−うるわしの青春もとどむるによしなし−




 ばあやはオスカルにドレスを着せたくて仕方がなかった。

姉妹の中でも一番美しく生まれたオスカルを、ジャルジェ将軍は男として育ててしまった。これは、ばあやとしては遺憾この上ない事だった。


あんなに美しいお嬢様に武官などという荒くれた仕事をさせ、女らしいたしなみもさせずドレスも着せずこの歳まできてしまったことに、たとえ旦那様とは言え、腹が立って来るのだった。


その上、当の本人もドレスと聞いただけで鼻で笑い、ばあやを相手にしなかった。

「だって、そうだろ。あんなチャラチャラした物を着て、どこが楽しいんだ。動きにくくて歩くのにも不便じゃないか」



オスカルはかつてフェルゼンの為に一度だけドレスを着た。彼女はドレスと言えば、どうもその時の、胴が苦しくて窮屈で、足がもつれそうになった記憶しかない。



 事実、ドレスを着て育たなくてよかったと思った。
男として育ったおかげで見えてきた世の中の様々な事。普通の貴族の女であれば、恋も許されず、人形のように命じられた所へ嫁ぎ、世継ぎを産むことのみが仕事なのだから。

だが、そんなことはオスカルには我慢できない。確かに男として育てられたことで苦労もあったし、犠牲にしてきたこともあった。しかし貴族の女たちは、女として育ったとしても決して幸せな結婚をしているとは言い切れない。


あのアントワネットさえそうであったのだ。彼女はそのせいで、フェルゼンとのひそかな恋に悩み苦しんでいる。



ドレスはただ美しいだけではなく、悲しい道具でもある。ある時は男の気を引き、ある時は身分の上下を競い会う。それによって男の利害がからむ。



美しいドレスを着ていても幸せとは限らない。



主導権を握るのは常に父であり、夫であり、息子である。ドレスを着た女は男の人形なのだ。
だから軽率にドレスを着てはいけないような気がする時すらある。



・・・と物事を難しく考えてしまう潔癖なオスカルであった。





よって、真面目なオスカルが、自分の意志でドレスを着ることがあるとしたら、よほど結婚したい男ができた時くらいなものであろう。・・・そんな者が現れたらの事だが。






 もし、オスカルが着飾ったドレスを着て舞踏会に行けば、人々の羨望の注目を集めるに違いないし、あちこちからため息が聞こえて来るほど美しい姿をしている。
なのに本当にもったいないと、ばあやは思った。

・・・ちゃんとドレスを着てくれたら、育てがいもあるのにと。


とはいえ、頑固者の娘はやはり頑固者で、なかなかばあやの夢は実現しない。


 オスカルを結婚させようとは思わないが、・・・いまさら嫁に出すのは寂しいし・・・こんなにも美しいお嬢様を皆に自慢したくて仕方がない。

ドレスだけが目立って、たいした中身じゃない娘もゴロゴロいるのだ。少しくらいとうが立っていてもなんのそのだ。
見てみたいね〜。お嬢様のドレス姿・・・。何だか頭がボーとなりそうだよ。




 ばあやの思惑も知らず、その日もオスカルはどっぶり日が暮れてから屋敷へ帰ってきた。
今日は珍しくアンドレも一緒だ。

二人は明日の予定を話し合っていた。
屋敷へ帰る間中、会話の内容はその事ばかりだった。
パリの巡回警備は、兵士を交替して行っていたが、アランやアンドレは隊の中でもリーダー格なので、オスカルは二人を信頼していつも同行させていた。

が、しかしそれでは二人に負担がかかり過ぎる。ローテーションをうまくしないといけないとオスカルは思っていた。

それとは反対に、アンドレはそれほと苦にはしていなかった。やはり男と女の体力の差もあるのだろう。オスカルは彼ら以上に疲労していた。


 口数が少なくなったオスカルをアンドレは心配していた。彼女の後ろ姿を見慣れているアンドレは時々彼女の肩が小さく見えることがあった。



アンドレは思う。
仕事の話を夢中でしているオスカルは真剣で楽しそうだ。
何かに集中している間は、人間誰しも悩みや迷いから解放される。
いつかアランがオスカルの事を「何かから逃れようとしている」と批判していたが、確かにオスカルは仕事のみに集中しようとしているようだった。


