−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物・地名も登場していますが、その行動や性格設定、及び情景は、「でっちあげ」です。 それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -戴冠式- 神に選ばれて王の座に就いた者は、まず王の威厳を人民に示さなくてはならない。 女王は地位に似つかわしいものを身につけ、人々から常に注目される存在であること。 立ち振る舞いだけではなく身なりや装飾についても女王には最高の物が必要だ。 ついには有名な裁縫師のローズ・ベルタンを王妃専属のデザイナーに取り立てて、アントワネットは王妃に当てられた予算を豪華なドレスや帽子などにつぎ込んでいった。 あるいは宝石商を呼び出し、珍しい宝石なども手に入れていく。 それはまるで全ての優雅なもの、高価なものがアントワネットめがけて集まってきているかのようだった。 結局の所、彼女は王室のしきたりにうんざりする一方で、権力の座を楽しんでいた。 もちろん宮廷の貴婦人たちも黙って見ているわけではない。 女王に追いつこうと家財を売ってでも飾り立てようとやっきになり、中には破産して家財産を失う者すら出てくる。 それほどに今ではすっかりアントワネットその人自身が流行となっていた。 そのアントワネットがここしばらくおとなしい。 広大な庭園を一人眺めては深いため息をつき、遠い空を眺めてはぼんやりとたたずんでいる。 彼女を見守るオスカルには彼女の空虚な気持ちが手に取るようにわかっていた。 フェルゼンは別れの言葉も言わずにスウェーデンに帰ってしまった。 心に大きな穴が空いたようで、アントワネットはむなしい気持ちを持てあましていた。 浮気な恋の駆け引きをする相手ならいくらでもいるが、それは単なる遊びに過ぎないし、今はそのような軽薄なことなど何もする気にはなれない。 どんなに見事な宝石も優雅なドレスも、彼女を惹きつけはしない。 ただ、フェルゼンの笑顔さえあれば全てはいらないとさえ思えた。 アントワネットは勘が良い。相手が自分に対して好意を持っているか敵意を持っているかは、瞬時にわかる。 下心のある貴族たちなら軽くあしらってきたし、王妃という立場上、特に男性とはきちんと一線を引いたつきあいをしてきた。 だがフェルゼンは彼らとは違っていた。 心より誠意を持って接してくれていたし、ただ一人で外国から、それも少し前まで敵対していた国から嫁いできた孤独な彼女の気持ちを誰よりも理解してくれていた。 そのために必要以上に彼を寵愛していたことは自分でもわかっている。 今となっては周囲の者に未練がましいことも切り出しにくく、誤解を招きかねないのでフェルゼンの事は意識して口に出さないようにしている。 「あの方はもうフランスへは戻っていらっしゃらないのでしょうか」 アントワネットはオスカルにはふと本音を漏らした。 「彼は律儀な男です。アントワネット様のご温情を忘れはしませんし、いつか又、元気な姿を見せてくれることでしょう」 オスカルも又、大切な友人であるフェルゼンがいなくなって寂しく感じていた。 ただ、今後も彼とアントワネットとが必要以上に近づく事については相変わらず警戒していたのだが。 しかしアントワネットもむなしい気分で塞いでばかりはいられない。 国王の戴冠式を間近に控え、衣装を新調したり式典の段取りに追われたり日常はとても忙しい。 今日も又、ベルタンが新しいドレスのデザインを持ってやってくる。フェルゼンがいない寂しさを紛らわす事などいくらでもある、と自分を励ましていた。 こういうときに、オスカルであれば自分に与えられた任務があり、ましてそれらが多くの人に評価されるのであればどれほど気が紛れる事だろうかとも思う。 