−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-我が名はフェルゼン-



我が名はハンス・アクセル・フォン・フェルゼン伯爵。

国王グスタフ三世の信任厚いスウェーデン人の仕官だ。
現在、フランス外国人部隊の連隊長の地位にある私は、毎日、王妃アントワネット様のために精一杯、職務に励んでいる。




フェルゼンは真面目な男で、今で言うなら学歴優秀なスポーツ青年だ。

ほどよく日焼けした肌に、笑った白い歯はキラリンと輝き、高く突き出た厚い胸板は毎日鍛えられ、特に大胸筋と腹筋は大きく盛り上がり、ほぼ板チョコ状態になっている。

野球選手で言うならY売K人軍にいそうな感じで、容姿・家柄・才能に恵まれた上に努力も惜しまないタイプである。


彼が住んでいるパリのマティニヨン通りにある屋敷の自室は、壁の一面が総鏡張りになっており、キメたポーズや筋肉の引き締まり具合をチェックすることが出来る。

彼は日々、鏡に向かい、割れた筋肉がたるまないよう、自己鍛錬に余念がない。


執事の「じい」もそんな彼をいさめたりはせず「さすがハンスおぼっちゃま、見事な筋肉でございますなぁ。美しゅうございまなぁ」と褒めちぎり、まるで目に入れても痛くない孫のように扱っている。


「ふふふっ、たいていの女性方は私の微笑みとたくましい体に思わずよろめいてしまうに違いないだろう、どうだ、じい!」
彼は自分大好き人間でもあった。


今日もアントワネット様からの呼び出しがあり、私は大いにあの方を励ますであろう。
部屋を出る前に、彼は鏡に向かってマッチョなポーズをクイッと一発決めてみた。



さて、アントワネット様はプチ・トリアノンでお待ちだ。

今日は何をして遊ぼうか。
このあいだパリの居酒屋で仕入れた手品ネタは使ってしまったし、しんみりオーストリアの話でも切り出してみるか。いやいや、かえって寂しくさせてしまってはいけないぞ。

やはり当たりさわりのない旅行の話でもしてみるか。なにぶん、女性はデリケートだからな。か弱い女性はお守り差し上げねば。


いやしかし、オスカルだけは例外だ。あれは酒が強くて困る。

この間も居酒屋でうっかりつぶされたあげく、請求書にまでサインさせられてしまった。
これだから女丈夫は困りものだ。



フェルゼンの好みはか弱い女性で、相手が困難な立場にいればいるほど燃え上がり、自分の全力を注ぎ込むタイプであった。

かといってアントワネットがさほどか弱いわけではないが、かつての敵国から嫁いできたという理由で、言われもない批判にさらされている。

彼は持ち前の騎士精神で、王妃を守れるのは自分だけだと思いこんでいた。




さて、この日は多くの貴婦人方がお茶会をするためにプチ・トリアノンに集まり、オスカルやアンドレ、フェルゼンも招待されていた。

この頃、プチ・トリアノンではアントワネットが大規模な庭園改造を行っており、地面のあちこちに穴が開いたり、残土が盛り上げられて小山ができていたのだが、王妃の子供たちは工事中に出来た小山が大好きで、上ったりトンネルを掘ったりと、服を泥だらけにしながら大はしゃぎで遊んでいた。




「子供はわんぱくでたくましいのが一番でございます」
フェルゼンは元気そうな王太子たちを見守りつつ、つぶやいた。


「ジョゼフは少し体が弱いので、こうやって遊びながら鍛えられたら良いのですけれど」
アントワネットもうなずいた。


「しかし王妃様、工事現場はどんな危険があるかわかりません。出来れば安心な遊び場に場所を変えられてはいかがでしょう」
慎重なのはオスカルだった。


「まあ、オスカル、柄にも合わず心配性ね。ちょっとぐらい大丈夫ですよ」
楽天的なアントワネットは取り合わない。





……などと大人たちが色々と話をしていると、ポリニャック夫人がお茶が入ったと声をかけてきて、彼女らは少し休憩することにした。

庭にしつらえた白いテーブルには珍しい東洋の磁器に入れられたお茶が並び、一同はゆったりとイスに腰掛け、雑談を楽しみながら子供たちの様子をしばし眺めていた。

その間もジョゼフは小山に上ったりすべりおりたりし、姉のマリー・テレーズと一緒に遊んでいる。



そうやってしばらく幼い姉弟の楽しそうな姿を微笑ましく見ていたのだが、突然ジョゼフは小山のてっぺんで足をすべらせ、イモのようにゴロゴロと転がり、近くでぽっかりとあいていた地面の穴にスポンとはまりこんでしまった。


