ベルサイユのばら外伝 その2
−今、めぐりあいの時−


 ジェローデルは諦めも早く、切り替えの早い男であった。だが、オスカルにふられてからも、何かと用事を作り衛兵隊に現れていた。


 すでに心の整理はついているとは言うものの、彼の率いる近衛隊は、オスカル同様パリの特別警戒にあたっているので、それも含めて近衛での出来事をしょっちゅうオスカルに報告していた。たとえ立場は違っていても、武人という立場でだけでもジェローデルはオスカルと接点を持ちたがっていた。


けなげな男心である。




 ワカコンスタンツは平民のような質素な身なりをして、衛兵隊の門の前でオスカルを待っていた。
ちょうど門の前に立っていたので、門を開け閉めするのに邪魔になり、出入りする兵ににらまれていた。

だが、前にも述べたが、ワカコンスタンツは人の事など何も考えていなかった。
自分が邪魔になっていることなどつゆ知らず、目付きの悪い兵隊やなぁと、反対ににらみかえしていた。


 たまたまオスカルを訪ねてきたジェローデルは、先ほどから衛兵隊の門の前にいる彼女を見て、門の前からどかそうと思った。それに彼は馬に乗っていたので、どいてもらわないと中にはいれないのだ。


「そこの女、どきなさい」


ジェローデルはできるだけ優しく言った。彼は、平民・貴族を問わず女性には丁重に接した。それは彼のポリシーでもあった。


「あんた誰やねん」
ワカコンスタンツは仁王立ちになって言った。
彼女はオスカルの姉という立場を120%利用するつもりだった。この辺りをうろうろしている者はオスカルよりもきっと身分は下だろうと彼女はふんだ。


「私は近衛隊隊長ジェローデル大佐だ、そこをどきなさい」
それでもワカコンスタンツはふんぞりかえって一歩も動かないと意志表示した。


「どけと言うのがわからないのか」
さすがのジェローデルも業をにやした。



「やかましいな、高いとこからギャアギャアと」


「な・・なに?!」


「馬から下りてきて挨拶ぐらいせんかいな」
ワカコンスタンツはアゴであしらった。


「ぶ・・・無礼な・・・」
「どっちが無礼やねん」
近衛隊と言えば以前オスカルが隊長をしていたところだ。この男もきっとオスカルの部下だったのだろう。そうするとやはり無礼なのはこの男の方だ。ワカコンスタンツは、より自信を持った。


「むむ・・・」
ジェローデルは狼狽した。女性からこのような抵抗を受けたのは、形こそ違うが、オスカルにふられたこと、ただそれ一回だけだった。たいていの女たちは彼の甘いささやきと優雅な眼差しだけで彼になびいてきた。宮廷の貴公子、ジェローデルはまたの名をアポロンの申し子とさえ言われていたのだ。



 すったもんだをしていると、建物の中からアンドレが出てきた。それから彼は門の前で何か騒ぎが起こったことに気づいて、こちらの方へやってきた。
アンドレは人が困っていると放って置けないという、人の良い性格をしていた。
ただその性格の大部分はオスカルに向けられていたので、彼は何かと波乱の多い人生を送っていたのだが・・・。



 この男が私の結婚話をこわした男か・・・とジェローデルは一瞬思った。確かにアンドレはオスカルの性格とは正反対の、物静かで冷静そうな男だ。

人間は自分に無いものを人に求めると言うが、なるほど人を引き付ける“光”のようなオスカルを落とすには、“ただ黙ってしつこく側に付いている影の存在に徹しきる”という手があったのだな・・・ふっ・・・。
ジェローデルはそのような簡単なことに気づかなかった自分を自嘲した。



「・・・こ、これはワカコンスタンツ様、お久しぶりです」
アンドレは少し驚いたように言った。
ジェローデルと一緒に門の前にいる人物が、すぐ近くに来るまで、まさか彼女であるとは気が付かなかったのだ。
「なんだ、アンドレ。この女と知合いか、ならばちょうど良い。この女を門の前からどけてくれ」
ジェローデルはいらいらしていた。


「・・・」


アンドレには大体の事情は飲み込めた。だが、ワカコンスタンツの質素な身なりを見て、誰もその素性を見抜けまい。
ジェローデルのうける衝撃を考えると、真実を話してよいものかどうかアンドレは非常に悩んだか、へたに嘘をついては余計に話はややこしくなる。
アンドレは真実を述べることにした。


「ジェローデル大佐、実は・・・このお方は、オスカル隊長の姉君であらせられるのだ、口を慎まれたまえ」



 アンドレから事情を聞いたジェローデルは真っ青になった。


このおばさんは、な、なななななんと、我がうるわしのシルフィード、黄金の髪かぐわしい愛のアフロディーテ、マドモアゼルオスカルの姉だと言うのか。
そんな、神は何故このようなオバッチャーンとオスカルを同じ姉妹としてこの世に送りだしたもうたのか。

彼は、まるでイボイボの棍棒で後頭部をガーンと強打されたように、一瞬クラクラッときた頭を必死で立て直し、いち早く冷静さを取り戻そうとした。



「・・・失礼致しました。マダム」
彼はとたんに対応を変えた。切り替えの早さは彼の特技でもある。そして馬から下りて彼女の前に膝まずき、深々とこうべを下げた。

「ふっ」
ワカコンスタンツは鼻で笑った。が、ジェローデルがそれなりに男前なので許すことにした。


「ところでワカコンスタンツ様、何か御用でしょうか」
アンドレは聞いた。

「ちょっとな、オスカルを待っとるねん。あんた、ちょうどええわ。オスカル呼んで来て」
「はっ、かしこまりました。すぐにその旨、お伝え致します」
アンドレはすぐに言いつけに従った。若い男を言いなりに動かすのは、何と気持ちいいのだろうとワカコンスタンツは思った。


アンドレはきびすを返して、兵舎へ駆けて行った。
その時、彼とジェローデルの目がふと、合った。
ジェローデルの目は(おい、この人は本当にオスカル様の姉君なのか)と言っていた。アンドレは哀れみ深い目で、そしてまるで自分に言い聞かせるようにこっくりとうなずいた。
そうして今、二人の心は、初めて同じ思いをいだいて触れ合ったのだった。



 しばらくして、門の所へ不機嫌そうなオスカルがやって来た。
彼女はワカコンスタンツに紙の束が入った封筒を無言で差し出した。ワカコンスタンツはそれを受け取るとニマッと笑いながら去って行った。

 だが、その封筒の中に、オスカルがワカコンスタンツから「印刷しといてな」と頼まれた、子供会の廃品回収のお知らせのコピーが100部入っていることを、誰も知らない。


 今、めぐりあいの時・・・ジェローデルとワカコンスタンツの巻
                                            終わり


                                  1996年5月15日


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