−お知らせ−
このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
それを承知の上、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-近衛隊1773-



アントワネットの身近な護衛…正確には保護者のようなもの…を、こなしながらオスカルは1773年には近衛隊の中隊を任せられ、200人ほどの兵士の陣頭指揮に当たっていた。

実のところ彼女の指揮は申し分なく、大隊を任せてはどうかという案件も出ていたのだが、階級と年齢的に見てもう少し様子を見ようと言うことになって留まっている。




近衛隊は帯剣貴族が世襲している国王直属の軍隊である。
兵士たちははそれぞれにプライドが高く、決して誰かに統率されるのではなく、自己流の訓練のみで充分間に合っていると思っている。

自分勝手にすることが身に付いた彼らの統制を取ることは簡単ではない。


又、よほどの事が無い限り、勝手に階級が上がっていく仕組みのためか士官たちの士気はいま一つあがらない。
筋が悪いわけではないが、自己を磨かない兵士も出てくる。
それに訓練をいい加減にしていても失脚もしないし、多少の失敗は父親の威光でもみ消すことが出来る。


オスカルの頭痛の種がこの「やる気のなさ」だった。




若いうちは良いが、やる気のなさがいつか生活全般に及び、身を持ち崩してからでは遅いぞ、などと彼女が言ってみたところでどこ吹く風。

第一、他人の言うことをいちいち聞いていては貴族としてのプライドにかかわる、などとばかりに受け流している。

しかし国王直属の軍隊というプライドは根付いており、ここ一番にはそつのない身のこなしで任務を無難にこなす。

自分の意志で動く事を第一としているので、上官のあり方は彼らにとっては「飾り物」と何ら変わりはなかった。





オスカルはこれを何とか改善しようと考え始め、父のジャルジェ将軍や彼の友人などから兵士を統率するコツを聞き出すために、人望の厚い将校などに積極的に会い、色々な話を聞いていった。

当然、目的を単刀直入に聞いても「自分でつちかえ」と拒絶されるに決まっている。



彼女は当たって砕けろと言う思いで彼らに会い、過去の武勇談などを聞き出しながら魅力ある上官とはどういうものかと探り始めた。


特にジャルジェ将軍の知り合いで、帯剣貴族のリアンクール公爵などはオスカルの面会の申し出を快く承諾し、温厚な態度でイギリスで見聞した事など楽しい話を交えながら、自分の大隊長時代の失敗談などを語ってくれた。


又、話を聞くだけではなく彼らと接することで日常心がけることに色々と気付かされていった。

あごを引く、背を伸ばす、けじめのある態度を取る、弱みを人前にさらす勇気を持つ、ここ一番の度胸を持つ。
そのような基本的なことをまず自分が実践し、気負わず背伸びせず兵士たちに接していくことにした。



つまり当たり前と言われていることが肝心だと彼女は次第に思うようになっていったのである。




それだけではなく、今までたしなみ程度にしか興味を持たなかったダンスを始めてみたり、芸術や古物の鑑賞など、武術以外の事も積極的に取り入れた。



さりげなく身近にいるアンドレの様子もよく観察していると、彼の印象の良さは自然体の態度から来ていることがわかり、こういう事でもないと長所に気付かずにいるものだとオスカルは納得する。

