−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-裏切り-




翌二十七日、孤立した国王は二十三日の御前会議での演説をむなしく思い起こしていた。

「国王一人が真に国民の代表である」と宣言したにもかかわらず、議員の誰もがそっぽを向いたのである。

絶対であったはずの彼の言葉は、自身の胸の中でむなしく響くばかりだった。
国王の誇りはさんざんにおとしめられたのである。


仕方なくルイ十六世はいかにも自らが主導したように、貴族議員や僧侶議員に書簡を送り、国民議会への合流を呼びかけた。


それはただ単に議会を油断させ、地方から部隊を集めるための時間稼ぎに他ならなかったのだが、まだ軍隊の召集を知らされていない議員たちは国王の変化を喜んで受け入れていた。




「我々は貴族である前に市民であるべきだった」
リアンクール公はこの日、感動を覚えつつ議会で貴族議員に訴えていた。


同じ頃、衛兵隊ではオスカルが不在のため大騒ぎになっていた。

又、捕らえられたアランたちはアベイ牢獄に収監されており、銃殺刑になるのではないかといううわさが口々に広まっていた。
兵士たちの間では動揺が走り、任務どころではなくなっている。


オスカルが謹慎処分の間、代行で指揮を執るダグー大佐も浮き足立ち、色々と情報を集めてはいるが現実に自分たちだけではどうしようもない。

屋敷から隊に戻ったアンドレは、ジャルジェ准将からの伝言はないのかとダグー大佐から詰め寄られたのだが、実はその後ジャルジェ将軍の怒りが収まらず、彼はばあやから「旦那様がいらっしゃる時には屋敷の敷地内に入るな」と言われている。

結局、何の希望も見いだせず、兵士たちは仲間の災難になすすべもなく途方に暮れてうなだれていた。



オスカルも又、落ち着いて居られたわけではない。

アランたちは依然として釈放される気配はなく、さらにブイエ将軍がオスカルをパリに駐屯させようとしていた意図が何なのか、どうにも気になっていたのだ。

このままでは済まないという悪い予感ばかりが脳裏に浮かび上がっていた。




**********



国王が国民議会を認め、全議員が議会に合流する事を促したことにより、平民議員や自由主義貴族たちは喜びに沸いていた。


だがそれらの希望は翌日の二十八日になって打ち砕かれるのである。

地方からぞくぞくと外国人部隊の連隊がパリに向けて集まってきはじめ、止めどもない行進が市民を威圧していたのだ。

そして同時に、国王の動員命令に従わなかったとして、フランス衛兵隊の兵士十名は、見せしめのために三十日に銃殺刑に処するとの決定が下された。




その日の深夜になって、パリにあるベルナールの自宅の扉を何者かが叩いた。


「誰だ、こんな夜中に」
おびえるロザリーを後ろに回し、ベルナールは扉越しに低く声をかけた。


「私だ、ここを開けて欲しい」
相手も小声で返事をする。


「ベルナール、扉をあけて。すぐに!」
ロザリーは顔を輝かせた。


彼が扉を開けると、そこには見事なまでの金髪を半ばマントで隠した長身の軍人が立っていた。月はすでに沈んでいたが、ほのかな星明かりの中でもその金色の髪は光り輝いて見える。


「オスカル・フランソワじゃないか」
ベルナールは驚いて彼女を家の中に招き入れた。


「夜分に驚かせてすまない。すぐに用件に入りたいのだが構わないか」
オスカルはいつものように落ち着いた様子ですすめられた椅子に腰掛けたが、一刻も早く本題に入りたそうだった。


ロザリーは相変わらずオスカルがうっとりするほど麗しいのに目を奪われていた。
瞳は蒼く深く、その立ち振る舞いはあまりにしなやかで気高い。


「構わん、このところ世間は騒がしい。俺もじっとしてはいられないからな。ところでここまでどうやって来たのだ」
大変なことが起きている今、ベルナールは人目を忍んでやって来た彼女の行動が気になった。


「寝静まっている所で騒ぎを起こしたくはない。馬は離れた所においてきた。アンドレが常々言うには、…ただでさえ私は目立つらしい」
そう言うオスカルの表情が一瞬曇ったのを二人は気がつかない。


彼女は屋敷で謹慎しなければならない身なのだが、父の留守を見計らって抜け出してきたのだ。

一緒に行くというアンドレだったが、二人連れでは人目につく上、これ以上彼を騒動に巻き込むことは出来ず無理矢理置いてきた。

だが父との反目が続くアンドレと共にパリに行くのも危険だが、反対に自分一人が出てきたことで屋敷に残った彼が父に八つ当たりされるのではないかと彼女は一瞬、気になったのだ。


