−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。 又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。 まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。 気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。 それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -夜明け前- 性描写・・・一般に言う性的興奮を促すようなアダルトな描写ではありせんが、内容の一部に性的な行為を表す箇所が含まれているので、個人の判断として18歳未満の方の閲覧はお勧めできません。大したものではないのですが、念のため。 お手数ですが、ここまでいらした18歳未満の方は、以下に進まずお戻り下さい。 戻る パリを占領した国王の軍隊は、依然として市民たちの不安をあおっていた。 国民議会をトロワへ移動せよと迫る国王の命令も今となっては敵対意識として民衆の反感を買うばかりで、異様な興奮と危機感がパリを支配し、混乱へと導いていた。 美しい都市は時に流血を好む物なのか、人々を争いの準備へとかき立てている。 弁護士のカミーユは前々から「間もなく愛国者の大虐殺が起きる」と予言しており、人々はその通りのことが起きるに違いないと信じ込んでいた。 さらにネッケルの罷免と共に陸軍大臣に任命されたブロイー公が「パリは引き受けた」と豪語して民衆の怒りを買い、一気に緊張は高まった。 事態は極限まで緊迫していた。もしもどこかで小競り合いが起きたとすると、その小さなほころびは大きな裂け目となって広がり、やがては全てを破壊するだろう。 七月十二日の夕方遅く、衛兵隊の司令官室にブイエ将軍の伝令があわただしくやってきて、オスカルに対し、明朝七時にパリへの進軍を命じた。 その際、司令官にはダグー大佐を代理に立てるようにと付け加えてあったが、彼女は丁重に断りを入れた。 アントワネットが気遣ったことはわかっていた。 王妃の気持ちに感謝しつつ、オスカルはもはや提案を受け入れることは出来なかった。 昨日からブイエ将軍がパリの様子を見極めようとしていたため、あえてパリの巡回警備は行われていない。 兵士たちは一日中、兵舎ですることもなくくすぶっていたが、出動命令を伝えた際も彼らは淡々と聞き入れ、混乱はなかった。 「隊長はどうなさるんですか」 話の最後にアランは聞いた。 「我が隊は出動すると言っている、何を聞いていたんだアラン。いつも通りに任務を遂行するだけだ」 「いつも通り、ですね」 アランは安心したように反復した。 「私はお役に立てそうでしょうか」 ダグー大佐は申し訳なさそうにしていたが、オスカルから留守を任され元気を取り戻した。 そして兵士を解散させた後も大佐だけは個別に司令官室に呼び、明日の出動で何が起きるかわからないことを告げ、もしパリで戦闘が起きた場合もダグー大佐には何ら関係ないことだと伝えた。 「私は貴族です。兵士たちのように熱い気持ちは持てそうにありません。ですがジャルジェ准将がよかれと思ってなさるのであれば私が口出しする幕ではありません」 「うむ、ありがとう、ダグー大佐。あとは…」 オスカルは無意識に後は頼むと言いかけて止めた。 「あとは屋敷へお帰りになって一休みなさることです。司令官が疲れていては士気が下がります」 かえって大佐が言葉を補った。 大佐が出ていくと今度はアンドレが部屋に入ってきた。 明日のことで報告書を書くのだと言うが、オスカルは全く任務とは関係のないことを言い始めた。 「私は今から屋敷へ帰るのだが、お前も同行してくれないか」 「えっ、一緒にかい」 司令官室でオスカルが私用を頼むことはいままで決してなかったので、彼はとても意外な感じがした。 それにアンドレは他の兵士たちに遠慮があったのだ。 「そばにいて欲しい、アンドレ」 オスカルの訴えるような目は彼に有無を言わせない。 ********** 兵舎の窓からはオスカルがアンドレを伴って馬で屋敷へ帰るところが見えていた。 