−怒濤の大運動会 編−



良く晴れた9月初旬のある日、陸軍総司令部のブイエ将軍から新たな指令文が届いた。
うやうやしく差し出す使いの者から親書を受け取るオスカルの心はよどんだ。



どうせろくなモノではあるまい。
不承不承、中身を読んでみると何やらイベントの開催予告であった。



「大運動会開催の日時を決定した。9月最後の日曜日。予行演習は無し」
と、書いてある。



(やめてくれ!)
オスカルは心の中で悲鳴を上げた。





指令文はその日の午後には衛兵隊の廊下に貼り出され、隊員たちの目に触れることとなった。全員、何のことだろうと首をかしげている。


オスカルは渋々、練兵場に兵士たちを集め、事の次第を述べた。
「ブイエ将軍のお心は我々が親睦を深め、諸君のご家族にひとときの憩いを提供し、益々の結束を固める事にある。よって気合いを入れて運動会の練習に励むこと」
彼女は運動会の意義をそれなりに解釈し、説明するしかなかった。


「アラン、おまえはプログラムの決定と時間割を作ってくれ」
「ラサール、ジャン。確か5月が誕生日だったな。君たちは選手宣誓の役だ」
「アンドレ、練兵場に作る運動会用のトラックと観客席のレイアウトを頼む」
「大道具・小道具作成はA班が講堂で作業すること」
「ウラン、確か絵が得意だったな。入場門はセンスを生かして見事な凱旋門を描き上げてくれ」
ちなみにウランという人物はアトム兄ちゃんの妹ではない。部下の一人である。


「競技が決まり次第、運動会の練習を開始する、みんなわかったか?!」
彼女はテキパキと指示を下す。



「うぉぉ〜〜っす!」
隊員たちは勢いよく答えた。
だがオスカルをはじめ隊員たちは誰も口にはしないが、こんなイベント、マジで軍隊に必要なのかよ?と深く疑問を感じていたのである。





それでも着々と準備は進み、あっという間に運動会当日を迎えた。

秋空が見事に晴れ上がり、華やかな楽隊の演奏と花火で開会式が盛大に始まった。
観客席には隊員たちの家族や知り合い、そして近所の人までが早朝から席取り合戦をしつつそれぞれ気に入った位置に陣取った。
早くもお弁当を広げたり酒をあおる者までいる。



選手宣誓のラサールとジャンはそつなくこなし、ついに午前のプログラムが始まった。
オスカルは放送席で順調に大会が運ぶよう、あちこちに目を配っていた。



午前の花形プログラムは徒競走である。
BGMはもちろん「天国と地獄」である。運動会にはコレは欠かせない。
その曲の作曲年代はもうちょっと先だろう、などというツッコミはこの際無しである。

アランもアンドレも30を過ぎてそろそろ体力のピークは過ぎている。
そうなれば若い隊員たちはここぞとばかりに上位を占め、観客の喝采を浴びつつ一躍、隊のヒーローになっていた。


貴賓席で胸に紅白のリボンを付けたブイエ将軍は若者の競い合う姿にうむうむと頷きながら見入っている。




若者には負けられないぜ!
アランもアンドレも負けじと奮起した。
徒競走の後は玉転がしである。是非良いところを見せなくては!



玉転がしは赤と白の大きな二つの玉をそれぞれ何人かの兵士たちが協力して転がしながら、トラックを一周してゴールするまでの早さを競うのだ。
当然トラックのカーブでは慎重に、そして直線コースでは迅速に。
簡単なようで案外と難しいチームワークとテクニックを要した。



しかし張り切りすぎたアンドレたちは慌てたあまり白の玉を貴賓席に転がしてしまい、テントを破壊したあげくブイエ将軍に激突させてしまった。
今まで機嫌良く見守っていた老将軍はへそを曲げ、青筋を立てたのである。


