−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・地名も登場していますが、その行動や性格設定、及び情景は、「でっちあげ」です。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-美しい友-



「どうにかしてくれないかな」
アンドレは馬車を御しながら座席のオスカルに話しかけた。

「最近のアントワネット様やお取り巻きの夫人たちの衣装はばかげている」



「アンドレ、言葉が過ぎるぞ」
オスカルはアンドレをいさめた。

話し声は石畳をゆったりと走る馬車の音にかき消されるので彼はつい大声を張り上げていた。
確かに最近の宮廷の貴婦人たちの大きく盛り上げた髪型や装飾過多なドレスはオスカルも賛成しかねる。


ベルタン嬢のドレスもそうだが、近頃ではレオナールと言う有名なヘアデザイナーもおかかえにし、アントワネットの髪型は異様に高く結い上げられ、時には軍艦がてっぺんに乗っている。

舞踏会での人々のどよめきもすごかったが、それを滑稽と感じることなく貴婦人たちが負けじと張り合う傾向は、どんどんエスカレートしていた。




元々はアントワネットが誰にも真似できないファッションをやってのけた事に始まるが、今では貴婦人たちが競い合い、一夜の舞踏会のために我こそが話題の中心になろうとやっきになっている。その様子は冷静に見ればオスカルとしてもバカバカしい。

だが、あからさまに足下から宮廷を批判する風潮がだんだん広まっていくのは危険だ。



「今や社会を動かしているのは平民だ。貴族の中には働くことを卑しいなどと言う者もいまだにいるが、貴婦人方のつまらない虚勢の張りあいに巻き込まれて使われているベルタン嬢も大変だろうよ。実際は働いて利益を上げている者が何より強いのは事実だっていうのに」
アンドレはやれやれと肩をすくめる。


確かにオスカルも彼の言うことはもっともだと思っている。

しかしオスカルにすれば、貴族とは国を守るために他国と戦う騎士であるべきだという古い考え方が今の平和な時代にもまだなお心のどこかにある。

先日、戴冠式が行われたランス大聖堂ではないが、偉大な歴史建造物や美術などというものは強大な権力・国力が有ってこそ成り立つものだ。

だからと言って今となっては不公平な身分制度を主張するつもりはないが、今の繁栄も絶対王制があってこそという事実も忘れてはならないと思っている。

とまあ、このような事はすでにアンドレとは過去に議論済みではあるが。



「利益を上げているのならベルタンも喜んでいるはずだろう。貴婦人方の虚栄心につけ込んで商売は上手くいっているらしいからな」
何かあれば批判の矛先はアントワネットに向けられがちだが、ベルタン自身が王妃を焚き付け、どんどんエスカレートさせているとも言える。


「いずれにしても貴婦人方が浪費しているのは人民から吸い上げた血税だ。その点をちゃんと自覚してだな……」

「アンドレ。友人として言っておくが、他人の耳に入るような所で軽々しい発言は避けるべきだぞ」


彼女もアントワネットの行動については心に葛藤があるらしい。


「オスカル、お前も声が大きくなってるぞ」
アンドレは笑った。

むきになりつられて大声になったオスカルは、ムッとした顔をして黙り込んだ。





そのオスカルがよもやパリのローズ・ベルタンの店を訪れるとは思いもよらなかった。

ベルタンの評判を聞きつけた姉から、彼女がデザインした派手な肩掛けを是非買ってきて欲しいと頼まれたのだ。

パリから離れた所に住んでいる姉は、採寸や仮縫いに立ち会わなければならないドレスなどそう簡単に作れない。

幸いオスカルはベルタンと面識があるので、母も彼女が行くのが妥当だと送り出した。
それに行くとなるとあれもこれもと母は用事を言いつける。軍隊ではともかく、個人的に誰の命令も聞かないオスカルが唯一従うのは母だけだ。

内心やれやれのオスカルはアンドレを巻き込んでパリへと向かっている。





ベルタンはアントワネットの居間で会ったときよりは落ち着いており、さすがに自分の店では宮廷での高い調子とはまた違う。

ちょうどオスカルが訪れたときは、ベルタンを慕って弟子入りした多くの女たちが注文を受けた縫い物を仕上げている真っ最中だった。
忙しそうだが客人として来たオスカルにも彼女は愛想が良い。



縫い子時代から頭角を現し、何より気力と体力が並はずれた彼女は無理な注文でもきちんとこなし、貴婦人たちから信頼を得ていった。

一見、横着そうに見えて仕事の手は正確と聞く。
広い額に太い眉、あごのしっかりした女性で、体格も良い。
上手く行っているときはあけすけな図々しさも信頼され、八方美人もつきあい上手ともてはやされる。

