−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-ゴルディウスの結び目-


性描写・・・とまではいきませんが、内容の一部に性的な行為に関する表現があるので個人の判断として15歳未満(中学生以下)の方の閲覧はお勧めできません。大したものではないのですが、念のため。
お手数ですが、ここまでいらした15歳未満(中学生以下)の方は、以下に進まずお戻り下さい。




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馬に乗り、森を小川を駆けぬけ、気持ちを冷やしてきたオスカルは少し落ち着いた面持ちで屋敷へ帰ってきた。

ようやく降り始めた小雨が本降りに変わりつつあったのも、ようやく彼女を屋敷へと向かわせたのであろう。


今朝のさわやかさに比べ、この夕に起きた騒動の結末を誰が想像し得たであろうか。



しかしこうなることは全く予測できなかった事ではない。

万が一、謎の貴婦人の正体がフェルゼンに知れた場合、その時は少なくとも吹っ切るしかないという気持ちをあらかじめ心のどこかで用意はできていた。

そして、この事が彼女を新しい道へと導く転機になるであろうという予感すらあった。


しかしアンドレはどうだ?

彼はどす黒い気持ちをかかえたまま、それをもてあまし、増幅させながらオスカルの帰りを待っていたに過ぎない。

馬小屋に入ってくるオスカルを見つけたときには、すでに彼の自制が効かなくなっていたとしても不思議ではない。

彼の気持ちを映し出すかのように雨はどんどん激しくなり、水煙を上げて降り始めた。



*********



「あっ」
馬屋の暗がりから突然出てきたアンドレにオスカルは少し驚いた。

何か声を掛けようかとしたが、アンドレの異様な形相に彼女はひるんだ。

一種の危険を感じる。



「フェルゼンと何があったんだ!?」
アンドレは有無を言わせぬ厳しい口調でオスカルに迫り、その両腕をつかみ小屋の中に引きずり込んだ。

人気のない夕暮れの馬屋には誰も近付いてこない。ましてこの雨である。

激しい雨によって傷んだ馬屋の屋根や金具がガタガタとうるさく鳴り響き、多少の物音はかき消されてしまう。

オスカルは自分のうかつさを後悔した。



アンドレの感情はもう既に振り切れている。
フェルゼンとの事を気にしつつ、すでに答えを聞く冷静さは失われていた。

男とはそんな生き物なのかと理解したときにはもう遅い。彼女は両手を掴まれたまま、強い力でわらの上に押し倒されていた。



一瞬にして天井が廻った。

覆い被さったアンドレが強引に唇を求めてくる。



今までに知らぬもう一人の彼がここにいた。


「アンドレ…!やめ…」
あらがっても上にのしかかられては身動きも出来ない。ふさがれた唇は叫び出す事もままならなかった。


アンドレの体は信じられないほどに重く、容易に跳ね返すことが出来ない。

彼がこの女性を逃すまいと渾身の力を込めて身の自由を奪っていたのだからそれは当然のことであろう。




**********




碧い瞳が恐怖に見開かれていようとお構いなく、彼は独占欲に駆られ、目の前の獲物に飛びかかる獣と化していたのだ。


息が詰まるほどの激しい口づけにオスカルはついに動きを止めた。

これがただの賊であれば、一瞬の隙を狙って反撃できたに違いない。
しかし今、彼女を押さえ込んでいる相手は、ずっと腹心の友と信じていた男なのだ。

彼女を守り支えてきたその腕で、体で、危害を加えようとしているこの事態を、にわかに受け入れたくはない。

これまでの幾度かの危機に鍛えられた彼女の本能も、今をどう切り抜けてよいのか判断がつかないでいた。

だが彼女がひるみ、わずかな隙を見せた瞬間、激情に駆られたアンドレはついに彼女のブラウスに手をかけ、力任せに胸を広げた。



ついにアンドレの目の前でオスカルの白い胸元があらわになった。

士官として部下の男共を鍛え上げ、時には厳しく指導する彼女の中身は、どうみても男とは似ても似つかない華奢な作りだった。

