-愛の創作- −ベルサイユのばら外伝 その8− その日、外から帰って来たジャルジェ将軍はムスッとした表情で、居間のテーブルに紙の束を放り投げた。 「このようなものが道に落ちていた・・・」 ジャルジェ将軍はそれ以上何も言わなかった。そしてそのまま自室に入って行ってしまった。 あとはお前たちで処理しろと言わんばかりだった。 一緒に居合わせたオスカルとワカコンスタンツは何事かと思い、その紙の束を手に取った。 “そして・・・私を・・・あなたのつまに・・・” “ああ、アンドレ・・・あなたにドレスを着た私をみせたかったの・・” “おおっ、オスカル。愛している愛している・・・” “へいぼんな女でいたいの・・・アン・・ドレ・・・” “ぶちゅーっ” (何じゃ、これ・・・)とオスカルは真っ青になった。 ワカコンスタンツはオスカルがぼうぜんとしている隙にそそくさと逃げて行った。それはワカコンスタンツが書き損じた小説の一部だった。 なぜ道に落ちたかは謎だが、多分、ゴミ箱からこぼれたか、もしくは机の上のから風に乗って道まで飛んで行ったかのどちらかだろう。 だが、まさかこれだけではあるまい。この他にも外に飛んで行ったものもあるはずだ。 オスカルは恥ずかしさの余り、真っ赤になった。 確かにアンドレに気がないわけではないが、こうもあからさまに書かれると、恥ずかしい以外のなにものでもない。 もう、近所も歩けないな・・・とオスカルは思った。今頃、この小説の中身のことで、ご近所の貴婦人方の井戸端会議は大盛り上がりになるだろう。 (そもそも貴婦人が井戸端で会議をするかどうかは疑問だが・・・) なにもかも姉上のせいだ・・・。 紙は何枚もあったが、とても恥ずかしくて最後まで見ることができない。 オスカルは紙の束を手に握ったまま、思考回路が爆発しそうで、頭の中は怒り充満着火寸前の真っ白状態になっていた。 「何だい、それ」 馬の世話をし終えたアンドレが居間に入って来た。 彼はオスカルが目をテンにして握り締めている紙の束を興味ありげに取り上げた。 “オスカルは泣きながらアンドレェー抱いてっ、と叫んだ” “おお・・オスカル、我がかいなに・・・” “ひしっ” “ぎゅー” 「・・・」 アンドレは絶句した。 オスカルは彼のその様子を一部始終見ていたが、目が合いそうになるとふと視線をそらした。 恥ずかしさの余り、アンドレの顔をまともに見ることができない。こんなに気まずい思いは初めてだ。 確かにキスぐらいはしたことはある。だが、こんなねちこくいちゃいちゃブリッ子はしたことないぞ。 くそっ。 「・・・う・・・ははは・・・」 アンドレは突然笑い出した。 「なっなんだ、アンドレ。何がおかしいんだ?」 「姉上らしいじゃないか、なかなかこんな事、書けやしないぜ」 アンドレは愉快そうだ。 ・・・まっ、言われてみればそうだが・・・たかが小説、いちいち顔を赤くしたり青くしたりするまでもないか。アンドレもなかなか太っ腹じゃないか。 その細かい事を気にしない性格、普段はボーッとしているように見えるけど、けっこう頼もしい・・・。 だが、何か今一つ心がすっきりしない。なぜだ? オスカルにはどこか引っ掛かるものがあった。 「こんなにたくさん書けば、さぞ立派な作品になっているんだろうな」 アンドレはオスカルの恐れていることをあっさり言った。 そうだ、オスカルが引っ掛かっていたもの、それは、書き損じがあると言うことは、完成品もあると言うことなのだ。 オスカルはガーンとショックを受けた。 その完成品を普通ならどうする?独りで抱え込んではいまい。 誰かに見せる。友達・・・その家族・・・身内・・・他人・・・インターネット? どんどん広がる妄想小説愛読者エリア。 「やっやめてくれー」 オスカルは半狂乱になりそうになった。 これはいつかの“ジャンヌ・バロア回想録”にレズと書かれたとき以上にひどい。あれは他人が面白おかしく書いたデマだと割り切れるからまだましだ。 だが今回は身内も身内、実の姉が書いたとあっては、誰も嘘とは思うまい。 下手に他人が書いたのよりタチが悪い。 「まっ、落ち着けよ、オスカル」 それでもけろっとしているアンドレを、オスカルは信じられなかった。アホかとも思える。 「でもな、あの中身だぞ、アンドレ。これは許されないことだ」 オスカルはムキになって言った。 「ああ、わかったわかった。じゃあ、姉上に頼んで完成品を見せてもらおう。悩むのはそれからでいいじゃないか」 「・・・」 オスカルは結局アホ呼ばわりしたアンドレにうまく丸め込まれたような気がした。 ワカコンスタンツは部屋にはいなかった。多分、リバーシティーか、ファミマに逃げて行ったのだろう。 