−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。





-空へ-
(神、共にいまして)



革命はパリだけに止まらなかった。

地方でも同様にこれまでの制度が打ち倒され、市民が圧勝していった。

かつては、制度に逆らうと残虐な刑を科してきた特権階級側はすっかり立場が逆転し、同じ方法で貴族を懲らしめてやろうと手ぐすねを引く民衆の復讐心の標的となった。

貴族は追い立てられるように次々と外国へと亡命を余儀なくされ、命を危険にさらすことになったのである。

そして国王がフランドル連隊を呼び寄せようとしている事も民衆の怒りを増幅させた。

人民と和解したとは言え、宮廷と民衆には相変わらず深い溝が残っている。




バスティーユでの戦いは感情的なものを多く含んでいた。

しかし命の危機に直面した群衆にとって、事態を打開するために、何かを破壊せずにはおられなかった。

結果的に、貧しい住民に過ぎなかった人々の怒りと欲求は大きな推進力となって議会を助けたのである。

行き詰まっていた議会はバスティーユの成果を受けて再び勢いづいた。

だが、復讐に燃える民衆の憎しみは怖ろしく根深く、理性によって解決できるなどと言うほど生やさしいものではなかったのだ。
その推進力がやがて制御できなくなるのは目に見えていた。



やがて革命の炎は燃え広がり、ついにはそれまでじっと耐え、虐げられていた農民も立ち上がった。

特に農村部では、盗賊や国王の軍隊が攻めて来るといううわさが流れ、彼らは恐怖のあまり武器を手にしたのである。

そして領主に対して不公平な税を廃止するように要求し、又、場合によっては流血の復讐を果たそうとしていた。



平民とは言えそれぞれの立場の違いもあり、第三身分でありながら裕福なブルジョア層は相変わらず権力を保ち、農民や労働者が暴れ出して制御不能になることを恐れた。

彼らは地方での治安が低下したことを受け、各地で国民衛兵隊を組織し、ただちに治安の回復に力を入れ始めたのだ。


又、古い制度が無くなったからといって、たちまち世の中が安定するものでもない。

贅沢品の上得意客であった貴族がいなくなったことで高価な品物は売れず、職人の生活は追いつめられ失業者を増やすことになった。

経済の立て直しが急務となり、国王は大きな土木事業を計画し、失業対策として労働者をそこで働かせることにした。

バスティーユの解体もその事業の一環である。



新聞記者であるベルナールはあまりにも多すぎる情報を記事にまとめることに懸命になっていた。

その間、オスカルたちを看るのは妻のロザリーの役目になっている。



彼女は、二人が起きている時間がだんだん短くなり、特にアンドレがひどくやつれてきていることを心配していた。


「たまには私がオスカル様を見ますから、アンドレも少しは休んでちょうだい」
看病を任されているロザリーは彼の様子を見るに見かね、少しは休息を取るように頼んだ。


「ロザリー、お願いがあるんだが…」
アンドレは彼女の願いなど全く耳に入っていない様子で、自分の用事を切り出した。


「これをジャルジェ家の旦那様に渡して欲しいんだ。いや、今すぐじゃなくて、もっと後で…。もう少し落ち着いてからでいいから…」
彼はずっと手元に置いていた背嚢から、大事そうに布にくるんだ短剣を取り出し、彼女に渡した。


