−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。 それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -小さな嵐- 注)この話の中身は以前アップした「史上最大の作戦」とほぼ同じです。 続き物に組み込むために少しだけ変更&加筆しています。 ********** 王太子ジョゼフの誕生によって、パリでは年明けから国王夫妻をパリに招いた大祝賀会が催されていた。 国内の冷え込んだ王室の人気は一気に盛り返し、歓迎ムードがただよっている。 これからは世の中ももう少し暮らしやすくなるに違いないと、民衆もほかりな期待を抱いたのである。 警備に当たるオスカルは、ずいぶん前にアントワネットがパリをはじめて訪問し、群衆の大歓迎を受けたことを思い出していた。 あれからかれこれ九年近い歳月が過ぎている。 さすがに色々な事が有ったが、今も尚、オスカルはこうしてアントワネットの信頼を受けて王室に仕え続けており、ジャルジェ家も皆元気で変わりなく、安泰であることは幸せなことだと実感している。 だが、歓迎に集まってきた民衆の中には厳しい表情の者もいるし、アントワネットを誹謗するパンフレットをばらまく者もいる。 かつての初訪問の際、あれほどまでに熱狂的に迎えた群衆の心はすでに冷え、王室への不信感と失望が見て取れる。 絶対王制とはいえ、言論の取り締まりはあまり厳しくないのが現状だ。 相変わらずの重い税金と生活苦の憂さ晴らしに王室は、特にアントワネットは批判され、貴族に対する不満もくすぶっている。 群衆に紛れ込んで騒ぎを起こす者がいないか、オスカルは鋭い目つきであたりを見渡し、警備に当たる兵士たちの士気が上がるよう、げきを飛ばしていた。 もう前とは違う。 彼女は手放しで喜んではいられなかった。 そうこうしているうちに3月には国王の叔母、ソフィー王女が亡くなった。 アントワネットが輿入れしてきてすぐに、デュ・バリ夫人との対立をあおった三人の叔母のうちの一人だが、最近ではすっかりアントワネットの敵に回り、王妃を批判する情報源になっていた。 そう言えばデュ・バリ夫人も修道院に送られたものの、アントワネットの怒りは長続きせず、三年ほどで釈放されて今では相変わらず贅沢な暮らしをしていると聞く。 時代は少しずつ変わっているのだ。 そのジャルジェ家でも、オスカルが一人前になってから安定期が長く続き、そろそろ次の代のことを考える時期が来ていた。 ジャルジェ将軍はオスカルの上にいる五人の姉の子どもの誰かを養子として引き取り、跡取りにすることを前々から考えていたのだが、オスカルもまた時期的に同じようなことを考えていたのである。 嫁いだ姉たちはそれぞれ思惑もあり、白羽の矢が当たるのは我が子かしら?と期待半分、不安半分で待ちかまえていた。 実家であるジャルジェ家は、嫁ぎ先よりも宮廷では地位も勢いもあり、アントワネット様に直々に仕えるオスカルは信頼も厚く、そこの養子になると言うことは将来を堅く約束されたも同然だった。 誰が選ばれるかで後々もめてはいけないので、孫たちのいずれかを跡取りにするために、ジャルジェ将軍は公平にくじ引きで決めることにした。 その結果、次女の三男のリュックが選ばれ、あわただしく準備が始まったのである。 アンドレは空いている部屋を掃除した後、壁紙を貼り替えたり家具を入れ替えたしり、小さな男の子らしいさっぱりした個室にインテリアを作り替えていた。 これは本人もかなり気に入った仕事だったらしく、夜遅くまで続けていたのでついにはジャルジェ将軍から夜中に釘打ちだけは止めてくれと言われたほどだ。 ほどなくやってきた跡取り候補は深い緑色の目をした栗色の髪の少年で、年の頃は9才で、初日の今日はおとなしそうに見えた。 一応の礼儀は心得ているようで「リュックです。今日からよろしくお願いします」と、ちゃんと挨拶もした。 このことを一番喜んだのはジャルジェ夫人で、又ひとり子供が出来たと目を輝かせ、小さい服を用意したり子供向けのおもちゃや本を取り寄せた。 跡継ぎとしてちゃんと教育するのは主にオスカルの仕事だが、いざとなると何から手を付けていいのかわからない。 結局は一日一日の積み重ねなので、本人に無理なく自然にしっかりと、徐々に自覚を持ってくれたらそれで良い。 色々と考えた末、日常生活を淡々と過ごせばいいのだと、方針を決めた。 まずベルサイユ宮殿に連れて行き、その壮大さと王権の偉大さを説明し、簡単な社会の仕組みを教えた。 そして屋敷に出入りする人々のことや、ジャルジェ家の家系図やご先祖の武勇談などにも話は及んだ。 