−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。

特に、オスカル様はバスティーユでかっこよく散るに決まっている!原作と同じ展開で、行動も原作通りのオスカル様じゃなきゃダメ!と言う方にはお勧めできない内容になっています。

それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。





-混乱・後編-



市庁舎を出た群衆はそのままパレ・ロワイアルに向かっていた。

パレ・ロワイアルなら何か新しい情報が入っているに違いないと彼らは考えていたのだ。

武器はまだまだ足りなかった。
彼らは相変わらず危機感を感じ、武器を探し求めていたのである。


オスカルは兵士たちに指示して群衆の流れに沿ってパレ・ロワイアルへと急がせ、自らは数人の兵を連れ、バスティーユへと向かった。




**********




バスティーユ牢獄を守るのはド・ローネ侯爵と言い、物腰の柔らかな将校だった。

だが人当たりの良い反面、彼は優柔不断そうで、オスカルの訪問に対し、のらりくらりと対応するばかりだった。


「市内の状況から見てここも群衆に囲まれる危険性があります。そうなればあなたの安全も保証できない。状況を見てすみやかにここから退去なさって下さい」


「そこまで神経質に考えることもないでしょう、ここはそもそも要塞です。それにいざとなれば駐屯している軍隊が援軍を送ってくれるに違いありませんからな」
ド・ローネ侯爵はパリの状況を楽観的に判断していた。
オスカルに対しても平常時と変わらぬ様子で、最近手に入れた中国製の壺を大事そうに撫でている。


「それにしてもジャルジェ准将は誰の味方をしているのです。そんなに平民どもに肩入れしたところで何の得にもならない。それを言うならあなたも安全なベルサイユに帰られたらいかがですか」
彼はオスカルの提案を不快に感じていた。

みすみす群衆に背を向けて逃げ出せと言われているようで、彼は誇りを傷つけられたような気がしたのだ。


「私についての心配はご無用、お引き取り下さい」
ド・ローネ侯爵は最後に冷たく彼女を追い出した。


オスカルがバスティーユ牢獄を出た時、まるで彼女を拒否するかのように、堀の跳ね橋は牢獄を守る兵士たちによって即座に上げられた。


確かにここは堅牢な牢獄ではある。

この牢獄がかつて政治犯を収容し、国王に逆らう民衆を震え上がらせた絶対王政のシンボルであったことは誰もが知っている。

だが、どうであろう。絶対に崩せないと信じていた王政が今は揺らぎはじめているのだ。

パリの人々はまるで獲物を探すかのように目の色を変えている。

どうしても手に入れたいものがそこにある限り、がむしゃらに立ち向かっていくのではないだろうか。

彼女は民衆の底力は本当に強いものだと、恐れを持って確信していたのだ。




**********




パレ・ロワイアルに向かった兵士と合流したオスカルは、ここで異様な熱気を感じ取っていた。

過激な演説や扇動、あらゆる犯罪、膨大な情報が錯綜する場所でもあるこの回廊には、様々な思惑を秘めた人たちでごった返している。

そして多くの者が興奮気味に騒いでいるのは、再びシャン・ド・マルスを出発したランベスク公が、デモ行進をしようと集まった群衆を攻撃するためにこちらへ移動していると聞きつけたからだ。



「あいつら貴族はどうしても俺たちを力でねじ伏せたいらしい。軍勢で押しかけられたらまた怪我人が出るだけだ」
ベルナールはざわつく人混みの中でどうにも落ち着かないらしい。

その気になれば群衆を扇動できる立場にいる彼にすれば、もしたとえ軍隊が攻めてきても彼のせいではないにせよ、少なくともここに人が集まっている事にいくらかの責任を感じている。


「あ、いや、だけど貴族も色々なのだが…」
そんな彼もオスカルの事を考え、つい言い過ぎたかと言葉をにごす。


「我々もこのように人の多いところでむやみに戦えない。発砲は危険だしかえって身動きが取れぬ。しかし対抗する手段がないわけではない。ベルナール、ここに集まっている人の中で集団を動かすことの出来るリーダーが何人かいるだろう。是非みんなで協力し合って群衆を動かすように言ってくれないか」