だがアントワネットには女王としてのプライドがある。 オスカルに対して「あなたがうらやましい」などと口に出すことは決してない。 一方のオスカルにはいつまでもフェルゼンの事を想う時間は無かった。 兵士を指導したり、式典の護衛の訓練を繰り返したり、責任ある立場の彼女にはやりがいのある仕事が目白押しだ。 特に近衛隊の兵士たちには戴冠式などという行事は初めてで、国の威信をかけた盛大な式典に期待していた。 ジェローデルは相変わらずひょうひょうとしながらも「王様の王冠には一体どれほどの宝石がくっついているのでしょうね」などと興味津々でいる。 彼はオスカルが少佐に昇格したのと同時に大尉に昇格し、中隊をまかされている。 今も尚、オスカルの直属の部下であるが、もちろん偶然ではない。 要領の良い彼は前もって根回しし、そうなるようにし向けたのである。 「最近の若い兵士は実力も無いくせにすぐに口答えをして困りものですな。権利ばかり主張するまえに義務を果たしてもらいたいものです」 ジェローデルも最近では落ち着いてきたのか、眉をひそめ腕を組み、すっかり士官ぶりが板に付いている。 かつての自分を棚に上げてすっかり上官気取りの彼にオスカルはただ笑っていた。 さて、この日は近衛隊の練兵場に久しぶりにアンドレが顔を出し、オスカルの指揮を眺めていた。 ばあやからはいつもお嬢様から離れずに護衛するのですよ、とさんざん言われていたが、それによってかえってオスカルが部下から頼りないと思われては困るので、彼女が近衛隊の隊長として行動している時に同行するのはかなり遠慮していた。 よほど暗い夜道や人気のない寂しい道などはアンドレが気を利かせて必ず同行したが、ただでさえどこへでも独りで勝手に飛び出してしまうオスカルの動きを捉えるのは難しい。 オスカルはいつかアンドレが軍人になるのならば近衛隊にも同行すればどうかと言っていたが、彼には使用人の立場があり、ジャルジェ家にある程度の恩を返さなければならないと考えていた。 それに、暇を見つけては屋敷の使用人の子供たちに勉強を教えるのが楽しくなってきた今日この頃である。 召使いの中には慈善事業に熱心な者がいて、空いた時間に是非パリの教会で貧しい子供たちに読み書きを教えてくれないかという声もかかっている。 この日のアンドレはたまたまオスカルに頼まれて、リアンクール公爵の遠縁に当たる男にベルサイユ宮殿のあちらこちらを案内していた。 リアンクール公爵は帯剣貴族で、以前オスカルと士官の心得などを語り合った縁がある。 彼の親戚で田舎から出てきた三十過ぎの男は古びた帽子を手でクシャクシャにしながら、ことあるたびに宮殿の壮大さと華麗さに感心し、おおげさな驚きがなんともユーモラスでアンドレはなかなか飽きないでいた。 男は近衛隊の優美な兵士の姿にもただただ感嘆している。 ジェローデルはアンドレの姿を冷ややかな横目で見つめていた。 彼はいつもオスカルの付き人になっているアンドレがなんとはなく目障りに思っている。 第一、近衛兵でもないのに隊長と対等に話をするのも気に入らない。 自分と身なりを比較しても、相手は地味で優雅さに欠けている。 明るいブラウン色をした流れるような自分の髪をなでながら、勝負はついたも同然とばかりにジェローデルは妙なところで対抗意識を燃やしていた。 「アンドレ、君はいつもオスカル少佐のそばにいるが、暇なのかね」 ジェローデルは敵に投げかける得意の皮肉でアンドレに先制攻撃を仕掛けた。 「いえ、暇ではありません。オスカルは忙しいし、事務仕事を手分けするだけで朝になることもあります。今日は用事でここへ立ち寄っただけですが、ついでにオスカルの馬の調子も観察しております」 アンドレは皮肉の応酬は避け、物腰も柔らかく答えた。 付き人なのか執事なのかよくわからないが、隊長の名を呼び捨てにするあたりは、妙な関係だなとジェローデルはいぶかしがる。 