白く形の良い二つの乳房は激しい息づかいに合わせて小刻みに揺れ、目もくらむほど清楚で美しい。



どうとでもなれ…そんな想いになりオスカルは体の力を抜いた。

逆らおうと思えば、どうにかなったかも知れない。

だが、今のオスカルも捨て鉢なところがあった。こんな事になったのも私に隙があったからに違いない。



ひたすら悔しかった。

自分自身の弱さが、女の非力が。



“私は弱虫だ!”
ついに涙があふれた。




**********




だが彼女の涙を見たとたん、反対にアンドレは徐々に理性を取り戻していった。

今、自分が辱めようとしているのは欲望の対象ではなく、高い精神を持った大事な女性なのだとようやく思い出したのである。

一方的に彼女を責め、自分の激情に支配され、もう少しでこの女性を壊してしまうすんでのところで彼は踏みとどまったのだ。



「…すまない」
しばらくの沈黙の後、アンドレははだけたブラウスをそっと元に戻してやり、彼女の上から退いた。


「こんなことをする目的で潜んでいたわけじゃない……ただ俺はお前が俺以外のものになってしまうのがどうしても許せなかった…。そう思ってお前の帰りを待っているあいだにどうにもいたたまれなくなって…」


オスカルはようやく解放され、半身を起こし着衣を整えると、アンドレの目線を避けるようにして、いち早くこの場から去ろうとした。

今日はもう何もこれ以上考えを巡らせそうにない。部屋に戻って乱れた気持ちをどうにか元に戻したい。



「待ってくれ、オスカル」
アンドレは今一度、去ろうとする後ろ姿のオスカルの手首をつかんだ。


「こんな事をした後に言うべきではないかも知れない。だけど俺はお前のことを守りたいと思ってきたし、これからもその気持ちは変わらない。ただ…」


「……」

オスカルはその後に何を彼が言いだすのか、ほぼ予測できた。そうすれば彼がこのような凶暴なことをしでかした理由が全て理解できる。



「俺は……お前を愛している…。ずっと以前から…お前だけを想い続けてきた…。ただ、それだけを言いたくて…お前を待っていたんだ」
アンドレの手の力は先ほどとは比べものにならないほど弱くなっていた。


彼は泣いているのだろうか、彼の言葉はふるえていた。

だがもう今はそれすら確かめたくはない。人の気持ちなど思いやる余裕は今の彼女にはなかった。



オスカルは振り返りもせずに彼の手を振りほどいて去っていった。

自分の弱さに、それから女であることの弱さに打ちひしがれたオスカルにとって「愛している」という言葉はうつろに響くばかりであった。




“もうこの瞬間からお互いに元通りの関係には戻れない”



アンドレとも、フェルゼンともそうである。

オスカルは大事な友を一度に失ってしまった。


しかしそれ以上に身も心も疲れ果てていた。


どうせ私はただの女に過ぎない。

恋に心は乱れ、押し倒されたら男には逆らえない弱い女に過ぎない。

なのに女としても生きることを禁じられた私の今までの人生は一体何だったのだろう。
どのようにがんばっても気持ちまで男になることなど出来ない。

男として生きようとしてもままならず、女として生きることもままならない。



彼女はベッドに身を投げ出すと、シーツに顔を押し当ててむせび泣いた。

今までこのような騒動が起こりうることを考えもせず、自分は今までかりそめの自信を持ち、人の気持ちもわからぬまま、用意された道をぬくぬくと歩いてきてしまったことを。

そして今まで積み重ねてきたこと全てを壊すことを恐れて、真に自分の生きる道を自分で探すことをしようとしなかった弱さを。

今まで押さえていた様々な感情を吐き出すように、そしてこれからの勇気を掻き立てるために、彼女は泣き疲れて眠りに落ちるまで声をシーツで殺しながら泣き続けた。




2005/2/22/




up2006/4/22/

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