−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。





-雨の回想-




肌寒い午後であった。

朝から曇り空だったのが昼過ぎには小雨が降り始め、気温も下がり始めている。

そして二人の亡骸がジャルジェ家の屋敷に帰ってきた時には、冷たい雨が本格的に降り始めていた。



馬車が到着した時は召使いまでもが総出で出迎え、棺がホールに運び込まれた時には、それまですすり泣いていた召使いの女たちの悲痛な泣き声が響き渡り、屋敷中が悲しみに包まれた。

ジャルジェ夫人はオスカルが最後まで病と闘い、何も恐れなかったと聞き、ここで自分がしっかりしなければと気丈に悲しみを耐えていた。


棺を開けてみるとオスカルは今にも起き出すような穏やかな顔をしており、かえって人々の涙を誘った。

あの日の朝、屋敷を出て行った時に比べるとずいぶん顔がやつれており、彼女の苦しみはいかほどだったのかと思うと夫人は胸が張り裂けそうになり、いたたまれない気持ちになった。



ずっと二人の無事を祈っていたばあやは、昨日オスカルとアンドレの死を聞くまでもなく、そのまま息を引き取っていた。

ジャルジェ家では一度に葬式を三つも出さねばならなかったのだ。
夫人の心労は激しかった。


夫であるジャルジェ将軍はちらほらと弔問に訪れる将校や貴族たちを相手にしていたが、ただ言葉少なに答えるだけで、悲痛な面持ちで立っているのがやっとの状態だった。

謀反の疑いがかかるジャルジェ元准将のためにわざわざ表立ってやって来る者は少ないが、それでも弔意を示す手紙はあちらこちらから舞い込み、使者も人目を忍んで多く訪れていた。

又、意外な人物も「准将にはお世話になりました」と弔問に訪れ、オスカルの思いがけぬ交遊の広さを伺わせた。



一方のアンドレは目の負傷が痛々しく、傷口は包帯に覆われていた。

彼は左の拳を強く握りしめており、何かを手のひらに持っている。

力のある召使いが指をこじ開けたところ、銀色の指輪が二本出てきた。

大きい方の指輪の内側には「我が命、彼女に捧ぐ」と彫り込まれており、小さい方には「心の赴くまま光のほうへ」と刻み込まれている。

小さい方の指輪はどうやら彼がオスカルに贈ろうと用意していた物と思われた。

これをオスカルに渡す間もなく、二人は神に召されたのかと思うと、ジャルジェ夫人はアンドレがさぞかし無念であっただろうと思い、オスカルも又、不憫であった。

たとえ貴族としての身分を失ってでも良い、ほんのささやかな家庭を築き、ごく普通の暮らしを二人が望んでいたのだとすれば、それらが全く夢のまま彼らには叶わなかったのである。


夫人は涙に曇る目で二人の指にそれぞれ指輪をはめてやり、せめて神に召された魂が天国で結び合わされることを祈った。




夕方になって、パリからロザリーがやって来た。
ずいぶんやつれ、しおれきった彼女は夫のベルナールに支えられ、屋敷の中へと招かれていった。


ロザリーは夫人に、二人が結婚式を予定していたことを伝えた。

又、身の回りの世話をしていた彼女は、二人の最期について、ベッドの上で抱き合うような姿で息を引き取っていたと語った。

あまりに安らかな顔をしていたので本当に眠っているのと間違い、そっとしておこうとしたため、いつ亡くなったのか正確にはわからないと涙をこぼす。


そしてロザリーはアンドレから預かったのだという短剣を取り出し、おずおずとジャルジェ将軍に差し出した。


「これを旦那様に渡して欲しいとアンドレに頼まれました。約束は守りましたと伝えて欲しいと言われて、私、そんな大事な伝言なら本人から直接言えばいいのにと言ったんですが、…こんな事になるなんて思いもしませんでした」
ロザリーは言葉を詰まらせた。