「姉上、失礼します」 オスカルはこの際、礼儀などに構ってはいられなかった。 散らかったへやのあちこちを見回す。机の上・・・。 あった。 “ベルサイユのばら・・・アンドレとオスカルの愛” オスカルは表紙だけでめげそうになりながら恐る恐るページを開く。 ざっと読む。 ・・・見なければよかった・・・ そこには書き損じとなんら変わらぬ派手な“いちゃいちゃ”が繰り広げられていた。それもやたらアンドレの出番が多くて、筋肉美(イイカラダ)が強調され、必要以上に美化されている。きっと、この小説が今頃、ワカコンスタンツの連れのところにばらまかれているのだろう。 こんな物を読んで、アンドレが変に影響されても困る。意に反して襲いかかられるのは一度でたくさんだ。 「・・・」 アンドレもオスカルを慰める言葉を失っていた。 とは言え、彼にすれば、小説の中に出てくるアンドレがうらやましく思えた。 小説のアンドレとオスカルはいちゃいちゃラブラブで、その上オスカルはアンドレにメロメロなのだ。 なのに自分は、お手・お替わり・伏せ、までさせられたあげく、「おあずけ」状態が続いている。 だが、こんな時にシリアスに迫っても、オスカルにひじ鉄を食らうだけだろう。 やめておこう。アンドレには学習能力があった。 「オ・・オスカル、事実は小説より奇なり、って言うだろ。元気出せよ」 「・・・」 慰めるどころか、よけい突き落としてしまった。 ワカコンスタンツはディナーの時間におとなしく帰って来た。 珍しく無口だ。オスカルも一言も口を開かなかった。 アンドレはスープを各人の皿に取り分けながら、事の成り行きを見守った。 食事も終わりかけの頃、オスカルはやっと重い口を開いた。 「姉上、根も葉もないことを、小説に書かないでいただきたい」 「へっ」 ワカコンスタンツは、そうひとこと返事した。 それは「はい」とも「ん?何のこと?」とすっとぼけているとも取れる玉虫色の返事だが、一応オスカルの意志は通じたようだ。 これに懲りる姉だとは到底思えないが、何らかの自粛策くらいは考えるだろう。 いや、考えて欲しい・・・。 だが・・・・。 (これからは書き損じもきっちり処理せなあかんな・・・) ワカコンスタンツは思った。 机の上の完成品はきっとオスカルも読むことを見越していた。 とりあえず、どんなものが完成しているか、オスカルも気にしていただろう。一応読ませて、こんな物かと安心させておくためにわざと目立つところに置いていたのだ。 だが、もっとスゴイのはちゃんと引出しに入れてある。あの礼儀正しいオスカルはよもやそこまで見てはいまい。 ・・・ごはんが済んだらさっそくそのスゴイ方の続きを書こーっと。 ワカコンスタンツはスケベ笑いを顔いっぱいに浮かべた。 その顔を見逃すオスカルではない。 ・・・附に落ちない・・・オスカルは思った。 ワカコンスタンツはちっとも反省していないのではないだろうか。 そう思ったら、オスカルはだんだん腹が立ってきた。何かで発散しなくてはおさまりそうにない。 「今から、剣の練習だ」 オスカルは食器を片付けているアンドレに言った。 「おっ、おい。待てよ、オスカル」 あわててアンドレは後を追った。オスカルはすたすたと前をいき、階段を下りようとしている。 オスカルは頭に血がのぼり、カーッときていたので前をよく見ていなかった。 だか、一歩踏み出したそこは階段だった。 「うわっ」 オスカルはおもいっきり段を踏み外しそうになった。 「危ない」 ちょうど後ろにいたアンドレはとっさにオスカルの後ろ脇から両手を回し、彼女を支えた。 とっさなので、アンドレの両手はしっかりオスカルの両胸に当たっていた。 とは言え、アンドレが支えてくれていなければ、彼女は階下へ転がり落ちていただろう。その事もあってかオスカルは胸をさわられたからといって、特にアンドレを責めなかった。 「・・・行くぞ、アンドレ」 オスカルは再び勢いよく歩き出した。 だが、アンドレは両手に残ったオスカルの胸の感触の余韻にジーンと浸っていた。 この様子のごく一部を、たまたま目撃していたワカコンスタンツは、アンドレがオスカルを後ろから抱きついていちゃいちゃしているのだと思い違いした。 その上、オスカルはチチを触られてもいやがりもせず、平気にしている。 「何や〜あいつら。小説の事をブーブー非難しておいて、けっこう自分たちもやっとるやんけ」とワカコンスタンツは思った。 だが、これはおいしい話だ。さっそく小説に書こう。 次のタイトルは“ジャルジェ家の秘め事”に決まりだ。 ワカコンスタンツはニンマリ笑いながら部屋に帰った。 そんな事とは知らず、オスカルとアンドレは今日も剣のけいこに精進するのであった。 おわり 1996/5/28/ up2005/5/15 戻る |