下町にいれば、女たちを率いて不平不満を役所にねじ込む女将になっていただろう。



「所詮成り上がり者の私に目をかけて下すって有り難く思ってるんですよ」
ベルタンはオスカル相手に王妃の人柄とセンスの良さをひとしきり語った。

「見たところ、落ち着いたデザインも多く手がけてらっしゃるようだが、最近の宮廷では奇抜なものが流行っているのはどうお思いか」
オスカルもあたりを見回し、気になることを聞いてみた。


「私は時代が求める物を作り出しているだけですよ、ジャルジェ少佐。誰も私が流行を作っていると思っているらしいけれど、それは逆です」


「ところでベルタン嬢ご自身のお好みはどんなドレスなのでしょう」
デザイナーとしては相手の好みだけではなく、自分の好みも当然持っているはずだろう。


「そうですね、深いワインの赤、もしくは森の緑色をしたベルベットのシンプルなドレスですかねぇ。えりに清楚な白いレースも良いでしょう」
ベルタンはそう言いつつ、とても私の顔には似合いそうもないですけどね、と付け加えた。


「こういう仕事をしていると、女性の美しさを引き立てるのは決してきらびやかなものではなく、内面からの輝きを引き出す衣装だとつくづく感じますよ。ただ、そういうものが今の時代に求められているかどうかが問題です」

元気な彼女がふと視線を落とした。
彼女も平民の出だと聞く。

宮廷の貴婦人たちがおしゃれを競い、度を過ぎた見栄の張りあいを冷めた目で見つめているのだろう。


今日も又、ベルタンはベルサイユ宮殿に「新世界ドレス」という名の新作をアントワネットに届けに行くと言う。
他の貴婦人たちを出し抜くために、新作ドレスは誰にも未公開なのだそうだ。


「王妃様はたぐいまれな気品と、その地位にふさわしい素質をお持ちです。ただ、今は着飾ることにご興味をお持ちのようですが…」
ベルタンは苦笑とも嘲笑ともとれる曖昧な表情で言った。





**********





今夜の舞踏会のドレスはベルタンが届けた新作のドレスで決まりだ。
最新の流行は腰の辺りが左右に大きく張ったもので、そのボリューム感とくびれたウエストが好対照になっている。
ちりばめられた虹色のガラス玉がキラキラと美しい。…実は結構重い。

アントワネットは鏡の前で優雅にターンしながら勝利にほほえんだ。


オーストリアの母からは「変です、即座におやめなさい」ときっぱり言い切られた流行のドレスだが、宮廷では最新の流行なのだから忠告の一つや二つで何もへこむ必要はない。フランスにはフランスの事情があるのだから。


それからこっそりとランバール公爵夫人を呼び、最後の飾り付けが完璧かチェックしてもらう。
公爵夫人は物静かな女性で、決して奇抜な衣装合戦には加わらないが、アントワネットに心から味方をしている友人である。

ただ、アントワネットにすれば立場を尊重して遠慮がちな彼女に友人として物足りなさを感じている。



心より笑ったり泣いたり出来る親友。共に遊び語らい、寂しさを吹き飛ばしてくれるようにいつもそばに寄り添う友達。

ひとりぼっちの私に生き甲斐を与えてくれて、味方になってくれる友。
そのような存在が出来たとすればどんなに素晴らしいだろう、と彼女は思う。





そんな願いが届いたのか、その夜の舞踏会でひときわ目立つ容姿の貴婦人が出入り口近くの目立たぬ所にぽつんと立っていた。

アントワネットの目にはその女性が真夏の大輪の花のように輝いて見える。
決して派手な身なりではないが、白い肌をしたお人形のように愛くるしい顔の婦人は知り合いもいないのか、遠くを見たり天井を眺めたりと落ち着きがない。


「あの方も寂しいのかしら」
アントワネットはつと彼女に近づき、名前をたずねた。


貴婦人はポリニャック伯爵夫人と名乗り、長いまつげをふるわせるようにアントワネットに対して深くお辞儀をした。


今までどうしてあなたの存在に気が付かなかったのかしらとたずねる彼女に、その夫人は多額の借金のためにおいそれと宮廷に上がることが出来ませんと答える。


初対面の、それも王妃に対して自分が生活に困っていると打ち明けるさまがアントワネットの心を打った。
これほど正直に、自分の恥ずかしいことを語る貴婦人は今までに見たことがない。彼女にはこの女性が非常に新鮮に映った。