将軍は黙って短剣を受け取り、非常に厳しい表情になり、黙り込んだ。

召使いたちは何か旦那様が怒り出すのではないだろうかと顔色をうかがっていたのだが、ジャルジェ夫人は彼の様子を見て、全てを理解していた。
彼は決して怒っているのではなく、非常に感極まっていたのだ。


その他にも夫人はロザリーに聞きたいことがたくさんあったのだが、彼女は二人の世話をしていた時のことを思い出すだけで、あまりの悲しみのために嗚咽してしまった。

だが、二人が大変仲が良かったこと、最後までアンドレがオスカルを見守っていたことなど、彼女の話の断片から夫人はそれとなく感じ取っていた。



夜には嫁いだ娘たちが戻ってきて、末の妹の亡骸に対面し、あまりの穏やかな顔に驚き、涙を流した。

夫人は三人の葬儀と埋葬について娘らに相談し、オスカルをジャルジェ家の墓所に埋葬せず、ばあやとアンドレが埋葬される予定の墓地にひっそりと亡骸を埋める事に決めた。


オスカルが謀反を起こした疑いがあるからと言うよりは、貴族の身分を捨てたという彼女の意志に従ったのである。




**********




ベルサイユにあるその墓地はジャルジェ家の墓所にもほど近く、ばあやがかねてからそこに埋葬して欲しいと言っていた所で、彼女の一人息子が眠る村とはどこか風景が似ているのだという。


祈りの言葉が流れる中、ジャルジェ夫人の脳裏には幼い頃のオスカルのささやきが今も間近に聞こえてくるようだった。

オスカルが女ながらに跡取りとしての厳しい教育を乗り越え、母上をお守りしますと誇らしげに言った時のこと。
あるいは、両親がいつまでも共に元気で過ごせるようにと彼女が願っていたことなど、思い出すのは彼女がいつも優しく、親思いの子であったことばかりだった。


ジャルジェ将軍は愛人も作らず、夫人も又、貴族でありながら積極的に子育てに取り組み、夫婦そろって変わり者とさえ言われたあの頃、ついに末の娘を跡取りにしたてあげたと陰口を叩かれていたにもかかわらず、それでも屋敷の中はいつも明るい笑い声が絶えなかった。

そう、あの黒い髪の少年が屋敷の一員になってから、さらに屋敷は明るくなっていったのだ。
子供たちは日増しにたくましく育ち、にぎやかで楽しい日々だった。


だが、夫人はふと我に返る。

気が付けば、その子らは今、冷たい土に帰ろうとしているのだ。

これは本当に現実なのだろうか、もしかして悪い夢では無いのだろうか。

夫人は足もとの地面がふわふわと頼りなく、今にも底が抜けていきそうな感覚にとらわれていた。

もし夫のジャルジェ将軍が声をかけなければ、そのまま気を失っていたかも知れない。



三人の葬儀は小雨の中をひっそりと、ごく身内だけで執り行われ、大貴族の跡取りであった人を送るにはあまりにも質素なものだった。

だが、亡くなった彼女自身が派手な儀式を好まない堅実な性質だったため、結果として、きっと本人がそう望んだものになったのではないかと皆は納得した。



ジャルジェ家の人々が去った後、墓守が簡単に後かたづけをしていると、数十人の屈強な男達がどこからともなく二人の墓を訪れた。

彼らはそれぞれ帽子を取り、神妙な面持ちでしばらくの間その場にひざまずき、何やら墓に向かって話しかけていたのだが、墓守には彼らが何をしゃべっているのかは聞き取ることが出来なかった。




