−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-再会-




1778年の春、フェルゼンはスウェーデンを出発し、旅の自由を満喫しながらついに懐かしのフランスに足を向けた。

再びパリにやってきたのは夏のことである。



表向きは花嫁探しの旅だが、彼としては単調な宮廷生活に留まるよりは、理由を付けて外国へ飛び出したい気持ちのほうが勝っていた。

フランス贔屓の父の希望は、パリのかわいいお嬢さんを是非花嫁に、という事だったが、彼としてはさほど結婚に執着はなく、さまざまな国を巡り、比較し、やはりフランスの宮廷に留まる事が望ましいと確信してフランスへと舞い戻ってきたのである。

特に彼の決意にはアントワネットの存在が大きい。


実のところフェルゼンは故国スウェーデンでは名門貴族で、国王グスタフ三世の信任も厚い。
そのままでも高い地位は確保されるのは間違いないが、幸い、彼がフランスで仕官することに対してグスタフ三世も寛容に考えている。

むしろ外交使節としてフェルゼンがフランスに留まり、王室の太いパイプ役を担ってくれることは悪い話ではない。



王妃のご懐妊と、つい先日の王女誕生は旅先で耳にしていたフェルゼンである。
うわさによると、王妃は賭博もやめたと言うし、我が子の成長を見守る幸せな日々を送っているらしい。


思えば悪いうわさがたち始めた三年前、別れの言葉も告げずに故郷へと帰還した。

その事を大いに気にしつつ、この三年は彼にとって自分の気持ちを冷静に見直すにはちょうど良い長さであった。

今では王妃への思慕は、彼の思考の根本にある騎士精神に基づき、誰かに心より仕えたいという想いではないだろうかとしみじみ振り返る。



自分に自信を付けるために世界を旅行し、留学中の身であった以前の彼と違い、社交界にその名も知れ渡った今となっては立場というものがある。

もう無鉄砲に情熱だけで生きていく年齢でなくなってきていることは自覚している。


同じ年頃の友人たちは次々に妻帯して子を持ち、長兄ならば家を継ぎ、次男以下であれば軍人となって功績を挙げたり、あるいは僧籍に身を置いたりしてこれからの生き方を固めてきている。

フェルゼンも又、自分にふさわしい生き方を探しており、自身が心より忠誠を尽くすならば、かの王妃以外にはないと、いつの頃からか思い始めていたのである。


又、この三年の間にフェルゼンだけではなくアントワネットにも大きな変化が訪れ、すでに王女を産み、母として落ち着きを見せていると聞く。

最近では二人の仲を疑ううわさも消えて無くなったことから、彼にとってはほとぼりが冷めたことで、大手を振って戻ってきたのである。



**********



ポリニャック夫人が言うには、マリー・テレーズは気だても良く、とても扱いやすい王女様だと言うことだ。

よく眠る、よく食べ、健康でおおらか。
泣くときは豪快だが、いつもニコニコしている。



おかげでアントワネットの産後の肥立ちも良い。
元気が戻ってくると、ご無沙汰しているパリに行こうか、それとも森へピクニックに繰り出そうかと楽しい計画が頭に浮かんでくる。

さすがに賭博はぴたりと止めたが、決して後ろめたいからではなく、子供の顔を眺めているほうが賭博より楽しかったからである。



たまの息抜きにと、パリのオペラ座に出向いたアントワネットとフェルゼンが再会したのは、まだマリー・テレーズを出産してから間もない頃だった。

アントワネットは我が子の成長が楽しくてしかたなく、様々な悩みから解放された後だったので、かつての胸がときめくような記憶は、まるで一昔前のことのようだった。

よって、彼との再会はまるで懐かしい友を迎えたような、落ち着いたものになった。



王妃を見つけるなりつかつかと近寄り、深くお辞儀をして「お久しぶりでございます」と顔を上げたフェルゼンは三年前よりもさらにたくましく、一方のアントワネットも女の幸せを手に入れた落ち着きで、ますます美しい。



