−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-避けられぬ戦い-



行方不明のドニは、パリの安酒場の二階で飲んだくれているところを見つかった。

すっかりしょげかえり、いつもの勢いもない。
隊にも出てこず、一人で部屋の壁に向かって黙り込んでいるという。


アランが聞き出したところ、ドニは昨日、田舎の母が急な病で亡くなったという知らせを受けて気が動転してしまったらしい。

自暴自棄になって、全てを投げ出したい気持ちからオスカルを襲ったのだという。

酒を飲んだ勢いで隊長に襲いかかったものの、撃退されて正気に返り、今はとんでもないことをしたと反省している。


オスカルに対し、「クビにしますか」というアラン。


「私は気にしておらぬ。そんな事よりあいつは田舎へ帰らないのか。母親の葬式もあるのだろうに」
虚勢で言ったのではない。第一、部下にそうやすやすと負けるようでは軍人を辞めなければならないとオスカルは考えている。


彼女の落ち着き払ったものの言い方を少し腹立たしく聞いていたアランだが、確かに上官が女だったから部下が襲ったという前例はかつてない。

もし辞めさせても、隊の中でも上層部からも、所詮女が場違いな所にいるからだとか、それとも、女ならではの感情的な判断だと後ろ指をさされかねないのかも知れないと思った。


「何でもあいつ、以前相当悪いことをして勘当されたらしいんでね。なもんで、田舎には帰りにくいんじゃないですか」


「葬式は別だろう、是非行くように伝えておいてくれ、アラン」


「まあね」
アランは意味ありげに口の端だけで笑って司令官室を出ていった。


ここのところアランは態度や言葉でやたら彼女につっかかってくる。
オスカルは少し気になっていた。




**********




オスカルの部下のジャンは他の兵士より背が低く、小太りなのを気にしていた。

元々は兵士になりたかったわけではないのだが、他に仕事がなかったのと、故郷では民兵の兵役もあったため、どのみち軍隊に入るのならと思い、つてを頼って衛兵隊に志願した。

だが、隊の中でどうも自分だけ能力が低いような気がして劣等感を募らせている。


銃の訓練でもなかなか標的に当たらない。

剣を持たせても、まず最初に敵に倒される歩兵はお前だと皆から言われるほど不器用だ。

本人もあれこれ考えて皆とは違う個性を発揮しようと、地理の勉強をしたり、果ては調理まで覚えようとしていたが、いずれにしても専任の兵士の邪魔になるだけで余計に迷惑者と批判されている。

最近では目立とうとして突拍子もない服を着たり、変な言葉遣いまでし始めている。



「じたばたするな。お前はそのままで充分、他人とは違う。もっと自分に自信を持て」
この日は妙に軍服を着崩していたのを、見るに見かねてオスカルが注意していた。

確かにジャンは要領が悪く、兵士には向いていないのかも知れないと彼女も思う。

だが、それでもジャンは大切な部下だ。


「隊長はいいっすよ、神様からたくさんの才能をもらって生まれてきたんですから」
ジャンはすっかりひがみ、途方に暮れていた。


そんな立ち話をしていると門のほうで見張りの兵士が数人、外にいる女と言い争っている声が聞こえてきた。
そのうちの一人がオスカルの元へやって来て、不審な女が門のところから離れないと報告した。


つまらぬ事に兵士が寄ってたかって何をしているのかと彼女が出向くと、確かに強情そうな若い女が大声でわめき散らしてここを動かないと叫んでいる。



「ほら、この兵隊さんだって女じゃないか、なんであたしじゃだめなんだよ」
女はオスカルを見てすぐに女性だとわかったらしい。


「門を開けてやれ」
このままでは埒があかないので、仕方なく女を中に入れてやることにした。


事情を聞くと、女はブルゴーニュ地方から来たテレーズだと名乗り、軍隊に入れて欲しいと志願しにきたのだという。年はまだ十四歳だと言うのだが、体が大きく二十歳前後には見える。


「あいにく衛兵隊は女の志願兵を受け付けてはいない。それほど軍人になりたいのなら、地元の民兵には入れてもらえなかったのか」
テレーズの話をじっくりと聞いた後、すこし落ち着いてきたところでオスカルはたずねた。


