−舞踏会での出来事−



 食事会に夫婦で呼ばれたジャルジェ将軍は妻が風邪を引いていたので、彼女の代わりに娘のワカコンスタンツを連れて行くことになった。

ワカコンスタンツはたまたまその時、屋敷に里帰りしていたのだ。
ジャルジェ将軍は強いてワカコンスタンツを連れて行きたかったのではないが、都会の食事会など知らないワカコンスタンツが、めったにごちそうなんて口にはいらへんから連れてけと、目の色を変えて言うので、仕方なく同伴させることにした。


どんな娘であっても、娘には弱い父であった。



 それとは反対に、ジャルジェ将軍とは別に招待を受けていたオスカルは、ワカコンスタンツが一緒と聞いて、食事会に行くのをやめようかなと思った。

そこで起こるかもしれないワカコンスタンツがらみの珍事件を想像しただけでゾッとする。


「でも、オスカル。大貴族が集まる食事会に顔を出さないと、父上の体面に傷がつくんじゃないのか」
と言うアンドレの一声で彼女はしぶしぶ行く気になった・・・が。


「だがな、アンドレ。姉上が何か事を起こすほうが父上や私の体面に傷がつくと思わないか」
オスカルはブツブツ言った。

「それは言いっこなしだろ、お前の姉上じゃないか。ひどいことを言うなよ、ハハハ・・・」
アンドレは笑って取り合わない。
それは血がつながっていない者の無責任な発言だったのかも知れない。





 厳かに始まった食事会はワカコンスタンツの大声でぶち壊された。
「やっ、これ、ヒレ肉やん」
ワカコンスタンツはひざに置くナプキンを豪快によだれ掛けのように首にかけながら歓声を上げた。
「えっ、これ、なんのにおい?」
彼女は出てくる料理のにおいをやたらクンクン嗅いだ。
人々はワカコンスタンツを物珍しそうに見ていた。だが当の本人は人の事など、“どこ吹く風”である。



 太っ腹なしぐさ、細かいことを気にしない性格、どれを取っても女というよりは、男に近い。
こんなことなら、気立ての優しいオスカルよりも、このワカコンスタンツを男として育てたほうがよかったのかも知れないな、とジャルジェ将軍はひそかに思った。



「あっ、これ、ごっつぅ〜大きい。豆け?」
「それはエビでございます」
給仕の者は笑いをこらえ、肩を震わせながら答えた。


「いや〜、こんな大きいエビ、お目にかかったことないわ。そーいえばシッポがついとるわな。うち、いっつも冷凍ムキエビやもん」
ワカコンスタンツはワッハッハッと笑い飛ばした。
給仕の者は仕方なく愛想笑いをした。


「それからな、あんた。エビのシッポを残したら何匹食べたかバレるやろ。証拠残さんようにカルシウムや思て、シッポも食べなあかんで」


給仕の者の口の端は引きつって上がっていた。


しかしワカコンスタンツのうんちくは続く。


太っ腹にも程度がある・・・やはり連れて来なければ良かった。ジャルジェ将軍は次第に後悔し始めた。
オスカルも真っ青になったり真っ赤になったりして黙っていた。





 なんとか食事は済み、広間ではダンスが始まっていた。
楽しそうな男女が曲に合わせて踊りはじめている。

オスカルはジャルジェ将軍と同じく、穴があったら入りたいと思いながら、アンドレと二人で柱の陰に目立たないように立っていた。


 がしかし、思いもよらぬワカコンスタンツの立ち振る舞いにショックを受けたのか、妻の風邪かうつったのか、ジャルジェ将軍は突然倒れてしまった。


「父上!!」
オスカルは心配して駆け寄ったが、どうやら大したことはないらしい。
ジャルジェ将軍はすぐに立ち上がり、心配するなとばかりに体を支えていたオスカルを押しやった。

風雲急を告げるフランスにおいて、この大事な時に将軍が倒れたとあっては、ジャルジェ家の信用が揺らぐ恐れがある。
ジャルジェ将軍は気を取り直して平静を装ってはいるが、その手は震えていた。そして、それをすかさず見抜き、ヒソヒソ言い出す者をオスカルは目ざとく見つけた。




 この騒ぎから人々の気をそらすには、何か目立つことをしなくては、とオスカルは思った。
以前、舞踏会でアントワネットとフェルゼンがうわさの的になっていた時、オスカルは正装をしてアントワネットとダンスを踊った事があった。

そうやって口さがない人々の関心を自分に向け、二人のうわさをかき消したのだ。
何かしなくては・・・



オスカルは少し考えて、供に連れて来ていたアンドレに耳打ちした。
アンドレは戸惑ったが、オスカルの言うことに逆らえるはずはない。
アンドレは愛の奴隷(はぁと)なのだから。


 オスカルは酒に酔ったふりをして、アンドレの肩に手をやり、ダンスが始まっている広間の真ん中に踊り出た。
以前のパートナーはアントワネットだったので、男として踊ったが、今度は長身のアンドレが相手だ。
そうなればオスカルは軍服を着たまま、女として踊るしかない。


「おっ・・おい、オスカル、いいのか」
もちろん彼にしてみれば嬉しくないはずはない。
オスカル相手にダンスができるのだから。
だが突然、踊ろうと言われたアンドレはうろたえた。
踊ろうと言いだしたオスカル本人が少し怒っているように見えたからだ。


