普通の人々編:解説
衛兵隊にオカマのフランソワと、ぼんぼんのピエールが入隊してきた。大騒動第三弾。



−アブナいオタク編−
−普通の人々編−


 アンドレは人が良い。だが、ただのお人よしではない。

実は彼は普通の人よりもかなり苦労してきたのだ。幼くして両親を亡くし、馴れぬ貴族の屋敷に引き取られ、身分違いの恋に悩み、そしてその女の為に片目を失った。

それでも彼はクラ〜い人間にならずに、常に明るいのだった。



一歩間違えれば、ただのアホと言われてしまいそうだが、彼は絶妙のバランスで「良い人」を保っているのであった。

それにオスカルに避けられたのに、彼女の転属先に先回りして衛兵隊に入隊したことは隊のみんなも知っており、隊員たちはアンドレのことをひそかに「ひっつき虫」と呼んでいた。

だがアンドレは鬼班長のアランの親友だけに、そのあだ名は決してアンドレもアランも知らないのであった。



 兵舎ではアンドレのベッドは二段ベッドの下側なのだが、二人の新入隊員が入って来てからいつの間にか他の隊員たちは勝手に位置を変え、知らぬ間にアンドレのベッドは新入隊員たちにはさまれていた。

そう、他の隊員たちは要領良くこの新人二人から逃げていたのだ。


ピエールは相変わらずフリフリのカーテンをつけていたし、フランソワは女っぽいのにかかわらず、激しい寝言といびきと歯ぎしりをした。
だが、苦労人アンドレにとってはそんな事ぐらいでストレスの原因にはならなかったのである。



 で、アンドレは日記をつけるのが習慣になっていた。
その日のささいな出来事を書くだけなのだが、当然オスカルの事も出てくる。
彼は字で「オスカル」と書くだけでもワクワクするのだ。
そして時折、アイアイ傘に「アンドレ×オスカル」と書いてみては、キャッピ!と一人で照れていたのである。

で、書いた後はペンでそれとわからなくなるまで塗りつぶす。彼の日記帳にはそのような黒いシミがあちこちにあるのだ。



 同じ頃オスカルも司令官室で、書き損じの書類の隅に「オスカル・グランディエ」と書いてみては、一人でにんまり笑いながらしばらく眺めてはクシャクシャにしてゴミ箱へ捨てるのであった。
何とイイ歳こいて、二人はそんな小学生レベルでプラトニックしていたのである。

だが、微笑ましいなどとは言っていられない。そんなまじめな二人だからこそ、いざとなると手を握ったりキスしたりという過程をぶっとばし、突然、いくところまでイッてしまうのだ。



まじめな人間を怒らせるとこわい、というのはそういう由縁である。





「ブヒーブヒー…さわっちゃイヤ〜ン…ぐごぉ〜…ぎりぎりっ」
その夜もアンドレは、いつものようにフランソワの寝言を子守歌にして入眠しようとしていた。

だが、なぜか今夜は目がさえて眠れない。暗い明かりの中で彼は周囲の音やひそひそ話がいつになく大きく聞こえて来るのであった。


「…おい、知ってるか、あのピエールっていう新入り、一体ベッドで何やってんだろうな」
オヤジッチは突然切り出した。
「俺、昨日、あいつが一人でケケケッて笑っているの聞いたぜ」
へこき虫は気味悪げに言った。
「俺なんか、やかましいって注意したらとたんにシーンとなって、かえって不気味だぜ」
「あのな、奴のベッドの中にムチやロープがあるってウワサなんだ…」


どうやら隊員たちはピエールのただならぬウワサをしているらしいのだ。
そう言えば、勤務が済んで部屋に帰ると、彼はさっさとベッドの入り、フリフリのカーテンを閉じてしまうのだ。
どうせ話しかけてもすぐに泣き出すので、誰もそれをとがめる者はなかった。



アンドレは次第に隣の新入りが何をしているのか気になってきたのである。
ピエールはベッドの中に豪華な瀬戸物のランプをつけており、板壁のすきまからアンドレのベッドの方にその光が漏れていたのだ。

彼はむっくりと起き上がるとベッドの板壁の大きなすきまを探して、ピエールのベッドの中をのぞいた。



(おおおおぉぉぉぉおおお!)