戦場では男ばかりと思われがちだが、前線で危険を顧みず、軍の公認で酒や小物を売り歩いている商売女たちもいる。

又、地方の民兵組織の中にはまれに女丈夫が男に扮して軍に入隊して来るという話もうわさに聞いていた。


「お兄ちゃんがここでみんなからいじめられているって聞いたから、あたしが仕返ししてやろうと思ったんだ」
テレーズはようやく本音を語った。


聞くとドニは彼女の従兄弟なのだという。

母親が亡くなり、身内の誰も彼を呼び戻さないのを気の毒に思い、せめて墓参りに連れて帰るつもりで単身ベルサイユまで出てきたという。

だが、ドニ本人はすっかりしおれており、てっきり隊の中でいじめられたのだとテレーズは思いこんだらしい。

聞いていた兵士たちは驚き、あんな乱暴者にもこんなにけなげな従姉妹がいるのかと目をしばたいている。

それもよりによってドニがいじめられている、というのがおかしい。



「だって、ドニは昔から泣き虫であたしが助けてやってたんだ」
テレーズはケロリと言う。

年格好から言って、ドニよりかなり年下のテレーズの武勇伝は、さぞかし面白かったに違いない。


結局、兵士らは相手が若い娘とあって、ドニは今までの自分の行いも含めて、勝手に落ち込んでいるだけで、誰かにいじめられているのではないと優しく説得した。

テレーズは急におとなしくなって早とちりを謝り、とりあえずドニを連れて帰ると言い、ひとまず騒動は収まった。



ところがその後、どこでどう話が変わったのか、テレーズを相手に誰かが剣で勝負してみたらどうだと言い出し、特に剣の苦手なジャンが担ぎ出された。

さっそく練兵場には兵士たちが集まり、ジャンとテレーズの勝負が始まった。




**********




「今日の訓練はやたらにぎやかですね」
ダグー大佐は外から聞こえてくる兵士たちの声を聞いて不思議そうに言った。

テレーズのことを兵士たちにまかせ、オスカルは司令官室に戻り、ダグー大佐と共に、山のようにうずたかく積まれた書類に目を通していた。
彼女は自分が不在だと兵士はかえって張り切るものかと奇妙に感じていた。


しばらくして大きな足音がいくつも聞こえ、彼女のいる司令官室の前で止まったかと思うと、アランがドアを激しく開け放した。


「あんたかい、あの娘を練兵場に入れたのは」
アランは激しく怒っている。

後ろでフランソワやアンドレがアランを止められず戸惑ったように付いてきており、周囲は騒然としていた。


「そのせいでジャンは隊を辞めたいって言ってるじゃねえか」
アランは怒鳴った。


「何のことか知らぬが、ジャンが自分で辞めたいのならそれは仕方ないことだ」
オスカルには事態がさっぱりわからなかった。


「さっき俺が帰ってきたら、あんたがここに入れた娘とジャンが剣の勝負をして、奴がボロ負けしたんだよ。女に負けた男がどれだけみじめか、女のあんたにゃわからねえだろう」
アランは彼女の冷淡な答えに余計逆上した。


「そんなことがあったのか…」
オスカルは眉をひそめた。だが、勝負は勝負だ。もしジャンをなぐさめたところで、それはかえって彼の誇りを傷つけるだろう。


「俺はな、男も知らねえ女が何でも世の中お見通しっていう、…あんたの態度が気に入らねえんだよ」
アランはここのところ、オスカルに対して抱いている怒りを吐きだした。


「ほう、男を知らないとは、お前は私のことは何でもお見通しだと言いたいのだな」
オスカルは不敵な目を彼に向け、はぐらかすように言った。
だが目は笑っていない、アランは殺気立っている。


