普通の人々編:解説
衛兵隊にオカマのフランソワと、ぼんぼんのピエールが入隊してきた。大騒動第二弾。



−二人のフランソワ編−
−普通の人々編−



「お前、その髭か化粧かどっちかにしろよな」
意を決してヨハンがフランソワに忠告した。


確かに濃いひげそりあとに暑苦しい化粧は似合わない、いや、不気味だった。


「あたしだって、好きで髭が生えて来るんじゃないわ。あーあ、隊長のようにつるつるの肌がうらやましいー」
フランソワは不精髭をそりながら呟いた。


B中隊は二人の新人を迎えてから一週間がたっていた。


 アンドレは不思議に思っていた。大抵、新人は袋だたきにあうのだ。
それが力の勝負の男の世界では決まり事になっている。アンドレとて例外ではなかった。

だが、この二人は何もされない。


確かにピエールは人差指でつついただけで泣き出す。
それ以上いじめても泣き声がうるさいだけなのだ。

それにフランソワは厚化粧とクネクネした動作が不気味で敬遠されている。
むしろ、隊員たちの方が振り回されているのだ。
もしかして、この二人は世渡り上手なのかも知れない、と、アンドレは思った。



 今日はパリの巡回警備にあたる日である。
オスカルはとりあえず、トンデモない訓練の日ではないので一安心していた。
だがパリの巡回は危険がいっぱいである。


このたびの隊員募集にもフランソワしか応募してこなかったように、今、改革に搖れているこの物騒なご時勢に、軍人になるのは命の危険も含まれているのだ。
右も左もわからない新人を連れて行くのには彼女も抵抗があったが、早く隊にも馴れてもらわなくてはならぬ。結局、全員でパリへと出動することにした。



「おい、このシャツとこっちのシャツとどっちが臭くない?」
いかつい隊員がピエールに聞いた。

「…どっちも…くさい…です」
彼はおどおど答えた。

その通りである。洗濯するのが邪魔くさくて三日も四日も着ているシャツばかりなのだ。どれも臭いに決まっている。


「なんだとぉー。オレ様のシャツが臭いだとぉー?」
隊員はいきなり怒りだした。
「だっだっだって、本当に、ひっく、くっ臭い…ひっく、んだもん」
ピエールは殴られもしないのに早くも泣きだした。


「ばかやろう、この、へこき虫。何でまたその泣き虫を泣かしやがったんでぃ。うるさくって仕方ねえだろっ」
別の隊員が怒鳴った。

そのいかつい隊員はれっきとしたジャックという名前があったのだが、みんなから「へこき虫」と呼ばれていた。
彼のために弁明しておくが、とりわけ彼が人より屁をこくわけではない。ただのあだ名である。


ピエールはそのまま「泣き虫」と呼ばれている。
フランソワも見たとおり「オカマ」である。

言うまでもなく、衛兵隊の隊員たちのレベルはジェローデル率いる近衛隊に比べると、家柄・容姿・教養・その他もろもろ共にずどーんと低かった。


彼らの自慢と言えば体力ぐらいのもので、一言で言えば、力自慢・命知らず・乱暴者・のんびり屋・豪傑と言った、どこかのRPGの戦士系の性格設定のように単純な者ばかりだったのだ。

あだ名もろくなものはない。
オスカルがパリを巡回していても、隊員たちはお互いを「貧乏神」とか「たむし」とか「クチビルゲ」とか「オヤジッチ」とか「鼻毛」とか呼びあっているのだ。

何も知らない者がこの一団とすれ違ったら、何ぢゃコイツら?と首をかしげるであろう。
ただ、オスカル一人がまともなのでまだ良かったものの、そんな隊員たちを率いる彼女に苦労は絶えないのであった。




ま、ここまで落としておいて今更だが、みんな根は良い奴ばかりで、人間味というレベルでは近衛兵たちよりは味があると言えよう。





「あっ、オカマだ」
「ほら、オカマの軍人がいるぜ」
パリの市民たちはフランソワを見て、はやし立てた。
どんな物騒な世の中でも、市民たちは陽気なことが好きなのである。

