※注)この文は史実や当時の制度を無視したものです。内容の真偽は問わずに、あくまで創作物としてお楽しみ下さい。

ベルばらにはまった当初、歴史の本を読みあさっていた頃に書いたものです。
内容も教科書っぽいので、大部分が本の受け売りでしょう。
原典は今となってははっきりしませんが、市販&古本屋の歴史本でした。

本を読んで三部会の前にこのような事件があったことを知り衝撃を受けて書いたものです。
とは言えあくまで主題はお気楽な創作なので、歴史の探求や史実にこだわりのある方にはオススメ出来ません。


それでも読んでやろう!と言う方は下記へお進み下さい。(^^)





−4月の嵐−



 1789年の4月に入ると、食料の不足はますますひどい状態に陥っていた。
賃金の低さは労働者の生活を圧迫し、飢えのために倉庫やパン屋が襲われるのは、もう珍しいことではなかった。

衛兵隊のパリの留守部隊さえも盗難に遭っていたくらいだ。食糧危機については、隊員たちの中にも動揺が走っている。
事態は一層深刻だった。


 オスカルは大規模な暴動が起きる可能性を見越し、兵士たちと共に交替でパリの留守部隊に宿直し、緊急出動に備えていた。

だか、もうすぐ三部会が開かれる。フランスは新しい時代を迎えるのだ。
その希望がオスカルを動かしていた。





 同月27日、ブイエ将軍はパリの商人、レヴェイヨンに会いに行く為に、ショワズイエ大佐をお供に連れて来ていた。
上流ブルジョアのレヴェイヨンは、友人のブイエ将軍を自分の屋敷に招き、昼食会を催したのである。

彼は元々は労働者だったが、今では350人もの労働者を抱える、当時パリでは最大の壁紙工場主になっていた。


改革騒ぎはよく心得てはいるが、やはり武力なしには屋敷は守れない。
何より彼の大切な食料倉庫の中には、買い占めをした小麦粉がひしめいている。ここ数年の不作を利用して、彼はさらに大きな利益を得ようともくろんでいたのだ。
よって彼は商売上においては旧制度に反対してはいたが、自衛のためにはなりふり構わず貴族に媚びた。


「パンがないなどと貧乏人は騒いでおりますが、あのような役にも立たない者どもはたとえ数が減ったとしても構いませんとも。問題は凶暴な奴らです。奴らはテロに走るわ扇動はするわで、何をしでかすかわかりません。そんな事で又、何かとよろしくお願いいたします、ブイエ将軍閣下」


今後、自分の工場を守ってもらうのがレヴェイヨンの目的だった。その見返りに彼は、貴族の為になる情報を流し、貢ぎ物を贈るのだ。

「今では女までが絶対王制反対などとほざいているそうだな。国王も遠慮なさらずに、奴らをさっさと押さえ付ければよろしいのにな、ははは・・・」
ブイエ将軍は、テーブル狭しと並ぶ珍しいごちそうや、土産にもらった珍しい外国製の工芸品に大変満足していた。

「ごもっともです、税金とて払えない者たちに、情けなどかける必要はありません」
腰ぎんちゃくのショワズイエ大佐もお追従した。



 広い敷地の工場は、庭園あり林あり見事な調度品ありと、贅を尽くしたものだった。だが、それに比べ労働者たちの賃金は低く、レヴェイヨンはひたすら憎しみを買っていた。


その日もレヴェイヨンの豪華な食堂からはおいしそうなごちそうの香りがただよい、休みなしに働く労働者たちの就労意識を全くと言ってよいほど奪った。



それどころか、余りにも違う貧富の差を目の前で見せつけられたことに、彼らの怒りはほぼ頂点に達した。





 4月28日早朝、オスカルはパリの留守部隊で、突然、暴動の知らせを受けた。
「サンタントワーヌの壁紙工場が焼き打ちにあっています!」
早馬が衛兵隊パリ留守部隊に駆け込んで来た。