「世の中なめるんじゃねえ、外に出ろ」
アランは机を平手で激しく打ちつけた。


「どうしても、というのだな」
オスカルはアランの決意の固さに説得は無駄だと感じ、平然と立ち上がり、アランの前に立って司令官室を出た。


今度はアランとオスカルの一騎打ちとあって、練兵場には他の隊の兵士たちまで数多く集まってきていた。

いつかはこの二人は衝突するだろうという予感を誰もが持っていたのである。


「剣を抜け、勝負だ」
アランはオスカルを正面に見据えた。


オスカルも又、黙ったまますらりと剣を抜く。


息をつかせぬ真剣勝負となった。

オスカルの素早い剣さばきを、アランは予測したかのようにかわして攻撃を仕掛けてくる。

だが、オスカルも又、アランの剣を避けつつ反撃の姿勢を崩さない。


二人の剣の切っ先は午後の光を受けてまぶしく光り、互いに譲らぬ戦いが続いた。

アンドレは時折、拳を強く握りしめてオスカルの無事を祈った。
わずかな差でオスカルは勝つ、と、彼は信じていたのだ。


非常に長く感じられた激しい応酬の末、カキンという金属音がして、ついにアランの剣ははじき飛ばされた。

と、同時に彼は力が抜けたように足下のバランスを崩して倒れ込んだ。


オスカルの身が軽い分、アランは余計に体を動かしていた。そのため、先に彼のほうにわずかな隙が出たのだ。


「あんたの真剣さはよくわかった、もういい」
倒れ込んだアランは戦意を喪失して静かに目を閉じた。

心のどこかでオスカルの事を信頼し切れない部分が彼には有った。
一度、剣を交えることで彼女の度量を量りたかったのだ。

命をかけた勝負の中でこそ、互いに分かり合えるものがある。その中でアランはオスカルの気概を感じ取っていた。


「私は武術で生きていこうと決めた時から、誰よりも強くなりたいと願ってきた。だが強さを過信してはいけないのだな…お前のことを本当に怖いと感じた」


「いつもの隊長らしくないですぜ」
彼はオスカルの差し延べた手をさりげなく払いのけた。

この隊長はただ単に精神世界に生きようとしているのではないらしい。
少なくとも彼女は地に足が着いている、アランは彼なりに納得した。


「こんな事を人に言ったことはない。アラン、お前が初めてだ」
オスカルは剣を収め、くるりと背を向けるとそのまま練兵場を去った。


後に残った兵士たちはアランでも負けることがあるのかとぼう然としていた。


だが、当のアランは落ち着いたもので、兵士たちの注目を浴び続ける中、何事もなかったかのように立ち上がると、ジャンに言った。

「女に負けても恥じゃねえ、相手が強かった、ただそれだけの事だ。くやしいならもっと腕を磨けばいい。それが出来ねえってんなら、結局は自分で自分に勝てねえ弱虫の証拠だ。強くなりたかったらまず自分に勝て」


その場にいた者は、ひょっとしてアランはジャンを励ますためにわざと負けたのだろうかと首をかしげ、ジャンも又、明日からがんばろうと思い直していた。


司令官室に帰ったオスカルは、不意に衛兵隊に転属してきたばかりの頃を思い起こしていた。
まず転属したことについても、自分の力を試したい気持ちの裏で、何かを吹っ切りたい感情が働いたのも否定できない。

今まで王室に忠誠を誓い、自分に使命を課する事で、何か大切なことを考えずに走ってきたことは自分でもわかっていた。


宮廷で息詰まったのも、突き詰めればアントワネットやフェルゼンのせいではない、全て自分自身の中から生まれたものだ。


アランは時折、心の中に問いかけるようなことを言う男だ。

真剣に生きているのかと言わんばかりの彼の目は訴えていた。


フェルゼンに対し、あふれてくる激情を押さえ、耐え抜いた恋はつらい記憶だった。

アントワネットの元を離れて自由な身になり、自分はどうするのか、どのような未来を描くのかを考えようとしはじめていても、もう二度と恋になど浮かれまいと思ったし、特に女としての生き方を考えたくなかったのも確かだ。

