−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物も登場していますが、その行動や性格設定は、「でっちあげ」です。 それを承知の上、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -エリザベート- 王太子の妹にエリザベート親王という少女がいる。 ようやく10才になったばかりで、兄に似たぽっちゃり顔ではあるものの、王女らしく気品に満ちた少女に育っていた。 オスカルはアントワネットが嫁いでくる前からちょっとした話の相手を仰せつかった事もあり、年の割にはしっかりとした考えを持つ王女様だという印象がある。 「私の夢は慈善活動に励むことです」と早くも人生の目標を宣言していた。 賢そうなまなざしに、優しそうに微笑する唇、それとふっくらした頬がいかにも裕福に育ち、知性と教養を備えた少女らしい。 特に聖書の話などが好きらしく、オスカルとはモーセやサムエルなど勇者の話を語り合った。 幼い頃に両親を亡くし、愛を注いだり愛を受けたりすることを兄たちに向けていた彼女は、特に王太子つまり今の新王と仲が良く、内気で努力家の兄のよき理解者でもある。 優柔不断で自分に自信がなくおっとりしている兄だが、実は争いを嫌い、心の平安を求める善良な人であると彼女は信じていた。 エリザベート自身は決しておしゃべりな性格ではないし、無口な兄や無駄口を言わないオスカルに好意を持っていたのは、彼女自身も子供なりに自分の考えを持っていたからだろう。 むしろオスカルからすれば、頑固者同士が仲違いをせずにつきあえるのは本能的にお互いに相手の領分に足を踏み入れないからだと考えている。 それにアントワネットの王妃としての資質を問うわけではないが、早いうちから物事を落ち着いて見たり、国を背負うための責任感もあるエリザベートは、王妃という立場に向いているとさえ思う。 当の王妃のアントワネットとエリザベートだが、年も少し離れていたせいかあまり話し相手にはならなかった。 本を愛し何事にも根気よく取り組む少女には、熱しやすく冷めやすい遊び好きのアントワネットがどうにも理解できない。 かといって仲が悪いわけではなく、華やかで社交的なアントワネットを尊敬もしつつ、互いにちょうどよい距離を置いていた。 ただ、兄に対することだけは別だ。 「私が王妃であれば、もっと兄上を大事にし、あのように自分だけはしゃぎ廻ることは致しません」 つい本音がポロリと出ることもあった。 さて、かつて王の絶対権力に逆らえず、デュ・バリのために屈辱をあえて受け入れたアントワネットは王妃となり、ついにその絶大な力を握りしめていた。 夫は相変わらず彼女には遠慮がちで、妻を支配し損ねたあげく、すっかり妻に振り回されることに安定感すら見いだし始めている。 ルイ15世が崩御し、今では新国王の妃殿下という立場のアントワネットに怖いものは何もない。 パリでの評判もすこぶる良かったし、貴族たちもうやまってくれる。 栄光を独り占めし、自信に満ちあふれるアントワネットは女王として花開こうとしていた。 しきたりに厳しいノワイユ女官長も、オーストリアから派遣されたメルシー伯も、すでに王妃となった彼女を押さえつける力はない。 あるいは、早すぎる栄光を危惧するオーストリアの母の手紙も、適当に斜め読みして放置してしまう。 誰よりも高い地位に立つ責任の重さと、誰の束縛も受けずに気ままに生きることの違いを果たして彼女がどれほど理解していたかは疑問であるが、歴史は彼女を選んだ。 アントワネットにとってただ一つ怖いのは、日々をおもしろおかしく暮らしていなければ、女王としての義務以外に何のために生きているのかわからなくなってしまうことだ。 「何のために?」 この永遠に問いかけられる人生の意味を、彼女は深刻に考えることを嫌っていた。 新王となったルイ16世陛下と王妃のアントワネットの元には祝いの品は所狭しと運び込まれ、王の引き立てを希望する謁見の列が延々と続き、落ち着く暇もない。 彼女は最低限の義務はこなしてはいたものの、ただ押しつけられるだけの日常にはうんざりしていた。 古めかしいしきたり、特に国王の食事風景は一般の貴族たちに開放され、ゆっくりくつろいでスープを飲むことも出来ない。 あれも嫌だこれも嫌だと思ううちに、反動で同じ分量の楽しみを得ようとしてしまう。 遊び仲間とパリへ繰り出し、フェルゼンを呼んでしっとりと話をし、たまにはオスカルの苦言を軽く聞き流す。 アントワネットは目が回るほど忙しくても楽しいことがある限りは元気に立ち回っていた。 ちょうどこの頃オスカルは少佐への昇格が決まっていた。 アントワネットのお声掛かりも有ったのだが単に後押しに過ぎず、かねてより軍の上層部で出ていた話である。 これを機に近衛大隊も与えられることも決まっており、ますます軍務も忙しい。 そんなオスカルが国王夫妻に昇格の礼を述べようとベルサイユ宮殿に伺候したとき、なにやらアントワネットのサロンで貴婦人たちが笑いさざめく声が聞こえてくる。 女性たちのとりとめのないうわさやおしゃべり、オスカルのもっとも苦手な分野である。 