楽観的でどちらかと言えばのんきなアンドレには理解しがたい事だっただろうが、一応、女として生まれたオスカルにとっては、やはり、女としての自分の幸せとは何なのかを探していたのかも知れない。


そして、今はアンドレに対して、兄妹以上の気持ちがあることも間違いなく、いつか自分の口からこの気持ちを打ち明ける機会があるのだろうかと、心が落ち着かなかった。


だがアンドレの静かなまなざしは、再び荒々しくオスカルを押し倒す勢いがあるようにも思えず、つい、子供の頃のように平気で肩を組んでしまいそうになる。

この複雑な気持ち。


幸い、仕事をしている間は、そんな悩みは考えなくてもよい。女に生まれるとは、いかに悩み深いことか。男にはわかるまい、とオスカルは思う。





「お帰りなさいまし、お嬢様」
ばあやはいつもより楽しそうに言った。


「何だよ、おばあちゃん、なにかいい事でもあったのかい」
アンドレは、ばあやがひとり想像してニヤけているのをさっそく感じ取った。


「うるさいね、何でもないよ。ところでお嬢様、お食事はどう致しましょう?」

「言ってなくて悪かったね、ばあや。実はもう済ませてきたんだ」
「あっ、俺はまだなんだ、今日は忙しくって」

「お前には聞いてないよ、アンドレ。台所へ行って、適当に食べておいで」
ばあやの一言で、アンドレは一度肩をすくめて台所へ消えて行った。




 オスカルは暖炉の前の椅子に腰掛け、あかあかと燃える火を見ていた。
薪が勢いよくはじけ、生きているように火が踊っていた。不規則に、そして自然に。


なにも考えなくてよい、・・・ひととき。


ばあやはオスカルにショコラを運んでくれた。


「お嬢様、今日もお疲れでしょう」
「ありがとう、ばあや」
オスカルはほほ笑んでショコラを受け取った。

暖かい。ショコラもばあやの心も。オスカルは子供のころからいつも愛情を注いでくれたばあやに感謝した。


「ばあや、私はいい子じゃなかったのかな?」
「いいえ、とんでもございません、お嬢様は私の自慢でございますよ」
ばあやは本心で言った。


「ばあや、いつまでも元気で、私を見守っていて欲しい」
オスカルはいつになくばあやに甘えてみたくなった。
忙しさのあまり、人に優しくすることすら忘れていたのかもしれない・・・。


「何ですか、お嬢様。あらたまって・・・」
ばあやは嬉しさ半分、涙もろくなった目頭をエプロンでそっと押さえた。


「・・・」
ごめんね、ばあや。いつかドレスなんて着ないと、ばあやをばかにして・・・。
オスカルは傍らに立っていたばあやの手を取って、もたれ掛かった。




 何だろうね、わたしゃ今日、オスカル様がドレスを着てくれたらどんなに美しいだろうなんて一人で想像して、ボーッとなったりして、あらあら本当にボーッとなってきちまったよ・・・。






「アンドレー!」


オスカルの叫び声はアンドレだけでなく、その近くにいた者すべてを驚かせてしまった。


アンドレが駆けつけたとき、ばあやはオスカルの腕の中でぐったりしていた。



「おばあちゃん!」
「アンドレ、ば・・・ばあやは、ひどい熱だ。お医者様を・・・」

「わ、わかった。おばあちゃん、しっかりしろ」
「お医者様は私が呼んで来ます」
召使の男はあわてて出て行った。



騒ぎを聞き付けて部屋から出て来たジャルジェ夫人は、比較的落ち着いて、ばあやを暖かい部屋に運ぶように召し使いに指示した。




 夜半になって、ばあやの容体は一応落ち着いた。
原因は流行の風邪だった。


暖かくして安静にしていれば数日で良くなると医者は言った。

ボーとしていたのは、ばあやが色々と想像していたからだけでなく、熱があったのだ。
看病を他の召し使いにまかせず、オスカルはずっとそばについていた。
アンドレが交替するからと言っても聞かない。



