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-ジャルジェ家にて- ジャルジェ家は規律正しい家だった。 曲がったことの大嫌いなジャルジェ将軍は、娘達たち厳しく育て・・・ようと思ったが、さすがの彼も娘には甘かった。 その代わりにジャルジェ夫人が娘たちをどこに出しても恥ずかしくない貴夫人に育て上げた。 もちろん、男として育てたオスカルは別であるが。 そっ・・・そう・・・!!それからもう一人、例外を除いて・・・。 オスカルは生まれたときから男として育てられ、父、ジャルジェ将軍もオスカルを本当の男以上に厳しくしつけてきた。 時には本気で殴り、負けん気の強いオスカルを叱り飛ばし、突き放した。 だが、男として育てられたオスカルは、立派な跡継ぎになることがジャルジェ家における自分の存在価値だと幼いながらも信じていた。 それに思春期を迎えるまでは、彼女自身も自分が男であると信じていたくらいなのだ。 だが、その事はやがて自分が間違いなく女であると身をもって知らされる時から、彼女の葛藤が始まることになる。 それでも彼女はたとえ両親の前でも、不満は言わなかった。 なぜなら、彼女は両親に認めてもらう為には、彼らの前で男として存在するしかなかったのだ。 ジャルジェ夫人はそんなオスカルを痛々しく思っていた。女として育っていたなら知らずに済んだ苦労を味わった上に、いまさら女にもなれず、また、本当の男にもなれず、彼女がこれから背負う責任の重さに、彼女は母親として人知れず苦悩した。 そんな母の心など知らないオスカルはその時、まだ8歳だった。 彼女は幼なじみのアンドレと共に暴れ回り、ばあやにいつも怒られていた。 庭で二人は剣のけいこをし、屋敷の中では階段の手すりを滑り下り、海賊ごっこをした。 当時、オスカルの姉たちは嫁いでしまっていたので、やんちゃな子供が二人ぐらいいたとしても、そんなに手がかかるほどではなかった。 ・・・だが、まだ一人、嫁にも行かずがんばっている姉が一人いた。彼女の名はワカコンスタンツという。 オスカルはその日屋敷の庭で、アンドレと二人で、木の根元を掘り返し、宝物を埋めていた。子供なら誰でもやっていることだ。 「オスカル、これも入れよう」 アンドレは赤いガラス玉を差しだした。 「じゃ、僕はこのナイフにしようっと」 オスカルはそう言って木の箱にガラス玉とナイフをいれた。その他には貝殻や使いふるしたレースのハンカチなどが入っている。 「これ、いつ掘り出そうかな」 「大人になってからだよ」 二人はそんな事を言いながら箱を木の根元に埋めた。軽く足でポンポンと地ならしして、完成である。 「さて、と、これから何しようか」 「宝探しに行こう」 宝を埋めて一通りが済んだので、今度は屋根裏に探検に行った。 屋根裏には古ぼけた帽子や、マントが置いてある。そこで海賊になりきり、秘密の話をするのだ。 勾配のついた天井の天窓から暖かい日の光が差し込んでいた。ここはあの厳しいジャルジェ将軍でさえも邪魔しにこない所だ。 子供なら誰でもそうなのだか、オスカルもやはり現実から離れ、空想の世界に行きたいと思っている。 やがて大貴族のジャルジェ家を継ぐ彼女の責任の重さは、普通の子供の場合とは少し違っていた。無意識に現実から離れたいことも人一倍あるだろう。 アンドレは身分の違いもさることながら、オスカルが自分とはどこか違うと常に思っていた。 彼女は両親からも期待され、貴族としてやがて出世し、平民の身分の自分とはまったく違う、優遇された道を歩むであろう。 だがこの一見華やかな人生を用意された少女を、うらやましいと思ったことはなかった。 それどころか、両親のために必死に男であろうとする彼女の姿に、芯から女らしい優しさと、手を差し伸べたいようなはかなさを感じていた。 ・・・それが愛情の形に変わるのはまだだいぶん先の事だが・・・。 屋根裏にいると、階下の物音が結構大きく響いて来ていた。特にワカコンスタンツの部屋からは、何かしら歌声が聞こえてきた。 ・・・くっさぁ・・・・にぃ~・・・もぉしれずぅ~・・・・いて・・・・なならばー・・・ ワカコンスタンツが遠慮もなく大声で歌っていた。 それも音が、激しくハズレている。 