−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-再燃-



フェルゼンがパリでお見合いをしたのは、財務総監のネッケルの娘、ジェルメーヌ嬢である。

ネッケルはスイスの一市民なので貴族ではない。
彼は財務の手腕を国王に買われて総監の地位に就いているのだが、やはり爵位が欲しいと常々思っている。

せめて娘は貴族のところに嫁入りさせたいと、このたびのお見合いとなったわけだが、なにぶんにも彼女はまだ12才で、極端に早すぎると言うこともないが、性格的に結婚についてさほど積極的にはなっていない。



ジェルメーヌの母、つまりネッケルの妻のサロンには当時、有名な文化人や文筆家が数多く集まり、彼らは新しい進歩的な考え方に精通していた。

古い迷信や矛盾した制度を否定した人々に囲まれ、幼いときからジェルメーヌは自立心と論理的な考え方を身につけて育った。



ただ、彼女は女性としては外見上さほど美しいとは言えず、見た目は骨太で、自己主張の強そうな印象があり、多少、女性らしい気配りや優美さに欠けている。
ネッケルも、ならば少しでも若いうちに娘の嫁ぎ先を確保しなければと気を回していたのである。






しかし当の娘のジェルメーヌはフェルゼンと会って話をした後、不服そうな顔で屋敷へ戻ってきた。

確かに年が十歳も離れていれば話が弾むとは思えないが、ちょっとでも相手に引かれるものが有れば顔に出るはずだ。



どうだったと聞かれて彼女は「とても性格が合いそうにありません」と一言。
フェルゼンと言えば、宮廷の貴婦人方がなびくほど人気もあり、人望も厚いと聞く。

それを一言で片づけると言うももったいない話だ。


「彼は、弱い女性がお好きなのです。私は見ての通り女性も男性と同じ権利を主張すべきだと思っておりますし、将来の夫に頼らずとも楽しく充実して生きていくことが出来る自信がありますわ。だけれどあの方は女性を保護することに自身の喜びを見いだすような方ではないかと見て取れました」


「それは普通の男性なら、たいていは同じではないのか。騎士というものは女性を守ることに使命を燃やすものだし、良い話だと私は思うのだがな」
父であるネッケルは、せっかくの良縁を上手く運びたくて仕方ない様子だ。

彼女がもう少し意地が悪ければ「ならお父様がご結婚なさいませ」と言われるところだろう。


「いいえ。何か、こう…あの方は違うのです。弱い女性という言い方が間違っているのかも知れませんが、そうですね…強いて言えば…あえてその男性を奮い立たせるために、弱さをちらつかせるような女性を好まれている…。そんな感じなのです。私はいくら夫のためとは言え、そのようにまるで草木が風になびくようなふりは出来そうにありません」


「ジェルメーヌ、それではますます彼は普通の男ではないかね。おまえももう少し大人になれば、もっと柔軟に物事を考えられるようになるはずだよ」

良く気の利く女というものは、相手の男性が何を求めているかをしっかりと見極め、もし「弱さ」を求めているのなら弱い女のふりをするものだよと言いたいのだが、こんな所で男と女の駆け引きを娘に説明するほど、父は進歩的ではない。

彼はかたくなになる娘に対し、さとすと言うよりはむしろ懇願していた。


「それよりも心ここにあらずというのか、言い方が悪いですが、とりあえず結婚しておこうかという風に、全く真剣味がありません。きっと他に好きな女性がおありなのですわ。そのような方はこちらから願い下げです」

ジェルメーヌはさめた口調で言い切った。


この分では破談は間違いない。
次はアントワネット様に泣きついてみようかとネッケルは途方に暮れた。





**********





「こうもいいお天気では毛皮の上着はさすがに暑いですなぁ。ちょっと失礼いたします」
老大使は笑いながらおもむろに馬車の中で上着を脱ぎ始めた。

宮廷に伺候した後、アメリカ大使のフランクリンはパリの住まいへ戻ろうとしていた。
治安が特に悪いわけではないが、ご老体と言うこともあり、ジャルジェ中佐が自ら護衛について送っていくことになったのだ。

むしろ任務というよりはオスカルの希望でそうなったと言うほうが正しい。
フランクリンと言えば雷の実験で有名な人物で、発見やさまざな発明品を作り出した科学者でもある。
それに時折、彼の口から出てくる「共和制」という言葉にも興味があった。