軍の出動命令が出たのだ。当然、衛兵隊も武装して暴動の現場に駆けつけるようにとの伝令が来た。



「全員、出動!」
オスカルは真っ先に馬に乗ると、サンタントワーヌに向けて出動した。
彼女はその時、夜勤明けだったので仮眠を取ろうとしていた矢先だった。だが、そんな事を言っている暇は無い。


伝令によると、陸軍は既に出動しているという。
オスカルは三部会を前にして、事を起こすことを嫌った。
そうなれば、貴族対平民の軋轢が余計ひどくなるだけだ。
彼女の思いは、ただ、無益な流血を避けること、それだけだった。





 レヴェイヨンの壁紙工場はなだれ込んだ民衆により、大打撃を受けていた。
貧しい労働者やパリに流れ着いた地方の失業者、そして税金を払えなくて夜逃げをして来た元農民など、食べ物はおろか、住む所もないような者がレヴェイヨンの工場目がけて襲いかかった。


民衆は斧や棒切れなどの粗末な武器を手に持ち、ドアを壊し、召使を殴り倒し、破壊を始めた。


まず、食料倉庫が襲われ、買い占められていた小麦粉が持ち出された。
それから、労働者たちの賃金を低く押さえる代わりに、たんまり買い込んだ家具や贅沢品が、窓という窓から外へ投げ出され、あっと言う間に略奪された。



寝る直前までごちそうを食べ、そのまま酔っぱらってだらしなくベッドに寝そべっていたレヴェイヨンは、召し使いに起こされ、民衆の殺気立った叫び声に恐れおののき、あわてて屋敷から逃げ出して行った。


襲撃には女子供までが参加し、食べ物はその場で奪い合うようにしてなくなった。役に立たない物はすぐに火が着けられ、工場の壁紙はレヴェイヨンの紙人形と共に広い庭園で燃やされた。きれいに剪定し手入れしてあった植木も根こそぎ引き抜かれて、黒煙を上げて燃えるたき火に放り込まれた。



レヴェイヨンに対する労働者の憎しみは、こんなにも深かったのである。





ようやく陸軍の中隊が駆け付けた時には、略奪はほぼ終わっていた。用のなくなった屋敷と工場には火が放たれ、もうもうと煙を上げて燃え盛っていた。


「構わぬ、撃て、撃てっ!」
兵士たちを指揮するのはショワズイエ大佐だった。


彼はまず出入り口をふさぎ、逃げ遅れた暴徒たちに向かって発砲を命じた。
実のところその時には略奪を終えた工場にはもう何も残っていなかった。
そこにいたのは、逃げ惑う民衆と、たまたま通りかかった者、それに逃げ足の遅い子供たちだった。
それでも何百人という人々がいまだに、怒りに任せて屋敷や庭園を荒らしていた。


「全員逃がすなっ!首謀者を捕まえろ!工場から逃げ出す者は全てを見せしめに撃てっ!」
ショワズイエ大佐は思ったよりも大規模な暴動に、冷静さを欠いていた。

そうこうしている内に、人々はどんどん逃げて行くではないか。
事態を収拾させるというよりは、早くこの光景を消し去りたい、そのような衝動に駆られていた。


「一斉射撃!」
ショワズイエ大佐は命じた。
兵士たちの銃声が何発も続いて辺りに轟いた。
それに続き、騎馬隊が工場の内部深くへ突入し、粗末な武器しか持たない人々に次々と発砲していった。





「発砲するなーっ!!」
オスカルが兵士を連れて駆けつけた時には、ショワズイエ大佐率いる陸軍の中隊が鎮圧に必死になっていた。
彼女の叫びは、銃声と人々の悲鳴にかき消された。


オスカルが駆け付けて最初に見たものは、燃えている工場と、一斉射撃によってバタバタと倒れて行く人々だった。中には子供までいる。


「やめろ!ショワズイエ大佐」
オスカルは、兵士の後ろで指揮を取るショワズイエに怒鳴った。
「ここにいるのは全て暴徒ではない、無駄な発砲はやめろ!」
彼女は発砲する兵士たちの馬の前に立ち塞がり、抗議した。


