬車を止めさせた。

中から出てきたのは偶然にもフェルゼンで、頭から血を流している彼女の姿を見て驚いた。

今にも倒れそうなオスカルは駆け寄ったフェルゼンに支えられ、咳き込みながら暗い通りを指さすのがやっとで満足に声も出ない。


彼女自身、自分でも取り乱していることは承知だが、それでも尚、すっかり気が動転してしまった自分が止められない。



アンドレをどうでも助けなければと思うと、フェルゼンへのわだかまりなどこの際、どうでもよくなっていた。

とにかく今は彼のためなら、なりふり構わず誰でもいいから力を貸して欲しかった。
彼女はフェルゼンの上着の胸元を掴み、何とか声を出そうとあえいだ。


「オスカル、何か事件か。落ち着きたまえ」
彼はオスカルの肩を支え、安心させようとした。


「…アンドレが殺されてしまう!」
オスカルは首を激しく振り、フェルゼンの手を振り切ろうとした。


路地では暴徒たちが寄ってたかって馬車を壊している。
フェルゼンはあの中にアンドレが巻き込まれているであろうことをすぐに理解した。


「待て、オスカル、お前は手負いの身だ。私に任せなさい、アンドレはきっと助け出す」
フェルゼンは彼女の両腕を軽くポンと叩いた。


それから彼はすぐにこの非常事態に対応すべく、随行していた部下に命じ、近くで待機させていた小隊を呼びに行かせた。

そして自らも馬にまたがり、暴徒が暴れている路地に急行し、剣を振り上げて叫んだ。



「おろかな平民どもよ、よく聞け。我が名はハンス・アクセル・フォン・フェルゼンだ」


彼の一声で暴徒は馬車の破壊する手を止め、馬上の男を振り返った。

「この男だよ、アントワネットのヒモだ」

「やっちまえ」

人々は破壊し尽くした馬車と、すっかり弱ってしまったアンドレに見切りを付け、今度はフェルゼンめがけて襲いかかった。

そして彼は計画通り、オスカルたちから暴徒を遠ざけようと馬を走らせていった。



あとに残されたオスカルはよろよろとアンドレに駆け寄っていった。

殴られて軍服をはぎ取られた彼は気を失っているものの、何とか息をしていた。


「…ああ、アンドレ」
彼女は彼の上に覆い被さり、安堵のため息をついた。

そして彼女も力尽き、しばらく動けないままうずくまっていると、フェルゼンの命令で駆け付けた外国人部隊の小隊が到着し、二人を助け上げた。


「連隊長はご無事です」
二人の手当にあたった兵士がオスカル言った。


「…よかった」
オスカルはフェルゼンが身代わりになってくれたことに深く感謝した。


以前の私なら考えられない。

今はこうやってアンドレのそばにいることが出来て良かったとしみじみ感じている。
オスカルは自分の心境の変化を不思議に感じていた。




*********




翌日、暴動の一部始終が明らかになった。

アンドレを襲ったのは、ちょっと名の知れたならず者で、女に関する恨みだと言った。

結局、ディアンヌをめぐる彼らの誤解だったのだが、他の捕まった男達も、自分たちが早とちりしたことを後悔しているという。


そもそもの原因のディアンヌは彼らのことを「ただのお友達」だと言い、全く事の重大性を理解していなかった。


「ディアンヌ、お前はぼんやりしているから男に誤解されやすい。気をつけるんだぞ」
アランは妹に忠告した。


「あら、兄さん。じゃあ、相手が女性だったらいいのね。私、兄さんの隊長さんのこと、大好きなの」
そう言ってクスッと笑った。

全く、空気が読めないディアンヌだった。



アンドレは救出されるまでほとんど気を失っていたので少しばつが悪そうだったが、とにかくオスカルが無事だったことは嬉しく思った。


二人とも痛々しい姿で礼を言いに行く訳にもいかず、翌日になってジャルジェ家からパリにあるフェルゼンの屋敷に使者をよこして、とり急ぎ感謝の言葉を伝えた。

フェルゼンからは二人の無事を喜ぶ返事と、又何かあったらいつでも力になるので遠慮無く声をかけてくれという、いかにも彼らしい潔い言葉が返ってきた。


オスカル自身も又、もう彼に対するわだかまりは消え、元の友人に戻ることが出来たと感じていた。

アンドレを助けるために取り乱した自分をフェルゼンはどう思ったのだろう。

彼の言う、力になろうという一言は、何だか自分の心の中を見透かされたようだった。



一方、ジャルジェ将軍は勝ち誇ったようにオスカルに説教していた。


「どうだ、貴族の馬車でなくとも襲われる時は襲われるのだ。ならば貴族は貴族らしくだな、派手な馬車で出ていくべきではないか、オスカル」


今日ばかりは父の一言に返す言葉が無く、ただ悔しがるオスカルの頭には白い包帯が痛々しかった。




2006/7/7/



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