−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。





-バスティーユ・前編-



バスティーユ牢獄の開け放たれた城門の中には中庭があり、人々は一気になだれ込むと粗末な武装のまま二つめの城門へと向かった。


だが、それこそ難攻不落の門だったのである。

先頭切ってなだれ込んだ人々は堅固な門の前で立ち往生し、牢獄の窓から銃の照準を合わす兵士たちの姿を見上げてぞっとした。

しかしもはや逃げ出すことはできない、彼らは前に進むしかなかった。

群衆を指揮する者の中には、下町で身を売って生活するような貧しい女たちもいた。
その形相には、これ以上生活を締め付けられるともう生きていけないという焦りが表れている。

彼らはこの戦いに敗れると後がないほど追いつめられていたのだ。


この瞬間、突発的に起きた事態に対し、牢獄を守る側もそして攻める側もほぼ同時に非常事態を感じ取っていた。

互いに緊張感が高まり、絶頂を迎える。


そんな中、誰かがたまらず銃の引き金を引いた。




**********




たちまち戦闘が始まった。

一七八九年七月十四日。
歴史に名高いバスティーユ事件の勃発である。


狙い定めた牢獄の兵士たちの銃撃によって市民側に死者や負傷者が続出する。

どう見ても堅牢な牢獄に守られた守備側が圧倒的に有利だ。

慣れぬ手つき銃を扱い、反撃する市民側に被害は広がる一方で、その間も委員会の使者が牢獄に入り、即座の停戦と明け渡し交渉を続けていた。




「今日は人が少ないな」
パレ・ロワイアルにほど近い教会で忙しそうに怪我人を診療していた医師は、通りを行く群衆がいつもより少ないのに気が付いていた。


「廃兵院かバスティーユに行ってるんじゃないですか、朝から大騒ぎでさぁ」
昨日の騒動で怪我をした一人が答えた。


「それにしてもあの男はどこへ行ったんだ、ひどい怪我をしたというのにいなくなるとは」
確か黒い髪をした衛兵隊の兵士だった。指揮官の女も一緒にいたはずだが、気が付くと二人ともいない。

医師は昨日、教会の小部屋に寝かせた二人がどこかへ行ってしまったのを不満に思っていたのだ。


「あの状態で動こうなんて無茶だ」
医師は心配げにつぶやいた。




**********


その頃、オスカルと衛兵隊の一行は廃兵院を出た群衆の護衛に付いており、思ったより手間取っていた。

この日、国王の軍隊とはほとんど遭遇しなかったのだが、群衆は時々統制が乱れ、行く道順などの些細な意見の違いで小競り合いに発展していた。

彼女らはそのたびに人々に対して頭を冷やすように諭したり、道の誘導をしたり、あるいは興奮して沿道沿いの金持ちの屋敷に石を投げる男達を牽制した。

それでなくとも大砲は重く、慣れぬ手つきで運ぶしかないのだが、そんな困惑した人々をフランソワやジャンたちが手際よく手伝っていく。


だが、バスティーユ牢獄はどうなったのだろうかとオスカルはふと考える。

ベルナールはどうしても気になると言い残し、オスカルたちと別れてバスティーユへと向かって行った。
彼の言葉ではないが、オスカルも又、牢獄の様子が気になっていた。



「隊長、よそ見ですか」
アランは考え事をしていたオスカルの様子に気付いたらしい。


「アラン、私はみんなと別行動を取った方が良かったのではないだろうか。私のために我々の隊は孤立してしまった」
彼女は自分が元部下たちの立場を不利にしてはいないかとふと思ったのだ。


「隊長、そんなこたぁないですよ。俺たちは上手くやっている」


「だが、お前たちは私とは違う。新しい時代のために古いものは捨てていけるのだぞ」


「相変わらず律儀で固い人だな、隊長は。別に難しく考える必要はないもんですよ。みんな自分がやりたいようにやってるし、好きで隊長と一緒にいるだけです。どっちかと言うと隊長こそどうして俺たちと一緒に戦おうって思ったんです」


「わからない。ただそうしたかっただけなのだ」


「隊長は俺たちの仲間だからでしょう」
アランはさも当たり前そうに言った。


「そうだなアラン。多分、お前のその一言が聞きたかったからかも知れぬな…」
オスカルはアランの励ましの気持ちが嬉しかった。


「はぁっ」
アランは思わず聞き返す。
何のことか彼にはいまひとつピンと来ない。


「だけど隊長が、どうしても俺たちと離れた方が都合が良いのなら…もし安全なところへ行きたいって言うのなら引き留めねぇよ。ただしその時はアンドレの奴も連れてってくれ」