「こんな所で銃すら持たない者に対して無差別に撃つんじゃない。子供まで殺して何になるんだ?」
オスカルは一方的に攻撃をしかける指揮官のやり方に激しく抗議した。
燃える工場は、確かに民衆による暴力なのだ。
だが、こうなったのは彼らのせいではない。腐敗した貴族社会が引き起こした激しい貧富の差と、重い税の為である。


「ジャルジェ准将、私はここで発砲してよいとブイエ将軍から直々に許可をいただいておる。・・・あなたにどうこう命令される覚えはありませんぞ」
ショワズイエ大佐はうろたえながら弁解した。駆けつけたオスカルにとがめられ、自分の取った判断に自信がなくなりかけたのだ。
そうやって二人の指揮官が言い争っている間にも兵士たちの統率が乱れた。





当然、オスカル率いる衛兵隊の兵士は彼女の意向を理解し、ショワズイエ大佐の兵に対抗しはじめた。
「おい、みんな行くぜ」
アランは発砲をためらっているショワズイエ大佐の兵士たちを、次々と工場の前から退けた。
その間に人々は塀を乗り越え、または裏口の門から逃げて行き、たちまち潮が引くようにいなくなった。



暴動は、軍隊が駆けつける前にほぼ終わっていたのだ。

結局民衆側は、軍隊の発砲により500人の死者を出していた。
ショワズイエ大佐の判断は、民衆にとっては暴挙だった。だが、貴族にとってはしごく当然の事だった。
彼は民衆への発砲にほとんど罪の意識はなかったが、後の始末をどうするか自分では判断がつかず、ブイエ将軍の元へ一旦引き上げて行った。




「なんてこった・・・」
アランは工場の庭園に転がるおびただしい死体に眉をひそめた。
だが、オスカルがとっさに止めなければ犠牲者はもっと増えていただろう。
軍隊が攻撃していたのは逃げまどう人々だったのだ。


彼は今さらながら、オスカルの判断に感謝した。




駆けつけてきたのはオスカルたちだけではない。知り合いや家族が騒動に巻き込まれていると聞きつけた下町の洗濯女たちも仕事を放り出してあわててやってきた。

走って来たというのに女たちの顔は真っ青になっていた。
彼女らはオスカルたちがここにいるのを見て、軍隊が出動したのを悟った。
そして、工場の惨劇を見て、想像以上に犠牲者が出たことに愕然とした。


「ひどい・・・。ひどすぎるっ!・・ああ・・」
女たちは倒れている女性や子供を見て、激しい悲しみをこらえ切れずに涙を流し、声を上げた。
だか、彼女らはすぐに悲しみの上に怒りの感情をたぎらせ、オスカルに鋭い一瞥を与えたのち、背を向けた。
犠牲者の中には罪もない人もいた。特にひもじい思いをしていた子供に何の罪があるというのか。


「・・・」
オスカルもなすすべもなく、言葉すらでなかった。


「パンがなくて子供が死んだ!」
一人の女が大声で叫ぶ。
「パンがなくて子供が死んだ!」
彼女は自分の声を確かめるように、もう一度繰り返した。



アンドレにもアランにも、また、辺りにいた者全てに聞こえるような悲痛な声だった。
その大きな声にオスカルは、はっとさせられた。



・・・洗濯女の突き刺すような言葉は、オスカルの心に深く食い込む。



そして、彼女の叫びに端を発したように、見守っていた路上の人々にも悲しみがあふれだし、伝染するかのように泣き叫びはじめた。
悲痛な叫びは銃撃のように、オスカルだけではなく衛兵隊の兵士たちの気持ちをも打ち砕く。







「所詮、俺たちはヤバいこと専門だぜ」
衛兵隊の兵士たちは暴動に駆けつけたかと思えば、そのまま現場の片付けを命じられたオスカルたちであった。

普通ならショワズイエ大佐の隊が、現場に残る人々を解散させなければいけないのだが、肝心なときに彼は逃げてしまい、そのまま帰って来なかった。

辺りを囲む人々は悲しみが落ち着いてくるにつれ、怒りの表情を浮かべ、衛兵隊の様子をじっと見ていた。
そのような冷たい視線をさらされながら兵士たちは犠牲者をていねいに木陰に横たえていく。
やがて衛兵隊に敵意がないことを知ると、取り囲んでいた人々もそれを手伝い始めた。





