−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物・団体・物体・地名も登場していますが、その行動や性格設定、本質及び情景は、「でっちあげ」です。 それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -誠意の行方- ポリニャック夫人は王妃の寵愛が末永く続くよう、あらゆる手を打っていた。 前王の寵姫、ポンパドゥール夫人が若い女性を集めて「鹿の苑」を作り、国王の夜のお相手をとっかえひっかえしていたように、王妃を飽きさせず常に自分に愛情が向くよう、新しい遊びを紹介したり、いたわりの態度を崩さない。 特にこれは苦労をしなくても王妃自らがポリニャック夫人を慕いそばに置いていたので心配はないが、それとは別に王妃に余計な忠告をする者が出てこないよう、気をつけなければいけない。 王妃の宮殿内の移動に必ず付いてくるオスカル少佐は真面目な堅物で要注意人物だ。 つい、先日も賭博で王妃から大金をせしめたギメネー公爵夫人に向かって「王妃様の懐に手を入れるとさぞ暖かいことでごさいましょうな」などと笑い飛ばし、何も知らない他人には一見皮肉に聞こえないあたりが油断ならない。 それにパリへの外遊には王族の男性が付き添いで同行するが、この役目をになう国王の末弟アルトア伯も借金が多いので困りものだ。 ポリニャック夫人としては王室の予算を少しでも多くしぼり取りたい。王族が借金をして城を買う予算もこちらの懐に入ってこないかと手ぐすねを引く。 又、すでに影響力が少なくなったとは言えメルシー泊やノワイユ女官長も馬鹿には出来ない。なにぶんにも彼らの後ろには国の威信が付いている。 王妃との賭博にもちょっとばかし負けてあげて気をよくしたところで、さりげなく大勝する。 繰り返せば手元に差し引き大金が残る。実に王妃と遊んであげるのはハラハラドキドキ大変なことだと彼女は笑っていた。 だが、この期に及んでもポリニャック夫人にはさほども悪意はない。 全てはアントワネットのため。 今まで誰も王妃が相手となると、万が一の失脚をおそれ一線を引いて遠慮をしてきた。 ランバール公爵夫人でさえアントワネットの心を開くまでには至らず、聞くところによるとフェルゼンという恋仲を疑われた伯爵も、あらぬうわさが立つのを恐れて故国へ逃げ帰ったという。 先日もアントワネットはポロリと一言、「赤ちゃんが欲しい」とつぶやいていた。 いつかできますとも、と励ます夫人はますます王妃の孤独をうかがい知った。 国王ルイ十六世が原因でなかなか世継ぎが出来ないとは聞いている。 だが、今ではその事すら宮廷の笑い話になり、アントワネットはだれにも愚痴をこぼせないでいたらしいのだ。 ポリニャック夫人の抜け目のなさは、王妃もただの人であることにいち早く気が付き、孤独に陥りがちな彼女に対し、親身に話し相手になることで自分たち一族の安泰を図ったことにある。 とは言えさすがに打算的なポリニャック夫人てあっても、冷酷な人物ではない。 王妃の愚痴に女としてやりきれない気持ちを察し、涙ぐんでしまうこともあった。 それに故国のオーストリアではアントワネットは末っ子として兄や姉たちに囲まれて育ったという。 アントワネットより少し年上のポリニャック夫人は見た目の可憐さとは裏腹に、物腰はしとやかで話しぶりも相手を包み込むように落ち着いていた。 王妃を甘やかすにはうってつけの存在で、時には遊び友達として姉のような存在となり、又、時には優しい母のような存在に自在に変化する。 そして王妃の居心地の良い場所をまめにつくることも忘れない。 夫人はまだまだ誰かに甘えたい王妃の孤独を癒し、尚かつ自分の財産が増えているという、誰も泣かない図式が頭の中にできあがっているのだ。 もちろんその考えの中に、税に苦しむ民衆のことなどこれっぽっちもない。 そもそも王妃であるアントワネット自身にもないのだから仕方ない。 それからアントワネットに取り入る貴婦人たちも、芽のうちに摘んでおかなければならない。 先日はとある侯爵夫人がアントワネットの寵愛を失った。 