リュックは目を丸くして驚いたり、勇ましいご先祖の話に聞き入ったが、このように一度や二度、説明しただけですんなり理解できるとは言い難い。 とにかく、色々な経験を通じて自分の立場を早く理解してくれれば良いがとオスカルは思っていた。 一ヶ月もすると、リュックは暮らしにも慣れたのか、周囲の者にも遠慮なく話しかけたりもした。 「叔母上」 と言われると、つい苦笑するオスカルだったが。 さて、ジャルジェ家の跡取りとして肝心なのは帯剣貴族として必要な武術の基礎を教えることだった。 オスカルは剣の使い方から馬の乗り方まで仕込もうとして、時間の都合などで相手に出来ないときはアンドレにも手伝ってくれるように言った。 特にアンドレは子供にあれこれ教えることに慣れているので、こう言うときは心強い。 それにリュックは思いの外、アンドレになついた。オスカルに頼まれなくてもちゃんと相手をしていたし、むしろ楽しんでいるようだった。 馬に乗せて欲しいとねだったり、とっくみあいのまねごとをしてみたり、体ごとぶつかるような男の子らしい遊びは彼の専門だった。 真剣なケンカにもつきあったし、ちょっとした筋道などもアンドレが言ったことなら素直に聞き分けた。 男同士だと少年も心おきなく接することが出来るのか、さすがのオスカルも出る幕がない。 やはりこういう事は本物の男じゃないとだめなのだろうなと、彼女は苦笑する。 時にはアンドレを「父上」と呼ぶので、本人も困っているらしい。 身分も違うので、やはりけじめとして名前を呼び捨てるようにと言い聞かせる。 しかしリュックは少し甘やかされて育ったのか、なかなか我慢が身に付かず、あくまでマイペースなため、そう簡単にオスカルの思い通りには動いてくれない。 慣れてくれば慣れるほど、子供は厳しい練習や退屈な勉強にはなかなか興味を示さず、わくわくするような冒険に気が逸れてしまう。 オスカルにも楽しいお話をして欲しいとせがむが、フランスの歴史の話になるとたちまち目から輝きが消えてしまう。 銃がうまく扱えないと「できない!」と泣き出したり、「もうヤダ」とだだをこねたりする。 まだまだ何事も遊びの範囲を抜け出せず、跡取りの自覚は芽生えてこない。 剣を持たせてもモタモタとサヤから抜くだけでやっとの様子で、どちらかというと剣に振り回されている感じだ。 すぐに何でも出来ないのは当たり前と知りつつも気ばかり焦るのはあくまで大人の視点なのは解ってはいるのだが。 だが性質は大変良くて、ばあやが重い荷物を持って階段を上がっていると、ちゃんと手伝ったり、召使いにも愛想が良く「ご苦労様」と声もしっかり掛ける。 そう言うところは安心だが、なにぶんにもおっとりした性格が軍人には不向きではないかとオスカルやジャルジェ将軍をはらはらさせる。 「父上、私もあのようなものだったのでしょうか」 オスカルは時折、途方に暮れる。 「う…む、もう少しマシだったとは思うが…」 父は頭を抱えてうなってしまった。 そう言われてみれば、父はオスカルに「お前は男だ」と怒鳴りつけ、彼女も父に認めてもらいたくて一生懸命しがみついてきた。 基本的にオスカルは意地とプライドを持っており、父のおかげと言うよりは生まれ持った強い意志貫通の素質があり、自分で自分を鍛えてきたという部分が大きい。 父としても軍人に育て上げるのには、特別苦労はしなかったのだ。 「もっと厳しく接してはどうか?」 ジャルジェ将軍はその程度しか助言が出来なかった。 しかし彼にとってはかわいい孫である。 言葉とは裏腹に、彼自身は厳しくしつけると言うよりは、無責任にちやほやとかわいがっていた。 しかし、小さな子供がいるだけで屋敷の雰囲気はガラリと変わり、毎日リュックの奇妙な行動に大人たちは振り回されていた。 屋敷の床に敷き詰めてある絨毯はいつも泥だらけで、庭の土は掘り返されて穴が開き、馬のたてがみは変な形に結ってあったり、リュックの行くところ何か騒動が持ち上がった。 オスカルは時折、限度を超えたいたずらには厳しく叱りつけるのだが、こわがるのかと思うと、時折甘えて近寄ってきてはだっこをせがむ。 時々、オスカルは間違えて「ママン」と呼ばれるのだが、さすがに何とも言えない気持ちになった。 「どうやらお前のことを女扱いしているみたいだなあ」 と、アンドレは笑っている。 なにせ悪気のない子供の行動は面白く、オスカルは仕事を持ち帰ってでも早く屋敷へ帰ってきたし、ジャルジェ将軍もつきあいの酒などもぴたりと止めて早々に引き上げてくる。 「もう一人、産んでいたらよかったかしら」 夫人もあきれたように笑うしかない。 しかしそろそろ慣れてきたかと思われた二ヶ月目に、リュックは高熱を出して寝込んでしまった。 オスカルは心配して枕元で看病したが、医者も単なる疲れでしょうと言うばかりではっきりしない。 