−嗚呼、悲劇の勘違い−
−ベルサイユのばら外伝 その6−




 ジェローデル大佐は近衛隊・パリ分隊(注※架空の建物)の司令官室の椅子に腰掛け、ゆったりした気持ちで窓の外を眺めていた。

南に面した窓からは玄関と中庭、そして門までが見渡せ、来訪者が一目でわかるようになっている。


そして先ほどから門の所で質素な馬車が一台待っているのが見えていた。
誰だろう、こんな昼時にあのような質素な馬車に乗っているのは・・・?




 その時、彼の部屋に部下が入ってきた。
「ジェローデル大佐。ジャルジェ様から、オペラ座へ同行して欲しいとの御依頼がきております 」
部下は馬車の主からの伝言を彼に伝えた。


昼時にウロウロしているからきっとヒマな上、質素な馬車に乗っている貧乏性のジャルジェ家の人間・・・。




(うっ、あのオバッハーンだ!!)




ジェローデルは、そう直感した。

そうそう相手になってたまるもんか、もうこりごりだ。それに頭にこびりついた関西弁がやっと抜けた所なのだ。





「済まぬがこれからブイエ将軍の大事な用件ですぐに出なくてはならない。申し訳ないがと、丁重にお断りしてくれ」


いつも上品なジェローデルはたとえオバッハーン相手だろうとも、そつがなかった。誰に対してでも気品よく優雅に接するのがモットーだ。



「ふふふ・・・私は完璧だ」
ジェローデルは花瓶に生けてあった白バラを一輪取り、そのかぐわしい香りを楽しもうと顔に近づけた。




キマっている。




 と、その時、例の馬車から聞きなれた声が聞こえてきた。
「・・・大佐は忙しいらしい。オスカル、オペラ座へは我々だけで行こう」
「そうか、仕方ないな・・・ブイエ将軍の言いつけなら・・・」



馬車の主はオスカルとアンドレだった。



「おおっ・・・」


ジェローデルは自分の軽率な判断に身悶えた。



部下はジャルジェ様と言った。オスカル様とは言わなかった。
それに急ぎではないがブイエ将軍に会うのも事実だ。

悪いのは部下だ、ブイエだ。

ジェローデルは去って行く馬車をうらめしげに見つめた。





 オスカルはその足でオペラ座に母を迎えに行った。

ジャルジェ夫人はオペラオタクの友人に誘われ、歌劇のリハーサルを見に行っていたが、パリは物騒なのでオスカルが迎えに行く事になっていたのだ。

ジェローデルを誘ったのは、何日か前にオペラ座の近くで、過激な市民と近衛隊とのちょっとした衝突があったので、その辺のいきさつを彼と現場で立ち会って、詳しく聞こうと思ったのだった。



「ジェローデルとは、また次の機会にしよう」
オスカルは暇ではなかった。その日も他に予定がいっぱいあったのだ。
アンドレは黙ってうなずいた。





 ジェローデルは先ほどの事をまだ、ひきずっていた。

そうか、そんな再々ワカコンスタンツが里帰りしているはずはない。
私はオスカル嬢の誘いを断わってしまったじゃないか、こんなことになったのもワカコンスタンツのせいだ。くそくそくそ・・・。


ジェローデルは後悔の念で頭がいっぱいになっていた。
おかげでライバルのアンドレにまた一歩遅れをとってしまった。

元々、奴には負けているとはわかっているが、やはりくやしい・・・。


 閲兵式をしていた彼はうわの空になり、整列して待っている兵たちに「全体止まれ」と言ったり、馬に乗っている兵に「匍匐前進(ほふくぜんしん)」とか言ってトンチンカンなことばかりをし、兵士たちのひんしゅくを買った。



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 オスカルが母を乗せて屋敷に帰って来ると、たびたび里帰りしているワカコンスタンツがカウチに寝そべり、暇そうにマンガを読んでいた。


「姉上、その枕にしているのは・・・」
「えっ、これ何よ?」

ワカコンスタンツは何も考えずに頭に敷いていた布の塊を確認した。
それはオスカルの金モールのついた軍服だった。枕にされていたのでシワシワになっている。



「・・・」


責めてもムダと知っているオスカルは無言のまま、寝転んでいるワカコンスタンツの頭から軍服をはぎとった。


言葉で非難しても、「こんなとこ置いとるからあかんねん」と返ってくるに違いない。
そんな低次元での争いはオスカルのプライドにかけても、絶対したくなかった。

だが、枕が急になくなったワカコンスタンツは、わびる様子もなく何事もなかったかのように相変わらずマンガを読みふけっている。



このままではオスカルの気がおさまるはずはない。


「姉上、そんなにゴロゴロしていては太りますよ。少しは運動でもなさってはいかがですか」
オスカルは非難のほこ先を変えて、チクチク言った。

「そのイヤミ、よう効くわ」
ワカコンスタンツは“太る”というキーワードに弱かった。

「運動してこよ〜っと」
ワカコンスタンツはどっこいしょと立ち上がった。

「あっ、でもあまりうろうろするのは危ないですよ、姉上」
オスカルは世間が物騒なので、少し心配した。


「べっちょない」※
ワカコンスタンツはそう捨てゼリフをのこして出て行った。





「大佐、オスカル様が外の馬車でお待ちです」
ジェローデルの部屋へ部下があわてて入ってきた。

「なにぃ、確かにオスカル様と言われたのだな」
ジェローデルは気品など忘れて、ムキになって立ち上がった。

「はい、そうです。オスカル様とおっしゃいました」


今度はまちがいない。表を見ると、確かに先ほどと同じ馬車が停まっている。


よ〜し、私は同じ過ちを繰り返さないぞ。
ジェローデルは自信たっぷりに勢いよく部屋を飛び出して行った。


だが・・・。


「あんたにそない言うと、早よ出て来ると思てな。・・・やっぱし早かったわ〜」
馬車からのっそり出てきたワカコンスタンツは、含み笑いをしながら言った。

彼女は女の直感で、ジェローデルの横恋慕を知っていたのだ。


冷静に考えたら、オスカルという礼儀正しい女性が、ただ“オスカル”という名前だけで人を呼びつけるはずはない。



「ほなら、ちょっとリバーシティーまで送ってか」




(はっ、・・・はめられた)



ジェローデルはどうすることもできず、リバーシティーという貴夫人相手の大型小売店舗へ、買い物に行くワカコンスタンツを送って行くことになった。

ちなみにこのリバーシティの正式名はパレ・ロワイヤルといい、オルレアン公の邸宅である。
商店が並び、人々がそぞろ歩くので別名としてリバーシティと呼ばれていた。
(と、ここではそういう事にしておこう)



「最近、物騒やろ。あんたみたいな人に護衛してもろたらホンマ助かるわ」


「はっ、もったいないことです」
(・・・ええかげんにせえよ、オバハン・・・)


ジェローデルの額には、くっきりと青筋が立っていた。
だがそれは彼の豊かなくるみ色の髪に隠され、誰にも知られる事はなかった。




・・・ジェローデルの受難は続く。


つづく?



          1996年5月24日



※「べっちょない」
関西の言葉で「別状ない」がなまったものか?平気・大丈夫という意味。

up/2005/1/29/

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