訳のわからないアンドレは、何だか近頃ジロジロと見られているなぁなどとのんきに思っている。




しばらくすると次第に彼女に変化が現れ始めていた。

頭痛の種と思われた兵士たちの士気を上げるという目的のためだけではなく、それをきっかけにして自分を磨くことに充実感を得ているのに気が付いたのだ。





彼女はまず小隊長、班長などの命令系統を見直し、正しい指令が隅々まで伝達されているかを念入りに確認した。

それから兵士たちに対して、見た目がいかに洗練されているか、身のこなしなどを訓練に取り入れていった。

特に外見を気にする兵士が多い中、興味を引くところからやる気を引き出すことにしたのだ。



大したことではないようだが、自分を美しく見せるという技は少なからずナルシストな兵士たちの興味を引いた。

彼女は若さを武器に、時には自らも兵士たちと同じように試行錯誤をして見せ、一丸となって訓練することは有意義であるという意志を全員に行きわたらせた。




オスカルの言うことにはどこか新鮮味がある。


どんなことでも「なるほど」と思わせるためにあれこれと体験し、彼女が手当たり次第に目上の将校たちに面会を頼んだ事は功を奏していった。

何より、彼女の前向きな姿勢が兵士たちを刺激したことは特筆すべきである。




だが彼女の悩みの種はそれだけではなかった。




オスカル直属の小隊長にジェローデル中尉という男がいる。

年の頃は彼女より2才ほど年下で、豊かなくるみ色の髪と灰色の目が一見、彼を物静かに見せているが、なかなか血気盛んな面を持ち合わせ、反骨精神をみなぎらせている。

兄弟姉妹のちょうど真ん中に生まれたせいか、上と下にはさまれて育った彼は少し斜に構えた思考と、なかなかの要領の良さとすばしこさも兼ね備えていた。



特に二人の姉には幼い頃、わけもわからぬまま女装をさせられいじめられたせいか、今でも年上の女性に対する不信感があるらしく、ちょっとしたことでオスカルに反発してくる。

士官学校を経て、その後もあまり女性と意識されることもなくすんなりと周囲から受け入れられていたオスカルだが、どうにもジェローデルには通用しない。

確かにどの兵士たちも頭の片隅では、洗練された貴族なら女性には優しく接すべしという考えがあるのだが、それ以上に自分たちよりも文武で優れている彼女を認めないわけにはいかない。

潔い態度に美意識を感じる彼らにとっては、ひがんで反発するよりは、素直にあっさりと認めた方がより洗練されていると考えたのだ。



しかしジェローデルは「どうして女性の命令を聞かなくてはならないのですか」などと、閲兵式の訓練中に暴言を吐いたりする。

にらみをきかして無視していたオスカルだが、かえって火に油を注いだのかジェローデルは余計に増長する。



時折、供に付いてきて練兵場にも足を運ぶアンドレも、さすがに腹を立てたらしく、何度か言い返しそうになったがオスカルに止められている。
「ここはいいから任せておけ」という目で見つめられるとどうしようもない彼なのだが。



オスカルはそれでも彼をあまり相手にはしなかった。

ジェローデルの、強い者には食ってかかるという習性をオスカルは見抜いていた。
なぜなら、彼女自身も同じような一面を持っていたからだ。




決定的な対立はアントワネットのパリへの初めての公式訪問が決まったの直後に起きた。


練兵場に集まった兵士の全員が騎乗し、並足での行進を命じたオスカルに対して、ジェローデルの小隊は隊長自らがやる気もない態度で馬の足並みもバラバラに、他の隊の士気を著しく下げていた。


「こんなことでは私が中隊を率いた方がきっとうまく行く」
などと、オスカルに聞こえよがしに独り言を言う。


「ではやってみるがいい」
オスカルははじめて彼の挑発に乗った。



「もちろん、そうさせてもらう」
ジェローデルは初めて彼女が相手になってきたことで興奮のあまり頬を赤くしている。


彼は前に出て兵士たちと向き合い、陣頭指揮をしていたオスカルに取って代わった。

だが最近ちょっとした一言が全員の士気を下げていた彼のことである。
たちまち兵士たちは不満げに足並みを乱し、中には馬が立ち止まる者さえ出てきた。


脇に退いたオスカルはただ黙って様子を見ている。



「ええい、そこの小隊、ちゃんと右に移動しろっ!」
ジェローデルは必死だ。
だが、小隊長の名をうっかり言いそびれた彼を兵士たちは冷ややかに見ている。



「ちゃんと命令を聞けっ!」
彼はうろたえた。



陣頭指揮を取ることは付け焼き刃ではかなわない。
さっそうと人前に立つには、普段から信頼関係が必要なのだと初めて気が付いていた。





すでにジェローデルの負けは明らかだった。

引っ込みもつかずわなわなと拳を握っている目前で中隊は収拾がつかなくなり、ただひたすらオスカルの指示を待っている。

彼女はぼう然とするジェローデルに対してすぐに下がるように言い、その日の午後からの短い謹慎を命じた。ほとぼりも冷めると思ったからだ。






さて、騒動が終わってから訓練は順調に仕上がりを見せ、その日の帰り道。
屋敷の近くへ差し掛かったとき、オスカルは待ち伏せしていたジェローデルに出くわした。


「さっきはうまく貸しを作ったなんて思うなよ」
ジェローデルは恥をかいたことで悔し紛れに彼女に八つ当たりしてきたのだ。


「私はジェローデル中尉に対して貸しも借りもない。ただ今度のパリへの公式訪問で、王室の軍として恥じない姿を人々に示したいだけだ」
オスカルは馬に乗ったまま淡々と答えた。


