−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-日没-



当時流行の女流画家でルブラン夫人という人物がいる。

彼女は人物の柔らかな表情を描くと右に出る者はいないと評されており、そのうわさを聞きつけたアントワネットは彼女の絵を一目見るなり気に入ってしまった。


さっそくルブラン夫人に描かせた肖像画は、母となって尚のこと、しっとりと美しい王妃の誇り高い表情をよく捉えていた。

以後、アントワネットの面影はルブラン夫人の手によって後世に伝えられることになる。




**********




マリー・テレーズ内親王殿下が誕生してからずいぶん日が過ぎていった。

そろそろ次の懐妊も期待できるはずなのにと、オーストリアの母からは催促の手紙が舞い込んでくる。

確かにアントワネットの夫婦生活はごく平凡に、しかし燃えることもなく単調に続いてはいる。

だが元々、実生活と同様、寝室においても、国王は人とかかわることには控えめな男だった。
又、彼には早朝から狩りにいく趣味もあるし、学問に没頭する時間も欲しい。そうなると、どうしても夫婦の時間にしわ寄せがきてしまう。

アントワネットはその事が不満とまではいかないが、だからと言って彼女から積極的になることは品格を落とすようにも思われ、さりげなく夫をベッドに導くことに苦労していた。


それに彼女にとっても真に男らしさを感じる男性は他にいた。

愛や恋には至らないが、アントワネットの親しい男友達は皆、控えめに見積もっても夫より男性としての魅力を持っている。

何をして男らしいと判断するかは人さまざまだが、彼女にとっては自分をたいくつさせずに構ってくれて、尚かつ頼りがいのある男性を求めている。
率直に言って、甘えたいのである。

その点、人付き合いが苦手な夫には物足りなさを感じてしまう。


たとえば、マリー・テレーズを出産して間もなくフランスへ再来したフェルゼン。

彼の話では旅の途中でフランスに来たのは、たまたま王女の誕生の直後であったとのことだが、本当のところはちゃんと時期を見計らって祝いの言葉を伝えたかったのだろうと確信している。
押しつけがましいことが嫌いな彼は、なかなか謙虚な男なのだ。


常にアントワネットを中心に物事を考えてくれるフェルゼンに、彼女が好意を持たないはずがない。

もちろん浮ついた気持ちではない。彼女とて今は一国の王妃である。


彼女が好意を寄せる男性として必要なのは、まず王妃への絶対的な服従の態度だ。
決して出しゃばらず、たとえば激情ですら形を変え、誠実な態度で示すという節度。

その点、フェルゼンはちゃんと心得ており、申し分はない。


先日のフェルゼンの正装は貴婦人方の間からも賞賛の嵐だった。

アントワネットは婦人たちのため息と夢見る瞳を見ながら、あの正装は誰のものでもない、私自身のために捧げるものであったのだと密かに勝利をかみしめていた。

忠誠を誓う騎士にかしずかれることによって彼女の女王としてのプライドはくすぐられ、それに比べると、いくら情が通ったとは言え、夫との夫婦生活は義務のように感じ、ふと面倒になってしまう。

早く子どもは欲しいが、誰に抱かれているのかをごまかすように目を閉じ、彼女はベッドの中で無意識に夫の顔を見ないようにしていた。





「王妃様、今日はお肌のつやがとてもよろしゅうございます」

ルブラン夫人はプチ・トリアノンの窓際で椅子に腰掛けてじっとしているアントワネットに話しかけた。



「今、動いてよろしいのかしら、ルブラン夫人」
アントワネットはしゃんと座ったまま、口だけを動かしていた。

下絵を描いているときはあまり動かない方が良いと思い、夫人を気遣っていたのだ。



「申し訳ございません。ゆったりとおくつろぎになって下さいませ」
王妃の身を少しの間だけでも不自由にしていたことに、夫人は大いに恐縮したのだが、実のところアントワネットは好きな人物には大変温厚だった。

かえって王妃の方から気遣うほどの優しさもあり、ルブラン夫人は相手が王妃だからというだけではなく、一人の女性としてもたちまちアントワネットに心を奪われてしまっていた。