そばで見守っていたオスカルが青くなったのは言うまでもない。
だが、将軍が額に貼ってもらった十字の絆創膏には思わず彼女も失笑してしまった。



昼休みの時間には、近所の弁当屋でホカホカティーという男が弁当を売りに来た。
これがまた「腹が減っては戦は出来ぬ」というキャッチフレーズをのぼりにしたため、暖かい作りたてのお弁当を安価で販売し、兵士や観客の好評を得ていた。


後日談だが、この男、バスティーユ攻撃の日にも同じようなキャッチフレーズで弁当売りをして結構もうけたらしい(という話があったとか無かったとか?)。





さあ午後の一番手は「借り物競走」だ。腹がいっぱいで眠くなってきた来賓と観客に緊張感を与え、目を覚まさせようというものだ。
この競技は技を競うと言うよりは機転とユーモアのセンスが問われる、運動会の中でも目玉のプログラムである。


この競走の概要はこうである。

スタートしてから10メートルほどの所にテーブルが置いてあり、その上には「借り物」が記された封筒が選手の人数分に余るほどたっぷり置いてある。
選手たちはその封筒の中身の指示に従って、会場のあらゆる場所から「借り物」を探し出し、その物をたすきを使って体にくくりつけてゴールを目指すというものだ。


指示の中には冗談で「カーネルサンダース」などと書かれたものも入っており、サンダース氏を見つけ出すこともさることながら抱き上げて運ぶのが至難の業だと思われる。もしこんな指示を引いてしまったらドツボである。
……まぁ、よほどクジ運が悪くない限り、大丈夫ではあろうが。





さて各選手がたすきを掛け、一同にスタート地点に集まった。

ランダムに選んだため、アランやアンドレのような兵士だけではなく、アランの妹のディアンヌも入っている。
どうせ徒競走ではないので、運動神経や年齢性別には関係ない。他にも老人やおかみさんたちも混じっている。



さあ、勢いよくスタートの空砲が撃たれ、選手たちは一斉にスタートした。
どうせ10メートル先のテーブルまでである。多少の前後はあれど全員はすぐに封筒を手に取った。



あわてて破いてみると、ディアンヌの取った封筒の中身には「老人」と書いてあった。
普段からおっとり気味の彼女は、あまり深く考えずに貴賓席へ走り、ブイエ将軍の手を引いた。
「老人って書いてあるんですケド、よろしくお願いしま〜す」
ディアンヌは将軍の反論したげな態度を無視し、とっとと自分のたすきを将軍の首に回した。


アンドレが開けた封筒には「上司」と書かれてあった。
彼は一目散に放送席にいたオスカルめがけて土埃を立てながら駆けだした。どうやら体が本能で動いているようだ。


つい脇見をしていたオスカルが不意に気配を感じた時には遅かった。
アンドレはみんなが見ている前でオスカルを抱きしめ、その体勢を利用して「たすき」を彼女の背中に回し、自分の胴にも回して縛り、くくりつけた。




「おっ……おい!いきなり何をするんだアンドレ、苦しいじゃないか!?」
一瞬の出来事で何が起きたのか把握できないオスカルは、抱き合ったままの状態で兵士たちの好奇のまなざしを一身に受け、赤面した。



しかし、これは競技である。アンドレに非はない、ましてオスカルにも拒絶する理由がない。




オスカルは仕方なくアンドレに歩調を合わせてトラックに戻り、ゴールを目指した。
すでに借り物を見つけた選手たちもトラックに戻り、観客からの手拍子に乗って走り始めている。
だがオスカルたちはたすきがきつく縛り付けてあるのでうまくバランスが取れない。
ついにはカーブの所で足がもつれて倒れてしまった。



アンドレの上にのしかかる形でオスカルは覆い被さった。
「あうっ、すまないアンドレ」
「いや、又いつでもどうぞ!」


公衆の面前でもつれあって倒れ込む男女の図式は観客から注目の的であったが、当の本人たちもドギマギしてしまい、一瞬、周囲が見えなくなったほどだ。
しかし、どさくさ紛れにオスカルの腰に手を回したアンドレはまんざらでもなさそうだ。