オスカルにとっても、ルイ十六世やアントワネットという君主がいて、彼らの絶対的な権力の下、臣下として忠実に仕えることこそジャルジェ家の生きる道と信じて生きてきた。

しかし、今では「自由」や「理性」という新しい考えが古い制度に打撃を与え、代々受け継がれてきたしきたりや伝統と言ったものは覆されようとしている。

特に王制と一口に言っても、各国によって色々と違う。
議会が権限を持つ国もあれば、王が絶対的な権力を持つ国もある。

彼女は、王のいない国・アメリカの考え方を聞きたかったのだ。



上着を脱ぐ動作を見ていても、粗野に見せかけてフランクリンの身のこなしは上品で嫌みがない。
ただ者ではないとうわさされるのもうなずけるほど、彼はやぼったくて人の良い老大使の役を演じつつ、フランスの世論を味方に付けて参戦に導くしたたかさを持っている。




「共和制というものは面白いものでございましてな」
フランクリンはオスカルの腹を読むように、話しはじめる。

いつも宮廷で話すような田舎者の口ぶりではなく、ごく普通の老紳士の口調にかえっている。


「君主もおりませぬし、特にアメリカは広い国ですゆえ、土地の取り合いも起こりません。新しい土地を開拓していくというのは血の気の多い若者にはうってつけの国でございましょう。とは言えまず独立を勝ち取ってからの事ですが」
実際、アメリカに全く問題が起きないわけではない。先住民との戦いもあり、血なまぐさい事件も続いている。

しかしアメリカ先住民で酋長の娘であるポカホンタスという少女が、イギリス人と恋に落ちたという話は有名である。
異文化の接触は単に争いだけでないところが不思議なものだ。



「我が国では考えられぬ事でございますな。フランスの栄光は王制によって培われてきたのですから。共和制にはなかなか馴染むことはできますまい」


「そうですかな。世の中の流れは大河のごとく、平穏なときもあればいつ激流に変わるかも知れませぬぞ」
フランクリンは意味ありげな目をオスカルに向けて面白そうに言う。
彼女も普通なら話の腰を折られると不快なものだが、相手の懐が計り知れない場合はかえって真実みがあり興味もわく。


「ではあなたはフランスもアメリカのように共和制になったほうがいいとお思いなのですか」
オスカルはどうせならと、フランクリンの真意を聞き出すことにした。


「いえ、私はフランス人ではありませんから、あなた方の国に対してどうせよととやかく言う権利は持っておりませぬ。フランスがどうなっていくかはあなた方の問題でございましょうぞ」
彼は謙虚に首を振った。


「私には国王様や王妃様のいない国など想像できない。それはまるで今の秩序が全て失われるのと同じですからな。しかし世の中の変化に対してどういう王制が望ましいのかという事について、私などがとやかく申すのは恐れ多いのだが、たとえば立憲王制という形も一つの手段でしょうな」


「ほほう、それはあなたのご希望か」
老大使はするどく聞き返す。


「いえ、そうではない。場合によってはそうなりうるというこであって、私の希望は…一刻も早い財政の立て直しと悪い制度の改革です」
一瞬、オスカルは自分の言葉に詰まった。



本当の自分の希望とは何だろうか。

疑いもなく王室に忠誠を誓った遠い日、その日から様々なことがあり、考え方も少しずつ変わってきている。
よもや自分の口から立憲王制という言葉が出てくることも以前の彼女なら考えられなかっただろう。

このような言葉が自然と出てくるのも、他国の情報がパンフレットや新聞で氾濫しているせいなのだろうか。

まして、敵対しているイギリスのようにフランスが立憲王制になる事を自分が望んでいるのだろうかと、思わず自問する。



「そこに不具合があるのなら改革は必要でございましょう。それに何事も最後までやり遂げるためには強い意志は大切なものです。しかもそれには柔軟性も必要だと言うことです」
彼は手に持った杖に力を入れた。

「いずれにせよ、何事についても自分がどう判断するかはそれぞれの自由。自由はすばらしいが、ある意味厳しいものです」
老大使は馬車の窓から遠い空を眺めた。

今この瞬間も戦っている同胞のことをふと思ったのだ。




**********




「お待たせ致しました、フェルゼン伯爵。こちらからお招きしておいて遅れるとは申し訳ない」
ジャルジェ中佐に自宅まで送ってもらったフランクリンは、少し待たせた客人にいそいそとあいさつした。