夫人のせっぱ詰まった態度に共感を得たのか、アントワネットは後日彼女を居間に呼んで色々な打ち明け話を聞いた。

堰を切ったようにはき出す借金の苦労や将来への心配は、語る方も聞く方も涙なしにはありえない。
特に出会って日も浅いこの女性が、心の中を自分に打ち明けていること自体にアントワネットは感動していた。


求めていた友はポリニャック夫人に他ならない。この女性なら共に語り、遊び、私を孤独から救い出してくれるはず。彼女はそう確信していた。




「わかりました、あなたの重荷は私が取り除いて差し上げましょう」
アントワネットはうつむくポリニャック夫人の手を握りしめた。


「本当でございますか、王妃様」
ポリニャック夫人は泣きはらした顔を上げた。


「ですからもうそんなに嘆き悲しまないで下さいまし」
アントワネットは優しく頷いた。





結局の所、ポリニャック夫人の多額の借金は即座に清算され、多額の俸給と住み処、夫には要職がさも簡単に与えられた。又、一族もアントワネットのお声掛かりで次々と出世していく。
すっかり世界が変わった夫人は、苦労を取り除いてくれたアントワネットに深く感謝していた。


そして同時に、王妃のために自分が大いに役に立っていることも実感していた。


「王妃様はきっとお寂しい方なのだわ」
所詮、王妃といえど人間である。痛いところをなでて、かゆいところに手が届く友人を大切に思わないはずがない。




そう、私が苦しいときには誰も振り向いてはくれなかった。

あの地獄のような孤独な日々。



苦しい、寂しい、逃れたい、どれもポリニャック夫人にすれば痛いほど経験したことである。

彼女の真の願いは追い立てられるような生活から逃れること。それから子供には自分のようにお金の苦労は決してさせないこと。

長い苦境の中で、彼女ははい上がるためには何でも出来ると心に誓っていた。

そのために寂しい王妃の心に取り入ることはそう難しいとは思えない。


幸い、王妃は人の役に立つことを願っている。
助けてもらうことも時には親切になることを彼女は知っていた。
むしろ私はアントワネット様のために尽くしているのだとさえ、ポリニャック夫人は錯覚していた。





そして間もなく、アントワネットによるポリニャック夫人への類を見ない寵愛ぶりは宮廷でも知らぬ者はいないほどになっていた。
特に夫人が王妃に頼めば、誰でも要職への道が開けるほどその信頼は厚い。

今やポリニャック夫人に取り入ろうとする打算的な貴族も少なくなく、夫人こそ時の人としてもてはやされている。
彼女は心地よい王妃の寵愛を得て、ますます輝きを増す。


又、元々人のよいアントワネットは彼女だけではなく、お気に入りの人たちも取り立てたりしている。
これを利用しない手はないと、こぞってアントワネットの寵愛を得ようとやっきになる者もいたし、反対に寵愛を得られずに反目する者も出はじめてきていた。





オスカルはこの事態に何度となく、アントワネットに対して進言しようと飛び出したところをアンドレに止められていた。

もう今では王太子妃ではない、というのがまず彼の言い分である。

王妃という絶対権力の座に着いたアントワネットに対する進言は、臣下としてのこれからを左右しかねない。
現にオスカルは王后陛下となってからのアントワネットに深刻な進言はしたことがない。


又たとえ、オスカルに対して護衛以上のつながりをアントワネットが自覚していたとしても、王妃のそばにはほとんどポリニャック夫人が付いている。他意のない進言も、得体の知れぬ彼女によってどうねじ曲げられるかわかったものではない。



特に普段は無駄な発言はしないオスカルとはいえ、目の前で不平があるときは相手に辛辣な一言も辞さない。

それを知っているアンドレだけに、いつ何時ポリニャック夫人に対して余計な一言を突きつけるかわかったものではない。
一応、護衛としてはオスカルの向こう見ずなところを押さえるために、常に袖を引っ張っている。





**********





「アントワネット様、たとえ泣きつかれたからと言って、どんな職務に合っているかもわからぬままその夫や子息を要職に取り立てたりする事は大変危険なことです。こういう人事に関することは是非、国王殿下にお任せ下さい」



