☆インサイドストーリー

その昔、出した本の巻末に載せたショートストーリーです。
あまりに真面目なお話なので、その後、お蔵入りしていました。




☆アランの夢



 波の音・・・。
どこか遠くの、又はどこか懐かしい風景の海岸。

アランはロザリーたちの去った昼の海岸でただ一人、ぼんやりと海を見ている。
どうやらこれはアランの夢である。

「バラの色だって…?」
アランはつぶやいた。さきほどのロザリーの問いかけが頭から離れない。
だが彼は今更あの二人のことを思い出して、胸を詰まらせるような感傷的な男ではない。明日のことだけを考えるようにしていたのである。


 不意に背後から声がする。


「俺だったら白がいいって?」



アランが振り向くと、そこにはアンドレが立っていた。手には化粧紙でできた白いばらの花を持ち、懐かしそうにアランを見ている。


「そうさ、お前ならきっとそう言うと思ってな…」
アランは頭をかきながら答えた。なぁんだ、お前、生きてたのか。じゃ、あの時撃たれたと思ったのは俺の夢だったんだな。

「ああ…そうだな。オスカルなら…白いばらが似合う」
アンドレはそう言って、さらに続けた。
「なぁ、どう思う?…オスカル」


アンドレの目線の先には、そう、誰かの気配があった。
アランがあわてて振り返ると、そこには穏やかにほほ笑んでいる彼女がいた。

「…ん…そうだな…」
オスカルは少し考えながら、アンドレに近づいていった。
「お前が…白がいいと言うのなら、私もそれでいい…」
彼女はそう言って、アンドレの手からばらの花を受け取った。


しかしアランはどことなく現実離れした二人の様子に、少し不安を感じはじめた。
オスカルの金色の髪が高い日の光を浴びて、まぶしいほどに輝いている。

「…な…何だい、お前さんたち、なんかおかしいんじゃないか…何でそんなに体全体が光ってぼんやりしてるんだ…?」
だが、二人はただほほ笑んでいるだけで、アランには何も答えない。


 握りあう手、潮風に揺れる白いシャツ…。二人はしばし見つめあい、そして遥か遠い、波の生まれ来る海の彼方へと目を向けた。アランもふとつられるようにして二人の見つめる先へと目をやる。


 だがそうして再び彼らを振り返ったとき、そこにはもう人の姿など影も形もなかった。二人がそこにいた形跡は足跡すら残ってはいない。



「行っちまいやがった…」
アランはそうつぶやいたとたん、長い間胸にしまっていたやり場のない気持ちで一杯になった。


「ばかやろう…、大ばかやろう…!」


彼は弱気を追い払うかのように悪態を繰り返した。



 真昼の海ははかない幻を彼に運び、静かな波の音があまりにも無常に繰り返すばかりであった。

1997・12・24・ 





☆もう一つの結末☆



 これでおしまいではあまりに寂しすぎる。そこで、ストーリーを無理やりねじ曲げ、ハッピーエンドにしてみよう。
もちろん、オスカルは病気でもないし、アンドレも失明しない。






☆一筋のあかり



 アンドレは小高い丘へオスカルを連れて行った。
彼の目的が何なのか、彼女は知らない。振り返るパリの街の家々には明かりが灯り始めている。夕暮れが迫っているのだ。


 何か心にぽっかりと穴が開いた感覚がオスカルを支配し、彼女は虚脱感を感じていた。
バスティーユが打ち壊され、人々は新しい時代に向けて熱狂していた。だが、オスカルは戦う同士を失い、自らも追われる身となった。

ここに留まることは出来ない。それが彼女の出した答えである。

 不意にアンドレが彼女を振り向き、二人は街の明かりが灯るパリの街を見下ろした。そこには新しい時代への熱狂も不安も全て、夜の闇が包み込んでいく風景があった。


「…これなのか?」
オスカルはひとつふたつと増えていく、街の明かりを見つめながら言った。
オスカルはやっと、ここへ彼女を連れて来たアンドレの気持ちがわかったような気がした。

「そうだよ、オスカル。このささやかで、当たり前の人々の暮らし。…俺たちもやがて、この中の、明かりの一つになる」
彼はオスカルの肩をそっと抱きながら言った。


「ささやかな暮らし…」
オスカルはつぶやいた。


全てを捨て、砲弾の飛び交う火の中に飛び込み、多くの犠牲を出した戦いの後に、そのような安らぎが待っていようとは、にわかには信じがたいものがあった。

彼女は何かを確かめるようにそっと夫を見上げる。
そこにはオスカルを変わらぬ愛情で見守り続けた男の、静かな瞳があった。


「俺には何もない。だが、こんな俺で良ければ、…ずっとそばにいてくれないか」
「…アンドレ」
この世には確かなものは何もない。だが、生きている限り、互いの愛情で信頼しあうことは出来るはずだ。


二人なら、どんな困難も乗り越えられる。今なら、はっきりと、そう思える。
彼女はここちよい夫の胸に身を任せた。それが彼への返事。


「オスカル」
アンドレは彼女の背に回した腕に、よりいっそう力を込めた。
二人にはもうそれ以上の、言葉はいらない。
オスカルの瞳の中には、小さいけれど、暖かい町の明かりが映し出されていた。


 空には満天の星がまたたく、7月の静かな夜であった。                       

1998・5・10・ 


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