「オ…いえ…ジャルジェ中佐が送ってこられたのですね」
しばらく待たされたわりに、ほとんど気を悪くした風ではないフェルゼンは椅子から立ち上がり、老大使に会釈した。


相変わらず人に対してさわやかな印象のフェルゼンだが、実はここのところ気分が沈んでいた。


フランスに来てから何人かの女性とお見合いをしたものの、どれも話は進展するどころか破談になっていく。
相手から断られ事もあるが、どれもこれも彼自身に結婚したいという覇気がないからだと、自ら原因に気がついている。



それにアントワネットと再会してからさほど日は過ぎていないが、フェルゼンはやはり彼女以外の女性を守りたい気分にはなれない。

かと言ってこのまま独身でいたら、「王妃のご機嫌を取るために独身でいるのか」とばかりに、また以前のように口さがないうわさでアントワネットを苦しめることになる。

そのためにもひとまず結婚を、と思うのだが、不思議と相手の女性には彼の真意が透けて見えるらしい。

だが、結婚以外にどうすれば、悪意のうわさを打ち消すことが出来るのだろう。

彼は早くも行き詰まっていた。



そんなフェルゼンの悩みを知るはずもないフランクリンだが、フランス王室に近い外国人がアメリカ独立戦争に志願してくれたらどれほど宣伝効果があるだろうと考えている。

フェルゼンに声をかけたのは彼の本能的な勘である。



「伯爵、アメリカに来て下さらぬか」
老大使は切り出した。




**********




秋も深まった頃、フェルゼンはいきなり祖国の竜騎兵の正装でアントワネットの前に現れた。

旅の話や故国スウェーデンの軍隊の話を聞いていた王妃が、いつか正装を見せて欲しいと頼んでいたのだ。

その時は口約束だったので、アントワネットも期待はしていなかったのだが、フェルゼンはどんなささいな約束も守る律儀さがあった。



正装した彼はますます立派で、精悍な顔立ちが豪華な衣装に引けを取らず美しい。

アントワネットも自分でせがんだとは言え、あまりにもまぶしい勇姿に目のやり場に困るほどときめいていた。



再会して数ヶ月が経っていたが、元々うち解けた二人のことである。アントワネットもフェルゼンのことを臣下と割り切り、けじめのあるつきあいをしているつもりでも、どこかに情がにじみ出てくる。


又、こうやって彼が正装した姿を間近に見ると、意識せずともかつての淡い恋心が再び脳裏によみがえってしまう。
それにどうあがいても、うわさ好きな宮廷貴族たちは以前のように二人の仲を疑ってヒソヒソとささやきあっている。王妃というものは常にプライベートをさらされている。いつもそうなのだ。




この日のフェルゼンは、正装を披露する約束と同時に、先日のお見合いの顛末を知らせに着ていた。



「そうなのですね」
アントワネットはフェルゼンからお見合いが上手く行かなかったことを聞いて、少しほっとしていた。

彼女はお見合いの結果を知りたいと前もって言っていたのだが、これは社交辞令で言ったようなものだ。



自分も夫がある身でありながら、他人の結婚に口をはさむつもりはないが、フェルゼンが誰かの伴侶になれば、どことなく彼とは距離が出来てしまうような気がしてならない。


「あいにく、先方から断りの知らせが入り、おかげで私はこれまでと同じように孤独の身でございます」
フェルゼンはごく個人的なことなので、少し恥ずかしそうに報告した。

だが、実際はあまり残念そうではないのは、彼の目が全く落胆を示していないのでよくわかる。




「私の騎士」
アントワネットは小さい声で彼をそう呼んだ。

フェルゼンもその声をしっかりと聞き取っていた。



「はっ」
彼はうやうやしく王妃の前にひざまずき、心の中身を態度で表すかのような深い一礼をして謁見を終えた。




**********




「あっ、あれはフェルゼン伯ですね」
ジェローデルが練兵場の入り口にいつからかたたずむ伯爵を見つけた。



ふと振り返ったオスカルは、思わずはっと息をのんだ。



フェルゼンはオスカルを見つけると手を振った。
多分、王妃に謁見した直後なのだろう。

フェルゼンはスウェーデンの竜騎兵の正装をしており、白地に青いモールがこの上なく似合っている。


竜騎兵はその名の通り軍馬に乗った兵士のことだが、時には馬を下りて戦うこともあり、騎馬戦と歩兵戦の両方をこなしていた。
臨機応変に戦い方を変える竜騎兵には機敏な動きと判断力が要求される。