「構わぬ、お前は何事もないような顔をしていてくれ」
オスカルはぶっきらぼうに言った。
別に怒っている訳ではないのだが、なぜか心が騒いで、本当は楽しくて笑ってしまいそうなのだ。
でも今は人目を引くのが目的なのでできるだけ真顔で徹しようと思った。



とは言え、何をしてもキマる人は何をやってもキマるもので、軍服を身につけているとほとんど男に見えるオスカルだったが、決してイカツい男二人が笑いを取るために踊っているようには見えなかった。

もちろん、人目を引いたのは間違いない。
あのダンスが嫌いなことで有名なオスカルが、それも男を相手に踊っているのだ。
こんな珍しい場面を見ずしてどうしよう。この楽しい見世物に、人々の頭の中から、ジャルジェ将軍の事はすぐに消えていった。



 その間にオスカルは召し使いに命じて、顔色のすぐれないジャルジェ将軍を屋敷へ連れて帰るように手配していた。
ジャルジェ将軍は、オスカルの機転の良さに感心し、また、その日の一応のメドもついたので、いち早く帰途についた。





 オスカルが優雅に踊るさまは、肉体的である前に、精神的に美しかった。
また、それに引けを取らないアンドレの礼儀正しい姿は、情熱を内に秘めながらも清らかな印象を人々に与えた。

 二人が踊る姿に、広間にいた回りの者は引け目を感じて引っ込んでしまった。そして、しばし、この輝くように美しい二人をため息まじりに眺めるばかりだった。





 だが、その美しいひとときもあっと言う間にぶち壊された。

ワカコンスタンツもオスカルと同じように、この場を何とか取りつくろわなければと思って、何か目立つことをしようと企んでいたのだ。


彼女は広間の楽隊がいる舞台にドカドカッと上がり、自分が知っている唯一の踊り“阿波踊り”をいきなり踊りだした。
手を高く上げ、腰を落とし、行きつ戻りつのテンポのよいステップを踏んだ。

“踊るあほうに見るあほう・・・チャンチャラカチャンチャラカ・・・”
究極の二拍子である。

そんな東洋のリズムをフランスで知っている者は、誰ひとりいるはずはない。


ワカコンスタンツは以前、婦人会の旅行で踊りまくった、“阿波踊り”を思い出しながら無心に歌い踊った。

楽隊も次第にリズムをつかみ、太鼓やフルートで“阿波踊り”の伴奏をつけた。

「ハァ〜〜!!ヤットナ〜ヤットナ〜!!」
今やワカコンスタンツはオーケストラをバックに舞台の上で一人で合いの手を叫び、踊っていた。



それは人助けとはいうものの、一度踊りだすと彼女はトランス状態になり、すでに回りが見えなくなっていただけである。

ワカコンスタンツは根っからの踊り好きだったのだ。


その上、目立ちたがりぃだったので、人前で踊って目立つのはゾクゾクするほどうれしかった。
彼女の踊りはオスカルとアンドレの二人よりもさらに人目を引き、人々はあんぐり口を開け、アッケに取られてワカコンスタンツを見ていた。

 先ほど踊ったオスカルたちはあたかもギリシャ神話に出てくる神々のように輝いていたが、ワカコンスタンツの踊りはそれとは全く違い、斬新で激しく、エキゾチックだった。

 同じ人目を引くという目的を持ちながら、姉妹でこんなにも取る手段が違うものなのかと、アンドレはふと思った。

・・・もしこの先、オスカルと結婚するようなことがあって、ワカコンスタンツに似た子供が生まれたらどうしよう・・・俺には扱いきれないのではないだろうかと、訳のわからない悩みが彼の頭を一瞬よぎった。




「私たちはもうこれでいいな」
オスカルとアンドレは人込みに紛れて引っ込んだ。
人々は二人がいなくなったことに気づきはしたが、ワカコンスタンツが相変わらず“阿波踊り”を踊っていたので、そちらに釘付けになっていた。


「オスカル、いいのか、姉上を放っておいて?」
「好きで踊っているものを止めても、気を悪くされるだけだ。放っておこう」
オスカルは姉をよく知っていた。

「さっ、アンドレ。もう帰ろう。父上が心配だ」
二人は騒ぎが覚めやらぬ中、とっとと帰ることにした。




 ワカコンスタンツは立派に踊りを終え、人々から絶賛の拍手を浴びていた。
当時、フランスでは全然知られていなかった“阿波踊り”だが、そのはずむリズムとノリのよいステップは拍手喝采を浴びた。
ワカコンスタンツは楽隊の指揮者から“阿波踊りグランプリ大会フランス第1位”と書かれた表彰状をもらった。





 あとでそのてんまつを聞いたジャルジェ将軍は、やはりワカコンスタンツを男として育てなくてよかったと思った。

こんな破天荒な娘を男として育てていたら、ジャルジェ家は“変人一家”になってしまっただろう。
ニュシーダー伯爵には悪いが、ワカコンスタンツの世話は彼に任すとしよう。
ジャルジェ将軍はやはり上品で聡明なオスカルを男として育てて正解だったとしみじみ思った。



おわり
1996年5月23日



※ネットで調べたところ、阿波踊りの歴史はオスカルの時代より前だそうで、あながちデタラメ?ではなかったんだなぁと、独り言。
ちなみに阿波踊り、間近で見ると良いですよ。私も宴会で踊りました。


up/2005/1/20/


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