ポリニャック夫人はちょっとばかし「あら、あの方のドレス、先日王妃様のお召しになっていたものに似ておりますわね」とアントワネットの耳元でささやいただけだ。 たったそれだけで、アントワネットには自然と私のドレスの真似をしたのだわと、さも悪意に感じてしまう。 次に会った時、その夫人がごく普通に会釈をしても、「どことなくよそよそしい感じでございますね。何か気にさわることでもおありなのでしょうか」と今度もさりげなくアントワネットに話しかける。 これでたいていの貴婦人はアントワネットのお気に入りの座からは転げ落ちる。 人を蹴落とすためにポリニャック夫人はあからさまにその人の悪口は言わない。 王妃の気付かない程度に少しずつ印象を悪くし、いつの間にかアントワネット自身の意志でその人物が嫌いになっているようにし向けるのだ。 特に王妃は今ではポリニャック夫人の言葉を誰よりも信頼してくれている。 ほとんどの場合は、思った通りに相手は失脚していった。 何もこれは卑怯なことではない。その昔、いきり立った借金取りから逃れるため、言葉巧みにもっと金を多く借りている貴族に気が逸れるようにし向けたのと同じだ。 誰も危険から回避したいと感じるのは当然である。隙がある方が悪いのだ。 所詮、人の気持ちは移ろいやすい。王妃のご寵愛もいつまで続くかはわからない。 それまではできるだけアントワネット様の周囲にポリニャック一族の壁を作って権力を操り、末永いおつきあいをしたいものだと彼女は考えている。 しかしぬかりのないポリニャック夫人もたまには失敗をしでかした。 パリに住まわせている若い愛人に引き留められ、つい朝寝坊をしてしまったのだ。気が付くと午後を廻っている。 ちょうどその日は王妃と昼食後に二人で会う約束をしており、イギリスで流行っている新しいお茶が届いたのでご一緒しましょうと言われていたのだ。 暖炉に置いてある時計を見ると、とっくに約束の時間は過ぎてとうてい間に合わない。 彼女は半泣きになりながらベルサイユ宮殿に向かいつつ、その道中、我ながら情けない気持ちを紛らわせるために、遅れた理由を一つの作り話に変えていった。 「いいわ、今日はもうベルサイユ宮殿には行かずに屋敷へ回して頂戴」 ポリニャック夫人は落ち込んだ態度をけろりと変え、御者にパリの別宅に引き返すように命じた。 それと王妃には体調が悪くてお伺いできずに申し訳ございません。明日は必ず参ります、と使者をベルサイユにつかわせた。 気持ちの切り替えが良いのも苦労してきたおかげだわと彼女は微笑した。 ********** 「昨日はあなたがいらっしゃらないのでたいそう心配したのですよ。どこか具合でも悪くなさったのですか」 翌日になって、ポリニャック夫人は期待した通りのアントワネットの気遣いにポロポロと涙をこぼし、それでも「何でもございませんわ」と涙を拭いた。 そこまで悲しむ様子を見て、放っておく者は人情に欠けるだろう。 「では、私から命じます。何があったのかおっしゃってくださいな、夫人」 アントワネットは彼女を落ち着かせようと隣に座り、手を握った。 「・・・」 それでもしばし躊躇する夫人に、王妃は人払いのために寝室に連れて行き、少し落ち着かせた。 ついに夫人は勇気を奮い立たせて昨日の出来事を語りはじめる。 「実は昨日の朝、私はパリに仕立物の用事があり、それを済ませてからこちらへ向かおうとしておりましたところ、途中で馬車が事故を起こしたのでございます。ぶつかった相手はパリに行こうと急いでいるらしく、御者はこちらに難癖をつけて悪いのはそっちだとまくしたて、たいそう怖い思いを致しました。私は馬車の中で震えていたのですが、後で相手の様子をそっと伺うと、馬車には確か青い獅子の文様らしきものが見えました。それに中には金髪の若い将校が乗っていて、もしやジャルジェ少佐ではないかと我が目を疑ったのでございます」 「まぁ、オスカルが」 アントワネットは正直、驚いていた。あのオスカルがそのような無礼なことをするのかしら。 だけど最近はポリニャック夫人を疎ましく思い、嫌がらせをする者がいると聞いたこともある。 まさか人違いかとは思うけれど、やはり気にかかる。 