アランはしばらくその様子を見送っていたが、部屋にいる他の兵士たちに気付かれぬよう、彼らの雑談に割り込んでいった。 つい先ほど用事を済ませて部屋に帰ってきたアンドレは、アランに「悪いな」とひとこと言って屋敷へ帰ると言った。 「別に悪いってことはないぜ。どうせ明日からは大変なことになる。好きにしなよ」 アランは落ち着き払ってニヤリと笑う。 今更、アンドレの行動をとやかく言う者はいない。待機とはいうものの、国王の軍隊がパリに進出してからこっち、のけ者扱いの衛兵隊である。手持ちぶさたを言い訳にして誰も自分の思うままの時間を過ごしているのだから。 アンドレは頷いて部屋を出ていった。 兵舎でぼんやりしているのと同様、屋敷へ帰ったからと言って別段することはない。 ただ彼女に付いていてやりたいと思うだけであった。 それが少年の頃に決意した彼の純粋な気持ちそのままだったからである。 屋敷へ帰る道すがら、先日とは違ってオスカルは無口だった。 「アンドレ、今まで私を見守ってくれて…ありがとう」 彼女はアンドレの横に馬を並べ、ただそう一言だけ言った。 「何だよ、いきなり…」 アンドレも悪い気はしない。思わず照れ笑いがこぼれる。 オスカルは明日の朝、早朝には隊に戻るつもりにしていた。 出動命令は七時。 少なくともしばらく自由な時間がある。 どうして、一緒にいたい彼と共にあることを我慢する必要があるだろうか。 もう幾日、眠らない日が続いたことだろう。 緊迫した空気は日増しに強まり、むしろ兵士たちは民衆がいかに底力を持っているか、自分のの目で確かめようとして任務に踏みとどまっている。 彼らはとてもその場を離れられない気持ちが先に立ち、休むことを差し置いてまで動いていたのだ。 オスカルも又、激しく動く事態の中で日々を費やし、毎日が飛ぶように過ぎ去っていた。 人の一生など、振り返れば短いものと人は言う。ならば、過ぎていく時間が愛おしい、今はそう思える。 ********** 明日の朝が早いという事もあり、ジャルジェ家では食事も早めに済ませ、できるだけいつもと変わらない雰囲気を作り出すように夫人は気遣った。 召使いたちも比較的のんびりしており、ベルサイユの町は平和だった。 そう、まだおおかたの貴族にとっては時代が激変することなど感覚としてつかめてはいなかったのだ。 ましてパリが一触即発の状態にあり、この先、誰が勝者で誰が敗者になるかという事を、この時点で知っている者など誰もいない。 ただ、ジャルジェ夫人にしても漠然とした衰退の予感のような物を前々から感じていた。 かつて夫がオスカルに結婚を強いたように、彼女も又、オスカルがどうにかして危険から遠ざかって欲しいと願っていたのである。 「明日は出動か」 父は落ち着いた様子で問いかけた。 「はい、朝の七時でございます」 「うむ、気をつけてな。今日はアンドレも帰っているのか」 「はい、ですが…」 「別に変わりないのなら構わん。あいつはここのところ口数が少ないし、わしも特に話すことはない」 「父上」 オスカルは父がアンドレを心配しているのか皮肉っているのかよくわからなかった。 それでも父の口から彼を気に掛ける言葉が出てきたことが妙に嬉しかった。 だが、いつからアンドレは寡黙になったのだろう。オスカルはふと考えていた。 昔はつまらない冗談でも言い合った。歴史や政治の議論も戦わせた。しかし、オスカルの気が付かないところでアンドレの想いはオスカルを女性として愛し始めていた。 オスカルも又、自分を冷静に見つめる内に、彼の大切さが身にしみている今日この頃だ。 何をどう思っているのだろう。 あの厩での出来事以後からかも知れない、とオスカルは振り返る。 アンドレはその後、決して無茶な行動はしないし、召使いとしての立場を超えようとしない。 彼がその本心を暴露して尚、平静に振る舞う真意をオスカルはつかみかねていた。 ********** 静かな晩餐の後、早々に寝静まった屋敷は明かりを落とし、ひっそりと静まりかえっていた。 召使いたちの方がかえって暇をもてあまし、こそこそとどこかの部屋に集まって気楽な小銭の賭け事に興じている。 結局、アンドレは屋敷へ帰ってから食事の時間になっても姿を現さず、あえてオスカルと口を聞くこともない。ただ黙っているだけだった。 