「何なの、これ。渡すって…、アンドレが元気になったら自分で渡せばいいんじゃないの」
手渡された短剣は金細工が施してあり、見るからに高価な物だ。

ロザリーは不親切で彼の願いを拒絶しているわけではない。
まるで最後の願いのようにして、彼から物を預かるのが嫌だったのだ。


「もう俺から直接渡す機会はないんだ。だから旦那様には、アンドレは約束を守りましたと伝えてくれないか」


「約束って」


「それだけ言えばわかるよ」
アンドレは微笑んだ。
そしてベッドで眠るオスカルに目をやり、黙り込む。


ロザリーは何も言えなくなり、部屋を出て行った。
オスカルを心配させまいとして、絶対に寝込まず彼女を見守るアンドレの姿に、彼女は胸を打たれたのだ。


彼はよほど目が痛むのか、今では食事にもほとんど手を付けない。

オスカルに至ってはバスティーユ牢獄の取り壊しを見てからというもの、ほとんど意識を失っているに等しい。


医者によると二人の状態は、本人たちの生命力に頼るしかないという事だった。


「奇蹟を信じてよろしいのですね」
と、食い下がるロザリーに対し、医者はもう何も答えなかった。




**********




「アンドレ、もう少しそばに来てくれないか」

オスカルは彼の身体を気遣い、もうひとりがどうにかして横になれるようなベッドの上に彼を招いた。

伏せっている彼女だが、アンドレのつらそうな様子はずっと気になっていた。
自分に構わず休んで欲しいと言っても、彼は「大丈夫」と笑って首を振るだけなのだ。


「これからもずっと、…ずっと私のそばにいて欲しい」


彼女はここ数日、らしからぬほど甘えるようなことを口にするようになっていた。
特に一人になるのを嫌い、アンドレをそばから離そうとしない。

あれほど自分を責め、苦しんでいた彼女だが、一度弱音を吐いただけで後は落ち着きを取り戻し、穏やかな表情を見せるようになっていた。


「いるよ、こうして。だから安心していい」
彼はオスカルの横に添い寝し、そっと細い腰を抱いた。

アンドレも具合は決して良いとは言えなかったが、いままでの人生の中で一番幸せな時は今なのだと実感していた。

愛する女性がこうして腕の中にいて、彼に優しい言葉をささやきかけているのだ。

それは幾度、夢に見た光景だろうか。




「私はずいぶんお前を苦しませた…、アンドレ。お前にもしもの事があったら生きていけないと思う反面、私は向こう見ずで、…あの時、跳ね橋を落とすために自分の命すら投げだそうとした。後で冷静になって振り返れば…アンドレがどんな思いで私に手を貸したのだろうかと思うと、自分の身勝手さが腹立たしい。でもお前はそんな私でも相変わらず見守ってくれている。アンドレ、教えてくれ。どうすれば私はお前の望む妻になれるのだろう」

オスカルはそっとアンドレの腕に頭を乗せた。
その仕草はまるで彼の答えをねだるようにも見える。


「お前はそのままでいいんだ。もしこの先、悩み傷つき、生き方を変たとしても、やはりオスカルはオスカルに変わりはないのだから。それに俺は決して苦しんではいないし、お前を想う気持ちは、今までもそうだしこれからも変わらない。たとえ苦しいと思うことがあっても、それは俺がお前のことを想い続けていられる幸せに他ならないんだよ」

アンドレは今、腕に感じる彼女の頭の重みをこの上なく幸せに感じていた。
このまま永遠に腕の中に抱き続けることは出来ないだろうかと思うと切なくなってくる。


「あれから…色々と考えていた。神様はどうして私を今しばらく生かして下さったのだろうかと。…今、やっとその答えが見つかったような気がするんだ。それはきっと私がお前のことを考えていたいと願ったからだと思う。神様は一番大事な人の存在に気付いて感謝せよと仰せなのだ。私を誰よりも大切に思ってくれるアンドレのことを…」


「そう言ってくれるだけで充分だよ」

アンドレは彼女の言葉に思わず目の奥が熱くなった。
だが、今は泣いてはいけないのだと自分に言い聞かせた。
もし涙で目が曇ると、一瞬でも彼女がぼやけてしまうからだ。


「以前はどうしても素直になれなかった。もし、お前に頼ってしまったら自分がだめな人間になってしまいそうな気がして」


「じゃあ、今は後悔しているのか」


「ううん、全然。私は今が充分幸せだし、もっと生きていたいと思う。ただ…もう少し元気になったら教会で結婚式が挙げたいと思っていた…。だけど…そんな事はもういい。…今は、一瞬でも長く、…お前の…腕の中で…」
オスカルは涙を浮かべ、弱々しくアンドレの手を握りしめた。


彼を見つめる澄んだ瞳は彼女の本心を何より物語る。

アンドレはたまらず彼女を抱きしめた。
なぜなら彼女の声はだんだんと小さく、途切れがちになってきていたのだ。


「大丈夫、すぐに身体は良くなる。そしたら又、お前は元のように自由に動けるようになるよ。結婚式もちゃんと挙げよう、みんなに祝ってもらって神様の前で…」

アンドレはついに涙を抑えることが出来なかった。
いますぐ教会に飛んでいき、彼女の手を握り、誓いを立てることができない自分が悔しい。



「私はこれほど心穏やかに、そしてわき起こるように自然に、お前の愛を感じることが出来る。…アンドレ…心から愛している。神の御前に立つ時も…永遠に…」


オスカルは小さく息をつくと静かに目を閉じる。

頬に一筋の涙が流れた。



「そうだ、以前よくそうしていたように、二人で森へ遠乗りに出かけよう。そして無邪気に楽しいことだけを考えていたあの頃のような時間を、もう一度取り戻すんだ。俺はお前と馬に乗り、一日中、心地よい風の中で戯れる…」


