−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-旅立ち-




7月13日の朝、オスカルは淡々とした様子でアンドレと共に屋敷から出発しようとしていた。

身支度をととのえ自室を出る彼女は、召使いたちの朝の挨拶に軽く応え、最後に居間の鏡で自分の姿を確認する。

それはいつもの朝と変わらない。


厩で出立の準備をしていたアンドレは不意に入り口に気配を感じ振り返ると、そこにはジャルジェ将軍が立っていた。

彼はいきなり近づいてくると、アンドレの顔をいきなり殴りつけた。


アンドレは不意打ちを食らって後ろに吹き飛ばされ、隅に積んであった藁の上にどさりと倒れた。


「これが私の気持ちだ。お前もそれぐらいの覚悟を持たねばならぬ」


「…旦那様」
アンドレはジャルジェ将軍の気持ちを察した。

民を守ってこそ軍人と言い放った娘の優しさと、王室への忠誠に生きる父との溝は決して埋まる事はなかった。

今、自分から自立していく娘の事を想い、アンドレにこれからの彼女を任せることを決意するまでのジャルジェ将軍の葛藤は計り知れない。


しかし慈しみ育てた娘の考えを心の底から否定する父ではなかった。

今朝、二人に起きたことを将軍は知らないであろう。だが、結果として父は全てを認め、許そうと言っているのだ。


「早く行け、オスカルが待っておろう」
将軍の目は優しかった。


「オスカルをお前に託す。命をかけて守ってくれ」


「はいっ」
アンドレはジャルジェ将軍の気持ちに応えるべく力強く答え、走って行った。



ばあやは出ていく直前にアンドレに一言二言と、くれぐれもお嬢様を命がけでお守りするようにと言い、孫の広い背中を叩いた。


「わかっているよ」
と、笑顔で返すアンドレの顔を、ばあやは死ぬまで忘れないように記憶に刻みつけようとした。
なぜかもう彼が帰ってこないような気がしたのだ。



二人を乗せた馬が見えなくなるまで見送った後、ジャルジェ家の屋敷ではしんみりとした空気が流れた。


しばらくしてジャルジェ夫人は、オスカルの書いた両親宛の手紙が彼女の部屋に置いてあるのを見つけた。



「今まで長きにわたり、私を愛し慈しみ下さり有り難うとございました。私は父上と母上の子供として生を受け、この上なく幸せでございました。これからもお二人がいつまでも仲むつまじく、健やかに過ごされることを心よりお祈り致します」と短くしたためてある。


「…あぁ、オスカル…オスカル…」
手紙を一読した夫人は、これまでにないほど感情を露わにし、声を上げて床に泣き崩れた。


「馬鹿者めが…。子供は自分のことだけ心配しておればいいのだ。親を気遣うなど百年早いわ」



ジャルジェ将軍の目は涙にあふれた。




**********




引き返せない道であった。


しかしオスカルに全く迷いがなかったわけではない。

ジャルジェの当主としての生き方を全て捨てることになれば、これまで築いてきたものが全て志半ばで消えてしまうのだ。

領地の民を見守る事も、ジャルジェ家の将来の発展を見据える計画も、そして跡取りを育てることも出来ぬまま屋敷から出て行かねばならないことも、全てにおいて彼女にとっては心が痛まぬはずがない。

ただ、ラッソン医師から聞かされた診断では、もう当主としての仕事からも身を引くようにと言い含められていた。
医師の診断に従うのであれば、もう彼女はこれから当主として生きていく意義を奪われたに等しい。

だが逆を言えば、彼女は大きな代償を払って義務から解放され、短い時間ではあるが自分の自由を手に入れたのである。




今日にも国王の軍隊は本格的に市民と衝突することは避けられないだろう。

武力に対し、武力で抵抗する争いがさらなる暴力を生み出すに違いない事はオスカルにはわかっていた。


自由平等といった崇高な理念でさえ、今は戦いを鼓舞するものへとねじ曲げられている。
愛国者、市民、国家、という言葉が飛び交い、人々は徐々に徹底抗戦すらいとわぬほど気持ちを昂ぶらせている。

自由で平和な世の中を目指すための戦いなどという言葉は矛盾をはらんでいた。

すでに正義は失われているのかも知れない。
あえて流血の抗争の中へ飛び込まねばならない事態になるかも知れない。

だが今、この国の行く末を見守り、自分の持てる力を使い切り、生あるうちに出来るだけの事をしなければという気持ちが彼女にはあった。

もし自分が捨て石になろうと、反逆者と言われようと、それは歴史という理性的な後世の目がやがて正しく判断する事だろう。



「アントワネット様…」
オスカルはちいさくつぶやいた。


今も尚、オスカルのアントワネットへの愛情は変わりない。歩む道が違ってしまったとは言え、彼女は常に王妃の心の平安と幸せを祈っている。

しかし、たとえ結果が王妃との決定的な決別になったとしても、オスカルは自分が信じた通りに未来へ進もうと決めていた。



朝の光が彼女の頬を照し、金色の髪は光を浴びて一段と輝きを増す。

さわやかな風が通りすぎていった。

たとえ行く先に嵐が待ちかまえていようと、乗り越えられるような気がした。




今、オスカルは感じていた。


これまで彼女は強くなりたいと願い続けてきた。

だがそれは、ただ一つの真実を追い求めてきたに違いない。
求めているうちは決して手に入らず、いつしか気付かぬ間に手中にあるような気まぐれなものを。



愛に満たされた気持ち、そのものを。



「よかったのか、これで」
アンドレは聞いた。


この先、オスカルが全てを捨ててでも民衆を守ることは明らかだった。
だが、その道が厳しいことは彼にもわかっていた。



“自由とは選択すること。私はお前と共に生きる道を選んだ”



「行くぞ、アンドレ」
オスカルは傍らにいる彼の名を呼んだ。


「おう!」
アンドレも又、頼もしげに応える。


「俺たちはいつも一緒だ」
と言う彼の言葉は、果たしてオスカルに聞こえたかどうかはわからない。


ただ二人は、共にこのまま走り続けたい気持ちを胸に、並んで馬を走らせていった。

高い空が青く晴れ渡る、一日の始まりであった。






2006/6/17



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