相変わらず絵に描いたように似合いの二人にポリニャック夫人も一瞬、言葉を失っていた。

だがすぐに現実にかえり、この男が例のうわさのスウェーデン人なのねと、好奇の目で観察を始め、彼の存在は私にとって有益かしら、有害かしらと計算をし、いえいえ、むしろ有益になるように持って行くべきだわ、と色々な場合の組み立ててみる。

一方、他の取り巻きの貴婦人方と言えばフェルゼンをどうやって口説き落とそうか、何か良い方法はないかと考えている。

などなど、女たちは上品に微笑みながら良からぬ事をたくらむ。




フェルゼンは想像していたよりもアントワネットの顔立ちが一回り小さくなり、大人びた表情になっていることに少々戸惑いを感じていた。

自分に向ける王妃のまなざしが以前のそれと違い、全てを見透かされているような気がするのは、王妃が真の結婚生活を得、男の何たるかを知った女の目だったからであろう。



彼とて生身の人間である。

フランス王室に仕えたい気持ちの中に、相手が女性である以上、本能をかき立てる感情がないわけではない。

しかしそれをいかに忠誠心へと変換させていくかが臣下の力量というものだ。

フェルゼンはわき上がる様々な気持ちを抑え、いつもの物静かな態度で再会の喜びを表していた。





その一方で、オスカルとはいきなり酒の席での再会となった。

お互いに三年間のつもる話をし、フェルゼンは得意の騎馬戦術について大いに語った。

どちらかというと舞踏会のような社交場で会うよりは、現実的な話をするほうが彼も生き生きとしている。

その上に酒が入ったとなると、堅い軍人の話でやたら盛り上がるのは真面目な二人だから仕方がない。
ついこの間、別れた友人のように、三年の空白は埋められていった。



特にフェルゼンは旅に出て広い世界を見聞した後、故国に戻ってそれなりの地位を得、さらに自分に磨きをかけている。

世界を自由に回るという、オスカルには出来ないことをあっさりとやってのけ、男ならではの人生をのびのびと謳歌するフェルゼンに彼女は尊敬の念すら覚える。



そして話は自分たちのこれからの身の振り方にも及ぶ。

しらふの時にはオスカルに対して、結婚の意志を問うのは失礼に当たるのではないかと思い、なかなかきっかけがないと聞けないものだ。

だが酔った勢いもあるが、我が身にもやがて起こる問題をつい相手にもぶつけてみたい気持ちは誰にでもある。



「君はジャルジェ家の跡取りとして子供はどうするのだ。まさか君が妻帯するわけにもいかないし、養子を迎えるのか」
フェルゼンは友人の結婚話をきっかけに切り出した。


「うむ、私は父に後を継ぐことを命じられたのだが、かといって私が今さら女性として家庭を持つことは考えられないし、やはり養子が妥当だろうな」
そろそろこういう事を考える時期に来ている事をオスカルもまた自覚している。


「ところで君は女性として生きたいとは思わないのか」
フェルゼンの問いは彼にすれば当然だったのかも知れない。
女性なのだから、当然オスカルに女性としての生き方があってもおかしくない。


「ははは、その問いは今まで何度聞かされたかわからない。だが大半は興味本位のものだった。しかしフェルゼン、あなたはそのような心がけでないことはわかっているから本音を言うが、私は生まれてこのかたずっと男として育ってきた。今の生き方を不自然だと思ったこともない」
オスカルはそう笑い飛ばす。


「それに跡取りとして私を男として育てた父の期待に応えるというものではなく、当主としての責任がある以上、私がジャルジェ家のために尽くすことは当然の義務なのだ。むしろ私に向いていると思っている」

と、迷いもなく言い切る。


「そうなのか、なら良い。私は君がどこか無理をしているのではないかと思ったのだ。失礼なことを聞いたのなら許してくれ」

彼は歯並びの良い白い歯をのぞかせてさわやかに笑った。
オスカルもうらやむほど、男らしく誠実な彼の笑顔だ。



フェルゼン自身も含め、アントワネットとオスカルが同い年だと言うことは知っている。
同じ女性として全く違う生き方をしている二人を同時に見て、彼なりに少し疑問を持っていたらしい。



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この時期、世界中の情報が行き交う中、フランスの宮廷は様々な知識を欲しており、近隣の国々だけではなく、新天地であるアメリカに対し、非常に興味を持っていた。

