−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。





-バスティーユ・後編-



人々が見守る中、オスカルは狙撃された衝撃で後ろに吹き飛び、地面に倒れ込んだ。



「オスカル!」
アンドレは倒れた彼女に思わず駆け寄り抱き起こす。


「…大丈夫…」
オスカルは苦痛に顔をゆがめ、うめくように言った。

とっさに避けたものの左の肩を打ち抜かれ、ひどく出血している。
息は荒く、あえぐたびに胸は激しく上下した。


「何が大丈夫なものか。くっそぉ、あいつら」
アンドレは牢獄の胸壁を睨み上げた。


最後の交渉は思いもしない形で終わった。

人々は牢獄の一方的な態度に業を煮やし、再び激しい戦闘が開始された。



この時、ド・ローネ侯爵はもはや話し合いで済まされる事ではないと判断したのだ。

彼は最後の最後で強硬な態度に出て、群衆に対して少しでも有利な交渉で生き残ろうと考えていた。

彼も又、必死になっていたのだ。



「止血だ。誰か、救護班」
アランは思わず叫ぶ。



「アラン、声が大きすぎる。…アンドレ、肩を貸してくれ」
オスカルは立ち上がるために彼の手助けを求めた。

そして彼女への銃撃によって市民がかえって逆上しないよう、今は静かに後ろに下がって休ませて欲しいと訴えた。


すぐさま彼女はアンドレに支えられ、人々が群がっている城壁から少し後ろに据えてある大砲の所へ下がり、応急処置を受けた。

そしてその間も、激痛に耐えながらも彼女は今の状況を短い間に見極めようとしていた。

彼女は決断を迫られていたのである。


市庁舎では一方的に市民側に不利と聞いていたが、こうして攻防を目の当たりにしていると、牢獄を死守する側、攻める側、双方は疲れ果てているように思えた。

銃撃はだんだんと集中力を欠き、倒される者が少なくなっている。


市民側は弾薬が底をつきはじめており、もはや当初の目的である弾薬を奪うことなど皆は忘れて、バスティーユを落とし、司令官を引きずり出せと感情的に騒ぎ始めている。


一方、群衆に囲まれ、籠城する牢獄側は遠からず降参するであろう。

シャン・ド・マルスに構える国王軍は動く気配を見せず、援軍を送り込んで来そうにない。
もはや勝敗は付いたも同然で、結局はこの戦いの決着として双方が納得できる落としどころが問題となる。