「アンドレ、もう下りよう」 オスカルはその声を聞いて、なぜか遊ぶ気を失ってそう言った。それから屋根裏から自分の部屋に戻っていった。 その時ワカコンスタンツは最近ハマッている漫画の歌を、その世界にひたりきって歌っていた。 彼女は貴族の娘がたしなむような習い事もろくにせず、一日中ブラブラしてヒマにしていたのだ。 彼女の当時の趣味は小説を書くことで、いつも美しい話を書きたいと常に言っていた。だが美しいものを求めていると言いながら彼女の部屋はどうだったか? 彼女の部屋はゴチャゴチャで、整理整頓しているとはとても言いがたい。 ばあやでさえあまりに散らかっているワカコンスタンツの部屋を見放していた。 あまりの散らかりように空を飛ぶ鳥さえ驚いて失速し、彼女の部屋の窓ガラスにぶつかったほどだ。 窓際には手入れをせずに枯れた花の鉢がドライフラワーになっているし、本棚には漫画ばかりならんでいる。 じゅうたんはインクや絵の具やコーヒーのシミで汚れ、ゴミとほこりにまみれている。 ・・・そして、タンスにはひそかに作ったコスプレの衣装を突っ込んでいた。 サムライとか呼ばれる衣装だ。 彼女はそれを着て、部屋で一人、よなよなヒーローになりきって、木刀を振り回していた。一度それをジャルジェ夫人に見つかり、大目玉を食らったこともある。 なにせ常識では計り知れない生活ぶりだったのである。 部屋に帰ろうとしていたオスカルはワカコンスタンツの部屋の前にころがっているタンポポの白い綿毛のようなかたまりを見つけた。 「姉上、これは何ですか」 まだ子供だったオスカルは興味しんしんで聞いた。 ワカコンスタンツが部屋から顔を出し、オスカルを見てニヤッと笑った。 「・・・・団子」 「はっ?」 オスカルは首をかしげた。 「一ヶ月ぐらい前に食べよう思て、そのまま忘れとってんけどな、白カビはえてもて・・・。もういらんからそれ、捨てとって」 「え゛っ!」 オスカルは絶句した。 いくら姉の言うことでもそれはとてもいやだった。 立ちすくんでいると、すぐ後ろから来たアンドレが黙って綿毛のような団子をつまみ上げた。 「これは俺が捨てといてやるよ」 アンドレはいやがるようでもなく、いたって平気そうだった。 事実、細かいことを気にしない彼は、カビくらいのことは何とも思わなかったのだ。 オスカルはアンドレを少し見直した。 (・・・頼りがいあるじゃん) 彼女は子供ながらにそう思った。感受性が強いオスカルにとって、楽天的で心の穏やかなアンドレはそばにいて、いつもほっとさせてくれるものがあった。 ・・・だが彼女のこの感情が愛情に変わるのは、まだまだ先である。 「アンドレ、早く行こう」 このままワカコンスタンツの部屋の前にいては、何をさせられるかわからない。 カビの生えた団子だけでたくさんだ。 オスカルはいやな予感がして、アンドレの背中を押して、彼をせきたてた。 「ちょう、待ち」 ワカコンスタンツは立ち去ろうとする二人を呼び止めた。 「あんたら暇やろ」 (・・・姉上の方がもっと暇じゃないか・・・)とオスカルは思ったが、いちいち言って余計に話がこんがらがってしまうのもイヤだった。 「はい、何ですか、姉上」 オスカルは自分の感情を時々押し殺してしまう。感情の起伏が激しいわりには、律義で、真面目なのだ。 「これも捨てとって。どっちか言うと燃やしといてくれた方がええんやけどな」 ワカコンスタンツは紙袋に入れた紙くずをオスカルに無理やり渡した。 「やれやれ、姉上は横着で困る」 「ぼやくなよ、オスカル。さっそくこのゴミ、燃やそうぜ」 アンドレとオスカルは屋敷の裏手にある、ゴミを燃やすところに行った。 紙袋の中には、ゴミはもちろん、書き損じた小説が入っていた。 その小説は、大人になったオスカルとアンドレが身分を越えて愛し合い、ひたすらいちゃいちゃするという、ラブラブな内容の物だった。 まだそんな感情すら知らない二人はそれをただのゴミと思って、ろくに読みもしないで燃やしてしまった。 だがこの先、偶然ではあろうが、このワカコンスタンツの小説のように、いちゃいちゃするようになろうとは、まだ知る由もない幼い二人だった。 おわり 1996年5月21日 up/2005/1/17/ 戻る |