「昨日は楽しい出来事がたくさんあったのですよ、ですから今日はもっと素晴らしいことが起きそうな気がして、私はとても幸せなのです」


昨日、フェルゼンと共にオスカルが参上し、楽しく語らいの時間を持つことが出来た。

最近、特にフェルゼンを呼ぶときはオスカルが同席することが多い。
なぜならフェルゼンと二人きりになってしまうと、前のようにあらぬうわさが一人歩きしてしまうのだ。


こういう時こそ、オスカルがいるとあまり人々の関心はフェルゼンには向かず、アントワネットとしては非常に助かっている。

オスカルは余計なことは言わず、口も堅く、尚かつ王妃を見守ってくれる。
それにまず古くからのつきあいで王妃の事情をよく知っている。
今さらアントワネットもオスカルに気を遣うこともないし、軍籍の二人は話題も豊富で、話も尽きない。

フェルゼンも気兼ねなく話が出来る友人・オスカルと同席することで、よりくつろいでいるらしい。


反対にオスカルにすれば、二人の仲を取り持つための隠れ蓑のようなもので、内心は複雑だったが、王妃付きの仕官としてアントワネットのためならと、出来るだけその場の雰囲気を大事にするように心がけていた。


いつのまにか三人の関係は互いに相手を必要とし、安定を保っていたのである。




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この頃アンドレはオスカルの供をしない時、週に一、二度ほど、パリの教会へも出かけ、子供たちに読み書きを教え始めていた。

以前から屋敷の召使いの子供に教えていたのだが、時間があればパリにも行って欲しいと言われていたのをついに実行に移していた。

先日、ボルドーから帰ってきて、彼なりに何か出来ることを始めようと思ったのである。


時には教会の屋根を直したり、同じように奉仕活動をしている大工の親方からちょっとした仕事を教えてもらったりしている。


この時代、パリでも文字が書けない・読めない人は多い。

フランス全土でも男性の二人に一人、女性に至っては四人に一人しか字が読めない。
そのせいで、不利な契約書に何も解らないままサインしてしまったり、変わりつつある世界の新しい情報がパンフレットとなって登場しても、誰かに読んでもらわないとその意味すらつかめないのである。

母が形見に残した子ども向けの国語の本は実に良く役立ち、下町の子どもたちが少しずつ文字を覚えていくのを彼は喜んで見守っていた。


ジャルジェ家の主人たちはそんなアンドレに寛容だった。

教会からも是非とまで言われているし、幸い、オスカルも彼の変化に理解を示した。
特に近衛隊兵士の訓練中はアンドレも時間を持てあまし気味なので、その時間を当てるのは無理がない。


ボルドーで何があったのかは彼も詳しくは話さないが、人のためになることをしようとする行動をあえてオスカルが止めるはずがない。


ジャルジェ夫人もことあるたびに彼に教会への施しを持って行くようにと言い、ばあやの涙腺をゆるませていた。

又、父であるジャルジェ将軍も、元々アンドレをオスカルのケンカ相手に引き取った経緯もあるので、オスカルが良かれと思うように判断を任せている。


ただ、アンドレも奉仕精神ばかりだったとは言い切れない。

オスカルのフェルゼンに対する態度が一体何なのか、彼にとっては心配でたまらなかったのだ。

フェルゼンを見つめるオスカルの嬉しそうな目線、かと思うと彼をわざと視界からはずして無視する態度。見れば見るほど不自然でぎこちない。

そんな彼女のそばにいると、事の真意を聞き出せない自分にいらだってしまう。


特に旅に出ることによって、人は空気が変わるのを実感する。

旅の開放感を知ったアンドレにとって、悩みを抱えた日常は、何事も同じ事の繰り返しに思えて閉塞感を感じてしまう。

自分を忙しくさせて屋敷を出て行くのも、ある意味、そんな自分を持てあましての行動でもある。


もちろん、彼のような召使いの立場であれば、本来自由になる時間は少なく、息抜きの旅行などは出来るはずがない。

慈善活動にしても主人であるオスカルが許可をし、勧めなければあり得ない。
彼の自由は、普段からオスカルが彼を召し使い扱いしていないと言うことだ。


だが、気持ちを切り替えるために違う世界に飛び出したことはアンドレにとって非常に良い体験になった。
フェルゼンが理由を付けてスウェーデンを離れ、旅に出る気持ちが彼にもわかるような気がした。