「わかりました、ポリニャック夫人。大変怖い思いをなさったのですね。オスカルには私から言い聞かせておきましょう」 「いえ、そのような事はかえって事を大きくしてしまいます、是非このまま水に流して下さいまし」 そうでなければ、嘘がばれてしまう。彼女は聖女のような顔を王妃に向けて首を横に振った。 その直後に王妃にお目通りを願い出たオスカルは間が悪かった。 彼女は今日、アンドレを伴っていない。毎度のように袖を引っ張られるのはごめんである。 今日こそは王妃に進言しようという覚悟で伺候したのだから。 王妃の居間で待つ間、オスカルはメルシー伯にさりげなく挨拶をしつつ、軽い雑談をした。 幸い、ポリニャック夫人はいないようだ。 聞くところによると気分が優れないとかで、アントワネットが気遣って早々に引き取らせたらしい。 その代わりランバール公爵夫人がやっと居場所が出来たという風にしてアントワネットの元を訪れている。 アントワネットはややあって居間に現れ、少しばかり憮然とした表情でオスカルに挨拶をした。 「今日はわざわざどうしたのでしょう、オスカル。妙にあらたまって何かおっしゃりたいことでもおありなのかしら」 本当にオスカルが馬車をぶつけたのかしら。アントワネットはじっと彼女を見た。 「恐れながら王后陛下に申し上げます。このたびの一部の者たちとの御交遊について私は大変憂慮いたしております。特に賭博は危険な遊びです。もちろん私ごときが陛下に直接申し上げるような身分でないことは充分承知いたしております。ですが、賭博は国王陛下も禁止なさっている行為でございます。一夜にして城が建つほどの金銭が動き、賭博に身を投じた者の中には財産や命すら失う者すらいると聞きます。そのように怖ろしい遊びがやがて魔物のようにいつ陛下に襲いかかるやら知れませぬ。又、人民にこの事が誇張され、醜聞となって伝わってからでは取り返しが付きません」 オスカルの言葉にアントワネットの顔色が変わった。 しかしオスカルは相手の目を見つめ、一言一言をはっきりと申し述べる。 「そうならないうちに私はこの身を賭けてでも陛下を危険からお守りしたい所存です。なにとぞ、お聞き届け下さいますようお願い申し上げます」 彼女は剣を置き、ひざまずいて進言した。 オスカルは気が付いていた。 今日のアントワネット様はどこかよそよそしい。だがもう遅い。 驚いたのはそばにいるメルシー伯とノワイユ女官長だった。 何度となくアントワネットに進言し、軽くあしらわれてきたとはいえ、彼ら以外にここまで踏み込んで進言した臣下はいない。 思いがけぬ人物から胸の空くような言葉を聞き、二人は感動さえ覚えていた。 「オスカル、おっしゃりたいことはそれまでですか」 アントワネットはほとんど表情を崩さずに言い放った。 「あなたのお考えはよくわかりました。私も少しは考えましょう。ですが今日からしばらくあなたの護衛は無用です」 「王妃様…」 オスカルは王妃が機嫌を損ねたことに恐れおののく前に、自分の気持ちが伝わらないことに悲しい想いがわき上がった。 アントワネットがさっと身を翻して寝室へ去った後、彼女も居間にいた一同に対して言葉少なに宮殿を辞した。 これは謹慎処分と受け取るべきなのだろう。ひょっとすればそれ以上の何かがあるかも知れぬ。 だが、妙にオスカルはすっきりとした気分で屋敷へと戻っていった。 ********** 「オスカル…らしき将校がポリニャック夫人に嫌がらせをしたというのです」 王妃の剣幕に驚いていた一同はオスカルが去ってから、事の次第を王妃に聞いた。 だが話はあいまいで、どうにも腑に落ちない。 メルシー伯はあわててどこかへ飛び出していき、ノワイユ女官長も続いた。 ランバール公爵夫人は不審に思っていた。 昨日の朝、パリの花屋で彼女の召使いはオスカル・フランソワに出会ったと言っていた。 それにジャルジェ家の馬車と言うが、昨日の朝早くオスカルが単身、馬でパリに向かうためにランバール家の召使いの馬車を追い抜いて行ったらしい。 追い抜ざまに敬礼していくさまも記憶に新しく、彼女の愛馬は白いのでこれも間違いない。 