**********




ロザリーは葬儀の後になってようやく二人のことを夫人に語り始めた。


「私がオスカル様について話すことで、神様があの二人を祝福して下さるのであれば、私は知っている限りを奥様にお伝えしようと思います」


バスティーユ牢獄が打ち破られたあの日、驚喜する民衆に取り残されたオスカルは傷つき、アンドレに抱きかかえられていた。

そのアンドレもひどく具合が悪いようで、彼女と同じように動くことも出来ずに座り込んでいた。


ロザリーとベルナールは二人をひとまず安全なところに移動させ、医者を探して歩いた。

だがどうしても見あたらず、そうこうしているうちにアンドレがよろけながら立ち上がり、オスカルを抱き上げて近くの教会に運ぼうと歩き出していた。

どこにそんな力が残っていたのかはわからないが、彼も又、オスカルをこのままにしてはいけないと危機感を感じていたのだ。



「アンドレ、大丈夫?」
ロザリーの呼びかけに彼はしっかりした表情でうなずいた。


「教会はもう怪我人でいっぱいなの。ここから私の家は近いわ。付いてきて」

彼女はとっさに自分の家で二人の世話をしようと思いついたのだ。
ベルナールもそうするべきだと同意し、アンドレも一安心した表情を見せた。


自宅のベッドに二人を寝かせると、簡単に怪我の処置だけをしてロザリーはベルナールと共に再び医者を探しに出かけた。

深夜になって酒に酔った医者が見つかり、二人はようやく治療を受けたのだが、顔を真っ赤にした医者は怪我人の様子があまりにひどいので酔いが一度に醒めたらしく、たちまち真顔になった。




「あの時、やはり私はお屋敷にお知らせした方が良かったのかも知れません」
ロザリーはこの時、二人が亡くなるとは決して思わなかったのだ。

いつか回復してジャルジェ家に帰るのだと信じていたため、オスカルが屋敷に何も知らせなくて良いという言葉に従った。


「アンドレもばあやさんのことを気にしながらオスカル様のそばを離れませんでした。でもばあやさんまで亡くなってしまったなんて、やはり私の考えが甘かったんです」


「いいのですよ、ロザリー。あなたは二人を懸命にお世話してくれたのですね。私は感激で胸がいっぱいです。もしオスカルたちが誰にも相手にされず、うち捨てられていたとしたら、それこそ悲しくて私は後悔しても到底し尽くせないところでした」
夫人は涙を浮かべてロザリーを励ました。


「ばあやはアンドレがオスカルの役に立っていたかどうかをずっと気にしていた。それを思えばばあやも安心して逝っただろう」
ジャルジェ将軍もしんみりとした。


思い返せば、彼とばあやは長いつきあいだった。

時には召使いとは思えないほど率直な事も言う彼女と大げんかをしたり、言い争ったこともある。

だが、良い意味で将軍はばあやと良い関係で居続けていたのだ。




**********




ジャルジェ将軍は人前では決して泣くことはなかったのだが、一人書斎にこもり、オスカルの事を思い出す時だけは別だった。


彼は戻ってきた短剣を大事そうに取り出して、まじまじと眺めていた。

そしてあの日、約束した通り、命をかけて娘を守ろうとしたアンドレを想い、涙をこぼしたのである。

彼は暴徒に襲われたオスカルを助けようとして左目に大けがを負い、それが致命傷になったのだという。


一体、オスカルがどうして民衆を助けようとしたのか、ジャルジェ将軍には全く理解できなかった。

将軍にすれば、やはり平民は貴族に従うべき存在であり、大多数の者は無知で見境のない存在だとしか思えなかったのだ。


アンドレも又、自分と同じ平民の身分である民衆に襲われたのだとすれば、どうして彼らのために戦おうとしたのか、その真意はさっぱりわからなかった。

将軍はただひたすら、亡くなったものの大きさを思い知り、虚しい気持ちを持てあますしかない。



又、彼は再び国王と王妃に謁見し、再びオスカルの行為について謝罪し、彼女の葬式を密やかに執り行ったと報告した。


「私も大変悲しい思いをしております。オスカルはあれほど私に誠意を持って仕えてくれました。いいえ、それだけではなく、私は今までオスカルにどれほど助けてもらったことでしょう。大事な人を失ったのは私も同じです」
アントワネットはオスカルの人となりを思いだし、思わず涙ぐんだ。