「それではまるできれい事ばかりではないか。だが所詮、女などに私は負けはせぬ」
彼は昼間の怒りをそのまま持てあましていたらしい。


「剣を抜け」
ついに彼は先に剣を抜いた。


「面白い、売られたケンカは買わねばなるまい」
オスカルも又、若い。所詮女などにと言われて、戦わずしてどうしよう。



彼女は馬から下り、すらりと剣を抜く。隙はない。斬りかかってきたジェローデルを身軽にかわす。

確かにジェローデルは近衛隊でも剣の腕を買われている。
ただ彼はうぬぼれからすぐに感情的になる悪い癖がある。そこが彼の隙だった。


「やぁっ!」
オスカルは風を切って彼の剣を飛ばした。



はっと我に返るジェローデル。
悔しさや怒りより前に疑問が湧いて出る。そう、ずっと以前から思い続けていた疑問。

「どうして私はお前に勝てないのだ…」

それは彼がどうしても自分ではわからなかった本心だった。




オスカルの瞳がふと深みを帯びた。剣をさやに収めると気持ちも収まる。

「お前は確かに強いが自分の気持ちが先走っている。だから相手の動きを先読み出来ないのだ。…たとえ姉君に勝てなくとも、見返す方法はいくらでもあったはずだろう」
彼女はジェローデルの生い立ちを知っていた。

自分の弱さを克服する方法を探しあぐねている彼の気持ちはよくわかる気がする。




「…どうして私の心を探るのだっ」
ジェローデルは怒鳴った。しかし腹を読まれて、もはや戦意は喪失している。


「私も六人姉妹の末っ子だ。姉上たちにこっぴどくいじめられたことはいくらでもある」
オスカルは軽やかに笑って、再び馬上の人となった。






一週間後、パリへの行進にひときわ態度の麗しい小隊長の姿があった。

オスカル率いる中隊の補佐を務め、興奮のあまり沿道に飛び出てきた群衆を彼女が安全なところに誘導している間に、代わって隊をまとめ、時には手を振る人々ににこやかに敬礼し、気品ある対応で民衆に接していた。


彼の笑顔は美しい。オスカルもまた彼を高く評価していた。

その小隊長の名はジェローデル中尉。以後、オスカルの右腕となる。





おわり
2005/3/24/





事前のみならず事後にも書きますが、こんなにいい加減な軍隊の話はありません。
絶対信用しないでね。

資料はなし!
図書館でも見つからず。ほとんど妄想でゴザイマス。
裏付けがあるといいのだけれど、ないものは仕方ない。
内容も「軍」と言うよりは新入社員育成マニュアルから引用?・・・という感じです。(^_^;)

しかし!!何にもわからないけれど、とにかくアントワネットの護衛以外に、オスカルが主に何をしていたのかを書いてみたかったという勢いだけはあります。

いやマジ、勢いのみ。


アントワネットの世話を焼くだけでは、いつか「私はこれでいいのか」と思うかも知れません。
特に仕える相手が尊敬できる人かどうかというのは大切な事です。

それなら日々、彼女は彼女なりにやりがいのある事をしていないと、後でもし後悔するような事になっては気の毒です。
なので、とにかく若くして出世しただけに、仕事での苦労もあっただろうな・・などと言うお話になりました。



ジェローデルの性格設定はほぼアニメ版に近いものにしています。
生い立ちは勝手に作りましたが。
原作では最初からメインでは活躍していなかったので、若い頃の性格はちょっとわかりません。

こういう人は頭も切れてプライドも高いので、とりあえず気になった相手を平気でバカにするのですが、一度信頼すると180度、態度を変えて仕えてくれます。
後で求婚するかどうかはわかりませんが、上官としてこんな部下がいたら頼もしいでしょうね。





up2005/3/26/

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