フランソワは、ごつくるしい輪郭に目鼻だちのはっきりした濃いぃ〜顔なのだ。
それが妙に女っぽいしぐさで愛敬がある。とても人目を引くのである。

それに当人も目だつことが大好きなのだ。パリの人々の反応も彼には心地よいのだった。
彼は自分に注目する市民たちに投げキッスをしたり、手を振ったりと、思いきり笑顔を返していた。


「キャーッ、オカマがこっちを見てるわ」
「あっ、手を振ってるー」
フランソワはあっという間に人気者になってしまった。



…市民たちに喜ばれている以上、オスカルも下手に注意しにくいのであった。



そうこうしながら彼らはとある金貸しの屋敷に行き、オスカルはその門の前に全員を集めた。
「本日、この屋敷に火をかけるという情報が入った。我々は交替でここを警備する。アラン、お前たち1班は外を警備しろ。それから2班は屋敷の中で待機だ。フランソワ、お前も一緒に中に入れ」
オスカルは彼が外でうろうろしてこれ以上目立たないようにと思ったのだ。


「おい、ところで俺たちの隊長って女なのに男の格好をしてるんだよな」
「フランソワは男だけど心は女なんだよな」
「男と女が…あれれっ?」
隊員たちは頭が混乱し始めていた。だが、この二人が共にフランソワという名前であることは事実であった。





 屋敷の主・金貸しのジャンはがめつい老人で、近所からも嫌われていた。
かなり高齢なのだが、性格が災いして、彼の話相手になる者も世話をする者も誰一人いなかったのだ。

「下品な兵隊ばっかし大勢で押し掛けよって。わしの屋敷の物を盗むんじゃないぞい。置いてある物はちゃんとここに控えてあるからな」
そう言って彼は警備をしているオスカルたちにも憎まれ口をたたいた。
そして上着のポケットから大事そうに黄色い用箋を出してきて、彼女の目の前に突きつけた。
そこには神経質そうな字で細かく調度品の目録が書かれてあった。


「いけすかんジジイだな」
へこき虫は聞こえよがしに皮肉を言った。
「あら、そんなこと言うもんじゃないわよ。どれも大切なおじいさんの宝物なのよ」
フランソワはジャン老人をかばった。

「オカマに弁護なんぞしていらぬわ」
老人はいまいましそうにそっぽを向いた。





 何事も起きないまま、その日は夕刻になった。
「特に異状はないな」
オスカルは拍子抜けしていた。タレコミはガセネタだったのだろうか。

そう、思い始めた時だった。


屋敷の裏手から大きな爆発音が轟いた。奥にある老人の部屋あたりである。
「門の警備はそのまま待機!アラン、裏手に回れ」
「よし来た」
アランは事件大好き男である。オスカルの号令より早く足が動いていた。



爆発の規模は大きくはないが、衝撃で1階にある老人の部屋の天井がふっとび、床は抜け落ちていた。がれきが部屋の半分の高さまで積もっている。

「隊長、爆発物の点検は終わりました。残りの火薬はありません」
「よし」
その報告にオスカルはほっとした。
「隊長、フランソワとジャン老人がいません。一緒にこの床下に落ちたものと思われます」
アランは真っ青になっていた。
「何だとぉー!」
隊は警備から直ちに人命救助に変更された。





 そのころ、がれきの下では二人が身を寄せた姿で閉じ込められていた。
「お前、その暑苦しい顔、どうにかならんのか」
老人は文句を言った。

お互いに相手の顔がほんの鼻先にあるので、どうにも落ち着かない。
「悪かったわね。あたしだってもっとカワイイ女に生まれたかったわヨ」
老人を助けようとしたフランソワはうっかり足を滑らして、彼の後を追うようにして床下へ転がり落ちた。そこへがれきが落ちてきたのだ。


「もっと離れてくれ、わしは男は嫌いじゃ」
老人は無理な注文をつけた。
「かわいくないジイさんね。だから嫌われるのよ」
フランソワはそう言ってからハッとなった。
嫌われている孤独な老人にひどいことを言ってしまったと後悔したのだ。



「どうせわしなんか誰も好いてはくれんわい」
ジャンはポロッと本音を言った。



「そんなことないわよ。あたしも気持ち悪いって言われるけど、それでみんなが笑ってくれたらいいと思ってるワ」
「お前はわしに説教するつもりなのか」
「ねえ、こんなそばにいるのに、もっと仲良くできないのかしら」