なのにアンドレなどは普段、あれほど父親のように接していながら「環境が変わるとそんなもんさ」と落ち着いている。 彼も子供の時に屋敷に引き取られてきた。 最初はどうしても慣れるまで気を遣ったり、知らぬ間に疲れをためてしまう。 昔は彼自身も熱を出して寝込んだこともあるし、第一、リュックには世話をするわがままなお姫様がいないだけマシではないか、と彼は思ったのだが口に出すのはさすがに控えた。 一方のオスカルはこんな時、男はあっさりしたものだなとあきれたが、反面、このような事態になるとすっかり母親のようにつきっきりで看病してしまう私はどう考えても女だなと意外なところで自分の女性らしさを思い知らされる。 ところが、熱が下がると今度は頭が痛いとか、お腹を壊してぐったり一日を過ごしたりと、オスカルのみならずジャルジェ家総動員で心配させた。 それまでのんきに構えていたアンドレも自分がこのお屋敷に引き取られたときとはちょっと違うと気になり始めていた。 ジャルジェ夫人は何度も医者に診せ、ようやく原因を突き止めてみたら、それは「ホームシック」というものだった。 個人の性質にもよるが、養子に出された事によって本人にも気が付かないところで我慢が積もっていたのではないかという診断だった。 周囲に気を遣って何事もない顔をして、実は無理をしていたと思うと幼いリュックがけなげでいじらしい。 直すためには、やはり親元に帰すしかないという事になった。 思えば小さな子供でも居心地が良いかどうかは肌で感じているはずだった。 言いたい放題言っていたリュックでさえ、尚、どこかで我慢をしていたことに気が付いてやれなかった事を、オスカルは済まなく思っていた。 何事にも手を抜くと信頼関係は崩れてしまうように、自分のちょっとした言葉や態度で子供の顔色は色々と変わっていく。 たとえ相手が小さい子供だからと言って、人と人とが接することは常に真剣でなければならないことも、彼が来たことで学ぶことができた。 そして、ふと自分の子供の頃を思い出し、少しのことなら我慢して飲み込んでしまい、子供らしいわがままで親を困らせたり、甘えることをあきらめてしまった自分は、本当に子供らしい子供だったのだろうかと振り返ってもみた。 「おうちに帰れるぞ」 アンドレはリュックにそう伝えると、彼は今までにないほどの笑みを浮かべて喜んだ。 病がちだった少年がみるみる元気を取り戻したのは言うまでもない。 一週間ほどですっかり元気になったリュックは、自分の屋敷へ帰る準備を着々と進め、率先して馬車に荷物を詰め込んでいった。 涙ですっかり目が曇ってしまったジャルジェ夫人は、リュックのために買ってきた小さな服や本を「これも持って帰りなさい」と言いながら荷物の中に押し込んだ。 「よほど帰るのが嬉しいらしいな」 アンドレはつぶやく。 「………」 オスカルは言葉が出ない。 短い間だったが、大人ばかりの生活では味わえないさまざまなことがあった。 小さい者を守るという事の嬉しさも責任感も知った。 結局、色々と教えられたのは自分たちの方なのだとようやく気がつき始めた頃の別れである。オスカルが平気でいられるわけがない。 いよいよ馬車が出るという時になると、ジャルジェ将軍は涙をこらえて肩が震え、夫人やばあやはリュックを抱きしめて泣き濡れていた。 リュックもようやく慣れてきて情が移った人たちとの別れとなるとシクシクと泣いた。 オスカルはこのような時に、泣いては男として恥ずかしい…などと思いつつアンドレを振り返ると、彼は恥ずかしげもなく涙を流して突っ立っている。 「お前、何だよ…その顔は…!!?」 オスカルはその様子があまりに情けないので苦笑してしまったが、かえって彼女のやせがまんもそこで途切れ、彼に負けず劣らず号泣してしまった。 幼い子は何か小さな出来事があるたびに涙を流しても、次の新しい楽しみをちゃんと見つけて忘れて行く。 だが、大人たちは様々な思いが絡まって後々まで尾を引いてしまうのだ。 妙に静かになった屋敷の中は、リュックが来る前に比べてひっそりしたように感じられた。 オスカルにしても、よもや自分がいまさら結婚をして子供を産むなどという具体的な想像は出来なかったが、自分が女性としての特権を今まで顧みなかったのではないかとふと考えたのであった。 だが跡取り問題は振り出しに戻ってしまったのだ。 オスカルは懲りずに、甥っこの誰かに跡を取らせようと考えていたし、ジャルジェ将軍は夫人から養子騒動はもうこりごりと釘を刺され、今後も大いに悩みそうだった。 とにもかくにも養子作戦は大失敗に終わったのである。 リュックの笑い声がいまだ耳から消えないジャルジェ家のとある一日は、静かに暮れていった。 2005/3/5/ 続き物用に一部変更2005/8/9/ 2005/8/13/up 戻る |