植民地というだけで貴族たちはアメリカ人を珍しがったほどだ。


つい先日もアメリカの駐仏大使であるフランクリンが国王に謁見し、フランスの参戦に感謝の意を表したところである。

彼は空気をつかむのが得意な性格で、わざと毛皮の上着を着込み、粗野な風体で宮廷に上がった。

もの珍しさからフランクリンは宮廷でも人気を博し、一方パリにおいては、当時活発になっていた新聞・出版物などのメディアを通して独立戦争の正当性を訴え、フランス国内の宮廷や世論を大いに味方に付けはじめている。


アメリカが独立して共和国となることは「常識」であるという、独立戦争の火付け役にもなったパンフレットもすでに流通しており、フランスがやがて動乱に巻き込まれるひとつの火種が、この地で着実に根付こうとしていたのだ。


又、フランクリンは、国王の許可無く単身アメリカに乗り込んだラ・ファイエット候が、独立軍の将軍であるワシントンにたいそうかわいがられていること、そして命をかけて活躍していることなどを報告した。

交渉力に長けた老大使はラ・ファイエット候の名誉挽回もちゃんと怠らない。


一方のルイ十六世もはるばるやって来たアメリカ人に対しねぎらいの言葉をかけ、戦争の勝利と早期終結を願った。



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ちょうどこの頃のオスカルは、兵法や戦法について、将校たちと頻繁に論じあっていた。

マリー・テレーズ誕生の際に各王族への伝達が迅速だっことや、普段からの近衛隊を率いた見事な采配ぶりが評価され、彼女は中佐に昇格したばかりだ。

当然、昇格してから彼女の責任はいっそう重くなり、良い意味でそれを励みにして、彼女はさらに高みを目指そうとしている。

体力もピークにあり、疲れは全く感じない。気力もそろそろ充実しはじめたこの頃、オスカルは指揮官としての自分により厳しくあろうとしていた。



当時、軍が使用していたマスケット銃は精度が低く、命中率が悪い。

そのために兵士は横に長い一列の戦隊を前後二列に配置し、前列が一斉射撃をしたら、すかさず後ろの列に交代し、装填のタイムロスを補うという戦術を取っていた。

この戦術の長所は、横一列に長く兵士を配置することによって銃の命中率を上げることと、横に広がることで敵からの砲撃に対して味方の被害を出来るだけ少なく押さえることにある。
又、兵士を隊でまとめることにより、脱走防止に役立っていた。


だが欠点もあり、この戦術は移動が困難で、兵士には高度な技術が要求される。

近衛隊のように、貴族の中から血筋によって選ばれたプライドの高い兵士ならともかく、寄せ集めになりがちな陸軍の歩兵たちに対し、どれほど高度な訓練が可能かなど、自分たちの体験話を交えて話は尽きない。

増して、隙があれば脱走を企てる者もいる中で、兵士の気持ちをまとめるのは容易ではない。


最近ではアメリカの独立戦争で色々な戦隊が実践で試されており、横戦術だけではなく、少人数のグループに分かれて個々に作戦を立て、敵陣を突破する戦法も成果を上げているという。