それと花屋で一緒にいたのが前財務総監のテュルゴーで、彼らが店の主人と楽しそうに話すところもちゃんと聞いていたと言うし、今さら顔の知れ渡ったオスカルがすぐそばにいてよもや人違いするはずはない。 まず第一、ポリニャック夫人の言う話では馬車がすれ違った時間にはすでにオスカルはパリにいたことになる。 やはりどう考えてもおかしい。これはいい加減で済ませることではない。 真面目な臣下の運命がかかっているのだから。 居間に二人きりになったところで公爵夫人は切り出した。 「王妃様、ポリニャック夫人のおっしゃるオスカルのような軍人というのは、きっとオスカル様ではございませんわ」 彼女は昨日の出来事をアントワネットに話した。 しばらくして戻ってきたメルシー伯とノワイユ女官長も「さよう、普通に考えてジャルジェ少佐がまずそのような乱暴なことはいたしますまい。要はポリニャック夫人の勘違いでございましょうな。まずご本人も不確かだと仰せられておりましたようですから」と援護射撃をする。 実は彼も又、召使いを使って、厩舎にいたポリニャック夫人の御者から特に昨日はトラブルがなかったことを聞き出している。 聞き取りをした去り際にあわてて「はっ、じっ、実は馬車の接触事故がありまして…」と、いかにも思い出したかのような御者の態度も怪しい。 「それにジャルジェ少佐の真意を是非、善意にお受け取り下さい。王妃様への進言がいかに覚悟が要るかは私には大変理解できます。少佐は今朝、何かあれば即座に私に軍務証書と剣を預けると申しておりました。何の冗談かと笑い飛ばしましたが、よほどの決意で臨んだのでございましょう。私からも重ねて申し上げますが、先ほどの少佐の進言は母国のマリア・テレジア様のお気持ちと全く変わらないと断言いたします」 「わかりました、メルシー伯。皆で私を攻めるのですね。私ももう子供ではありません。自分のことは自分で責任を持っております」 今日は何となくイライラする。さんざんな一日だ。 今まで心から仕えてくれたオスカルの気持ちがわからないではない。いかにも彼女らしいとさえ思うが、いきなり交遊がどうだとか賭博をやめろだのとか、身分違いの進言に少しばかり面食らってしまっただけだ。 賭け事が良からぬ遊びだというのはちゃんとわかっている。だが王妃として自分が責任を持つのだから誰にとやかく言われるものではない。 もしたとえそのために批判が出ようと、放っておけばいいではないか。王妃はいつも毅然としているべきだ。 第一、誰が王室にたてつくと言うのか。 王の権利は神によって選ばれたもの。 それを平気で踏みにじる者などいるはずがない。 アントワネットは王の権威は絶対だと信じ切っている。 ……すでに時代が変わりつつあることを気づきもせずに。 それによく考えてみれば、普段ならオスカルの進言も聞き流していたに違いない。 ただポリニャック夫人の馬車を妨害したのではないかというわだかまりが彼女をかたくなにしていた。 オスカルへの疑いが晴れてみると、単純な彼女は少し言い過ぎたかも知れないとすぐに反省するのであった。 「私を見守る人がいるのは嬉しいことですわ」 アントワネットはオスカルへの怒りがどこかへ飛んでいってしまったのを感じていた。 大変だったのはジャルジェ家の屋敷に帰ってきてからのオスカルだった。 彼女の大それた進言は周囲で聞き耳を立てていた者がおもしろおかしく吹聴し、「ジャルジェ少佐が王妃を怒らせた」とジャルジェ将軍の耳に入っていた。 オスカルは怒りにまかせた父に殴られ、大馬鹿者とののしられた。 果てはどうしてそばにいなかったのかと、とばっちりを受けたアンドレも又、平手打ちで壁まで吹き飛んでいだ。 やっとジャルジェ夫人が止めに入って怒りは静まったが、実のところ王妃の浪費癖や賭博に頭を痛めていたのはジャルジェ将軍も同じだった。 すでにベルサイユ宮殿の中にも、もっともらしく「王妃の類を見ない賭博癖」と称して有ることないことを暴露するパンフレットがばらまかれはじめている。 アントワネットに嫌われた廷臣の仕業と推測できるが、誰とも特定は出来ない。 オスカルの進言はもはやぎりぎりの所だったのも承知している。 