「あらあら」と、最初はさほど驚きはしなかった彼女たちだが、火がついたようなジョゼフの泣き声に驚きあわてて駆け付けてみると、彼がはまった穴は大人の背丈ほどの深さがあった。

その上、穴には昨夜の雨が流れ込み、子供の胸の高さまで泥水がたまっている。


泣きじゃくり、泥だらけになって救いの手を差し延べているジョゼフの姿に、アントワネットが悲鳴を上げて大騒ぎになり、すぐに引き上げようとしたのだが入り口の穴は狭く、大人が入れるかどうかという状況だった。



「私にお任せ下さい」
こう言うときは自分の出番だと思い、上着を脱ぎかけたアンドレを制止して、フェルゼンがここぞとばかりに上着とブラウスをバッと脱ぎ捨て、貴婦人方に自慢の胸板を披露した。


「あら!」

「まぁっ!」

頬を赤くした貴婦人方の黄色い声があちこちから響き、彼の引き締まった筋肉は女性方の熱い視線を浴びていた。オスカルも例外ではなく、思わず赤面した。

しかしその間にも泥水に浸かったジョゼフは助けを求めて泣き叫んでいる。



「ジョゼフ殿下、今行きますぞ!トオ〜ッ!」
彼はヒーローになりきって穴に突進した。


「キャーッ」
アントワネットの悲鳴が轟き、一同の目の前には、穴に頭を突っこんで逆さまになっているフェルゼンの姿が有った。


「おおっ、入れないっ!ついでに抜けないっ!」

フェルゼンの鍛えに鍛えた大胸筋が狭い穴につっかえ、彼は入ることが出来ないばかりか、逆さまになったまま抜き差しならぬ状態で、ただ足をじたばたするばかりであった。


「ええい、フェルゼン、どけっ」

いらついたオスカルは、逆さまになっているフェルゼンの足をかかえて大根のように穴から引っこ抜き、今度は自らが素早くするりと穴にすべり込むと、ジョゼフを救い出して高く差し上げた。

上ではアンドレがすかさず子供を受け取り、大きなリネンの布を用意したポリニャック夫人に手渡された。



幸い怪我もなく、ただびっくりして泣きじゃくるジョゼフに「お母様が悪かったのです、あんま危険なところであなた達を遊ばせるなんて…」と反省しつつ半泣きになっている。


すぐ後でアンドレに引き上げられたオスカルは泥だらけになりながらも、貴婦人の賞賛を浴びていた。

その一方で、冷たい空気がただよう中、フェルゼンはマッチョなポーズを取りつつ、その場をしのいでいた。



結局、彼の筋肉は全く役に立たなかった。

むしろ、鍛えすぎた筋肉が邪魔をして穴に入れなかったのだ。

「ご利用は計画的に」というキャッチフレーズがフェルゼンの頭をよぎり、盛り上がった大胸筋がヒクヒクッと引きつった。





だがそんなことでへこたれる彼ではない。


「アントワネット様、どうぞ私の板チョコの胸でお眠り下さい」

その夜フェルゼンはいつものように鏡の前でつぶやきながら、アントワネットを両腕に迎え入れるポーズを決め、来たるべき瞬間を今夜もシミュレーションするのだった。



一方、フェルゼンの筋肉が貴婦人方の視線を集めていたことを見ていたアンドレは、密かにダンベルを購入し、「いつかオスカルをこの腕に!」と妄想しながら、夜中にせっせと筋トレに励むのであった。



2005/1/29



up2005/10/14



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