一方のオスカルも独りでいる時は一人で遠乗りに出かけたり、時折書斎にこもって本を読んでいた。

百科全書も一部の反対派から弾圧されて途中から入手が困難になったものの、新しい物好きな父のおかげで全巻が揃えてある。

それにパレ・ロワイアルの書店では様々な本が並んでいる。思想の本から恋愛小説まで、とにかく人々の知識欲を刺激し、自我の目覚めを呼び起こしていた。

又、詩人のヴォルテールや思想家のルソーが去年相次いでこの世を去り、時代は着実に移り変わろうとしていた。



オスカルが一人静かに本を読むのも珍しいことではない。

だが最近、特に物思いにふけることがあり、決まってそれはフェルゼンの事であった。
彼の正装を見た瞬間の衝撃が、今でも胸のうずきとなって何度もわき上がってくる。


アントワネットとフェルゼンの間にぽつんと座るときは、孤独を感じつつもフェルゼンの横にいられることを喜びに感じる。

彼らが口さがないうわさを嫌い、二人きりになりたくないばかりに、悪く言えばオスカルを利用しているのはわかっている。

だがオスカル自身も、アントワネットばかりではなくフェルゼンのために役立ち、彼らに必要とされていることに意義を感じている。

これまでは自分の努力と力を信じて生きてきた彼女にとっては、非常に受け身な考えなのだが、心のどこかで誰かと、ささやかな世界を共有したい気持ちが芽生えてきたのかも知れないと、本人もうすうす気が付いている。

それにまず、彼の横顔をずっと眺めているだけで幸せな気分になる。


しかし、そんな馬鹿な話があるだろうか。


彼はこれまで共に酒を飲み交わし、議論し、遠乗りに誘い合う友達だった。
確かに久しぶりの再会に感動したが、なぜいきなり友人に対してこうも意識しなければならないのだろう。

今は彼のことを思うと手が止まってしまう。


いや、それではいけないと、オスカルはつい何か夢中になるものを探して、本の世界に逃げ込んでいく。

だが、理性だけで処理できないのがわき上がる感情である。
この気持ちは何なのだろうと、彼女の本を持つ手は時折、不意に止まってしまうのである。


男として育った彼女は、年頃になって恋をし、誰かの元へ嫁ぐ心の準備などしたことがない。

まして、恋心を抱いた男性に対してどう接していけばいいのか、又、女としてどういう具合に甘い夢を見ればいいのか全く鍛えられておらず、彼女の女としての心はこれまでほとんど開かれてはいなかったのだ。




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同じ頃、財務総監のネッケルはあれこれと改革を行っていた。

アメリカ独立戦争にかかる予算をひねり出すために国債を発行したり、かつてテュルゴーが目指して頓挫した賦役の廃止に代わる改革案も考えていた。

フランス軍がアメリカへの派兵を決定すれば、さらなる経費が必要となる。

このままでは財政がもたない。

ネッケルの心のどこかで危険を知らせるランプが点灯し始めていた。



彼なりの改革として農民の権利を踏みにじる悪習を廃止したり、極端な権力の不公平を正すために手を入れたが、結果的に全てが上手く行ったわけではない。

かえって、社会全体的な矛盾があらわになったばかりで、民衆の不満はくすぶり続けていた。


いくら解放を目指した改革でさえ、もうすでに処置を施せないほどに、制度は崩壊寸前になっていたのである。


又、アメリカ独立戦争に参加し、先頃一旦フランスに帰国していたラ・ファイエット候はすでにアメリカでの活躍を認められ、新大陸の英雄と讃えられていた。

これには在仏のアメリカ大使、フランクリンの口添えも一役買っている。



聞くところによるとラ・ファイエット候は、国王のルイ十六世にフランス軍のアメリカ派兵を進言し、王の心を動かすほどに勢いづいているという。



ちょうど彼は帰国後、ジャルジェ家にもあいさつにやって来て、渡米の際の援助について感謝の意を述べていた。

ジャルジェ将軍にとっては、国王の許可もなく勝手に参戦した生意気な若者に対し、少しばかり冷たい態度で接してはいたが、それなりに武勲を上げても尊大にならずに、相変わらず大きな夢を語る彼に対し、次第に態度を軟化させ、最後には応援するまでになっていた。