間もなく離宮のプチ・トリアノンへ向かうアントワネットの護衛につくため、王妃の居間へと急ぐオスカルの耳に、今まで何度となく進言しようとしていた言葉が聞こえてくる。

声の主はアントワネットの後見人、メルシー伯その人らしい。

「はいはい、わかっております。だけど国王陛下は私に一任するとおっしゃって下さっているのです」
もはや王妃となったアントワネットを押さえつける者はいない。


すっかり身分が違ってしまったせいか、メルシー伯の小言も今では耳に気持ちいいそよ風のように感じられるらしい。あっさりとかわされている。




少し間をおいてオスカルが王妃の居間に入ると、先ほどの進言もむなしくノワイユ女官長やメルシー伯が弱り切ってしおれていた。



もし私が進言していても、同じような事になっていたのだろうか。

オスカルはアントワネットの舞い上がりを危惧しつつ、これから先の王妃としての自覚を祈る気持ちでいた。




確かに国庫を無視したポリニャック夫人の振る舞いは、オスカルも内心うさんくさいとしか思えない。

ランバール公爵夫人のように思慮深い思いやりがあるとは思えず、アントワネットを手玉に取っている彼女の真の目的は我が身の保身に他ならない。



確かに誰でも我が身はかわいい。

だが、相手の考えを認め互いの立場を思いやり尊重しあってこそ友情は育まれるものではないか。
最終的にアントワネットの評判を落とすのであれば、友としてけじめのあるつきあいを心得るべきだ。

それに与えた友情を盾に見返りを求めるのであれば、それは友情ではなくれっきとした商売である。
オスカルはただ黙ってみているしかない我が身にいらだっていた。






アントワネットの居間では今夜も舞踏会の後におしゃべりの花が咲いている。

普段は雑談に近づかないオスカルも、ギリシャ神話のペイリトオスとテセウスの友情話にふと足を止めていた。


「親友ならどんな困難にでもつきあうものですな」
「いやいや、もし悪事ならきっぱりと忠告することも相手のためです」
貴族たちは好き勝手に語り合っている。

「しかし、相手を危険に巻き込む場合は多少の礼はすべきでしょう」
「それでは報酬目的になってしまうではないか」
一人の発言に一同はドッとわいた。誰もお金は大好きである。言葉とは裏腹に心の友などという純粋なものなどあるわけ無いとばかりに一笑している。


「真の友情はお金で買うものでもありますまい。ましてお金で売るものでもないはずです」
オスカルの何気ない言葉を誰も疑問に感じることはないし、あえて談笑する席で一般論に反論する者はない。

話題はさっさと次に移っていく。



「ヘラクレスも冒険好きはいいですが、細君が厳しすぎますわなぁ」
人々の笑いが起き、ポリニャック夫人はアントワネットの隣でおだやかな表情で腰掛けている。

それはあたかも真の友情はここに存在すると信じるかのような美しい横顔だった。


一見、アントワネットより六歳年上には見えないほど彼女の顔は若々しく、幼く見えた。
女性としてのかわいらしさからすれば、顔の作りという点でアントワネットより彼女の方が勝っているとも言える。



実のところポリニャック夫人が確信犯なのか厚顔なのかはわからない。
だが、アントワネットは彼女を信頼し大切な友人だと信じ切っているのは間違いない。




友人?




その美しい響きの陰で今までどれほどの陰謀が繰り返されてきたのだろう。
簡単に友と呼び合う安易さと、友情を得ることの難しさ。




オスカルにとって一番身近な存在のアンドレは友人である。
だが、彼を今さら友人という言葉で語れるのだろうか。


それにスウェーデンに去ったもう一人の友、フェルゼン。
彼に対しても又、友と一言で言い切れない感情のざわつきがあるのも確かだ。




今のオスカルにとって、友情とはどんなものかと問われたら、はっきりとは答えられないのだった。





2005/5/5/








後書き・・・っていうほどじゃないですが、ベルタンの風貌やイメージ、それとアントワネットの新作ドレスなどは勝手な作り話です。
絶対に信用しないでね。
そんな調子で創作してるので、もちろん思想的なことも現代風ですから、「正しい18世紀のフランス思想とは違う」ものです。

ポリニャック夫人が亡命先で亡くなったのはアントワネットと同じく1793年なんだそうですね。これも何かの縁かな。
お金にどん欲で意地が悪いイメージだけど、もし王妃に気に入られたら誰だって権力を思いのままに操ってみたいと欲が出るものじゃないかと思いました。


ポリニャック夫人の肖像画を見ていると、個人的には外見は女優の多岐○裕美さんみたいなイメージになりました(○の所には川を入れてね)。

いろんな事について本当の歴史はどうなのか?ということに興味がある方は図書館などで調べてみて下さい。
そのうちベルばらオタクから範囲が広がって、知らぬ間に歴史オタクになっちゃってるかも知れませんよ。



up2005/5/21/

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