王家への忠誠と、臣下としての立場に苦しむオスカルの気持ちは痛いほどわかる。 だが王家への絶対服従をつらぬく父にとっては娘の行為には表向き決して同情できない。 彼は娘への怒りを通じて、自分の生き方を示したに過ぎない。 「殴られたのは久しぶりだな」 服のほこりを払いながらアンドレがつぶやく。 「父上のお考えはわかっている。だがやはり私は私だ」 アンドレにはいつもとばっちりで申し訳ないと思いつつ、彼女はすでに父からは自立し、自分なりに物事を考えている事を実感していた。 ところでこの出来事は意外な方へも発展していく。 フェルゼンがアントワネットに当てた手紙が、王妃の心を再びオスカルに向けることを促した。 王妃をいたわる気持ちがにじむような文面は、精一杯オスカルを援護してあった。 もしかして自分の言ったことで彼女が思い詰め、その結果進言したのかも知れないと前置きし、その事でアントワネットを悲しませたのであれば自分の責任だと丁重にわびていた。 「私が寂しい目に遭っているのはあなたのような騎士がそばにいらっしゃらないからなのですよ」 アントワネットは久々にフェルゼンのぬくもりを感じていた。 と同時に彼のような頼りがいのある人物がいない寂しさを紛らわせるために、次から次へと新しい娯楽を求めていることにも気が付いていた。 もし、夫がもっと強引に私を支配してくれたなら、どれほど頼もしいだろう。 もし、嫁いできてすぐに子供を授かることが出来ていたらどんなに心が安らぐだろう。 だがそれは望めない。かわいそうなあの人はなすすべもなく私の言いなりになっている。 だから私は王に代わって、毅然と王権の偉大さを示さなければならない。 そう、私は偉大な母のように誇り高い女王になる事を願いながらも、誰かの強い腕に守られることを熱望している。 このふたつの想いが私を振り子のように揺さぶり、私を疲れさせてしまうのだわ。 普段は楽天的なアントワネットも今回のことではさすがに色々と考えさせられていた。 ここで彼女がもっと深く考え、自分がどう行動すべきか、えりを正していれば、彼女の生きる道はもっと遠い未来にまで続いていたかも知れない。 結局すったもんだのあげく、大事になってしまった事件を収拾するためにオスカルは一ヶ月の謹慎処分となった。 しかしアントワネットからの特使が処分の知らせの後に追って駆け付け、王妃の面目を立てるためにこの場はしばらく辛抱して欲しい、居づらいのであればしばらくベルサイユを離れても構わない。処分が解けたあかつきには階級の特進と俸給を倍にすると伝えてきた。 ジャルジェ将軍はやれやれと胸をなで下ろし、娘の強運を祝った。 オスカルは特使に対し、今回の件はこちらの無礼が事の発端で有る以上、謹慎は当然で、見返りなどを賜るのは恐れ多いと返礼した。 幸い、アントワネットはあまり物事を深刻に考えない。過ぎたことはあっさりと忘れていく。 フェルゼンがいないことが多少寂しく感じられても、今はポリニャック夫人がそばにいてくれる、それで良いわと思える。 もちろんオスカルの事も根に持っていないし、しばらくすると謹慎処分にしたこともつい忘れているほどだ。 王妃がもっとも王妃らしいと言えるのはこのおおらかさと、何事にも後悔しない決断力と言えるかも知れない。 ********** さて、そもそもの事の発端になったポリニャック夫人だが、小姑のようなオスカルがしばらくいないので、この隙に力関係を強めようと身内の取り立てを王妃に願い出た。 「私の遠縁にたいそう軍務に明るい者がおりまして、容姿も端麗で武道にも精通しております。できれば王妃様から次期近衛連隊長の地位をお与え下さいますようお願いいたします」 彼女はいつもの微笑でアントワネットに申し述べた。 大隊長のオスカルより上の立場を身内で固めてしまおうという作戦である。 「ポリニャック夫人、せっかくなのですが近衛連隊長にふさわしい人物を私はもうずっと前から決めておりますの。ですから今回はごめんあそばせ」 アントワネットはにこやかに笑って夫人の申し出を断った。 その人物の名はもう言うまでもないだろう。 2005/5/18/ up2005/5/28/ 戻る |