ラ・ファイエット候はオスカルにも是非アメリカの本土へ来てみたまえと勢いも良く誘うのだが、オスカルにとってはアントワネットのそばを軽々しく離れるわけにはいかず、話を聞くだけに留まっていた。


事実、練兵場でオスカルを見たアメリカ大使のフランクリンも、是非オスカルのような指揮官がアメリカに欲しいと言ったほどだ。

しかし、王妃付きの近衛士官であるオスカルを手放すアントワネットではない。
笑い話で一蹴されてしまったのは宮廷でも有名な話だ。



特にアメリカ大陸は広く、未知の大陸である。

何かと領地の争いで戦火が絶えないヨーロッパと違い、アメリカの広大な土地はいくらでも開拓の余地がある。
おかげで領地の取り合いにあくせくすることもなく、国境をめぐってのいさかいも回避できる。

次の時代を作るのはアメリカ大陸であると前王のルイ十五世も狙いを付けていただけに、イギリスとの確執以外に、アメリカを支持する独立戦争への関心はいやおうなく盛り上がっていく。




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この年の終わり頃、アントワネットの元にすっかり弱った母の手紙がオーストリアから舞い込んだ。

近頃では弱気な言葉も目立つようになり、故国のオーストリアでは外交問題によって、女帝マリア・テレジアの心労は積もり積もっていた。

かつてなら自らが率先して近隣諸国と渡り合ってきた女帝だが、それも気力・体力の限界と共にだんだんと難しくなっている。
あれほど政治に口を出すなとアントワネットにはさんざん言ってきたのだが、時にはフランス王妃としての立場を利用して諸外国への仲介を頼んだこともあり、偉大な女帝の全盛期に比べるとその勢いが落ちてきていることは明らかだった。


今日も又、老いてきた母が風邪をこじらせ、それでも尚、アントワネットを気遣ってあれこれと女王らしさを保つようにと、相変わらずの忠告を書きつづってきたのである。



実はついこのあいだ、アントワネットは馬車に揺られたために、第二子を流産したばかりなのだ。
母からの手紙には娘の体調を気遣いつつも、このようなことでくじけず、子どもが早く授かるように努力をしなさいと激励してある。


だがいつものことだとばかりにアントワネットは手紙を投げ出せなかった。
なぜなら手紙に最後には「もうこれきりになるかも知れません。あなたに大いなる神のご加護を」と記されていたからである。




故国の女帝マリア・テレジアは何より末娘の事を気にかけていた。

数多い娘の中で、縁あって一番最初に嫁ぐことが決まった幼いアントワネット。
まだ女王としての心構えも教育もなされないまま、元敵国のフランスへ嫁ぎ、母としては心配の種になった彼女のことを病の床に就いても気が気ではない。


女帝は今さら死を怖れてはいない。

先祖から言い伝えられているように、子どもたちにもハプスブルク家の血を引く者は死を怖れてはならないと言い聞かせてきた。
寡婦となった彼女にとって死とは、むしろ最愛の夫の元へと行くための通過地点に過ぎない。


心残りはいつかこの目でフランスの世継ぎの誕生を見たかったのだが、もうそれも叶うまい。

しかし反面、今にも土台が抜け落ちそうなフランスという王国が、我が娘の愚かさによって崩壊していくのを目の当たりにすることがないのは、少なくとも幸せなのかも知れない。


政略結婚によって嫁いでいった娘たち、そして祖国を担う息子たち。

彼女の慈愛の精神は力強い国の改革のために費やされ、国の存続のために子どもたちに対しては王族としての責任を優先させ、自らは国の母としての役割を演じてきた。

しかし彼女も又どこの親とも同じく、心の中ではただ子どもたちの幸せを願う一人の母に過ぎない。



マリア・テレジアは苦しい息の下で、子どもたち一人一人の上に栄光と幸せが、そして誇りある人生をそれぞれが全うできるよう最後の最後まで祈り続けた。





1779年11月29日、偉大な女帝は静かにこの世を去った。

知らせがフランスに届いたとき、アントワネットはしばし放心した後、すぐに泣き崩れてしまい、腰掛けた椅子から立ち上がれなかった。

いつも快活な妻がこの上なく嘆き悲しみに暮れている姿は、夫であるルイ十六世にとってもたいそう胸の痛むことだった。


だが、こういう時に黙って彼女を抱きしめ、優しく髪をなでるといったような行為は、彼自身も今まで誰からもされたことはなく、又、誰かに対して実行できるほどの自信は持ち合わせていない。

