−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物・地名も登場していますが、その行動や性格設定、及び情景は、「でっちあげ」です。 それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -ジュルナル・ド・パリ- パリのパレ・ロワイアルにモーリスの花屋という店があり、そこで働くロザリーは気だてのいい看板娘だ。 今年16才になったばかりで、体の弱い母親を看病しながら働いている。 父はいないらしく、母子二人暮らしだという。 この花屋はオスカルが密かに出資した店で、彼女自身も素知らぬ顔をして花を買いに来る。 ロザリーはオスカルに一目惚れしたものの、彼女が女と知った時はたいそう嘆いたらしい。 しかしそれでも尚、オスカルを慕い、恋に似た気持ちを抱き続けている。 この花屋には常連も多く、あながち花よりロザリー目当てに来る者も少なくない。 たいていは妻から相手にされない中年紳士が多いが、モーリスが常に目を光らせているせいか、さすがにちょっかいをかける者はいない。 だが、それが若者となると話は別である。 誰が真剣で誰が遊びなのかはすぐに区別は付かない。特に彼女も年頃という事もあり、むやみに青年たちを追い払うことも出来ず、モーリスはまるで父親のようにはらはらしながら見守っている。 特に足しげく通うベルナール・シャトレという若者は熱心にロザリーに話しかけてくる。 見たところ二十歳ぐらいの背の高いすらりとした好青年で、黒に近い茶髪は情熱的な印象を受ける。 最初は警戒していた彼女も真面目そうな彼には次第にうち解け、雑談をかわす程度に親しくなっていた。 この年の初め、フランスで初めてジュルナル・ド・パリという日刊新聞が創刊され、ベルナールはそこの新米記者として働いているという。 新聞記者という聞き慣れない職業にロザリーはどんな仕事かと首をかしげ、ベルナールはもっと親しくなって自分を知って欲しいとデートに誘いかける。 だが、警戒したモーリスが二人の間をさりげなく邪魔をし、話はなかなか進展しない。 モーリスは、見た目はひょろりと細身のごま塩親父だが、軍隊出身だけあって眼光が鋭く、結構にらみが効くらしい。 ベルナールは自分が書いた記事が載るとまっ先にロザリーにプレゼントし、雑談のきっかけを作ろうと一生懸命になるが、肝心のロザリーの気持ちはオスカルに傾いているのでなかなかベルナールは「お友達」にも進展できない。 「好きな人はいるの」 というベルナールの問いかけに、ロザリーは片思いのオスカルを想い、泣いてしまったことがある。 なかなか乙女心は難しい。ベルナールは攻略に行き詰まり弱り切っていた。 ある日、客足が一旦引きはじめる午後のひととき、遅い昼食を店の片隅で取っていたロザリーの元をオスカルが訪ねてきた。 手に一抱えほどもある箱を抱いて、にこやかにモーリスたちに声を掛ける。 「ロザリー、お前にもらって欲しい物があるんだよ。ほら」 オスカルはリボンのかかったその箱をややぶっきらぼうに差し出した。 「あたしにですか?」 ロザリーはドギマギし、手に持っていたパンを思わず落としてしまった。 「あけてごらん」 オスカルに促されてロザリーは顔を真っ赤にしながら箱を受け取ると、中から鮮やかなピンク色の肩掛けが出てきた。 暖かそうなウールで、少し薄手ながらしっかりと目が詰まり、やわらかな風合いで肌触りもよい。 「今流行のベルタン嬢の作品なんだが…」 そう言えばこれを買いに行ったのはオスカル自身だった。 「これをあたしに?ですか?」 ロザリーは目を丸くして驚いている。 「そうだよ、実は姉のために注文したのだが、姉は地味な色が好きだったのでちょっとこれは使えないから、誰かにあげてくれと言ってきたんだ。屋敷にこれを使う者はいないし、母上が花屋の娘さんはどうかと言い出したのだ」 オスカルはちょっと慣れない女性への贈り物に照れ笑いを浮かべている。 「よかったら使って欲しい」 「どうだ、ぼやっとしてないで肩にかけて見なさい」 モーリスに言われてあわててロザリーは首に回してみる。 さすがに若い娘だけあり、小柄で愛らしい彼女にピンク色はすんなり似合う。 二人の前でくるりと一周廻ってみせ、何度もありがとうございましたとぺこぺこ頭を下げて礼を言った。 オスカルはオスカルで、自分に妹がいたらこんな感じだろうか、改めてかわいらしいなぁと思って眺めている。 果ては肩掛けをしたままの彼女を軽く抱きしめてしまった。 「ああ、オスカル様…」 ロザリーはその日、自分はパリで一番幸せな娘だと感激して涙を浮かべた。 「大げさだな、オスカル様ならお前が頼んだら肩掛けどころかドレスぐらいあつらえて下さるぞ」と、モーリスが冷やかして笑っている。 その帰り道、ピンクの肩掛けを誇らしげに羽織ったロザリーは、街角で偶然ベルナールに出くわした。 本当のところは偶然を装って彼がここでゆうに一時間ほど、出くわすのを待ちかまえていたのだが、そんなことはおくびにも出さない。 「素敵な肩掛けだね、君によく似合っているよ」 ベルナールはちゃんとファッションチェックも怠らない。