「馬鹿だな、何を急に…」
オスカルはまだ誰かにアンドレを夫として呼ばれることに慣れていない。
話が彼のことに及ぶと、たちまち言葉が詰まってしまう。


この時、アンドレは二人の会話を黙って聞いていた。

彼は負傷していたが、休むことなく一兵士としてオスカルと行動を共にしていた。

アランや他の兵士も二人の事情を知っているせいか、アンドレがどうしても彼女と一緒にいたいという決意を邪魔しない。

少なくとも医者がアランたちに彼の状態を告げなかったのはアンドレに幸いした。
そうでなければ出撃自体を止められていたに違いない。


だがアンドレは怪我が元で熱を出していた。左目の傷はうずき、朝よりもさらに身体は重く、背中に悪寒が走る。

今までにないほどの不調に見舞われ、馬にまたがっていることすらつらい状態だったが、オスカルを残して隊を離脱することは考えられなかった。

何より、彼女の方がずっと以前から身体の不具合を抱えながらも第一線を離れようとしない。

彼も又、決してくじけるつもりはなかったし、命をかけても彼女と共にいたかったのだ。


しかし、不調で黙り込むアンドレの様子に気付かぬオスカルではない。

時折、心配そうに振り向く彼女に対し、付き添うアランは「俺が見てます、大丈夫」と言うふうにして相づちを打つ。

こういう時に信頼の出来る仲間がいることは非常に心強いものだとオスカルは実感していた。


今、彼女自身も疲労が蓄積し、気力で動いているに過ぎない。

夫であるアンドレ、そしてアラン、フランソワやジャン、あるいはラサールをはじめ他の部下たちの心が一つになって彼女を支えていることが、どれほどオスカルの心を励ましているだろうか。

身体の不調とは裏腹に彼女の心は研ぎ澄まされており、団結した仲間の想いが心地よく胸に染みいってくるのをありありと感じていた。



心うち解ける仲間がいると言うことは素晴らしい。
私がずっと望んでいたものがここにあるのだとオスカルは感じていた。




やがて彼らが大砲を引きずり、バスティーユにあとわずかという所にたどり着いた時には午後遅くになっていた。


そしてちょうど市庁舎の前までやって来た時、オスカルたち衛兵隊の兵士らは現状を伝えたいという委員会に呼ばれて行進から外れた。




**********




委員会から報告を受けたオスカルはがく然とした。

すでに市民側に死者が百人近く出ていること、そして負傷者も多数出ており、事態の収拾はとても難しくなっていると聞かされたのだ。

バスティーユを自分たち委員会の力だけで交渉し、明け渡しを迫ろうという市長フレッセルのもくろみはあてがはずれていた。

画策した当の市長本人は事態の深刻さに我を失い、及び腰になっている。


「我々が最初から行けばよかったのです」
と、怒りもあらわにするオスカルだが、委員会の打算がどうあれ、もはや済んだことを言っても仕方がない。


委員会の話では、間もなく交渉に入る予定だが、牢獄側もかなり追いつめられており非常に危険な賭けになるのだと言う。

状況から見てこれが明け渡し交渉としては、万に一つの可能性にかける最後の機会になるのは間違いない。

とにかく今は最後の交渉に臨み、どうにかして群衆が納得する形でバスティーユを明け渡すように事態を収めなければならない。


「私が交渉に立ちましょう」
オスカルはそう言わざるを得なかった。事態は一刻を争う。

もはや話し合いは無駄と思われた。
多大な犠牲者を出した市民側が譲歩するとは思えず、バスティーユにいるド・ローネ侯爵もむざむざ降伏して無傷で済むとは思ってはいまい。

しかしこれで最後という交渉に、彼女はかすかな可能性を見いだしたかったのだ。




ちょうどその頃、バスティーユには廃兵院から運ばれてきた大砲が到着していた。

だが、その場に集まってた民衆は使い方がわからない。
そうこうしているうちにも負傷者は増えていく。



「衛兵隊の兵士はどうした」
ベルナールは叫んだが、そこにいた誰もが、オスカルたちが市庁舎に呼ばれて行ったことしか知らなかった。


「使い方がわからなければ大砲もただの鉄くずだ」
銃声が鳴りやまぬ中、彼は悪態を付いて砲身を蹴飛ばした。


「ベルナール」
その時、オスカルの声が背後から響いた。


「事情は聞いた、後は我々に任せてくれ」
市庁舎から追加の大砲と、オスカル率いる衛兵隊の兵士らが到着したのだ。


「オスカル・フランソワ。もうこれ以上、市民に犠牲者は出したくない、どうにかしてくれ!」
ベルナールは昼からずっとバスティーユの攻防を見続け、劣勢の市民側を見守っていた。
だが、怒りも絶望もすでに限界に来ていた。


相変わらずバスティーユでは機会を伺って交渉が続き、市民代表は牢獄にある武器の引き渡しと、牢獄の胸壁にある大砲の撤去を迫っていた。

ド・ローネ侯爵はこの交渉にあくまで首を横に振りつづけている。

当初のような楽観からではない。
包囲する群衆が命がけでバスティーユを落とそうとしていることに対し、次第に命の危険を感じはじめ、どうやったら我が身を守ることが出来るのかと思いめぐらすものの、全く良い方法が浮かばず途方に暮れていたのである。



オスカルはこれが最後という交渉の代表として出ていくことになり、戦闘が続く中庭に進み出て、交渉のための小さい白旗を揚げた。

傍らにはずっと離れずにいたアンドレが付き添い、アランも又、二人と行動を共にしている。

人々は一瞬、攻撃の手を止め、成り行きを見守った。



だが、彼女がド・ローネ公爵に向けて発するはずの停戦の呼びかけは、牢獄の窓から放たれた一発の銃声で遮られたのである。



2007/1/14/




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