−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。





-廃兵院-




7月14日。
早朝から人の流れは廃兵院へと向かい、その数はだんだんと増えてきていた。

民衆は昨日からあらゆる場所にしまい込まれていた武器を奪い武装していたが、まだまだ武器は足りない。

もし軍隊が攻めてくるのなら、一丁でも多くの銃が必要だ。

誰が先導したというものでもないのに、彼らはそうしなければならないと決意し、廃兵院に保管されている武器を奪取しようと集まってきたのだ。


このような非常事態になった事の発端は、国王がパリに三万人の兵士を送り込み、民衆に対して武力を行使しようとしたからである。

元々それは単に市民を威圧するためだけの計画に過ぎなかったかも知れない。


しかし三部会に始まる民衆の熱狂はもう誰にも止める事は出来なかった。

たとえ誰かが「国王の軍隊がパリに集まったからと言ってどうと言うものではない」と言ったところで、それに耳を傾ける者はいまい。

追いつめられた人々は本能に突き動かされるようにして武装し、国王の威圧に抵抗しようとしたのである。

又、パリに終結した国王軍の兵士たちも、民衆に対して銃を向ける事に積極的ではなかった。


民衆はもはや押さえつけられることに我慢できず、ついに立ち上がった。

武器を使いこなす事など出来ぬような洗濯女までが戦いに備えて重い剣を携えているのだ。
もしも彼らと衝突することがあるとすれば、たとえ戦闘集団である兵士にとっても容易に鎮圧できるとは思えなかった。


この朝、廃兵院に集まった民衆は少なく見積もって約一万人ほどである。

群衆の中にはブルジョア層の人間ははあまりいない。その半数以上は職人や商人など、下町に住む平凡な人々だった。


一見、着の身着のまま集まった男や女たちは、比較的冷静な表情でそこにいた。

決してパリ市庁舎からの命令があったわけではない、市民軍が出動したのでもない、どちらかと言えば改革を指揮するブルジョアではない民衆たちが自然発生的に集まり、一つの目的を持って団結していったのである。

もしこの時、政治的な意図を持った誰かが民衆を扇動していたとしても、この際、あまり重要ではない。

人々はすでに自分たちのなすべき事をはっきりとわかっていたのである。



しばらくしてパリの委員会が市民の代表と称して現れ、武器の引き渡しの交渉に入った。

一方、武器を管理する兵士たちはほとんど彼らに抵抗を示さなかった。
もし反抗したとしても、群衆の多さに圧倒されて拒否できなかったに違いない。

だが兵士らも又、自分が正しいと思うほうになびいたのである。たとえ、昨日まで国王が絶対だと信じ込まされていたにせよ、今は心から望むものを信じようとしたのだった。

彼らの大半も又、民衆と同じく身分は平民だった。


すぐに十二門の大砲が廃兵院から運び出され、人々の流れは次の目標バスティーユ牢獄へと向かった。

実は廃兵院でようやく銃を三万丁ほど手に入れた彼らだが、ここには肝心の弾薬や火薬がなかったのだ。


しかしそれまで冷静だった彼らだが、次の目的地に向かい始めたとたん、「パンをよこせ」と勢いづき、それから次第に誰からともなく「バスティーユ!バスティーユ!」と口々に叫び、憎しみの炎を燃やし始めた。


当時、バスティーユ牢獄に囚人は七人しか収監されておらず、群衆の目的は彼らの解放ではなかった。

この牢獄は元々、パリ市を守る要塞であったが、ここにはかつて体制に反対した政治犯が収容された経緯があり、絶対王制の象徴としてそびえ立つ塔は人々の憎しみの的になっていた。

何より彼らを怒らせたのは、バスティーユ牢獄の塔の胸壁に据えてある大砲がパリ市街に向けられ、市民を威嚇していたことである。


この牢獄がある限り、民衆は権力の影におびえ、圧政に苦しんだ過去を引きずらなくてはならない。

重い十二門の大砲を引きずり、分配された銃を携えてバスティーユへと流れる人々の胸に、いつしか武器を奪取する事よりも、牢獄そのものを打ち破り、制覇したい気持ちのほうが大きくなっていった。


シャン・ド・マルスに駐屯していたブザンヴァル将軍は、これら民衆のただならぬ動きを朝のうちに察知していたのだが、彼が率いる三万人の兵士は戦闘意欲を失っており、出撃不能に陥っていた。