オスカルは馬を下りると、目立たぬ隅にベルナールと数人の男を呼び、回廊の見取り図を手にしながら策を練り始めた。



ランベスク公爵の率いる騎馬隊は昨日のチュイルリー宮に引き続き、群衆の勢いを止めようとして、今日も群衆が一番に集まりそうな所を襲撃していた。

特に宮廷にとってパレ・ロワイアルは厄介者のオルレアン公の居城である。

公爵は見せしめのためにもパレ・ロワイアルは叩かねばならないと考えていた。

彼は先頭になって手綱を引き、回廊に到着するやいなやドイツ人騎馬兵に突撃命令の号令をかけた。


不意に襲撃を受けたパレ・ロワイアルでは、演説をする者や団結を促すために雄叫びを上げていた人々の声がたちまち悲鳴に変わった。

若い母親は幼い子を抱きかかえ、あわてて木の後ろに身を隠す。

又、ある者は傷ついて広場に積み上げたバリケードの陰に走っていく。



だが、ここでは群衆も丸腰ではなかった。

勇気を出して剣を抜き、ランベスク公爵の騎馬隊に立ち向かう者もおり、簡単に蹴散らすことができぬほどの群衆が集まってきていた。

それでも、やはり戦闘にかけては力の違いがありすぎる。
果敢に攻め込む公爵の前に人々は次第に勢いを失い、逃げまどいはじめた。


ところが一部の人々は恐怖におののいてはいなかった。

帯状に並べられたバリケードをあちらこちら不規則に配置し、騎馬隊の足止めを図ったのだ。

いずれも回廊の店においてある椅子やベッドで作られた簡易なものであったが、障害物を乗り越えられずに転倒する兵士は少なくない。

別の場所では、迫ってくる騎馬隊に対し、はしごや張り詰めたロープを使って妨害し、兵士らを驚かせた。

騎馬兵たちはいきなり視界に現れたロープを避けきれず、馬は次々と立ち止まり、またある者は方向を変えられずぶつかっていく。

そして陰からは投石が始まり、騎馬隊は隊列を乱して応戦に追われた。

整列を呼びかけるランベスク公の声にようやく兵士が秩序を取り戻そうと気付いた頃にはもう遅い。


形勢は一気に変わっていた。

騎馬隊の背後から命知らずな男たちが剣を振り上げて突撃をはじめ、騎馬隊は寸断され、元の隊列に戻ることが出来ない。

さらに異変に気付いた多くの市民が武器を携えてパレ・ロワイアルに駆け付けたことにより、ついにランベスク公爵の軍隊は午前と同様、再び退却を余儀なくされた。

彼らはこのままでは逃げ場も失ってしまうと判断し、やって来た時よりも素早くパレ・ロワイアルから立ち去っていったのである。



「力がないと思っていたが、団結すれば何とかなるものだな」
一部始終を見守っていたベルナールは烏合の衆だと思っていた群衆のまとまりに驚いている。


「六月から危険にさらされ続けた市民には共通の思いがあるのだろう」
オスカルもまたランベスク公の退却がにわかに信じられない。

バリケードを使って騎馬隊に立ち向かった群衆も、特に後から駆け付けた市民たちにも戦闘経験はほぼない。
逃げ出した騎馬隊は市民の気迫に押されたに違いない。


だが、彼らが去った後もパレ・ロワイアルではしばらく混乱が続く。

ごった返すほどの人出により、すでにまとまりの付かない状態になっていたのだ。

ある者は興奮のあまり、衛兵隊の兵士を相手に早くも喧嘩を始めている。


オスカルたちも事態の行方によっては戦闘に加わるつもりで目立たぬように回廊の隅で待機していたのだが、この場は収拾を図るべく、ひとまずパレ・ロワイアルから去ろうとしていた。