アンドレの呼びかけに、オスカルは答えなかった。



「眠ったのか、オスカル。…それじゃあ俺もそろそろ眠ることにしよう。ずいぶん疲れたし、長い眠りになるかもしれない。だが、もう俺はひとりぼっちじゃない。オスカル、お前とこれからはいつも一緒なんだ。これからずっと…」

アンドレもいつしか言葉が消えていき、やがて目を閉じた。





しばらくしてロザリーは二人の様子を見にやって来た。

彼女はオスカルたちの喜ぶ顔を想像して、微笑みを押さえられなかった。
なぜなら、アンドレからこの間、頼まれていた花が手に入ったのだ。

普段、花屋で働く彼女は店主に無理を言って、いつもは手に入りにくい白い薔薇の花を取り寄せていたのである。


彼女は静まりかえった部屋の様子をそっとのぞき込み、とても安らかに眠る二人の姿を見、あまりに幸せそうな寝顔に思わずはっと息を呑んだ。

そして、しばらくそっとしておこうと声はかけずにそのまま黙って扉を閉めた。




**********




ジャルジェ夫人はオスカルの部屋の空気を入れ換えるため、窓を開けようとしていた。

本来であればそのような用事は召使いの仕事だが、彼女はオスカルの部屋をそのままにしたいと考えており、あえて誰も出入りしないようにと伝えていた。


召使いの中で唯一、部屋に入ることを許されていたばあやは、オスカルの部屋を管理するどころではなくすっかり力を無くし、一日の大半を寝て過ごしている。

ジャルジェ将軍も死ぬまでばあやの面倒を見ると言っているため、屋敷の者たちが総出で彼女の世話をしていたが、最近ではますます弱気が目立ち、皆を困らせていた。

少し前、アンドレはどうやら生きているらしいと風の便りに聞き、一時はばあやも希望を取り戻したのだが、それでもやはり孫は大事なお嬢様を守れなかったのだと自分を責め、再び床に就いていた。

又、アンドレの安否も依然と知れず、本当に元気でいるのかどうかもわからない。
あれほど屋敷の人々に忠実に仕えていた彼が帰ってこないのは常識では考えられない。

屋敷の中ではもはや、アンドレも亡くなっているのではないかという考えが大半を占めていた。



この日は心地よい午後だった。

オスカルの部屋から見渡せる、屋敷の聖堂の屋根にはたくさんの鳩が羽を休めていたのだが、夫人の窓を開ける音に驚きバサバサと音を立て一斉に飛び立っていった。

部屋にはたちまち心地よい風が入ってきて、カーテンを優しく揺らしはじめる。


彼女はいまだにオスカルが亡くなったとは信じられなかった。

オスカルの最後の消息をを知るほとんどの者が絶望的と口をそろえても、血にまみれた彼女の軍服が人の手を経て戻ってきた時も、それでもどこかでひっそりと生きているのではないかと希望を持っていた。


しかしもし生きていたとしても、オスカルが決してこの屋敷に戻っては来ないことも充分わかっていた。

それがオスカルにとって、ジャルジェ家を守る唯一の手段に他ならないからである。

だが、もし二度と会えなくとも良い。生きて、生き延びて、心穏やかに暮らしていればそれで良い。

夫人は思わず胸を詰まらせた。




とその時、背後でガタンという物音がして彼女は思わず振り返った。


風のせいなのか、ベッドの脇に掛けてある帆船の絵が床に落ちたらしく、拾い上げてみると壁に引っかけるための紐がちぎれている。

どうやら紐が古くなっていたらしい。



「そういえばあの子、昔は船乗りになりたいって言っていたわ…」
夫人は帆船の絵を握りしめ、オスカルの幼い頃をなつかしそうに思い出していた。


「これは何かしら」
ふと彼女は絵の裏に何か小さな用紙が挟み込まれているのに気が付いた。


さっそく取り出し、二つ折りの紙を広げてみると「自由な風」とひとこと書いてある。

どうやらオスカルがこの絵のタイトルを思いつきで書き、絵の中に残したらしい。




「お行きなさい、あなたはもう自由なのよ…」

夫人の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。




**********




アントワネットはポリニャック夫人が去ったことにより、子供たちの新しい養育係を決めなければならなかった。

そして後任には性格の穏やかなトゥルゼル公爵夫人が選ばれ、アントワネットは王太子シャルルの養育について、彼の性質や思いついたことを書き綴り、養育係に渡そうとしていた。


