※注:この創作ブツは個人の妄想の上に成り立っています。
そのことを了承された上で、あくまでお気楽な読み物としてお読み下さい。
そんな風に認識できない方には残念ながら強いてオススメできません。
書いてる本人が歴史的な事実や慣例などは全く無視しているオメデタイ奴なので、学識高いツッコミはご遠慮下さいね〜。




−輝く季節−



近衛隊に所属し、早くから才気を発揮していたオスカルは14才にして大尉へ昇進していた。
幾多の悩みも迷いも全て自分の努力と才能でおぎない、今彼女は自信に満ちて光り輝いている。



まだ世の中の怖いものを知らないという年齢ではあるものの、その表情からはこれからの苦労や困難すら打ち破ることが出来るほどの強さがうかがえ、何よりも明るい若さがほとばしっている。

彼女が日々の鍛錬で身につけてきた自信というものは揺るぎなく見えた。

既に剣の腕前は父・ジャルジェ将軍をしのぎ、武芸にも磨きをかけた彼女はそれだけに留まらず、知識も意欲的に吸収していった。
屋敷中の本は読破され、父ですらさじを投げ、飾りとして置いていた本も彼女の敵ではなかった。



今ではオスカルの外面もさることながら、曲がりない性質や内面から輝く聡明さは広くベルサイユの人々に知れ渡っている。

うわさもそうだが、来るべき王太子殿下のご成婚にあたり、オーストリアから輿入れされる将来の王太子妃殿下にオスカルが直々に仕えることになるであろう事は決まったも同然であった。




アンドレは後年、この時のオスカルの輝くような美しさは彼女の人生において、純粋さという点で最高であったと振り返る。




士官学校でのことは彼女自身もあまり口にしないが、女性だからと周囲から疎んじられていたと言うよりは彼女が他の士官候補生たちとは一線を引き、距離を取っていたらしい。

事実、彼女が学問や武芸に秀でていたという事もあり、普通であれば女性であることによって受ける、いわれのない差別や度を超えたいたずらには遭うということはなかった。

むしろ彼女の立ち振る舞いからして女性であることを誰も意識することはなく、男性同士として見なしても違和感がなかったであろう。

だが、たいていの者たちは才能の有無にかかわらずやがて高い職に就くことができる立場にあり、努力をして自分を鍛え、さらに向上しようとするオスカルとは相容れないものがある。
又、彼女のように志を持つ者たちは、友人になると言うよりはそれぞれに孤高な姿勢を保っていた。



幸い、オスカルには腹を割って話が出来るアンドレという相手がいる。
おかげで、孤独に陥り、独りよがりな考えに傾倒することもなかった。
又、ジャルジェ将軍としては、オスカルが彼の行動や思考から男らしさを学び取ることも思惑としてあったので、今のところは全てがうまく行っていたと言えよう。



この頃、アンドレの処遇についてもジャルジェ将軍は前もって手を打っていた。
これからも彼をオスカルの供につけるためには平民の身分では役不足と察し、ごく内密にジャルジェ家にゆかりのある貴族に相応の報酬を渡し、その名を名乗るようにアンドレに命じた。

使用人であるアンドレにはその決定を不服だなどと言える雰囲気はなく、彼自身も又、オスカルと共にいられるためにはどのような手段であろうが受け入れることにした。


実は影でジャルジェ夫人の思惑も見え隠れしており、彼女はアンドレが単にオスカルの付き人というだけではなく、今後、オスカルが跡取りとして独り立ちした折りに、あらゆる意味で彼の支えが必要になるのではないかと考えたのであった。


ジャルジェ将軍がアンドレを呼びつけて一方的に事の次第を話したのとは違い、夫人は常に彼の気持ちを尊重して接した。


「突然色々と勝手な事をしてしまってきっととまどったでしょう。夫は自分の決めたことだけしか言わないのだけれど、私たちの願いはあなたにオスカルを見守って欲しいのです、もちろん…無理にとは言いませんよ」
夫人はテーブル越しにアンドレに椅子を勧めた。

彼は夫人の優しい瞳を見るにつけ、オスカルはこの人と同じまなざしをしていると感じないではいられない。

アンドレは勧められた椅子を遠慮し、決して座らない。それが召使いとしての立場を忘れない彼の姿勢なのである。


「奥様、それは俺…私にとってはここでお世話になったご恩に比べると、ほんの少しのお返しにもなりません。お…私にはもったいないほどの事です。これからどれだけお役に立てるかはわかりませんが、私の出来る限りオスカル…様をお守りしたく存じます」

そう言う気持ちの中には、彼がかつて本で読んだことのある、姫を守る忠実な騎士の姿を自分に置き換えて、その潔い姿にあこがれていた部分がある。


「ずいぶんていねいな言葉遣いも言えるようになったのね、アンドレ」
夫人はクスリと笑った。


「はっ、三回ぐらい舌をかみました…」
彼は照れくさそうに首の後ろに手を回した。


夫人がこれまで見てきた限りでは、アンドレはオスカルに対して善意の意志が見て取れる。
幸いなことに彼が他人を蹴落としてでも成り上がるという欲は持ち合わせていない事はすでに承知しているし、必ずオスカルに誠意を持って生涯仕えてくれることだろう。

男として生きるという難しい人生の演目をオスカルがどう演じるかは誰にも未知数だった。母親として娘のために支えを用意することは当然の成り行きである。

特に厳しい父・ジャルジェ将軍とは反対に、夫人は心の優しい人だった。
彼女の膝はオスカルの逃げ場所であり、絶対に安全な巣だったのである。
いつかオスカルが巣立っていくその日まで、夫人は彼女を暖かく守り続けることだろう。