「オスカル・フランソワ」
オスカルを呼んだのはベルナールだった。暴動の知らせを聞いて駆けつけてきたのだ。
「発砲は間違っている・・・。飢えた民衆の怒りはこんなにも激しいんだ」
ベルナールはつぶやいた。


だが、起きてしまったことだ。

取りかえしなどつくはずもない。



「・・・」
オスカルは口を開く気にはなれなかった。
軍隊は昼過ぎに再び帰って来たが、兵士たちはおおげさにに武装し、まだ残っていたやじ馬を追い払うだけだった。
やっと交替要員が到着したのは夕刻になってからだった。





 翌日の各新聞は、買い占め商人の屋敷を民衆が襲ったこと、そしてその結果、500人もの犠牲者が出たことに怒りと悲しみを、揃って書き立てた。

オスカルは結局、まんじりとも出来なかった。彼女は民衆の怒りの感情が非常に激しいことに、この先、何か悪いことが起きそうないやな予感を拭いきれなかった。そして日が昇れば再びレヴェイヨンの工場に戻り、片付けが待っている。


貴族社会と平民の群れ・・・今やオスカルはそのどちらにも所属できないと感じ始めている。
(パンがなくて子供が死んだ・・・!)
オスカルの頭の中で何度も繰り返しその言葉が響いていた。



そんな未来を作ってはいけない。


オスカルは思う。少なくとも私に出来る限りの全てのことを何もせずして、むざむざそんな悲しい未来を導いてはいけない、と。


事実、壁紙工場では暴動で500人からの死者が出た。
誰も止められなかった民衆の怒り、そして生きるための戦い。
・・・民衆の渦巻くような激しい気迫は、オスカルの心に最後まで残っていた、自分の幸せを考えるという事まで奪い去ろうとしていた。


闇の中にほんのりと明るいランプの明かりの元、オスカルの心には様々な思いが浮かんでは消えていく。


それぞれの思惑を胸に、時の舞台に上がろうとしている者たち。
それらの全ての者に納得のいく結果は見当たらない。


三部会への希望はもちろんある。
だが、真実はどこにあるのか、出口の見えない時代の夜明けがすぐそこに迫っているような気もしていた。



だが、夜明けと共に希望は必ずやって来るはずだ。



そうこうしているうちに彼女は少し眠ったらしい。次にオスカルが目を覚ますと、夜は白々と明け始めていた。




まもなく5月1日の朝が明ける。




(見ているか、オスカル。夜明けだ・・・)
アンドレは兵舎の窓から、明るくなっていく空を眺めていた。

同室の兵士たちはよほど疲れているせいか、大きないびきをかいて眠っている。


オスカル、お前は今、何を考えている?三部会のことで頭がいっぱいなのか?
おまえはいつも力を尽くし、最善の行動を取るように心がけている。


だが、がむしゃらに走って行って、その先に全てを失ってしまわないか、俺はそれが心配なんだ・・・


俺はお前が男だったらどんなに気が楽だったかと思うよ。そしたら俺たちは手を取り合って新しい時代のために命を投げ出しただろうに。


だがその考えとは裏腹に、彼はオスカルが男だったら良いのにとは一度たりとも考えたことはない。



アンドレは拳を握りしめた。それはままならぬ想いに悔しさがこみ上げてきたものか、または身分制度などというやっかいなものにな対する怒りなのか、それは彼自身にもよくわからないことだった。






夢を見ることの権利は誰にも奪うことは出来ない。
彼の怒りの裏には静かな平和がある。

そこには穏やかな表情のオスカルの姿があり、日当たりの良いテラスの椅子に腰をかけ、アンドレを優しく見つめている。




夢の中の彼女はアンドレに見守られ、平和の中に住んでいるのだった。





おわり



1996年9月1日 
未完の物語より抜粋

加筆・変更 2005年1月12日




up/2005/1/12/




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