別の機会に出直そうと、きびすを返す直前にアントワネットの友人であるランバール公爵夫人に見つかってしまう。 サロンではローズ・ベルタンというパリで流行の裁縫師を呼び、貴婦人たちが新しいファッションの話題で盛り上がっていた。 オスカルは国王夫妻に丁重に礼を述べ、逃げるようにして部屋を出て行く国王に付いて出ようとしたが「まあまあ、オスカル。あなたも女性ですから是非、ファッションについてご意見を聞かせて頂きたいわ」とアントワネットに引き留められてしまう。 付き人として来ていたアンドレは「ここは男の出る幕ではございませんね。どうぞ皆様ごゆるりと」と、微笑みながら腰を深々と折って退散する。 逃げ出す場を失ったオスカルは仕方なく、ボディに着せてある最新作のドレスを囲む一座に加わった。 普段はドレスなど興味を持って見たことはない代物だけに、女性方の衣装へのこだわりも彼女にすれば未知の世界の事である。 いっそのこととばかりに「腹をすえて拝見致しましょう」と座り込む。 ざっと部屋の中を見渡すと中央のテーブルには、広げられた色とりどりの生地やあらゆる素材、デッサンブックなどが盛り上げられている。 見本として流行の「自然」を取り入れた枯れ葉のような帽子や、馬の毛であつらえた襟付のドレスなども並べられていたのだが、さっそくオスカルは「見ているだけでかゆくなりそうでございます」と毛嫌いした。 特に王室相手にローズ・ベルタンがデザインする服の趣味はオスカルにはどうしても理解できない。 本来はパリで普通のドレスなどもあつらえているが、貴婦人方のオーダーは当たり前のものでは納得してもらえないのだという。 女性美の追究と言うよりは、単に奇をてらうだけではないかと思いつつ、要望があればデザインすることも裁縫師の仕事なので、彼女もそこまでは口には出さない。 オスカルとしては人の知性や優れた人柄というものは内面からにじみ出てくるもので、あえて外面を派手に飾り立てるものでもないと考えている。 優れた人格はドレスと違い、一度身につけると決して古びてしまうことも誰から盗まれることもなく、何カラットのダイアモンドよりアントワネットを輝かせるものになるはずだと思っている。 だがどう見てもアントワネットの品位を落としかねないデザインでも、貴婦人たちは彼女を褒めちぎる。 当然、ベルタンも商売である。 「斬新なデザインは王妃様がお召しになってこそ、流行になるのでございますよ」と持ち上げる。 聞いていてあきれてしまったオスカルはついに「そのような突拍子もない衣装はおやめ下さい」とはっきり言うこともあったが、反対にベルタンには「ではこのドレスの名前は突拍子に致しましょう」とネタにされてしまう。 さすがにベルタンは時代の波に乗っている裁縫師だけあって、言葉にも勢いがある。 最後は場を盛り上げてくれたと言わんばかりにオスカルに満面の笑みを浮かべて宣伝チラシを押しつける。 一方のオスカルも普段から女性らしくない事が貴婦人方にとっては魅力となっていたので、多少の失言も「まぁ、オスカル様ったらまるで殿方のようでございますわ(ステキ)」と笑って済んでしまう。 だがたとえ口が悪くても、何よりオスカルが献身的にアントワネットを気遣っていることを彼女たちは知っている。 何でも適当に誉めるのではなく、おかしなものはおかしいと言うのも時には安心できる。 オスカルがどれほど自分のことを思ってくれているのかを確かめるために、アントワネットはあえて苦言を聞いているようなものだ。 オスカルも半ば、あきらめの境地になってきたのだが、少なくともアントワネットを誉め倒す軽薄な貴族たちとは一線を画し、彼らの本音がどういうものかを彼女に知ってもらおうと損な役回りを引き受けていた部分が大いにある。 ようやく彼女が解放されたときにはアンドレは庭園を暇そうにほっつき歩き、若い国王と妹のエリザベートが並んで散歩をしているところだった。 相変わらず仲のよい兄妹をオスカルは微笑ましく見つめながら、ぼんやりたたずむアンドレを後ろから軽く蹴飛ばした。 もちろん今からアンドレを伴って帰るのだが、もし彼女が国王兄妹の話を聞いていたら感激していたかも知れない。 「私は王としてどうあるべきかという事はまだまだ勉強不足なのだよ。けれど、王の権利を保つためとは言え、今まで黙認されてきた残酷な刑罰は人にとっては良いことだとは思えない。これを私はできるだけやめる方向に持って行くつもりなのだ」 王になった兄は幼い妹に自分がこれからやりたいことを打ち明けていた。 実はそれを実現できるかどうかは優柔不断な自分にも自信はない。 だが、過去の王たちが行ってきた無意味な処刑や拷問について、彼は自分が王になった時、何より止めさせたかったのだ。 幼い妹相手なら自分が何を打ち明けているのかよくわからないだろうという甘えもあったが、彼はエリザベートに誰にも見せない一面を時々のぞかせる。 「私がもし王妃であればきっと兄上に心から仕え、よき王になられるように尽力致しましたのに」 と、けなげなエリザベートも兄の手を取って、たいそう励ますのであった。 2005/4/1/ up2005/4/24/ 戻る |