「ばあや、大丈夫か」
オスカルは目を閉じているばあやに語りかけた。

「もっと頭を冷やした方がいいか・・・?」
「・・・」

「えっ、何?」
オスカルはばあやの顔に耳を近づけた。
「ドレスが・・・」
「えっ?!」
ばあやはうわ言で、オスカルのドレス姿を褒めちぎっていた。



「オスカル、どうした」
冷たい水を水差しに入れて、アンドレが入って来た。
「・・・何もない」
と言いつつ、オスカルが考え事をしているのは間違いなかった。


「どうした、オスカル」
「・・・」
彼女は無言で立ち上がった。

「・・・?」
「アンドレ、この部屋に誰も入って来ないように見張っていてくれ」
オスカルはそう言い残して、部屋を出て行った。



こんな夜中に誰がうろつくもんか、アンドレはオスカルの奇妙な行動に首をひねった。

彼はオスカルがさきほどまで腰掛けていたベッドのそばの椅子に座って、ばあやの様子をのぞき込んだ。
苦しそうな様子はない。この分なら熱もすぐに下がるだろう。

たった一人の身内だ。
たいしたことがなくて良かった・・・。




 再び部屋のドアが開き、オスカルが入って来た。振り返ったアンドレは、驚きのあまり、心臓が口から飛び出しそうになった。



「ななっ・・・どっ、どうしたんだ、オスカル!」
アンドレはあわてて椅子から立ち上がり、その勢いで足が椅子にもつれて転びそうになった。


が、彼が驚くのも無理はない。
オスカルは青いモスリンの襟ぐりの大きなドレスを着て、部屋の入口に立っていたいた。

一人でドレスをまともに着たことがないのだろう。
宝石で体を飾りたててはいないし、髪も一人ではセット出来ず、髪に細いリボンを巻き付けただけの、極めてシンプルなドレス姿だった。

だが、それだけでもオスカルは美しい貴婦人そのものだった。



 アンドレは引き寄せられるようにオスカルに近づき、手を取ってエスコートした。
彼女がばあやの為にドレスを着たのは明白だった。
自分のためでないことは、アンドレにとって非常に残念だったが・・・。


「おばあちゃん、オスカルが大丈夫かって聞いてるよ」
「ばあや、目を開けてくれ」

「オスカル。その格好で、開けてくれ、はないだろう」
アンドレはたしなめた。


「ばあや・・・」
オスカルの声に、ばあやはやっと細く目を開けた。
「おや、どうした事だい、お嬢様が女になってるよ」
ばあやは夢うつつで言った。
それにアンドレが少し恥ずかしそうにオスカルの手を取って傍らに立っている。


「ばあや、たまにはドレスを着るのも悪くないよ、ばあやがいつも私に言っていたように」
オスカルは言った。


「なんだい、アンドレ。デレーッとしちまって」
ばあやは嬉しかった。
それに、この二人はなんとよく似合っているのだろう。
女としては少し背が高すぎるオスカルと並んでも、決して見劣りしない孫のアンドレの立派なこと。

こうして二人がこの年寄りをいたわってくれている様子は、仲の良い恋人同士以外の何者にも見えはしない。

ひょっとして、あんなに結婚話をいやがったお嬢様も、本当はアンドレのことを・・・。


アンドレの気持ちもわかってはいたが、身分のことさえなければ、二人は幸せになれたのだろうに・・・。
ばあやの思いは複雑だ。



「ばあや、早く良くなって、いつものように叱っておくれ・・・」
「心配しなくても、じきに良くなりますとも・・・。でも何だか眠くって・・・。お嬢様もこんな年寄りに構ってないで、お休みあそばして下さいまし・・・いつもお忙しいお嬢様ですのに・・・はあやはこの体より、お嬢様のことが心配です・・」
「ばあや・・・」


オスカルはドレスのせいか、優しい気持ちになって、ばあやの手を握り締めた。
オスカルの肩が震えている。アンドレはごく自然に彼女の肩を両手で支えた。


 ばあやはそのまま心地よく眠りに着いた。
振り返ったオスカルは優しい表情で涙を浮かべていた。
彼女の本来の姿がここにあった。肩を張らず、人の優しさに涙する、素直な女性の姿が・・・。


アンドレは上着のポケットに入れていたハンカチを取り出し、黙ってオスカルに渡した。
「ありがとう・・・アンドレ・・・」
オスカルはハンカチを受け取ると、再び涙があふれてきた。
だが、アンドレにその顔を見せまいとして、ハンカチで顔を覆う。