しかしそのような都合の良い結末などあるのか。



オスカルにすれば敵味方に関係なく、犠牲者をこれ以上増やしたくはなかった。

残された手段は衛兵隊が本気で戦闘に加わっていることを牢獄側に示すため、強行突破しかない。
だが、それにしても危険は伴う。



実はこの時すでに夕方になっており、牢獄の中ではスイス兵たちが空腹と疲労を理由に、ド・ローネ侯爵に降伏すべきだと迫っていた。


ついに追いつめられたド・ローネ侯爵は最後の賭けに出ることにした。

民衆側に対して、火薬に火を付けて自爆すると脅しをかけることにしたのである。

もし、それでも群衆がなだれ込んでくるのであれば、彼も死にものぐるいで反撃する決意でいた。




「自爆すると言っているぞ」

閉じられた城門の隙間からド・ローネ侯爵の伝言を受け取ったベルナールは大声でオスカルに報告した。


オスカルは彼の叫びにハッとなって思わず半身を起こそうとした。

だが身体に力が入らず、寒気が襲ってくる。
それどころか痛みのため、思わず首をそらし身体をひねることしかできない。


“…神よ…”
彼女は心で祈る。



「むちゃだ、お前はもう充分戦った」
アンドレはすっかり顔色を失ったオスカルの肩を引き留めた。

そう言う彼も又、傷ついた目の包帯が血に染まっていた。
負傷した傷口が開いたのだろう。



オスカルはむしろアンドレの具合を心配した。

自分のために傷ついた夫はどんな状況でも我が身を省みない。昨日の騒動でオスカルを守り抜き、重傷を負っているのはむしろ彼の方なのだ。

彼女はアンドレの様子に心が痛んだ。

彼のためにも、犠牲者をこれ以上増やさないためにも、戦いは一刻も早く終わらせなければならない。




「止めないでくれ、アンドレ。取り返しの付かないことになる。アラン、大砲の準備だ。三門でいい。城壁の跳ね橋の上部に向けて砲撃を開始する」
オスカルは一瞬切ない目をアンドレに向けたかと思うと、最後の気力を振り絞り立ち上がろうとしてもがいた。


