−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それでも少しはさわりを読まなきゃ雰囲気はわからないものですが、冒頭から数十行で「そういうことか」とご理解いだだけると思います。

書いている私自身がこれはもう「ベルばら」ではないなと思っているのですから、お読みになる方の中で、「ベルばら」らしくないのは見たくない方にはとてもお勧めできません。


それでもいいので読んでみようと思われた方、ベルばららしくないのを承知した上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。










-消えた十字架(前編)-




歴史的な事件となったバスティーユ襲撃から数ヶ月が経った。

その後、各地でパリと同じような革命が続き、農村部では混乱が生じていた。

改革はとどまる所を知らず、八月には封建制度の廃止と人権宣言が相次いで議決される。


しかし国王ルイ十六世はこれらの議決を承認しようとはせず、あくまで絶対王政の存続にこだわっていた。

そうこうしているうちに宮殿の守りを固めるためにフランドル連隊が九月下旬にベルサイユに到着し、民衆の怒りは高まるばかりだった。

不況は相変わらず続いており、対策として始められた土木事業も労働者の不穏な動きが多発し、国王は不審を抱いて事業の一部を廃止しなければならず、なかなか状況は改善しなかった。


又、最近ではジャーナリストの活動が活発になり、精力的に論説を発表しはじめ、一時は革命の立役者として祭り上げられたネッケルやラ・ファイエット候すら相次いで批判し、軍隊で守りを強化しはじめた宮廷を手ひどく皮肉った。




**********




オスカルはかろうじて一命を取り留め、この頃になってようやくベッドから身を起こせるまでに持ち直していた。

又、アンドレも彼女に合わせたように回復しはじめている。

二人は一時、生死の境をさまよい、幾度となく周囲を心配させたのだが、互いの生への希望が強かったのか、最後にはロザリーのねばり強い看護も功を奏し、何とか良い方向へと向かいつつあった。

アンドレの左目の視力もわずかだが戻りつつある。


ジャルジェ家ではうすうす彼女が生きていると感づいているようだが、一時は謀反人と名指しされた彼女の事を今さら蒸し返すのは誰のためにもならないと判断し、表向きはバスティーユで命を落としたことにしていた。

ジャルジェ夫人はオスカルの身体を気にしてはいるが、アンドレが一緒にいると知ってから少しは安心していた。


寝込んでいたばあやに至ってはたちまちベッドから跳ね起き、今日も朝から要領の悪い新米の召使いをしごいている。

オスカルや孫のアンドレもきっとがんばっているのだと思うと、会えないつらさよりも喜びのほうが格段に大きい。
ばあやは自分たちが元気なことで、全てを捨てていった二人を励まそうとしていたのだ。

しかしジャルジェ将軍などは意地になり、たとえ生きていようと、もう二度とオスカルには会わないと断言している。



「父上らしいお言葉だ」

オスカルは今も屋敷の人々のことを思い出すとしんみりした。

彼女も又、父や母には多大な迷惑をかけたこともあり、屋敷へは二度と足を踏み入れるつもりはなく、このまま消息不明を押し通そうとしていた。

だがもし両親に会えることがあったとしても、今の自分をどう説明していいのかを考えると、彼女は戸惑ってしまう。

アンドレが夫であることを母は認めてくれるのだろうか。家族のように可愛がっていたとは言え、彼は屋敷の召使いに過ぎないのだ。
ただ、オスカルは自分が無事でいることだけは母に知ってもらいたかった。