ここのところ、長い間、感情を出せなかった。

パリの警備は忙しく、自分のことすら考える余裕もなかった。無心で指揮をし、張り詰めていた日々の疲れが、反動で一気に出てきたのだ。


ばあややアンドレの優しさは、そんな責任感に固まっていたオスカルの心をほぐしてくれた。
オスカルは素直な気持ちで、アンドレの胸に顔をうずめた。


アンドレは何も言わずにオスカルの背に両手を回し、強く抱き締めた。

心から優しい男なのだとオスカルは思った。
彼女は心の中で、彼にありがとうを繰り返していた。






 しばらくしてオスカルはやっと落ち着きを取り戻し、ふとばあやを見やった。彼女は気持ち良く眠っている。


「・・・誰かに見つかるといけないから着替えてくる」
オスカルはいつもの凛々しい顔を取り戻しつつあった。


泣くと気持ちもすっきりした。オスカルは顔を上げ、アンドレを見上げた。

「もう大丈夫だ、アンドレ。・・・ありがとう」
オスカルはそう言い残して、ドレスのすそをひるがえして、部屋から急いで出て行った。





 しばらくして戻って来た時は、彼女はいつものオスカル・フランソワに戻っていた。
冷静で、冷やかな表情になっている。
まるで先ほどまでここにいた女性は私ではないと言わんばかりの変わりようだ。



アンドレはカフェテーブルに椅子をセットして、彼女を座らせた。
「さあ、アンドレ。朝までばあやのお供だ」
オスカルはそう言って、二・三冊の本をテーブルに置いた。


「よし、何か飲み物を持って来てやるよ」
アンドレは台所へ行きながら、どんな姿をしていてもオスカルはオスカルに変わりないと思っていた。

・・・だがもう少しドレス姿でいてくれたらもっと嬉しかったのに。





朝が来て、ジャルジェ夫人がばあやの部屋をのぞくと、オスカルとアンドレはベッドのそばのテーブルに顔を伏せてうたた寝していた。

そして熱が下がったばあやは変なことばかり言った。

「本当でございます、奥様。昨日、お嬢様がドレスを来て、看病して下さったんです」
「まあ、ほほほ・・・。そうなんですか」
ジャルジェ夫人は、ばあやが夢でも見たのだと思い、本気にしなかった。


「アンドレ、起きるんだよ、この役立たず!」
ばあやの声で、オスカルとアンドレは目を覚ました。


「・・・えっ、なんだい、おばあちゃん」
「お前も見ただろう、お嬢様がドレスを着ていたのを・・・」


「・・・知らないよ、おばあちゃん、夢でも見たんじゃないのかい」
アンドレは笑って相手にしない。
昨夜のことは、オスカルとの約束で黙っていることにしてある。


「ばあや、私もドレスなんて知らないよ」
オスカルも首を振った。




 二人はいつものように出かけて行った。

ばあやはどうしてもあれが夢だったとは思えず、おちおち寝てはいられなかった。彼女はタンス部屋に入り、昨日、オスカルが着ていたドレスを探した。


女の直感だ。


ドレスはいつもと違う位置にあった。

ばあやはにっこり笑った。
孫たちは私のために、わざわざ夜も寝ずに励ましてくれたんだ。

ドレスを着たオスカルを見ることができたのは嬉しかったし、それ以上に二人の気持ちが嬉しかった。そしてアンドレとオスカルが非常によく似合いのカップルになるだろうと思った。