多才なフェルゼンは何でもこなせそうだが、正装で着飾った馬上の彼はさらに勇壮に見える。



彼が正装で現れたのは、王妃にこの姿を見せるためにほぼ間違いないが、それと同時に、スウェーデンのイメージ作りも兼ねている。





当時はフェルゼンのような外国人が宮廷に出入りすることは珍しくはなく、様々な情報を交換したり、自国の宣伝を行っていた。

ネッケルもフランス宮廷に仕えているがスイス人だ。

殊にフェルゼンのように見た目の良さに加えて誠実な人柄は、スウェーデンのイメージを良くしていると言えよう。


なかなかフランス近衛兵でも彼のように、見た目に美しい兵士はごく少ないので、彼による宣伝効果は絶大であった。




オスカルにとってフェルゼンはごく親しい友人で、酒を酌み交わして語り明かす相手のはずであった。

しかし、今、彼の勇姿を目の当たりにして、オスカルの心は激しく揺れ動いていた。



ちょうど、美しいものを見た瞬間、人は動きが止まるように、もしこの時のオスカルの様子を注意深く見ていた者は、彼女のフェルゼンを見つめる目がただならぬものだと気が付いていたかも知れない。

フェルゼンに対して、敬礼で答えるオスカルの頬はうっすらと紅色に染まっていた。




それを見ていたのがアンドレだったのだから、彼が心おだやかでいられるはずはない。
彼の長い試練が今、始まろうとしていた。





2005/6/17/


up2005/7/11/



補足
全くお手上げなのは当時のスウェーデン竜騎兵の正装がわからないと言うことです。
衣装関係も探したけれど、ない!
まあ、わからないので大嘘ってことで……。(^_^;)

ポカホンタスの話は多分、美談としてフランスに伝わっていると仮定しての事です。
実際はどんなものでしょう。

インディアンの村にいた彼女は殖民たちに略奪されて、ヨーロッパの文化を教え込まれ、二度と自分の故郷へ帰ることも出来なかったのだそうです。
いくら異文化に興味を持っていた少女だからと言って、本当の気持ちは今さらわかるはずもないです。

もしかして念願の海外生活を実現させて喜んだのかも知れないけれど、略奪されたって事は奪った側の意図として、誰かの妻にさせると決まったも同然だし。
最後はイギリスに渡ってからすぐに病死したというので、なんだかなぁという感じです。
村に残してきた親御さんがこれを聞いてどう思ったでしょう・・・。

ついでにアメリカ大陸での植民も先住民にとっては大迷惑な話だし、それだけではなく当時ヨーロッパでは奴隷の人身売買が行われていたのだから、オスカルも当然知っていたはずです。
多分、ベルばらにはまって当時の歴史を読んだ人はこのあたりで絶対ひっかかるだろうなぁと思いました。

正義感あふれる彼女なら身分制度に怒る前に、こっちのことのほうを先に怒り出しそうなのですが、そんなことを言っていたらベルばらははじまらないので、やっぱし「仮想フランス王国」の話ということにしておこうっと。

それとバスティーユ事件のすぐ後にラ・ファイエット候が在仏のアメリカ大使に「フランスは共和制になったほうがいいのか」と質問したのは本当にあったそうです(ちょっと古い資料ですが)。
急激な変化にラ・ファイエット候も悩んだのかも知れません。

その時の大使は、やはり「フランス人ではないのでとやかく言えない、それはフランスの問題だ」という風なことを返答しています。

その返事を聞いて、ラ・ファイエット候は立憲王制を目指そうと決意したそうです。


となると、オスカルは共和制を目指したのでしょうか、それとも立憲王制?
まさかと思うけど絶対王制のままが良いと思っていた??

どのパターンも面白そうですが、一度にあれもこれも書けないなぁ。



あ、メモのほうに書こうと思ったことをみんなこっちに書いてしまった。
はげしくネタバレでした。



そういえば明日から三が日ですね。……合掌。


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