又、朝から廃兵院に詰めかけた民衆はただの野次馬ではなく、明らかに体制を打ち倒す勢いで団結している。

さらにパリ市庁舎に構える委員会は市民軍を立ち上げ、戦闘準備を整えていたため、そう簡単に彼らを蹴散らすことはできそうになかった。

ブザンヴァル将軍は軍隊を率いて群衆を鎮圧する自信を無くしていたのである。




**********




オスカルが目覚めたのは朝、それもずいぶん遅い時間になってからだった。

正しくは気を失っていたというべきだろう。

どこかの教会の小部屋なのか白いしっくい塗りの壁には木の十字架が掛けてあり、彼女は粗末ながら清潔なシーツが敷かれたベッドに寝かされていた。



頭がひどく痛み、少し寒気がする。

頭には大きな包帯が巻かれており、昨日興奮した群衆に襲われたことも少しずつ思い出した。

そしてとぎれがちな記憶をたどり、彼女は思わずはっとなって半身を起こした。
アンドレが身代わりになってひどい目にあったことを思い出したのだ。


だがすぐ横に並べられた狭いベッドで彼が横たわっているのに気が付き、オスカルはなおさらひどく驚いた。

顔には生気がなく、左の目に大きな傷を負っているのか包帯は血がにじんでおり、一瞬、彼が死んでいるのではないかと思ったのだ。

しかし息をしているのにすぐ気が付くと、ほっと安堵のため息をつく。



アンドレは彼女の気配を察し、うっすらと目を開けると手を差し出した。


「アンドレ、大丈夫だったのか…」
オスカルはできるだけそっと彼の胸に頭を載せ、静かに両の腕に抱かれた。

彼がどこを負傷しているかよくわからなかったのだ。


「一応、何とか生きてるな」
アンドレは彼女を腕に抱き、これ以上心配しないように冗談めかして答えた。


「お前の目、どうなんだ」


「さあ、わからん」
とぼける彼だが、医者からは絶望的だとは言われていた。


「私のためにお前が犠牲になった。お前を守れなかったなんて…」
オスカルは自分のうかつさを後悔した。


「よしてくれ、男が女に守られたら立つ瀬がない。あれはお前のせいじゃない」
あの場は仕方のなかったことだとアンドレにはわかっていた。


「私のせいでお前にもしものことがあったらと思うと…とても耐えられない」
オスカルは今までそうであったように、彼に見守られていることがこの上なく幸せなのだと改めて感じていた。


今までどうしてこの男の愛情に気付かずに生きてきたのだろうと、自分の無知を情けなくも思う。
そしてアンドレを夫にして本当に良かったと言う想いと、二人を結びつけた神様へ感謝の気持ちがこみあげてくる。

この幸せを失いたくない。



「何でもそうすぐに自分のせいにしなくていい。…お前はいつもがんばりすぎだよ」
アンドレは微笑んだ。


だが、どうして二人だけでこのような小部屋をあてがわれているのかと、オスカルが気が付くまでさほど時間はかからなかった。

他にも怪我人はいたし、普通なら彼女はひとりでいるべきではなかったのだろうか。


「昨日、俺がばらしてしまったからだよ」
アンドレはばつが悪そうだった。

とっさのこととは言え、衛兵隊の仲間や群衆のいる中で、彼女を自分の妻だと叫んでしまったのだ。

後でアランたちにさんざんからかわれたのだが、幸か不幸か大けがをしているせいか気遣いながらの冷やかしで済んでいる。

しかしオスカルも又、思い出すと非常にはずかしくなり赤面した。



とその時、小部屋の外でベルナールが気配を感じ、妻のロザリーに二人の世話をするように言った。




**********




遠慮がちに小部屋へ入ってきたロザリーは、すっかり泣き腫らした目でオスカルにひざまずいた。

「ご無事で何よりです、オスカル様。ずっとお目覚めにならないのでこのまま死んでしまわれるのではないかと心配しておりました」


「顔をお上げ、ロザリー。私はそう簡単には死なないし、みんなが守ってくれている。お前もそのうちの一人なのだよ」
大げさな頭の包帯を取り去り、ベッドの端に腰掛けていたオスカルは彼女の肩に手を置き、そう言って諭した。


「オスカル様…、それはもったいないお言葉です」
ロザリーはようやく顔を上げた。


「お前の素直で明るい心が今まで私をどれほど慰めてくれていただろう、私は感謝しなくてはいけないな」
オスカルは微笑もうとした。

だが急に胸が苦しくなり激しく咳き込む。
夏風邪の症状は全く癒えておらず、彼女は力なく再びベッドに横たわった。


ロザリーはもう少し休んで欲しいと言い残して部屋を出て行き、アンドレはそう簡単にオスカルがおとなしく寝ているはずはないだろうと、内心、落ち着かないでいた。

彼自身も深手を負っている。

ひどく傷ついた左目だけではなく、身体のあちこちは痛み、両手足は鉛のように重い。
もしかすると自分はオスカルの足手まといになるかも知れないという不安すらある。



「オスカル様はとてもしっかりとされていました。でもひどくお疲れの様子で…」
ロザリーはベルナールに二人が目覚めたことを伝えた。


二人が運び込まれたこの教会はパレ・ロワイアルにほど近く、ベルナールもまたここを拠点にしていた。

アランも昨日からここに留まり、オスカルの代わりに情報を集め、部下たちをまとめている。



しばらくしてようやく立ち上がることが出来たオスカルはアランから現状を聞き出していた。

早朝から廃兵院に群衆がなだれ込み、武器を奪取したこと。
そして人々は次にバスティーユ牢獄へ弾薬を得るために行進を始めていること。



「国王の軍隊はちっとも動いてません。バスティーユも人でいっぱいになってますが、今のところ地元の代表が交渉しているから大丈夫でしょう。だけど状況なんて何時どうなるかわからねえもんですがね」
アランにしても先のことはわからない。