一方ディアンヌは「よいしょっと」と可愛らしくかけ声をかけ、ブイエ将軍と肩を組んで走り出した。
若い娘に抱きかかえられて、それまでへそを曲げていたブイエ将軍は120%機嫌を直したのである。
「さあ〜行きますわよ〜。ゴールを目指せ〜!オ〜ッ!」
ディアンヌはイッチニイッチニとかけ声をあげてペースをあげた。
「ほほぅ〜、イッチニイッチニ〜。目指せ〜」
ついつい将軍もつられて拳を振り上げ楽しそうだ。




さて転倒から立ち直りすっかりペースを戻したアンドレ・オスカルチームは順調にディアンヌチームらをゴボウ抜きし、ひたすら一位でゴールを目指すことに集中し始めた。


おっと油断はならない、今度はアンドレの後ろからリアカーを引いたハッピ姿のアランがガラゴロと大きな音を立てて勢いよく飛び出してきたではないか。なんと足には下駄まで履いている。


今度こそ良いところを見せようと、アランは鼻を膨らませて猪突猛進してきたのだ。
彼はあっという間にアンドレを抜き去り、ゴールへの最後の直線コースをばく進し始めた。



「よう〜し、負けるものか!」
アランの奮闘にアンドレは燃えた。

彼は二人を縛るたすきをほどき、いきなりオスカルをお姫様だっこした。



「アア・・アンドレ、にゃにをするぅ〜〜!?」
オスカルは激しく揺さぶられながら我を忘れて叫んだ。しかし、どうにもこうにも彼にしがみつくだけでどうしようもなかったのである。





「おおお〜〜〜っ!!」
アンドレのお姫様だっこ&ラストスパートに観客席から怒濤のような歓声が上がった。

その声にアンドレはさらに燃え、アランのリアカーを一気に抜き返し、ホップ・ステップ・ジャ〜〜ンプッ!とリズミカルに三段跳びをしつつ、一着のゴールテープを切った。




そしてゴールの後、余裕でトラックを走りながら、アンドレは観客席の拍手に笑顔で応えた。
オスカルはまだ訳がわからず彼の腕の中できょろきょろとあたりをみている。
「ひょっとして私たちが優勝したのか?アンドレ」
オスカルはまじまじとアンドレを見つめた。



アンドレは返事の代わりにさわやかに笑ってただ一言………





「このままおまえを連れて逃げ出したいよ」





そう言った。








二着のアランの後には、玄関のゴムの木の鉢植えを抱えたピエールや、女装をしてカツラが飛ばないように頭を押さえたダグー大佐が続き、一同の爆笑を誘っていた。

ブイエ将軍は少し後れを取ったものの、ディアンヌとのツーショットに満足していた。



その後の組み体操では若手の隊員が見事にそろった演技をし、ブイエ将軍やその他の軍のお偉方に隊員の統率の良さと力強さを見せつけた。

運動会最後の華、騎馬戦では今度こそ良いところを見せようとしたアランのがんばりで、これまた勇気と頼もしさをアピールした。




運動会なんて何でやねん、などと言う当初の疑問もすっかり忘れ、兵士たちは「又やろうな」と盛り上がったのである。
ブイエ将軍も大いに満足し、自分が企画したイベントの成功と頼もしい兵士たちの勇姿をまぶたに焼き付け、ご満悦で帰っていった。




だが今日の運動会で一番おいしい目にあったのはアンドレその人に違いない。
いやいや、後で司令官室で独りになってから胸キュンのオスカルも忘れてはなるまい。



そして悲劇のラサールは全ての人々に忘れられ、運動会が終わった後もカーネルサンダースを探してパリの町中を駆けめぐっていた。
そしてやっと見つけた重いカーネルの像を背負いつつ、誰もいなくなった練兵場へよたつきながら戻ろうとしていたのである。





パリは満天の星が瞬いている秋の夜になっていた。


おわり

2005年1月8日


※注
ブイエ将軍というと、原作とアニメではかなり設定が違います。
このお話では、ぽっちゃり体型で色白の、今で言うなら社長さんか大手の重役さんタイプのアニメ版のブイエ将軍をモデルにしています。

up/2005/1/9/


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