仲違いが続くジャルジェ将軍に配慮したことも理由の一つだが、彼はオスカルが父や母と共に静かに過ごしたいのだろうと思って自室に下がっていたのである。 一方のオスカルは、ランプのほのかな揺れ具合をぼんやり眺め、静かな自室の中で物思いにふけっていた。 “私のことをどう思っているのだろうか” “今となっては彼は私を受け入れてくれるのだろうか。” 彼女は次第にその疑問を確かめたい衝動に駆られてきた。 明日はいよいよ出動である。今でなければ彼とゆっくり話などできそうにない。 “私はそのためにアンドレに供を頼んだのではないか” 彼女は自問した。 人気のない廊下をオスカルはアンドレの部屋へ向かった。 他の召使いに出会ったらどう言うのかという不安もすでに無かった。 迷っている時間など無い。もうすでに明日はこの身がどうなるかわからないのだ。 小さくノックすると、中から「どうぞ」という声が返ってくる。 一応周囲を確かめてから彼女はそっと部屋へ入り、慎重にドアを閉めた。 アンドレは寝ていなかった。ベッドに腰掛け、何か本を読んでいる。日記を手に取っていたのかも知れない。薄暗い部屋でうつむく彼の表情は読めない。 あまりにも思いがけない人がやってきたのでアンドレは少し驚いているようだ。 「眠れないんだ」 オスカルはポツリと言った。 しかし彼女がどうして自分の部屋にやって来たのか、アンドレにはわかっていた。 彼は立ち上がり、ドアのそばで少し躊躇している彼女に近づいて向き合った。 「俺もだよ」 アンドレはそう言うなり彼女を強く抱きしめた。 抵抗はない。 だが彼は腕の中にオスカルがいるという喜びより前に、薄いブラウス一枚しか着ていない彼女の身体が思っていた以上にやせ細っていることに衝撃を受けていた。 「あ…」 彼は少しのあいだ抱擁したかと思うと、不意にいけないことをしたと気が付いたように彼女を離した。 オスカルは少し意外そうな表情をし、つかつかと彼の前を通り過ぎてベッドに腰掛ける。 「何を読んでいたんだ」 彼女は枕元の黒い革表紙の小冊子を手に取る。 パラパラとめくると古風な文体で書かれた詩集のようである。 「母の形見なんだ」 彼も隣に腰掛ける。 「たいしたものじゃないよ…」 何を言いにここまで来たのかなどと野暮なことは彼もさすがに言いにくい。 明日はパリに出動し、武器を求めてさまよう市民と対峙するように配備されることはほぼ間違いない。 民衆とのにらみ合いが続く中、自分たちがどう出るかは隊長であるオスカルの判断に全てかかっている。 だが今は何も考えたくはない。このまま二人だけの時間が永遠に続いて欲しいと祈るような気持ちだ。 オスカルは少しずつ話し始める。 「お前、いつか私に屋敷を建ててやると言ってたな」 「……」 アンドレはその古い記憶を引き出してくるのにさほど時間はかからなかった。 夢か現実かわからずに曖昧な記憶としてしか残っていなかったのはとても彼女には言えないが、本当に言ってたんだなと、子供の頃の自分の勇気に今更ながら感謝した。 「あれは本当なのか」 オスカルはアンドレを試すような目で見た。 「本当だよ…」 彼はもてあまし気味の彼女の白い手の上に自分の手を重ねた。 「だけど約束したのは屋敷じゃなくて、もう少し小さい【家】だったんじゃないかと思うんだけど」 アンドレは補足した。 「……」 次に何を言いだすのかアンドレには予測できない。だが彼女は言いたいことがまだいくつかあるようだ。 「…フェルゼンの件は本当に悪いことをした」 オスカルは漠然と古い出来事を謝った。 フェルゼンとの何が悪かったのか、アンドレには推測するしかない。 さまざまな想像が頭をよぎる。 最悪の予想に胸を痛め、眠れぬ夜が続いたこともある。 だがそんな中で悩んで考え抜いて、彼が得た結果はやはり想像がどうであれ、この女性を見守ることが一番大事だということが真実だった。 「…お前は何も悪くないよ…」 アンドレも曖昧に答えた。 だがオスカルには彼の返事が二人を隔てる氷の壁を全て溶かす答えであることはわかりすぎるほどわかっていた。彼の心の温かさがこの上なく嬉しい。 胸が痛くなるほどのいとおしさがこみ上げてくる。 「俺の気持ちは変わらない。お前のことを愛している」 「アンドレ、ありがとう…。