特にアメリカ独立という大義名分の下、兵士たちは決して寄せ集めではなく、同士としての結束がある。

横長の戦隊を組まずに少人数で単独行動しても脱走するはずがないし、互いの気持ちもバラバラにはならない。

彼らの共通の目的意識そのものが行動に作用し、イギリス軍の予想を超えて戦力を上げていた。



今のところ、オスカルたちの所属する近衛隊に実戦の命令はない。

だが、国王の軍である限りは、普段から訓練と戦略は欠かせない。
帯剣貴族とはそもそも戦争を担っていたのである。彼らのプライドは高い。





時には彼ら将校は戦闘の場所を定めて交戦のシミュレーションなども行う。

これなどは屋敷へ帰ってからも、国境沿いの地図を広げ、オスカルは父やアンドレを相手に仮想戦略を繰り返し、幾通りもの戦い方を検討していく。


相手が違えばそれだけ新しい考え方も出てくるので、あまり興味を持っていそうにないアンドレも又、しぶしぶ相手をさせられている。





「たとえ戦況が同じ場合でも、お互いに信頼できない仲間と、反対に結束の固い仲間とでは、どれほど戦果に違いが出るのだろうな、オスカル」

アンドレはチェスの駒を動かすように、紙で作った自分の戦隊を地図上に置き、指し棒で動かしている。


今日の彼の戦隊は平野に陣取り、オスカルは丘から攻めてかかる設定にしている。


「さあな、仲間が信頼できなくてもそれを乗り越えて作戦に勝つのが兵士の技量というものだ。時にはいい加減な気持ちで兵士になる者もいるが、何のための国王の軍隊なのかを、普段から兵士たちには常にわからせておく必要がある」
オスカルも又、自分の戦隊を徐々に移動させてアンドレの戦隊を包囲にかかる。

少し考えながら時にはワインを飲んだりと、結構ゲーム感覚で楽しんでいる。


「他の国と土地を奪い合うという国土拡張が目的ではなく、ただ自国の独立を勝ち取るという精神は非常に強いものだと思わないか」
アンドレはアメリカの戦争について多少なりとも共感するものがあるらしい。


「目に見えない目的を共有する事ほど巨大な戦力はないってことだな。今、そういう考え方が、かのアメリカ独立戦争を機会に流行ってきているそうだが、おまえもさっそくかぶれたのか」


「いや、そうではないよ、オスカル。単に流行っているというのではない、くすぶっていたものに火がつき始めただけだ。しかも今の制度にだんだん亀裂が入っていって、燃えはじめた炎を押さえる力が徐々に弱まってきているような気がするんだよ」


「最近おまえは時々、予言めいたことを言うんだな、アンドレ。私にも時代が少しずつだが変化して行っているのはわかっている。それに気づかずに取り残されたり、強引に逆らって自滅しても何の得にもならぬこともわかっているつもりだ」

オスカルは顔色も変えず差し棒を動かしてアンドレの陣地に攻め入り、彼の小さな紙製の戦隊は横倒しにされた。

まるで不慣れな歩兵が手間取っている間に、戦に手慣れた竜騎兵団がなだれ込んできたかのように。



「おい、ちょっと待ってくれよ。雑談しながらこんなに高度に訓練された兵士を大量に繰り出さないでくれないか」
アンドレはあきれて笑いながら思わず指し棒を投げ出す。


「しかしな、人というものは何事も損得で動くわけではない。たとえ損とわかっていても、自分の信じたことを行動に移すだけだ」
オスカルは確信したようにつぶやく。


こういう時の彼女はとぎすまされた刃物のように鋭くきらめいている。


男として育てられた、と言うだけでオスカルが無理に背伸びをしているわけではなく、持って生まれた性質の中に、慈愛の心と、反面、決して人に譲らぬ意志を貫く厳しい心とを、彼女が両方持ち合わせていると感じないではいられない。



不敵に笑いつつ、まれに漏れ聞く彼女の本心を聞くとき、何事にも折れることのない強靱な鋼の心が見えるようで、アンドレは時折、ぞっとするほどの迫力を感じることがある。





当然、このようなシミュレーションだけでは机上の事なので、オスカルは実際に訓練に投入して兵士の士気を高めている。

この時はうんちく好きのジェローデルが相手だ。




「私はあまり横長戦術は好きではありません」
と、ジェローデルはきっぱり言う。


「何せ、あの形では機敏に動けない。そんなことならマスケット銃の精度を少しでも上げる努力をすれば良いのです。技術畑が情けないから兵にしわ寄せが来る」



放っておけば止めどなくしゃべっていそうな彼を適当にあしらって、オスカルは大隊に向き直る。




「最近の軍人さんはうんちくが多くて困るな」
たまたま同席したアンドレがポツリとつぶやく。


「今、何か言ったか、アンドレ」
気を悪くしたようなジェローデルの声が馬上から響いてきたが、アンドレはよそ見を決め込んでいる。

そんな二人を全く無視し、オスカルの厳しい目は、訓練に励む兵士たちに向けられていた。




2005/6/17/



up2005/7/5/




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