「ふーん、せいぜいがんばりたまえ。隊長の世話は本物の馬より大変だろうからな」 「いえ、いつもお世話になっているのは私ですから、大変だなどと思ったことなどありませんよ、ジェローデル大尉」 再びアンドレの返事は彼の挑発を無視していた。 おかげで空振りを食らったジェローデルは次の皮肉を出しそびれ、会話は頓挫するしかない。 しかしそれにしても同じ屋敷で一緒に徹夜とはいかがなものかと、かえって彼は機嫌を悪くする。 実際はアンドレとオスカルは屋敷でしょっちゅう一緒にいるのではない。 子供の頃から世話になっているお屋敷ではあるが、二人にはそれぞれの立場と役割があるので、毎日、顔を合わせて話をしていたわけではない。 特に成人してからは、子供の頃のように他愛のない話をすることもなく、アンドレは一歩引いたつきあいを心がけていた。 オスカルもまた彼の考えを解っているのか、相手に不必要に踏み込まないようにしていた。 たとえば幼なじみなら遠慮もなく「恋人は出来たのか」などと言い合ったりしそうだが、そのような軽口もたたかない。 親しき仲にも礼儀ありと言うが、彼らの関係は乳兄妹というよりは親しい隣人と言うべきで、主従関係によってけじめを守っている親友のようなものだった。 もっともオスカルはアンドレを召し使い扱いしたことはないし、気が利く彼と一緒にいると段取りが良く、今さら気を遣う相手でないだけに何かと都合が良い。 ただつきあいが長いだけに、ジェローデルなどの外部の人間に一言で説明できるようなものでもない。 「つちかってきた信頼関係というものかね」 ひとまず彼は二人をそう見ていた。 後日、シャンパーニュ地方のランス大聖堂で行われた戴冠式の様子を見たオスカルは、アントワネットのお輿入れの時よりも興奮した面持ちでアンドレに詳細を語った。 何より式典が荘厳に進行し、薄暗い聖堂内部に窓から差し込む日の光がよりいっそう内部装飾を神秘的に引き立てていたこと。 豪華な衣装をまとった新国王は権威も高く輝いており、宝石がたくさんちりばめられた王冠が非常に重そうだった事など。 彼女にしても戴冠式を通して、この国がさまざまな面でヨーロッパに誇れる大国であることを実感していた。 そしてまた自分自身も、フランスの王家を守り仕える仕事に就いていることに責任と誇りを再確認したらしい。 しかしオスカルもどこを観察しているのか、正面入り口にある薔薇窓などのステンドグラスの意匠がすばらしかったことや、微笑の天使像をはじめ居並ぶ彫刻が印象的だったと、まるで観光旅行をしてきたかのように語った。 どちらかというとアンドレにすれば、シャンパーニュ地方のお土産にオスカルが持ち帰ってきた名産物シャンパンの方に興味をそそられていたのだが。 ジェローデルも大聖堂の外にはいたので、少しは雰囲気を味わったらしい。 「やはり王冠には200個のダイヤがちりばめられていたようだ」と、適当なことをうそぶく。 「ランスでは噴水のように惜しげなくシャンパンが市民に振る舞われたらしい」 アンドレもほとんどトンデモない話を信じ切っている。 二人はまるで戴冠式を見てきたかのように、どこからか拾ってきたいい加減なうわさ話を競って語り合っている。 その様子を笑って見ているオスカルの肩に、風に吹き飛ばされたまだ若い新芽が音もなく落ちてきていた。 2005/4/1/ up2005/5/4/ 後記:ルイ16世の戴冠式は1775年の事で、ランス大聖堂は歴代のフランス国王の戴冠式の場になっていたそうです。 シャンパーニュ地方と言うだけあってシャンパンの名産地だそうですね。行ったことないけれど。 それにしても革命が起きるまでだいたい20話ぐらいで進行させようと思っていたのに、この調子ではどうなることやら。 どこかで間隔を飛ばしてやろうかしら・・・。(^_^;) 戻る |