「オスカル様、こんな狭くて粗末な所にお越し下さるなんて、私、おはずかしい限りでございます。ところでオスカル様は少しお痩せになったのではないですか。お仕事は忙しいのですね、それにばあやや、アンドレや、お屋敷の方はお元気ですか、それからあの…」
ロザリーはわざわざ自宅にオスカルが訪ねてきただけで感激し、すでに涙ぐんでいる。


「おいおい、ロザリー。ついこの間もオスカル・フランソワには会って話をしたじゃないか。そんなことではなかなか本題に入れないぞ。それにここが狭くて粗末で悪かったな。どうせ原因は俺の稼ぎが少ないってことだろう」
ベルナールは少々気を悪くした。


「そんな事よりオスカル様はお急ぎなのですから早く本題に入って下さいませ、ベルナール」
ロザリーはあわてて話題を戻した。



「私が総司令本部のブイエ将軍の命令に従わなかったせいでアランたちが逮捕されてしまったのだ。全ての責任は私にあるにもかかわらず彼らは責任を負わされ、三十日には銃殺刑になると決まってしまった」
オスカルは事の次第を語った。


「うむ。一体、世の中はどうなっているんだ。国王はパリに軍隊を集めているし、衛兵隊の兵士は銃殺刑だという。おかげで今朝からパリは大混乱だ。…で、俺に何か出来ることがあるのか」
ベルナールは興奮気味に身を乗り出した。


「ベルナールだからこそ出来ることがあるから、こうやって頼み事に来たのだ。是非とも私の部下がアベイ牢獄に閉じこめられていることを新聞に大きく取り上げて欲しい。それとパレ・ロワイアルには日夜を問わず群衆が集まって政治活動を行っている。彼らを含めて、とにかく一人でも多くの人々がアベイ牢獄の兵士を助け出す動きを起こすよう、促して欲しいのだ」


「それなら俺向きの仕事だな。不当な罪を着せられた兵士を助けるとなれば、誰もが賛同してくれるはずだよ」


「以前、蹄鉄職人のジャンを死刑寸前で助けたように、たとえ国王陛下の許可が下りた刑罰であろうと、群衆がそれを不当とし、そろって拒絶すればきっと道は開けるはずだ」


「それは妙案だ。俺もパレ・ロワイアルに行って口づてに広めてくるよ。何、簡単なことだ。あそこには知り合いも多い。こんな話ならみんな声を高くして、宮廷の横暴だと叫んでくれるに違いない」


「私は謹慎中の身で表立って動けないし、むしろ動かない方が良いのかも知れぬ。もし何かあったらアンドレに動いてもらうつもりだが、ベルナールもくれぐれも危険のないように頼む。君にもしものことが有れば私はロザリーに恨まれてしまうからな」


「いえ、何があってもオスカル様のことを私が恨むはずはありません」
ロザリーはあわてて首を振った。


「ロザリー、それはないだろう」
ベルナールは両手を投げ出して弱り果てた。




**********




パリに行ったオスカルが屋敷に戻ってきたのは明け方になってからだった。

アンドレの姿を見ると、彼女は少し安心したように「水をくれ」と言った。

ジャルジェ将軍は大切な用があるらしく結局朝まで帰ってこず、一睡もせずに待っていた彼は乱闘騒ぎにならずに済んだと笑った。


「旦那様がお怒りになって、あの馬鹿者めが!って怒鳴られたらどう言い返そうかとさんざん悩んだのでございますよ、お嬢様」
口裏を合わせていたばあやも結局、出番がなかったとくやしそうにした。


「父上の口癖は『馬鹿者』だからな」
オスカルも気がゆるんだのか、冗談を言う余裕すら見せる。


「だけどお嬢様、さぞかしお疲れでございましょう。どうぞお部屋でおやすみ下さいまし。ほらっ、アンドレ、まったく気が利かない子だねえ。お嬢様にショコラを作って差し上げなきゃ」
ばあやは追い払うようにして彼を急がせた。