まず本当によく似合っていたのだから。 「いつもお世話になっている方に先ほどいただいたんです、今日はもう嬉しくて」 ロザリーも気をよくしていたので、この日ばかりはベルナールを自らカフェに誘った。 花屋の出来事や新聞記者の仕事など、ベルナールの思うつぼのような楽しい会話が弾み、夕闇がせまる頃、二人は店を出てロザリーを家まで送っていくことになった。 これで家の場所もわかるし、あわよくばご家族に紹介してもらい自分を売り込もうと段取りを考えている。 ベルナールの思惑も知らずロザリーが自宅の近くまで帰ってきたとき、大通りの一角に人だかりが出来て大騒ぎになっていた。 怒号も飛び交い、ののしりあう野次がやかましい。 新聞記者としてベルナールはロザリーをかばいながらも近づいてみると、古いアパートの二階のバルコニーで男が老婦人に包丁を突きつけ、何か大声で叫んでいる。 バルコニーの鉄製の手すりは華奢で、太った婦人の重みでぐらぐらしていた。 その都度、野次馬たちから悲鳴が漏れる。 「あっ、シュゼットおばさん」 ロザリーは真っ青になって叫んだ。 子供の頃から知っている近所のおばさんで、包丁男は酒癖の悪い彼女の夫である。 夫婦仲は悪いが、二人ともロザリーには優しい。 今日はいつもの夫婦ゲンカからとんでもないほどエスカレートしたらしい。 彼女はとっさにアパートに飛び込み、おばさんを助けようと走り出した。 「ロザリー、何をするんだ、危険だからやめろ」 ベルナールもあわてて後を追う。 だが彼の制止も聞かず彼女は部屋のドアを開けて叫ぶ。 「何やってんのよ、ふたりとも!こんな大騒動になってるでしょ。早くそんなもの引っ込めなさい」 ベルナールも驚くほどの度胸でロザリーはバルコニーに近づき、近くにあったクッションを男に投げつけた。 その隙に夫人は夫を突き飛ばし、逃げるかと思えば逆に彼に飛びかかっていく。 バルコニーは狭い上に鉄製の手すりは腐っており、包丁を奪い合う婦人の体を支えきれそうにない。 「二人ともやめてぇ」とロザリーが間に割って入ろうとしたとき… メリメリッ! ついに手すりは根元からもげて、婦人はバルコニーから足を滑らせて宙ぶらりんになってぶら下がった。 二階とはいえ、地面までは結構距離がある。彼女はドレスの一部が折れたバルコニーにかろうじて引っかかっている状態だ。 夫は夫で壁に頭を打ち付け、気を失ってしまっている。 「おばさん、これを使って!」 ロザリーはとっさに自分の肩掛けを差し出した。 婦人は肩掛けにはっしと手を伸ばしたが、すぐに彼女の重みに耐えかねてビリビリと音を立て始めた。 野次馬とロザリーの悲鳴が響き渡り、ついに肩掛けは真っ二つに裂ける。 婦人はちぎれた片方の肩掛けを手にしたまま落ちていき、同時に下では待ちかまえていた人々が機転を利かせ、一階の手すりに干してあったシーツを帆のように張って、彼女をなんとか受け止めていた。 後で警察がやってきて事情を聞いたところ、泥酔して暴れる夫に腹を立てて先に包丁を振り回したのは夫人の方だという。だが酒癖の悪い夫もさんざんしぼられ二度と酒は飲まないと一筆書かされ、二人は一晩牢屋に入ってから仲良く解放された。 もちろん、肩掛けを弁償するほどの金を彼らが持っているとも思えず、ロザリーも自分のしたことには後悔はしたくなかった。 泣きながらも「だけどいいんです、もう」と言いながら、反面、オスカル様にどう言い訳したらいいのかと途方に暮れるロザリーの肩をベルナールはちゃっかり抱きしめていた。 と、同時にかわいい顔して実はものすごく芯がしっかりしたお嬢さんなんだなぁと、ロザリーの意外な面も知り、彼はちょっぴり冷や汗もかいていた。 翌日、オスカルもモーリスから事情を聞き、あの肩掛けも役に立ったのだからそれで良かったのだとロザリーを誉めた。 代わりの肩掛けをあげようと言ったが、ロザリーはお気持ちだけで充分ですと感激して泣きだしてしまった。 「よしよし、怖い目にあったんだな」 オスカルも泣き虫の彼女の頭を優しくなでた。 やれやれ、今度は母親と二人分の肩掛けを買ってプレゼントしようと思いながら。 ジュルナル・ド・パリの紙面の片隅にちょっとした街角のいい話を載せる小コーナーがある。 ベルナールは編集長にこの日のコーナーを任せて欲しいと頼み込み、「老夫婦の危機を救った少女の話」というタイトルで、ロザリーが大事な肩掛けを台無しにしながらも、知り合いのおばさんたちを助けた事を微笑ましい美談にして記事にした。 幸い記事も評判が良く、ベルナールは以後この小コーナーをまかされることになった。 彼は自慢げに新聞をロザリーにプレゼントし、「君がしたことはパリ中の自慢だよ、いや僕の自慢かな」と付け加えた。 ロザリーは頬を赤らめて頷いた。 このことがあって、ようやくベルナールが彼女にとってただのお客さんからお友達に昇格していったことは、新聞ならぬベルナールの日記に堂々と記してあったと言う。 2005/5/23/ 後書き:ジュルナル・ド・パリは1777年1月にフランスで初めて創刊された日刊新聞なんだそーです。 中身?全然知りません。(^_^;) up2005/5/23/ 戻る |