私もお前を愛している」 彼女は思わずあふれた涙を抑えることもせず、力強くアンドレの首に両手を回した。 二人がそのままベッドに倒れ込むまでは、ほぼ一瞬の出来事だった。 肩を震わせて涙するオスカルが落ち着くまでしばらく無言で抱き合っていると、静まりかえった屋敷のどこか遠い部屋で、召使いたちがドッと歓声を上げてはシーッと制止する声が時折響いてくる。 「鍵はかけたのか」 アンドレは彼女に聞いたが、こくりと頷くだけで後はまだ声を殺して泣いている。 「声を出して泣いても構わない。どうせ誰にも聞こえるものか」 彼はオスカルがずいぶん長い間張り詰めていたのを改めて感じ取り、少しでも気持ちが楽になるようにと彼女の頭をそっと撫でた。 「……うっ…」 彼女はようやくこらえていた泣き声を漏らした。 「泣いてすっきりすればいいんだ。もし他の連中が聞いたって、どうせ俺が変な寝言を言っているとしか思わないから」 オスカルはアンドレの冗談につられて少しずつ気持ちを落ち着けながら、これほど安らかな気持ちになれたのは何年ぶりだろうと考えていた。 思い起こしても、母親以外の人の胸で泣くのは記憶の中にはない。 一人で気負い、前を向き、ひたすら困難にぶつかっていき、そうやって自分を鍛えてきたはずだった。 強さを求めてきた過去の自分を否定するつもりはない。 ただ、このようなぬくもりと喜びをどこかに置き忘れてきたことに彼女は気が付いていた。 「…体の具合はどうなんだ」 少しして、アンドレは心配そうに聞く。 ここしばらくの彼女の無理な行動を見ている限り、不調そうなのはよくわかる。 「大丈夫…」 彼女は少しつらそうな、それでもしっかりとした声で答える。 彼らにもはや言葉は必要ない。 互いの気持ちを確かめ合うように唇を重ねあう。 ********** 二人はもつれあうように着衣を全て脱ぎ去り、肌を重ねた。 アンドレは乱暴なまでに全身でオスカルを蹂躙しようと動き始める。 オスカルも又、アンドレを愛おしいと想う気持ちが高まり、身体の反応にともなって小さく声を上げた。 そして彼女はついに考えることを止めた。 息が止まるような衝撃を何度も何度も繰り返し、オスカルは自分の体が粉々になるほどアンドレによって征服し尽くされるのを感じ、また反対に彼を征服し尽くす喜びを何度も味わった。 終わりのないような行為に、オスカルはたまらず彼の名を叫びながら黒い髪を抱きしめる。 やがて疲れ果て、しばし眠った後、二人はようやく朝を迎えた。 少しあいたカーテンからぼんやりと明るくなりかけた空の様子がうかがえる。 まだ時間は早朝の五時である。 うっすらと目を開けたオスカルはそばに横たわるアンドレの姿を見て、自分が夫を得た事にあらためて幸せな気分がこみ上げていた。 様々な疲労が彼女の顔には表れていたが、心なしか厳しさが取れた優しい彼女のまなざしにアンドレもまた充実した気分を味わっていた。 「何か私に言っておくことはないか」 オスカルは眠そうな目で問いかけた。 アンドレははっと気が付いたように着衣を整え、オスカルをベッドの端に腰掛けさせた。そして枕元のテーブルに生けてあった花を花瓶から無造作に抜き、彼女の前にひざまずいた。 「お願いします、私の妻になって下さい」 彼はまだ少し水が滴る花束を彼女に差し出した。 「うん、いいぞ…だけど、何だか変な感じだな…」 オスカルは少し気恥ずかしそうに花を受け取る。 「せっかくなら昨日の夜に求婚してくれたらよかったのに」 彼女は勝利の微笑みを浮かべなからも、少し不満げな声で言う。 だがアンドレはお構いなしに彼女を腕に抱くと、再びベッドに組み敷いた。 そして朝のまぶしい光が差し込んでくる頃、部屋を出て行くオスカルの後ろ姿をもう一度引き留め、強引にこちらを向かせると、アンドレはもう一度彼女を強く抱きしめた。 「愛している。…もう、どうしようもなく愛している。この身がお前と一つにならないことがつらいほどだ」 彼は苦悩の表情を浮かべ、美しい新妻に唇を重ねた。 オスカルを想い続けた日々はあまりにも長く、彼の激情はとどまることを知らなかった。 その想いは彼女にも伝わらぬはずがない。 オスカルも又、自分の中で彼への熱い想いが駆けめぐっていたのである。 2005/2/26/ up2007/1/16/up 戻る |