さて周囲の人々の思惑をよそに、社交界に華やかにデビューしたオスカルは熱い視線を送ってくる貴婦人方になびく様子もなく、年に合わない落ち着きぶりで軽くあしらっていた。
しかしそんな冷たい態度も絵になるのだから、これは生まれ持った資質としか言いようがない。



彼女が王の新しい愛人と偶然に出会ったのもこの頃である。


先だって王の愛人と言えばポンパドゥール夫人だったのだが既にこの世を去り、新たな寵姫となったデュバリー夫人その人である。
オスカルは愛人というものはどういうものか知識としてはあったが、具体的なことまでは知らない。


ただ、その婦人が平民の出であることや、下町の酔っぱらい相手にいかがわしい仕事をしていたといううわさを聞いたことはある。
そもそも国王の寵姫に成り上がるだけでも風当たりはきついものだ。

オスカルにすればフランスの王家をお守りするという大任の前では、王の多少の色恋沙汰などは故意に視界から消し去っていたのである。





ある日、宮殿の二階の窓から、広間を歩くオスカルを見つめる女性の姿があった。

供に来ていたアンドレがまず気が付き、手を添えて会釈したのである。


とにかくアンドレは愛想がいい。一体、何事かとオスカルが怪訝そうにアンドレの目線の先を見ると、少しはかなげそうな面影の女性がゆったりとしたドレスをまとい、窓際にもたれた姿でこちらを見ていた。


「オスカル、あの人(女性)がデュバリ夫人だぜ」
アンドレは口の中でゴソゴソと言った。

オスカルはこの時、金のモールが付いた白い軍服を身につけていた。
いつもそばで見ているアンドレにとっても、彼女の白い肌に白い軍服はまぶしすぎるほど人目に付く。ましてつややかな金髪が華を添えているし、はた目には紅顔の美少年としか見えようがない。

「ふむ」

「ふむ、じゃなくて…お前ってば見つめられてるじゃないか。好かれたんじゃないのか」
「冗談はよせ」
オスカルは横目でアンドレを冷たくにらむのみ。


二人がそうこう言っているうちに、窓際の女性はオスカルに向かって小さく敬礼をした。ちょっとした茶目っ気なのだろう。


これには軍人のオスカルも反応せずにはいられない。
彼女はきびすを正して切れの良い敬礼を返した。

女性はそれを見届けるとニコリと笑って部屋の中へと入っていった。




「何だ、いろんなうわさを聞いていたけど普通の人なんだな」
アンドレは意外そうな顔で言う。

「だが、国王様のご寵愛を良いことに、贅沢三昧をしていることはすでに知れ渡っている。国庫か空っぽになってからでは遅いんだぞ、アンドレ」
「戦争にかかるお金を考えたらデュバリ夫人の贅沢なんて大したことないさ」
アンドレは肩をすくめてみせる。

いずれにしても二人にはどうしようもない問題なのだ。議論のしようもない。



この頃ではオスカルとアンドレも幼い遊びからすっかり抜け出し、もっぱら政治の話や武器や馬の話など、軍事にかかわることが多くなってきた。

背丈もすらり伸び、日々頼もしくなっていく。
二人の精神的な成長は抜きつ抜かれつし、今では良い話し相手だ。
だが、アンドレにすればやはり身分の差は心得ていた。
名前ばかりの貴族、まして金で買われた名前などメッキのようなものでやがてははがれてくる。

彼は彼なりに考えて一線を引いていたのである。



「おかしいわ、だってねぇ」
デュバリは首をかしげた。

たいていの男は自分の微笑を見ただけで釘付けになるのに。
「あの美しい青年は誰なのかしら?」


彼女は召使いをすぐに呼び、広場を後にする白い軍服の青年が何者なのかを聞いた。そしてうわさに名高いジャルジェ大尉だと言うことをはじめて知ったのである。




「ほほほ、どうりで私のほほえみを見てもびくともしなかったのね。女相手では私もどうしようもないわ」
デュバリはあきれたように笑った。

確かにあのオスカルの無関心ぶりにはもう笑うしかない。
ついでに横にいた黒髪の青年も私にあまり興味を示さなかった。ひょっとして同性の殿方が趣味なのかしらと、彼女は勝手に想像した。



アンドレがデュバリに無関心だったのは、隣にいたオスカルの横顔に密かに見とれていたせいである。彼は美しい女主人のそばにいるという特権を最大限に活用していた。

ほんの何年か前まではオスカルも子供らしい弱さやもろさがあった。だがこのところの彼女の自信たっぷりな態度はどうだ。

俺の「生意気なお姫様」はどこへ行ってしまったのだろう。
彼は一人苦笑する。



そう、彼女はどこへも行ってはいない。どんなに成長し自信をつけたとしても、人の本質はそう簡単には変わらない。

オスカルは両親や知人を大事にし、責任感も強く、さらに精神的な高みを目指そうとしている。
それらの性質が全て優しさからにじみ出ているのをアンドレは知っていたのである。

誰よりもオスカルの事を知っているという自負こそが、アンドレの培ってきた自信でもある。


だが彼のさまざまな想いは胸の中に潜むばかりで決して表立ってはいない。それは彼が自分は平民であることを誰より自覚していたからである。



ジャルジェ夫人から頼まれたからではなく、何よりも彼自身が自発的に騎士としてオスカルに仕えることこそ我が道と心に決めたのだから。





1769年の暮れ。
オスカルは国王より直々に、未来の王太子妃付の士官として、その方を守り仕えるよう命じられた。
新たな出会いが間近に迫っていたのである。

2005/1/29/




up/2005/2/5/

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