「それは悪いことだった」と一言言うだけで言葉を無くし、彼はそれ以上声もかけられず、王妃の横で立ちつくしていた。



お悔やみを述べるために参内したオスカルは沈痛な面持ちで、王妃の嘆きを目の当たりにした。

今までは母に反発しながらも、アントワネットの女王としての誇りは偉大な母からの影響力によって培われてきた。
王妃となる指針として心の支えになってきた母を亡くし、彼女は失ったものの大きさになすすべもなく打ちひしがれている。


あまりに悲しみが深く、どうにも王妃の様子が気になって、オスカルがその日二度目に伺候した時、控えの部屋で肩を震わせるアントワネットを腕に抱いて優しく慰めていた男性は、夫ではなくフェルゼン伯であった。


フェルゼンの痛ましい表情を見る限りでは、決してやましい抱擁ではなく、王妃の悲しみを少しでもやわらげたいという紳士的な精神に他ならないであろう。



しかし、宮廷ではそのようなきれい事など通用しない。

オスカルはうっすら開いていたドアをそっと閉じ、通り過ぎる人の目に触れないように警戒した。



心を許した男性の腕に抱かれる事はそんなに喜ばしいことなのだろうか。



以前の彼女であれば、そう思ったに違いない。

フェルゼンとアントワネットが惹かれ合うことに危惧し、又は密かに擁護し、二人を保護する立場でいられた。

オスカルは自分の女性としての感情を、今まで無視していたのだから苦もなくやってのけてきた。




だが、今は違う。


二人を隠すドアの前で、彼女は惹かれ合う男女の甘く切ない気持ちと共振していた。

その反面、決して表に出すことのない片恋の苦しさに、やるせない気持ちのオスカルは、果てしないほどに深い孤独を感じて立ちつくしていたのである。




**********




ようやくアントワネットが落ち着きを取り戻したのは年の暮れで、少しでも気を晴らそうとお気に入りの女流画家を呼んでいた。


「あの美しい司令官は何とおっしゃるのでしょうか」
画家のルブラン夫人はアントワネットに問いかけた。


プチ・トリアノンへ到着した王妃の護衛を終えて、ベルサイユ宮殿に戻るオスカルの事を指していた。
アントワネットは彼女の名と官職を夫人に説明し、「私の大切なお友達」と言った。


「たいそう美しい方でございますね。王妃様のように、是非絵に描き留めたいほどでございます。いえ、もしかするとああいうお方は生き生きと行動なさっているところが一番輝いて見えますので、一枚の絵に閉じこめるのが難しいかも知れません」
夫人は職業柄、すでにオスカルを被写体として観察している。


「ああ見えてもオスカルは女性なのですよ。ですけれど性格は男の方のように勇ましく、私には想像がつかないほど強いのです」
アントワネットもオスカルのことを、まるで神話に出てくる勇者のように語った。


「そうでございますか、それで合点がいきました。それにしてもあの方の表情は恋をなさっているのではございませんか。非常に美しく悲しい…」
ルブラン夫人は独特の洞察力でオスカルを見抜いていた。


「オスカルが恋?おほほ、まさか」
アントワネットは笑って取り合わない。


隣で扇子をぱたぱたと優雅にあおぐポリニャック夫人も又、「そんな馬鹿な」という風に、王妃に目配せして含み笑いをしている。



むしろそれは仕方がない。誰もオスカルがフェルゼンに恋をし、密かに胸を痛めているとは想像だに出来ないからである。

男装の麗人の心など誰にも解らないし、かえってなぞめいている方がよいに決まっている。結局のところ、オスカルの本心など誰も知りたくはないのである。




2005/6/21


up2005/7/25/



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