だが、人の波で次第に回廊の中央に押しやられ、思うように馬を進められない。


そうこうしているうちに、彼女の乗った白馬の前に子供が飛び出してきて、馬の前足に絡まるようにして転び、たちまち泣きはじめた。

黒い髪をした5才ぐらいの男の子で、オスカルはふとアンドレの幼い時代を想い、気持ちに隙が出た。


母親とはぐれたのか男の子に駆け寄ってくる者はおらず、周囲にいた若い男たちは騎馬兵を追い返したことで気持ちが昂ぶり、子供には無関心のままでいる。

このままでは誰かに踏まれる危険性が高かった。



「大丈夫か」
彼女は馬を下り、泣きじゃくる子供を抱き起こそうとした。


その時である。


「貴族が子供をさらおうとしているぞ」
興奮した誰かが叫んだ。

高級士官であるオスカルの姿を見て、わけもわからず言ったのである。


「私の子だよ、この貴族野郎」
子供の母親が血相を変えて駆け寄ってきた。


「やっちまえ」


今、群衆は敵を求めていた。
それは自分たちを苦しめてきた貴族であれば誰でも良かったのだ。


オスカルはいきなり後頭部をはげしく殴られその場にうずくまった。

突然の緊急事態にアンドレもあわてて馬から下り、オスカルをかばおうとして群衆をはねのける。

だが興奮した群衆は貴族を倒せと叫びながら、尚もオスカルに襲いかかろうとしていた。

アランたちもアンドレに続いて彼女を助けようとするのだが、群がる群衆が邪魔をし、すぐに駆け寄れない。



「やめろ、この女性(ひと)はお前たちの敵じゃない」
アンドレは倒れ込む彼女を腕に抱き、大声で訴えた。


「やかましい、この貴族の犬め」
貧しい身なりの男が不揃いの前歯をむき出し、アンドレの顔面めがけて銃底を振り下ろした。




**********




オスカルは遠のく意識の下で、アンドレのうめき声を聞いていた。
その瞬間、彼女を抱く彼の指先は激しく震えながら力がこもった。

傷ついたであろうアンドレは、それでも彼女を強く抱きしめ守ろうとしているのだ。


彼女は我が身の事より、自分を守ろうとした彼がどうなったのか気が気ではなかった。

だが、今の彼女にはそれを確かめるだけの体力は残されていない。



「…この女性は私の妻だ」
アンドレの振り絞るような叫び声が、彼女の耳の遠くで響いていた。


血気にはやる群衆の、貴族を憎む罵声も続いている。
仲裁に入ったアランも誰かに殴られたのか、まぶたを切って血を流していた。



しかし、中にはオスカルたちが寝返った事を知る者もいて、ようやく擁護する声が聞こえ始めてから次第に騒ぎは収まりはじめた。


「この人たちは味方だ。みんな落ち着け」
町では信頼の厚いベルナールが事態にすばやく気付いたことも幸いした。

彼はうずくまる二人を見つけ、もみくちゃになった衛兵隊の兵士たちが守る輪の中に割って入り、青ざめた面持ちで介護を急ぐように指示した。



しばらくして、医者を名乗る男の話す声がかろうじてオスカルには聞こえていた。

この男の目は助からん。それより早く血を止めなさい、手当が先だ、と言っている。

しかしアンドレは相変わらず彼女を腕に抱きしめたまま「この女性を先に介抱して下さい」と懇願している。





“ああ…、アンドレ…私のためにおまえが…”



オスカルは胸が痛んだ。

だがここで彼女の記憶は途切れてしまったのだ。




**********




この日は結局、小競り合いがあちこちで起こり、多くのところが略奪に遭った。

貴族の屋敷のみならず、サン・ラザール寺院、あるいはルイ十五世広場近くの王室倉庫も例外ではなかった。


そして夜になってもパリの喧噪は収まらなかった。

広場や森では集会が開かれ、人々は気勢を上げていた。

彼らはいまだに戦うための武器を探し求めていたのだ。



人民はあきらめたりはしない。

深夜になって彼らはようやく、バスティーユに武器や弾薬が保管されているという情報を聞きつけたのである。




2007/1/8/



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