そしてジャルジェ家の家督を次の誰かに任せる時が来たとしても、やはり男としての生き方を選ぶに違いないとさえ思える。

しかし宮廷を飛び出した事自体、彼女は押さえつけていた自分の心を自由にしてやりたかったはずなのだ。

それなのにやはり、女としての心を閉ざし続けている自分がいる。
そもそも心を自由にするとはどういう事なのか、自分自身でもよくわからない。



そんな風にとりとめのない事を考えていると、窓の下ではそれぞれの配置に戻る兵士たちに混じって、アンドレの後ろ姿が見える。

彼女は、ここのところろくに顔も会わせず、距離を置いてきた彼のことが突然気になってきた。


アンドレはどうなのだろう。彼は私のそばにずっと居て、何を考えていたのだろうか。

あの時、あれほど激情に駆られ、果てはオスカル同様、恋に破れ、心に傷を負ったであろう彼。

いつの間にあのように落ち着きを取り戻し、穏やかでいられるのだろう。

そして今は何を思い、何を目指しているのだろう。


オスカルは彼の言葉を聞き、他愛ないことを話し、共に笑った日々を懐かしく思い出していた。

思えば以前は、彼との何でもない日々の会話の中で自分の中の漠然とした想いを形にし、進む道を決定していた。

自分が悔いなく生きてこられたのは、彼がそばにいて見守ってくれていたから、とも思える。
もうあのような穏やかな日々は帰ってこないのだろうか。


そのようなことを漠然と考えていると、オスカルの頭に一つの道筋が浮かび上がった。

自分がアンドレを受け入れたら良いのだ、と言うこと。

それはしごく単純なことで、この上なく簡単なことのように思えた。
だが、彼女を愛していると言った男に対し、今後自分がどのように接していけばよいのか、オスカルには全く見当がつかない。

増して、今の自分が女として振る舞うことなど想像すら出来ない。


何をつまらないことで悩まなければならないのだろう、彼は平民の身分で、彼なりに釣り合った気だての良い娘がきっと他に現れるに違いない。

身分の違いで彼を軽んじる気は全くないが、自分にはジャルジェ家の家督を継ぐ仕事が待っている。

自分の人生にアンドレを巻き込んではいけないという思いが彼女にはある。


彼女はもう一度窓の外を見、アンドレの後ろ姿を目で追った。




**********




翌日になってドニは隊に復帰したが、母親の墓参りをしたいので臨時の休暇が欲しいと言いだした。

今はまだ考えがまとまらないが、いずれかは田舎へ帰って、今まで迷惑をかけた身内の役に立つような仕事を探したいとも言う。

すぐに荷物をまとめ、女丈夫のテレーズに連れられて門を出ていくドニを見送ると、アランがいつものように聞こえよがしに皮肉った。


「誰かさんとちがってドニはかわいげがあるな。自分の弱みをさらけ出せるんだから」


確かに自分を大きく見せようとしていたドニと、強くなりたいというオスカルの考え方はあながち違うものだとは言い切れない。

ただ、人に頼る事を知っている分だけ、ドニのほうがかわいげがあるとアランは言いたいのだ。


「誰かさんとはお前のことか」
オスカルは冷たい視線をアランに投げかけた。

しかし不思議と腹立たしい気はしないオスカルだった。




**********




「なあ、隊長なんだけどさ」
兵士の一人、フランソワは同期に入隊したジャンにこそこそと話しかけた。


「最近、怒らないというか、ちょっとおとなしくなったって事ないか」


「そう言えば、女らしくなったって感じがしないでもないけどな、確かに怒り方が控えめになってるかもな」
フランソワも、微妙な隊長の変化を感じている。

以前であれば宮殿の夜間警備も率先して出てきていたのが今では司令官室に控えていたり、たいていの事は兵士に任せて自分の仕事に集中している。


「まあ、こっちも任せてもらえた方が気が楽というか、やりがいも出るよな」と、ジャン。




部下たちが言うように、オスカルは最近、隊では少し控えめに振る舞うように心がけていた。

元々、容姿が目立つ上、態度や身のこなし、武術の面でもひときわ群を抜いていたため、どうしても近衛隊にいた時は意識せずとも皆の前面に一歩も二歩も出て見えた。

近衛隊の頃は王室の威厳を表すためにもそれで良かっただろう。

だが衛兵隊では、がむしゃらに兵士たちに体当たりしたとしても、誰も息切れして付いてこないことを身をもって知った。


ある程度、責任のある任務を兵士に任せて信頼することも大事なのだ。

隊を盛り上げることはあっても、決して自分が率先して見本を見せるのではなく、兵士たちがそれぞれにやる気を起こすようにし向けようと考えていたのである。



2006/6/29/




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