「フン。ところでいつになったら助けてくれるんじゃ。息苦しいわい」
「大丈夫、衛兵隊は力自慢ばかりなのよ。きっと今頃みんな汗だくでがんばってるワ。それまで楽しくおしゃべりしましょう」
フランソワは仲間の助けを疑わない。
それどころかニコニコして待っているつもりなのだ。



「…」
老人はこののーてんきなオカマのペースにはまり、少しづつ打ち解けてきていた。
「お前、ごつくるしい顔のわりにはかわいいとこあるのう」
「きゃっ、うれしいぃ。実はあたしも内心、そう思っているの」
「冗談じゃ、本気にするでないわい(笑)」
「いや〜ん、ひど〜い(苦笑)」
二人は次第に漫才コンビのように仲良くなっていった。



「おーい、大丈夫か」
アンドレの声が二人の耳にはっきり届いた。
がれきは順調に取り除かれていたのだ。



「オカ…じゃなくて、フランソワと老人は無事です」
アンドレは報告した。
「そうか、よかった。あと一息だ、がんばってくれ」
オスカルも一安心した。


外は暗くなりかけている。
二人が爆発に巻き込まれてから二時間ほどが過ぎていた。早く解決するに越したことはない。


「だが、なぜ爆発が起こったのだろう」
不審な者は出入りしなかったのだ。彼女は首をかしげた。

「オスカル、これを見てくれ」
アンドレはがれきの中から見つけた、焦げた黄色い紙切れを差し出した。
それはジャン老人が身につけていた用箋だった。


「これに火を取って…火薬に点火…」
「……そうだったのか…」



爆発は老人の狂言だったのだ。



「寂しかったんだよ、きっと」
アンドレはオスカルと目を合わせた。





「ああん、もう。美貌がだいなしよー」
フランソワは翌日になって打撲を受けた顔が腫れてきたのだ。

「今日は訓練に出られなーい」
彼女、じゃなくて彼は鏡を相手に泣き言を言った。


「ばかやろう、そんな言い訳がきくわけゃねえだろっ」
「とっととしたくしやがれ、このドウラン!」



衛兵隊はいつものように下品であった。




 そのころ、オスカルとアンドレはお見舞いを兼ねてジャンの元を訪れていた。
「犯人はきっと捜し出します。もう少しお待ち下さい」
オスカルは丁重に頭を下げた。

犯人はあなたですとは言わなかった。


「犯人は…隊長さん。あんたももうお解りじゃろう。捕まえて下さって結構ですわい」
ジャンはしごく低姿勢だ。


「では、犯人は…骨董品の古い武器が暴発という事で処理いたします。隊長」
アンドレがさわやかに敬礼しながら答えた。
オスカルもついつられて目が笑ってしまった。

おかげで、その場はあっと言うまになごやかになった。



「それから、あのオカマ。あいつは女の中の女じゃぞい。そう本人に伝えてくれい」
ジャンはそう言い残し、照れくさそうにそそくさと屋敷の中へ逃げ帰った。


二人はその姿を呆然として見送った。フランソワは男でオカマで女?アンドレはふと、オスカルを見た。



「アンドレ。男らしいとか、女らしいとかって、一体何なのだろうな」
オスカルも思わず聞いた。
「さあな。だがあいつは、ただあいつらしくしているだけだぜ」
アンドレはそう言う以外に返答のしようがなかった。



 その後、ジャンは余った金品を教会に寄付し、貧しい者や孤児たちに分け与えたということだった。
当然、近所の者たちも老人の心変わりに驚き、自然と彼に親しみを持つようになった。



そして、こうなったのも衛兵隊のオカマのおかげであると、うわさはうわさを呼んだ。



そんなこんなでフランソワの顔と名前は広く知れ渡ることとなった。





「オカマの隊長さんですね」
オスカルはそう呼ばれる機会が増えた。

もちろん、オカマのいる隊の隊長と言う意味であるが、彼女にすればいい気はしない。


いや、非常に気が悪い。


彼女はだんだん、自分が男装していることが何かとってもアブナイ事のように思えてくるのであった。        



              おわり


1997年6月26日

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