このままではにらみ合いが続き、その間も死傷者が増えていく。

多くの犠牲者を出した民衆が決して引き下がるはずはなく、もしド・ローネ候が自爆を覚悟しているのであれば、今以上の死傷者を出し、大混乱を引き起こす可能性が高い。

追いつめられた彼のことである。残された時間はもうないかも知れない。



「よし来た、砲撃用意」
アランは兵士たちに彼女の命令を伝え、すばやく準備を整えた。



「オスカル。俺につかまれ」
アンドレはオスカルの固い決意に折れ、彼女に手を差し出した。

夫として妻を守りたい。そのためには妻の意志はどうでもいいのか、いや、そんなことはあるまい。

やはりこれまでと同じでいいのだ。今までも、そしてこれからも変わることはない。
彼女を尊重し見守るのが自分の役目なのだから。



アンドレの気持ちがわかったのか、オスカルは小さくうなずき彼の手を借りて立ち上がった。

そして背筋を伸ばし、すぐさま剣を抜くと、跳ね橋上部を指し示した。



「撃てっ」
オスカルの号令が響く。



そのとたん、三門の大砲からほぼ同時に弾丸が発射され、轟音と共に跳ね橋に命中した。

人々の歓声がわぁっと起こり、びくともしなかった跳ね橋はついに降参することを決め、あっけなく開かれたのである。




そして牢獄内に突撃しようとした人々はこの時、門の中に大量の火薬が積まれているのを目の当たりにした。

ド・ローネ候が自爆に備え、牢獄に有った火薬を設置していたのである。

もう少し砲撃が遅ければ、数多くの市民が爆発に巻き込まれ、多大な被害が出ていたに違いない。



一方、勢いづいた群衆がバスティーユになだれ込むのを見届け、オスカルは力なくアンドレの腕の中に崩れ落ちた。


「もうたくさんだ、もう充分だ。お前は充分戦った、こんな事はおしまいにしてくれ」
アンドレはオスカルが助からないかも知れないと思った。

肩からの出血は止まらず、彼女の身体は次第に冷えていく。

だが彼自身も又、相当な深手によってもはや動ける身体ではなかった。



「アントワネット様…」
オスカルは小さくつぶやく。

王妃と自分を結ぶ糸が、この瞬間、決定的にふっつりと切れてしまったような気がした。



自分の行為によって、この先、この国にどのような運命が待ち受けているのかわからない。

古いものを打ち壊し、人々は新しい世界を渇望して、たった今、まだ見ぬ先の暗闇に飛び出していったのだ。

希望という名の小さなたいまつをかかげて。



「隊長、大丈夫ですか。今、フランソワに医者を呼びに行かせています」
アランが心配そうに駆け寄って来て、次の指示を仰いだ。


その間も牢獄を囲んでいた人々は勝利に沸き、なだれ込んだ拍子に牢獄の兵士一名を殺害したあげく、指揮官のド・ローネ侯爵を捕らえて市庁舎に連行して行く。


「ド・ローネ候を…頼む」
オスカルは息をするのも苦しそうにしていたが、アランと兵士たちに対し、ド・ローネ侯爵と牢獄を守ってい兵士を護衛するように頼んだ。


アランがふと振り返れば、民衆は勝利の行進を始めており、喜び勇み疲労も吹き飛んだ様子で剣を振り上げ、歓喜の歌を歌い始めていた。


命を落とした者たちの屍を残し、そして牢獄を落とすために尽力した者をすっかり忘れたまま。



「アラン、どうしたんだ、早く行け。あの市民たちの行進に加わるんだ」


「いや、だけど隊長が」
アランは他の部下たちをド・ローネ候の護衛に付かせ、自らはここに居残ろうとした。


「これが隊長として最後の命令だ。お前たちは私とは違う。私を乗り越えて先へと進むのだ…」
オスカルはアランに有無を言わせなかった。


「早く行け」


「隊長…」
彼は躊躇していたが、唇を噛みしめながらようやく立ち上がった。


「…お前の目でしっかりと未来を見届けてくれ」
オスカルはそう言い残すと静かに目を閉じた。


アランはただがむしゃらに走っていった。
目の前はかすんで何も見えなかった。




**********




「誰か、助けてくれ。この人たちの手当を…」


アランたちが去った後、牢獄の周辺に取り残されたのは哀れなけが人と、おびただしい犠牲者の遺体ばかりになっていた。

ベルナールと妻のロザリーは群衆の行進には加わらず、少数の心ある人たちと共に、けが人の救護に当たっていた。

しかし町の医者も行進に加わったのかどこにも見あたらない。


自分の命も省みずバスティーユの城門を開いた人物を放置し、牢獄を死守していた兵士を殺し、指揮官を捕らえて行進を始める群衆を、ベルナールはひどく冷めた目で見送っていた。

だからこそ今、彼とロザリーは、名も無き人々のために黙々と戦った二人をどうにかして助けたかったのである。



動けなくなったアンドレは覚悟を決めたようにおとなしくうずくまり、腕の中にいるオスカルが少しでも息を吹き返さないものかと悲壮な面持ちで様子を見ていた。

彼が懸命に呼びかける中、そのかいあってかオスカルはかすかに意識を取り戻す。

彼女は夫の顔を見ると満足そうな笑みを浮かべ、目に涙をにじませた。



「オスカル、しっかりしてくれ」
アンドレは懸命に呼びかけた。


その時、彼女の唇が「お前に出会えてよかった」と動いたような気がした。


「…俺もだよ、オスカル。お前と出会えて本当に良かった。俺は心からお前を愛しているし、一生かけて守っていく。だからもう一度目を開けてくれ」


彼の残された右目には思わず涙があふれ、ただ彼女を抱きしめるしかなかった。




**********




オスカルの命令を受け、衛兵隊の兵士らは連行されるド・ローネ侯爵を出来る限り護衛していた。

しかし勝利の行進を続ける民衆は興奮し、凶暴なまでに盛り上がっており、指揮官を処刑しろと叫んでいる。
アランたちは人々を静めようとやっきになったのだが誰も聞く耳を持たない。


制御できないほどの激しい感情がバスティーユの戦いの後に吹き出しはじめていた。
積年の恨みと憎しみはこれほどまでに人々を凶暴にさせるものなのか。

この分ではド・ローネ候を守り通すことは出来そうにない。
アランは自分の無力さを痛感した。


彼にしても、未来がどのようなものになるのか全くわからない。

ただ、オスカルから託されたものが、アランには非常に重く感じられていた。




同じ頃、宮廷ではバスティーユ襲撃の知らせを受けていたが、よもや三万人の兵士が駐屯するパリで敗北するとは思いもしていなかった。

だが、刻々と変わる状況を聞き、次第に凍り付いていったのである。



その日の夜になって、パリでは突然の大雨が降った。

戦いの血を全て洗い流すかのような雨は一晩中降り続き、この日の悲劇すら跡形なく流し去っていったのだ。




七月十四日、ひとつの要塞のために多くの命が犠牲になった。

しかし人々が団結してバスティーユを落としたことは、新たな時代を切り開きくための突破口になったのである。




2007/1/14/




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