あれから世の中は激変している。

彼女の元部下たちもそれぞれに自分たちの道を歩み出していった。
アランによれば、故郷に帰って地方での治安維持に当たっている者もいるらしい。


一方、王妃らは民衆の台頭を認めようとはせず、王室は沈黙を続けながらもいつか元のような輝かしい日々が戻ってくることを願っているのだと聞く。

そしてラ・ファイエット候やミラボー伯、そして数多くの実力者は王室に群がり、自らの権力を強めようとやっきになっていると言う。


だが、それらの事はオスカルにはもう手の届かない話になってしまっていた。

第一、彼女は今、あまり無理の出来ない身体になっていた。
医者は彼女の回復ぶりを驚いてはいるが、以前のようにすっかり元気になったとはとうてい言えない。

ベルナールも彼女が民衆側に付き、陰からでよいので支えて欲しいと思っているが、あまり彼女にばかり無理を頼めば、再び命を縮めてしまう可能性がある。

それでなくとも、自分の能力が役に立つなら、何としてでも事をやり通すオスカルを知り尽くしたロザリーは、夫の考えに強く反対していた。



今さらだが、どうして民衆側に寝返ったのかとベルナールが尋ねても、オスカルはそうしたかっただけだとしか語らない。

アンドレにはそれとなく理由を語ってはいるが、それは断片的な言葉でしかなく、単にアンドレ自身による推測の域を出ない。
まず第一、彼女は元々あまり人に自分の心を多く語らない。


アンドレは思う。

貴族の暮らしが誰かの犠牲の上に成り立っていると知ってから、オスカルはその制度に甘え続けている事が出来なかったのだろうと。

それならと、彼女は自分に不要なものは全て捨てたかっただけなのだろう。

もし、オスカルが衛兵隊に転属していなければ、あるいは貴族の立場で改革に加わることも可能だったかも知れない。

だが彼女は特権階級をふりかざした不当な権力の行使を目の当たりにし、逃げだすことをせずに、直接、宮廷と民衆との間に割って入って行った。


とは言え、オスカルが民衆の苦しい生活を我が身のこととして味わった結果として彼らに味方したのではない。
彼女は当然ながら貴族としての生き方しか知らず、明日の生活に困るような経験もない。
ただ自分自身の信条として、どうしても民衆に銃を向けることだけはしたくなかったのであろう。

「私は権力を振りかざす英雄になるのなら、いっそ謀反人と呼ばれた方がましだと思っただけなのだ。私の思考はどこまでも貴族のままだったのだろうな」
オスカルは淡々と語る。


「わかっているよ。俺はお前の決断を間違っていると思ったことなど無い。だけど、俺はお前がはじめて国王軍に銃を向けた時、本当はお前には貴族として生きて欲しかったと一瞬、思ったんだ。身分なんて無くなればいいと思う反面、お前にはいつまでも貴族のままでいて欲しいと思うのはおかしいのかも知れない。だけどお前が貴族の暮らしを捨て、苦労する姿は見たくなかった」


「苦労とはこの暮らしのことなのか、アンドレ。私は相変わらず皆の援助を受けているし、今の私にはふさわしくないほど優遇されている。これは苦労などではないぞ。むしろ私は今も苦労を知らぬままだ。それに今まで貴族として生きてきた私がこれからも決して平民になることなど出来ないし、かと言って都合良く貴族の暮らしに戻るつもりもない。だが、どちらにも染まることのない生き方を選んだのは他ならない私自身だ」


「ところで、ベッドに入ってからもこんな話をするお前は、相変わらずだな」
アンドレは可笑しくなってきた。

オスカルは以前から、その場の雰囲気にそぐわないことを時々しでかす所がある。


いきなり目上の者にけんかを売ったり、何も言わずに大胆な行動に出たり、あるいは思わぬ場面で甘えてきたりと、今もさりげなくアンドレに腕枕をさせながら耳元で真面目な話をしはじめる。

周囲から堅実でカタブツと思われているオスカルは、性格をよく知るアンドレにすればこの上なく気まぐれだ。



「おまえと話していると、何でもかんでもお構いなしになってしまうみたいだな。…でも、何かを話していないと不安になる時がある…」
オスカルは少し憂えた口調でポツリと言った。