「だが行かねばなるまい」
オスカルは昨日のド・ローネ公爵の緊迫感のなさが気になっていた。


群衆は殺気立っている。虐げられていた者がひとたび反撃に出た場合、これまでの仕打ちに対する報復が始まることは充分にあり得る話だ。

その事実にド・ローネ公爵が気付いた時、泥沼のような攻防戦が始まらないとは言い切れない。

何事も犠牲者を出す前に、決着は早いほうが良いのだ。




だが、オスカルはここで意外な妨害に遭う。


「今、我々の代表がバスティーユに入り交渉を重ねている。もし諸君らが武装して出動すればド・ローネ候がかえって警戒してしまう」
市庁舎からやってきた市長の使者は彼女らにバスティーユへは近づくなと言う。

武装兵が牢獄を包囲すれば事を大きくするに違いない。

バスティーユに軍隊をよこせば決して交渉はしないと言うド・ローネ候の言い分を尊重したいというのだ。

パリの留守部隊にいた兵士らも今日は市街の攻防戦に出払っており、牢獄へは近寄っていないらしい。


実は市長のフレッセルはオスカルたち衛兵隊がバスティーユに向けて出動するのを快く思っていなかった。

彼はアベイ牢獄の解放事件の際、オスカルが群衆に拍手をもって迎えられていたことを鮮明に記憶していた。

もし今、彼女のように人望を集める人物が目立つ行動をすれば、誰が指導者かわからなくなってしまう。


彼が市民軍や留守部隊の兵士らをオスカルから遠ざけたのも、彼女の勢力をこれ以上広げさせたくなかったからだ。

利害関係に敏感な者にとって、かえってオスカルのように無欲な人間こそ、得体が知れない人物としか写らない。

それに彼はバスティーユ牢獄が無秩序な群衆の力で奪取されることを心から歓迎しておらず、何としてでも自分たちブルショア層が主導権を握って穏便に事を進めようという打算があった。


委員会も又フレッセルとおなじく、オスカルと衛兵隊の兵士が牢獄の明け渡しに活躍して英雄視されることになれば、今後の力関係に影響するであろうと危機感を感じていたのだ。



「出来れば諸君らは廃兵院で武器を手に入れた人たちを護衛してくれないだろうか」
確か廃兵院に早朝から押しかけた群衆は武器と大砲を手に入れ、今はバスティーユに向けて行進しているところだ。


フレッセルはオスカル率いる衛兵隊をバスティーユから遠ざけようとしたのだ。

民衆を制御するだけではなく、宮廷にも通じ、自分たち以外に民衆やオスカルが今後勢いを持たないようにと願う彼だったが、それ以外にも心の片隅に、女であるオスカルが表舞台で活躍することに対する抵抗があったのである。


どうせオスカルや衛兵隊の兵士たちが廃兵院から武器を運んで来ようとも、バスティーユに到着するまでには全て終わっているだろう。

フレッセルも委員会も、この日の出来事がどういう結果を生むのか、よく理解できていなかったのだ。




**********




廃兵院で勝利した民衆がバスティーユに向かっていた頃、すでにバスティーユでは市民の代表が火薬と弾薬を差し出すように牢獄側との交渉に入っていた。

近くのサンタントワーヌ街に住む労働者たちも朝から建物を取り囲み、各自粗末な武器を持ち、交渉の成り行きを見守っている。

なぜなら市民の代表を追って、彼らの住む地区からも交渉のための代表が牢獄に送り込まれていたのだ。

サンタントワーヌ街は貧しい者が多く住んでいる。彼らは不公平な世の中を恨み、怒りは爆発寸前になっていた。


バスティーユには二つの城門があり、一つめの城門は比較的簡単に侵入できるようになっていた。

委員会の代表はこの城門から入り、司令官室に招かれていた。
彼らはあくまで流血なく平和的に事を進める予定だったのだ。


この時、バスティーユ牢獄の司令官はド・ローネ侯爵という人物だった。

その他には老兵が約八十人、スイス人傭兵シャトーヴィユー連隊の三十人余りが牢獄を守っている。


委員会の要求は武器の引き渡しと牢獄の明け渡しである。
だが、ド・ローネ侯爵は民衆の力を完全に侮っていた。


パリには国王が集めた軍隊が集結している。

ましてバスティーユは堅牢な造りなのだ、そう簡単に落ちる事はないと高をくくっていた。

彼は交渉に対して明言を避けつつ、結局、代表者たちに一歩たりとも譲るつもりが無い事を態度で示した。



昼前になってバスティーユに詰めかけた人々のいらだちは頂点に達した。

交渉にもたついた代表たちの帰りが遅すぎたのだ。

群衆の心理は待たされたいらだちから怒りに変わり、ささやき声はいつしか「バスティーユを落とせ」という叫びとなって戦いの本能に火がついた。

数人の男たちが牢獄の屋根によじ登って城内に忍び込み、一つめの城門を閉じていた鎖を断ち切った。

上がっていたはね橋が架けられ、ついに城門は開かれたのだ。





2007/1/14/




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