アンドレは座ったまま、腰を抜かしそうになった。
彼も若いとは言え三十代半ばである。そろそろ体力の曲がり角であった。時には腰が抜ける事もあるかも知れない。



 ななっ、何とピエールはベビードールを着込んで、人形やぬいぐるみをベッド一面に広げていたのだ。
そして彼がひときわ大事そうに胸に抱いていたのはオスカルの五分の一の模型だった。
「ちゅっ!ちゅっ!オスカルお姉様ぁ…」
それもピエールはオスカル人形にキスの嵐を浴びせていた。


「むっかぁ〜っ!」
さすがに気のながいアンドレもこれにはプチッと切れ、頭の血が逆流した。



ベッドから飛び出したアンドレは手近な椅子を振り上げ、ピエールのベッド目がけて突進して行った。
「ふんぎゃあぁぁぁ!」
「バッカやろぉ〜!」
激しい悲鳴と木が裂ける音が闇に響く。



「ななっ、何でい?!何事でいっ!」
隊員たちはみんな起き出し、部屋の明かりをつけた。


と、そこにはボコボコに殴られて大泣きしているピエールと、オスカル人形を両手で胸に抱き締めてガルルッとうなっているアンドレがいた。



「えっ、えっ…、だって、オスカルお姉様って、アコガレなんだもん…」
「やかましい、オスカルは俺のものだ!」
ベビードールを着て泣いているピエールも「たいがい」だが、普段は無口なアンドレが人形を抱き締めているのも相当きしょく悪いのであった。
隊員たちは悪夢のような光景に、一瞬これは夢だろうかと沈黙してしまった。


「何でえ、二人とも、大人げねえな」
ややあってアランは耳をほじくりながら二人の間に割って入った。
「ピエール、残念ながらあの隊長はな、ず〜っと前からアンドレのもんなんだよ、その人形はヤツにやっときな」

「くすん、くすん。お姉様…」
ピエールはさも惜しそうにしながらも、うなずいて同意した。


惜しいのは当然である。召し使いに命じて磁器職人をパリに呼び、密かにオスカルの姿をスケッチさせて作った特注品なのだ。

「それにしてもお前、まだぬいぐるみと一緒じゃなきゃ寝られねえのかよ」
へこき虫は腕を組んでやれやれと言うふうに言った。

「だって、ぐすん、ぐすん、ヒック、一人じゃだめなんだいっ!」
ピエールは覚悟を決めて、ぬんっ、と、のけぞって答えた。


そこまで言い切られたら誰もあきれて言い返す者はない。隊員たちはこの間抜けな騒ぎを早く忘れて寝たかったので、そそくさと自分たちのベッドへ戻って行った。





 再び部屋に沈黙が訪れた頃、アンドレはドキドキしながらオスカル人形を観察し始めた。
それはとても精巧にできていた。肌の色艶や見事なブロンドもそのまま再現され、関節もちゃんと曲がるのだ。

彼は「こわくないから…」とつぶやきながら、期待を胸に彼女の軍服をそっと脱がせ始めた。


ごっくん……



それはいざという時のための予行演習でもあった。


「おおっ」
アンドレは思わず胸が高鳴った。
なぜなら彼の期待した通り、その人形は服の中も大変、写実的に作られていたのである。


「俺のオスカルぅっ!」
アンドレはついに正気を失いそうになり、倒錯の「オタクの世界」へと一歩、足を踏み入れてしまったのである。

隣ではピエールがフランス人形を抱いて指をしゃぶり、もう一方の隣のフランソワはピエールにもらった熊のぬいぐるみを抱き締めて眠っていた。

何とまあ、今や衛兵隊ではアブナイ趣味が広まりつつあったのだ。


 その頃、アンドレの暴走すら知らずに、オスカルは相変わらず書き損じの書類に「オスカル・グランディエ」と書いては赤面し、クククッと笑いながらゴミ箱へ捨てていたのである。



1997年7月1日

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