確かに、彼女にすれば話すことは何でも良いのかも知れない。
ただアンドレが相手だと他の者とは違い、何でも話しあえるという気のゆるみが出る。


彼女が本来の力を発揮することも出来ず、このような所でくすぶっていることがどれほど苦痛なのか、アンドレには痛いほどわかっていた。

病身の彼女がバスティーユ事件で深く傷つき、いまだ横たわる日が続く中、怪我だけではなく心も痛めているのだとすれば、体に良くないことは明らかだ。

彼はまだ治りきっていないオスカルの左肩の傷をそっと指でなぞった。


「心配そうな目で見ないでくれ、アンドレ。私は行く所がないからここに居るんじゃない。ここにおまえと一緒に居ると居心地が良いからだぞ」
オスカルも少し笑顔を見せる。

少しでも体が回復して欲しいと願う彼の気持ちに応えるように、オスカルの具合は一時よりも良くなっているようであった。



彼女は時々、普通の男であれば思わず感激しそうなことを平気で言う。

ただし本人がそれを意識して言っているのかどうかはわからない。
それが又、アンドレにとって彼女を不思議な存在にさせていたのだが、こうしてひっそりと生きている事を彼女がどう考えているか、実のところアンドレにはいま一つつかみきれない。


何より今、彼女が歴史の表舞台に出ていくことによって、一番に喜ぶのは民衆側の扇動者であろう。

人の上に立てば必ず頭角を現すオスカルを利用したがる者は多い。

ましてオルレアン公の陰謀が渦巻くパレ・ロワイアルにとって、彼女の存在は格好の王室批判の象徴になりかねない。

それは単にオスカルの意に反してアントワネットを陥れるだけに留まらず、表向きは彼女の死によってとがめなく済んだであろうジャルジェ家に対し、再び謀反の疑いがかけられ、厳罰が下される可能性を大いにはらんでいる。


又、その反対に、改革の流れを変えかねない彼女の影響力を危険視し、その存在を疎む者がいつ何時出てくるかも知れない。
アンドレは常に用心をし、彼女の身に危険が及ばないよう、ここしばらくは隠れ潜むようにしていた。


しかし幸運なことに、特に二人をよく知る者たちは充分に信頼が置けた。

何かあるとアランや元衛兵隊の兵士らは今の仕事を差し置いてでも駆け付けてくる。
ベルナールやロザリーも今までの恩返しとばかりに労力を厭わなかったし、ジャルジェ家と取引のあった職人や商店主も融通を利かせてくれた。


又、不思議と彼女のまわりには援助をしたいという者が常にいて、生活には困らない。
部屋の家主もオスカルを見るなり、格安で貸すことを約束したほどだ。

この家主は、オスカルとつながりの深いパレ・ロワイアルにある花屋の店主の弟で、身元は信頼できた。

それだけでなく、彼はバスティーユでオスカルの姿を見て、すっかり惚れ込んだのだと言う。
住居も上階ではなく、条件の良い二階を提供してくれた上に、最初は無償でいいとまで言われたのだがそれではあまりにも居心地が悪い。

なのでアンドレは、家主の言う家賃よりも多少上乗せしているほどだ。



そして以前からオスカルを見込んでいたリアンクール公もどこからともなく彼女の事を聞きつけたらしい。

ほどこしを嫌う彼女のために特に医者の世話をしたり、薬などの必要な物を使者がそっと届けてくれていた。


おかげで最近ではようやくベッドに腰掛けたり立ち上がることも出来るようになり、一日中寝込むことも少なくなってきている。



「私がこんな身体になって済まない。妻としてなにも出来ない」
それでもオスカルは何一つ満足に働けない自分に負い目を感じているらしい。

普通であれば、夜の営みも夫婦であれば当然であろうが、いまだ彼女の身体を気遣うアンドレは壊れ物を扱うようにして彼女を抱く。


「そんなことはないさ。今でも充分…」
アンドレは口に出すのが恥ずかしくなるような言葉が出てきそうになったのを、かろうじて止めた。

元々、艶話をするほうではないし、まだ夫婦として日の浅い彼にとって、そのような互いの身体についての話は苦手であった。


彼は今、主に教会での仕事をもらっており、質素ながら生計を立てていた。
子供に勉強を教えたり、大工の真似事はもちろん、力仕事や人の嫌がる仕事もすすんで引き受ける彼は、どこでも重宝がられる。