だがオスカルは自室に下がってからもゆっくりとベッドで横になる気にはなれなかったのである。

アベイ牢獄では一方的に銃殺刑の判決を受けて、部下がまんじりとも出来ないでいる。
そしてベルナールから聞いたようにパリでは軍隊が市民を威圧し、混乱が続いている。

宮廷の思惑は全く世情を読み違えているとしか彼女には思えなかった。

だがそれでもオスカルはまだ、王室と民衆が互いに歩み寄る可能性を信じたかったのだ。



しばらくしてアンドレが入ってきた時も彼女は休息も取らず、バルコニーに出て心地よい風に疲れた身体を任せていた。


「どうかしたのか」
肩の下がった彼女の後ろ姿に、もしかして具合でも悪いのかと彼はたずねた。


「…なんでもない」
と、気丈夫に振り返る彼女は、その額に冷たい汗をうっすらとにじませ少し苦しそうにしている。


「オスカル、何かあったら俺に言ってくれ」
口では心強いことを言うアンドレだが、実は果てしない心配に支配されていた。

いつもなら彼は楽天的な男だった。
しかしオスカルの事となると、彼は冷静さを欠いてしまうのである。


「アンドレ、すまないが出ていってくれないか。私は少し考え事をしたい」
ここのところ満足に眠れていないし、身体は疲れ果てている。

気力だけで動いていることは自分でもわかっていた。

だからこそ、今しばらく彼を遠ざけようとして、オスカルは厳しい態度で彼を突き放したのだ。
意志の固い彼女のことである。こういう場面では決して誰にも有無を言わせない。

アンドレは仕方なくドアのそばまで下がっていく。


だが彼が出ていく一歩手前、オスカルは少し柔らかい口調で一言だけ付け加えた。
「大丈夫。アランたちは私が命に代えても救い出す、必ずだ」


やがて閉じられた扉の外と内側で、二人は互いに言葉にならない思いを胸に立ちつくすのだ。


見えない壁はいまだに二人の間を遮っている。




**********




二十九日、国王がパリのシャン・ド・マルスに集めた兵士はすでに三万人にも及び、民衆の緊張感をあおっていた。そればかりではなく急激な人口増加は食糧不足をさらに加速させ、人々を疑心暗鬼に陥らせる。

軍隊の指揮を執っているのはブザンヴァル将軍で、アントワネットの推薦により選任されていた。

特に彼がスイス人であることが今回の指揮官になる決め手となっていた。
実はアントワネットがフランス人を心の底で信用していなかったのである。



民衆はこの事態に恐れおののいていた。

国王は議会を強制解散させるに違いない、パリを攻撃するに決まっていると、大騒ぎになっていた。

希望はたちまち絶望に変わり、さらには混乱に乗じて野党の群れがパリを遅うというデマも流れ、人々は最悪の事態に震え上がった。


これに対しパリの選挙人たちは、パリ各区の住民たちによるブルジョア軍を結成しようと考え、身元の確実な五万人に近い市民を動員する計画を立てた。

だがこの時点で彼らには武器はなく、あくまで構想のみに留まっていたのである。

そして彼らはパリの留守部隊にいたフランス衛兵隊の兵士たちに働きかけ、市民側に味方するという同意を得た。


市民側に付くことを決めた彼らは、普段から上官の理不尽な態度に業を煮やしており、尚かつ、かつて定められた規定により、平民の身分では決して階級が上がらないことに失望していたのだ。


特に衛兵隊のほとんどの兵士たちはアランたちの逮捕を不当だと感じていた。

まして大貴族であり、部下の信頼厚いオスカルをもってしても覆ることのない銃殺刑という重い刑罰は、軍にとって見せしめになるどころか彼らの士気を著しく下げていた。

兵士たちはいつかは自分もそうなるのでは、という不安を誰もが抱いたのである。


又、反体制の温床となっていたパレ・ロワイアルでは絶え間なく多くの人々が集まり、今回の衛兵の逮捕に怒りの意を表明していた。

彼らは泊まり込みで盛んに議論し合い、宮廷や貴族に対する批判を繰り返している。


宮廷への不信感、パリに駐屯する軍隊への憎しみもあいまって、ベルナールの訴えかけた衛兵の解放運動は皮肉にも盛り上がる結果となっていた。

特に国王の一方的な命令に背いた兵士たちが銃殺刑になると言う衝撃的な知らせは瞬く間に広まっていった。

オスカルも又、謹慎処分がこの日までという事もあり、アンドレから知らされた情報を耳にし、勝利を確信していた。



そして三十日、軍の命令に反してアベイ牢獄に閉じこめられていた十名の衛兵隊の兵士たちを救うべく、パレ・ロワイアルで決起した民衆は牢獄へ繰り出し、兵士の解放を叫んでデモ行進を始めた。

その中にはベルナールの友人で、弁護士のカミーユという青年が含まれていた。
彼はベルナールから兵士の救出を頼まれて作戦の通りに、そして予想以上に人々を魅了する演説を行い、彼らを先導していたのである。