そしてジャルジェ将軍は王妃のねぎらいの言葉を聞き、はじめて人前で涙をこぼし、その場をはばからず号泣したのである。




**********




ベルナールの勧めでジャルジェ家にしばらく滞在していたロザリーは、ジャルジェ夫人が少し落ち着きを取り戻してきたのを見届け、ひとまずパリに戻る事にした。

オスカルがいなくなったことで屋敷がずいぶん寂しくなったことは彼女も肌で感じていた。

折を見て又訪れようと心に決めつつ、彼女はこれまで夫人に見せようかどうしようかと迷っていたアンドレの遺品について、意を決して相談を持ちかけた。


ロザリーは古ぼけた黒い冊子とロザリオを、アンドレが最後まで大事に取っていた品だと、遠慮がちに夫人に差し出した。


ジャルジェ夫人はそれらを大事そうに受け取り、特に水晶のロザリオを高くかかげてシャンデリアに透かして見せた。

それは繊細なカットによってキラキラと光り輝いている。



「高価な物だわ。ひょっとしてアンドレのお母様の遺品じゃないかしら」

夫人は彼の母親が豊かな商人の娘であることをばあやから聞いていた。
なので、何となくそんな気がしたのだ。


そして黒い冊子のほうは簡単な読み書きを教える本で、ずいぶん使い込んであり、女性らしい優美な筆跡で所々に覚え書きが記してある。

いずれも人を励ますような心暖かい内容で、信仰深い謙虚な言葉で埋め尽くされていた。


命の期限を知った母親が子供のために残すものはないかと考え、こうやって自分の想いをしたためたのではないかと思うと胸が熱くなる。

だが、その大事な子供がこの屋敷に引き取られたばかりに、結果として早く亡くなってしまったのかと思うと、夫人は少なからず責任を感じ、つい涙があふれてきた。


と同時に、いつの頃だったかアンドレに対し、オスカルを見守って欲しいと頼んだことも思い出され、彼の細やかな情愛と、約束を守る誠実な性質を、夫人は改めて感じていた。


彼は屋敷にとって単なる召使いの一人に過ぎなかった。
しかし、彼の存在はジャルジェ家の人々にとって大きな意味を残したのである。



「ロザリー、これはあなたさえ良ければ私に預けて頂けないかしら。是非大事に取っておきたいのです。オスカルの思い出の品と共に」


「私もそうして頂くのが一番よろしいかと思います」
ロザリーも又、涙を抑えることが出来なかった。


「私があの時、夫の言う事に反対していれば、このような悲劇は起きなかったのではないかと思うのですよ」
夫人は大きくため息をつき、オスカルを男として育てた事を少し悔いているようだった。


「奥様、どうかご自身を責めないで下さいませ。それならば私も自分を責めることがいっぱいあるのです」


「そうね、ロザリー。だけどオスカルを最後まで見守ってくれたアンドレの事を思うと、私はとても不憫に感じて仕方ないのですよ」


夫人の言葉にロザリーは少し考えているようだった。

だが、はっきりと言うべきことは言おうと、自分の思っていたことを切り出した。



「あの二人の事を誰かに話すと、皆がオスカル様の命に合わせてアンドレが亡くなったのではないかと言います。でも、私は逆だと思うのです。最後にオスカル様はアンドレのために何かしてあげることはないかと考えておられました。…だから、アンドレの命に合わせて、オスカル様がご自身の命を精一杯がんばって長らえさせておられたのではないかと、私には思えて仕方がないのです」



「ああ、ロザリー。そうなのかしら、オスカルは本当に…」

夫人は少し気持ちが和らぐような気がした。

オスカルはアンドレを心から愛し、二人はほんの短い間だけでも幸せな時間を持っていたのだろうか。



「死すら二人を引き裂くことは出来なかったのだと、私は信じています」
ロザリーはそう言って、小雨交じりの空を見上げた。



夏の午後はどんよりと重い雲が空を覆っている。

だが、その雲の上には天の御国があり、亡き人々が幸せに暮らしていると今は信じたい気持ちで、夫人も又、涙に曇る目で空を見上げるのだった。





2007/2/7/





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