まず、かつて貴族の屋敷で育った彼は、そう振る舞おうとすれば身のこなしが非常に良かった。
そのため金持ちの屋敷でも評判になり、何かと金回りの良い仕事が回ってくる。

ただ、妻の看病があるからと、ほとんど遊び事の付き合いをしないので「尻に敷かれているのか」と皆からからかわれている毎日だ。



しかしアンドレは思う。

尻に敷かれようがどのような事になろうが、大事なものを失うことに比べると、どれほど幸せなことだろう。

妻が自分の腕の中で動かなくなった時の絶望は筆舌に尽くしがたい。



それにオスカルは決して彼に高慢なわけではない。
むしろ妻として奥ゆかしいほどで、以前の彼女を知る者からすれば信じられないかも知れない。

特にここ数ヶ月というもの、身体をひどく弱らせ病気の回復もままならず、まだ本調子が戻らない彼女は、アンドレの足手まといになっているのではないかと自分を責めているようだった。



「おまえは、おまえのままでいいんだ」
身体が弱ると気持ちも弱りがちになる。アンドレはオスカルを元気づけたかった。


「前にも同じ事を言ったな」


「そうかい、そんな偉そうなことを俺が言ったのかな」


「言っていたぞ、偉そうに」


「都合の悪いことは忘れる性質なんだ」
アンドレはすぐに言い返してくるオスカルを嬉しく思った。
彼女が冗談を言えるようになってきたのも最近のことなのだ。


「めでたいヤツだな、アンドレは」
オスカルは笑った。


彼女にしても、アンドレが励ましてくれているのはよくわかっていた。
ただ、彼女は新たな身の振り方を見いだせず、自分がこのまま忘れ去られてよい存在なのかと自問を繰り返している。


確かに、身体が思うままにならないという現状に逆らっても仕方がないのは頭ではわかっている。

しかし、このままでは誰の役にも立てないのであれば、自分はバスティーユ事件の際に命を落とすべきだったのではないかとさえ思え、弱気に沈むことさえあった。


あの時、追いつめられていた民衆はもはや、オスカルが守る存在ではなくなっていた。

彼らは今、新しい社会づくりに非協力的な王室をベルサイユからパリに連れ戻すと息巻いており、絶対王政に制限をかけるほどの力を付けてきている。

新たな時代を担うのは貴族ではなく市民なのだ。


オスカルは、王室を取り巻く状況は良くなるどころか悪化しているとさえ思った。

時折、この部屋に舞い込む論評やパンフレットは相変わらずアントワネットを批判し、身勝手なオーストリア女だと罵っている。
彼女はその都度、悲しい思いを味わっていたのだ。



だが、そんなオスカルを力づけてくれたのはアンドレだった。

彼は今ではかけがえのない存在になっている。
バスティーユ事件の後、苦しい思いを決して口に出さず、気分も沈みがちな彼女だったが、いつまでもそのような表情をしているとかえってアンドレを心配させてしまう。

少なくともアンドレはオスカルが心を開くことを待っており、自らの力で彼女を支えたいという態度を示している。

ならば一人で不安を抱え込まず、彼に身を任せるのも良いのではないだろうか。
彼女は身体の回復と共に、少しずつそういう風に思えるようになってきていた。



アランも又、彼女を別人のようだと言い、どこかに牙を落としたのかと笑う。

だが、彼にしてもオスカルをこれ以上、危険の中にさらしたいとは思えなかった。
今も万が一、戦いに彼女が必要だと言えば、再び我が身を省みず奮い立つのは目に見えていた。

もしそうなれば、倒れるまで戦い抜く彼女の強い意志を誰よりも知っているのは彼なのだ。
この人は自分の幸せをもっと顧みるべきなのだとアランは考えていた。





−後編に続く−





2007/1/19/





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