いつしか人々の群れは最後には四千人にもふくれあがり、牢獄を取り囲んでいた。


これは今までのような単なるやり場のない感情を吐き出すためのデモではなく、一つのはっきりとした意志を持った抗議だった。

彼らは決してこの刑罰を認めることはなく、不当な逮捕に真っ向から反対の意志を叫んだのであり、その人数は増える一方であった。


すでにこれは歴史的な出来事とパリ市民の誰もが確信しはじめていた。

やがてひとりひとりの気持ちが結束し、大きなうねりとなって牢獄の周囲を包み込んでいく。

そして結果として、収拾を図った宮廷側がついに折れ、アランたちは無事に解放されることになったのだ。


この時、流血を伴わない勝利を収めた民衆を目の当たりにし、治安維持のために配置していた軍の兵士たちさえも感動し、武力の行使を拒んでいた。


解放が間近に迫った時、アベイ牢獄に駆け付けたオスカルの前で、アランたちは釈放され、群衆の喝采を浴びて悠々と歩み出した。


民衆の勝利を喜ぶアランやフランソワ、そしてジャンなど、捕らえられていた兵士の一人一人と握手を交わすオスカルは堂々とし、人々の拍手で迎えられひときわその姿を際だたせていた。


しかし彼女はすこし厳しい面持ちでこの場に臨んでいた。

部下たちの解放は喜ばしいことには間違いない。

とは言え、彼らを救出するためにベルナールに民衆を扇動することを頼んだのは他ならぬオスカルだった。

もしかすると彼女がそうしなくとも、時代の流れは自然発生的に全く同じ方法でアランたちを救い出していたのかも知れない。


だがオスカルは少なくとも、意図して首謀したのが自分自身であることは充分自覚していた。

たとえ流血を伴わなかったとしても、宮廷の裏をかき、国王らの思惑を打ち砕いたのは他ならぬ自分の意志なのだ。

彼女はこの時こそ、かつて生涯忠誠を誓ったアントワネットを裏切ってしまったことを、事実として自らの胸に刻みつけていたのである。




**********




アベイ牢獄の解放劇を知った国王は、有事に備えて近衛隊に再び出動を打診した。

「武器も持たない民衆に銃を向けることはできません。それは私が尊敬する方から学んだ事です」
近衛連隊長のジェローデルは、はっきりとそう言った。


群衆が危険をものともせず兵士たちを助けたことは、宮廷以外の者たちの心を打ったのだ。

それは国王直属軍であるはずの近衛兵たちですら例外ではなく、彼らは民衆に銃を向けることを国王の前で拒んだのである。


命令に背いたアランたちの銃殺を決定したブイエ将軍も、そしてオスカルの考えを頭から否定していたジャルジェ将軍も、アベイ牢獄を取り囲んだ民衆が熱狂し、警備の兵士たちさえ感涙に打ち震えていたという報告を受け、世の中の流れが変わってきていることを認めざるをえなかった。

少なくとも、不要な混乱を避けるためにオスカルが民衆への武力行使を渋ったのではないかと考えれば、彼女の命令拒否はあながち理解できないことでもない。

だがやはり、まれに例外があったとしても、これまでの秩序は守らなければならぬと考えていた。



オスカルと宮廷の距離はますます開く一方だった。

しかし現実とは裏腹に、オスカルはアントワネットをおとしいれる気持ちなど一切無かったのだ。

ただ部下を助けたい気持ちが今回の結果につながっていったに過ぎない。


彼女はあらがいがたい時代の流れをひしひしと感じていた。

誰の味方にもつかず中立の立場であるべきという気持ちを持ち続けていた彼女の事である。

欲望のために動く者には決して従わず、あくまで自分の気持ちに素直に、この国の行き先を見守っていくことが自身の生きる道と決めたはずなのだが、純粋に自分だけの気持ちで動くことの出来ない現実が彼女を待ち受けていた。


困難は次々と彼女の前に立ちはだかり、少し離れた第三者の目で見ることなど許してはくれない。
いやおうなくオスカルを巻き込み、結果として思いもかけぬ方向に彼女を導いていく。


人はたとえ信念を持ってしても、時には全く違う結果を導いてしまう。

無償の善意は時に誰かの利益に利用され、悪意も又、行き詰まった事態を打開する一つの転機となる。

それが人の世なのだとしたら、理想とは、追えども届かぬ蜃気楼のようなものなのかも知れない。


しかしオスカルは今後何が起ころうとも、決して逃げまいと心に誓ったのである。

病と闘ったジョゼフが、そして王室を必死の思いで守り続けるアントワネットが、厳しい現実を前にしても目をそらしたりはしないように、彼女も又、自分の信じた道を歩もうとしていた。



歴史が変わる時には、混乱がつきまとう。

だがいつの世であろうとも、人は自らの行為に対し、時には大きな代償を払うことがあるのだ。




2006/10/14/


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