男の子なら潔く、王としての威厳と冷静さを併せ持ち、などと王太子としてこうあって欲しいと書き進めるうちに、アントワネットはふとオスカルの事を思い出していた。

彼女も又、女でありながら潔く意志の強い心を持っていた。

父のジャルジェ将軍に似て頑固な性質とは聞いていたが、オスカルもまた頑固な上に律儀な性格だった。

それを思えば、性質などは性別に関係なく、その人個人の個性なのだわとアントワネットは思った。



オスカルは今はもう亡くなったのだと聞いているが、彼女にはいまだ信じることが出来なかった。

今もすぐそこのドアを開け、「王妃様、申し上げたい事がございます」と、すました顔で現れそうな気がする。

本当にいなくなったのかと思うと、思わず涙があふれてくる。



私はオスカルをどうして止めなかったのでしょう。
彼女はふと自問した。


それは彼女が女だったからだわ。

私や誰かのために生きるのではなく、自分のために生きて欲しいと私が願ったのですもの。

もちろん、オスカルも又、それを承知していたことでしょう。


アントワネットは自分に言い聞かせる。

女だからこそ自分のために生きて欲しい、それは自分に許されぬ事であり、オスカルに対する希望だったに違いない。



「オスカル。あなたの固い意志、そして最後までやり遂げる強い心。そんなあなたの力が今こそ私には必要なのだわ。あなたは決して死んだりなんかしません。私の心の中でいつまでも生き続けているのですから」

永遠に会えない今となって、オスカルとの友情は、互いに相手の中に自分の身を写す事で成り立っていたのではないかとアントワネットはしんみりと振り返っていた。


彼女はこれからも夫を助け、王政崩壊の危機を乗り越えていかねばならない。
だからこそ今、誇りを持って苦境を乗り越えていく力が必要なのだ。



アントワネットはようやくオスカルの心を知りたいと思いはじめていた。

自分のことを誰にも、何も語らなかったオスカル自身の事を。



オスカルが何を考えていたかはわからない。

ただ、彼女がいなくなってはじめて、あの深いまなざしと、今にも差し延べてくれるような白い手を、アントワネットはありありと思い出していたのである。




**********




国民の勝利の象徴として財務総監に復帰したネッケルではあったが、社会の混乱の中で財務を立て直すことは出来ず、やがて人望を失っていった。

八月四日には立憲国民議会は封建制の廃止を決議、同二十六日には人権宣言がなされ、個人の尊厳を高らかに主張した。

制度は不完全ではあるものの、近代化への第一歩を踏み出したのである。



だが、国王も黙ってはいない。

自らの権限を主張し、封建制度の廃止と人権宣言を決して認めようとはせず、議会の進行を妨げた。

アントワネットも又、民主制など決して認めることは出来ず、国王よりも固い意志で、絶対王政を取り戻そうとしていた。

彼女は窮地に立ったとたん、真に王妃としての誇りと自覚に目覚めたのである。



又、議員の中にも過激な改革を恐れる者がいて、革命がこれ以上進まないようにと考えていた。

あるいは全く反対の立場で革命を推進する者も負けてはおらず、議会のありかたについても、国王の持つ権限についても、議員たちの意見が様々に分かれた。



そしてラ・ファイエット候は人権宣言の起草に一役を担い、自由主義が古い体制を打ち破ったと讃えられ、時の人となっていた。

彼は自らがアメリカ独立戦争で見たような、常に自分の理想とする革命を思い描き、バスティーユ後のフランスを掌握していたのだ。

しばらくの間、彼は革命の英雄となり心地よい名声を得て満足していたのだが、社会の変化は彼が英雄であり続けるほど生やさしいものではなく、やがて民衆は彼の手に負えなくなっていく。



混乱と新たな国造りにはこれからまだまだ長い時がかかり、この後もバスティーユだけでは済まないほどの血と犠牲を要求するのだ。

そしてこれら一連の出来事はやがて世界的に影響を及ぼし、さらに大きなうねりとなって広がっていくのである。




終わり




2006/10/16/




up2007/2/24/up





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