・・・でもだめだめ、それは身分が違うんだよ、とばあやは自分に言い聞かせた。

だが、肩を並べている二人の姿を想像するのは、オスカルのドレス姿を想像するより楽しかった。




「アンドレ、今日の午前9時に兵士たちを練兵場に集めておいてくれ」
「よし、わかった」


ばあやの想像などつゆ知らぬ二人は、いつもの二人に戻っていた。

空はよく晴れ、心地よい風が吹いていた。
オスカルはすがすがしい気持ちで馬を飛ばした。
アンドレも競うように馬に鞭を振るう。

久しぶりに気持ちの良い朝だ。



昨夜のアンドレの胸の暖かさが頬に残っていた。
そんなオスカルの頬を冷たい風がほどよく冷やしてくれる。




 このままどこまでも走って行きたい衝動に駆られながら、果てなく続く並木を、二人は馬で駆けた。


あたかもこの先には希望が待っているかのように走る二人を、誰にも止められはしないだろう。




・・・空は高く、人の世は地上でうごめきながら、小さく輝いていた。




うるわしの青春もとどむるによしなし、
さあれ、人々、いまを楽しみてあれ、
あすはみな定かならねば・・・

青春哀歌・・・ロレンツォ・ディ・メディチ




おわり


1996/5/27〜28





ここで止めとけよ〜と思ったが・・・





同時進行
ベルサイユのばら外伝  その7



 ジェローデルはジャルジェ家の門の外でウロウロしていた。

何か言い訳をつけて中に入ろうと思うのだか、格好の話相手のジャルジェ将軍はあいにく留守で、その上、いつもお菓子などを差入れているばあやさんは風邪で寝込んでいると言う。


さらにまずいことに、今日はマドモアゼルオスカルと共に、あのにっくきアンドレまでが屋敷に帰ってきていると言う。


駄目じゃないか。
あんな危ない二人を、こんなばあやさんが弱っている時に一緒の屋根の下に置いておくなんて・・・。

老人の看病をしながらいい雰囲気になったら、困るじゃないか・・・。
何かあったらどうするんだ。


親も親だ。
娘の管理が行き届いていないぞ。もっとしっかり見張れ。


ジェローデルは男の直感でやきもきしていた。



何か、私がこのお屋敷に入るための口実はないだろうか。


ふと、彼の脳裏にもう一人のジャルジェ家の重要人物の名がよぎった。



ワカコンスタンツ・・・・ワカコンスタンツ・・・ワカコンスタンツ・・・



その不気味な名は彼の頭の中でこだました。



「やめよう、あの女だけは・・・」
いくら何でも彼女に会いに来たとは死んでも言えぬ。


仕方ないので今日は諦めて帰ろうとしたまさにその時、門の中からワカコンスタンツがぬっと出てきた。



「わっ、なんやねんな、あんた」



「わーっ」
ジェローデルはワカコンスタンツよりも激しく驚いた。優雅さを気取る余裕もなかった。
まさかこんな時に彼女が出て来るとは想像もしなかったのだから。



「さてはあんた。オスカルの様子見にきたんやな」

「・・・」



・・・図星だった。



「そやけど今日は会われへんで。あの子、看病しとるもん」

と、そういうワカコンスタンツは、いつもならばあやが夜食を作ってくれるのだが、今日はそんな事を頼めないので、ファミマにホカ弁を買いに行こうとしていたのだ。



「ばあやさんの具合いはいかがですか」
ジェローデルは心配して聞いた。


「多分、どうもないで」
ワカコンスタンツはあっさりと答えた。

だがその言葉の裏には『心配』などと言う次元では処理できない、ドロドロとした計算が渦を巻いていた。



(ばあやもええ歳やし、万が一ということもある。しもたなー、こんな事なら万札、財布に入れとくんやったな・・・。香典、なんぼつつんだらええやろ・・・。月末に痛い出費になるで・・・。あ、そやそや。通夜にでもなったら忙しなるし、娘に手伝わすように段取りしとかなな・・・それから黒のエプロンや・・・)


ワカコンスタンツはそんな考えで頭がいっぱいになってしまった。





ジェローデルは、はかりごとのために遠い目をしているワカコンスタンツから、この隙に逃げようとした。



「待ち」
・・・だが捕まってしまった。



彼は不本意ながらファミマに連行され、シーチキンマヨネーズのおにぎりと、
インスタントラーメンを買わされる羽目になった。



まるで蟻地獄のようだとジェローデルは思った。
(だっ・・・誰か、たーすけてくれー)



哀れ、ジェローデルの心の叫びは、オスカルには届かない。

おわり




1996/5/28



☆ちょいと一言書き
オスカルが突然ドレスを着る?
色々とお話を書いているわりには「ラブラブ」ベースなものが一つもないので、奮起して書いたものらしい。自分でもよく書いたなぁと振り返る。おかげで反動で最後はお笑いのオチがついてきてます。

「うるわしの…」
ロレンツォ・ディ・メディチの詩として有名な「バッカスの歌」の一節ですが、何でタイトルに「青春哀歌」と書いたのか思い出せません。
ルネッサンス関係の図書を読んでいて、そういう記述があったのかとも思いますが不明です。
なにぶん、9年ほど前の事なので(苦笑)。


up/2005/2/11/

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