−お知らせ− このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。 一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。 又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。 まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。 気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。 それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。 -決意と波紋- ここ数日、ラ・ファイエット候はオスカルの功績を誉め讃えていた。 議場の危機を救ったことのみならず、衛兵隊による議場警護でさえ何の落ち度もなくすばらしいと彼女を持ち上げる。 「嫌な感じだぜ、全く」 うわさを聞いたアランは吐いて捨てるようにつぶやいた。 人を心から誉める場合は、何も大げさに言わなくとも相手の心に響くものだ。 だが近衛兵の議場突入を防いだことを苦々しく思う者も大勢いる中、オスカルや衛兵隊をあからさまに賞賛することは賢明ではない。 何より嫌な感じがするのは、アランの悪い予感はよく当たっていたからだ。 ********** 六月二十四日になって、多数の僧侶議員たちは平民議員に合流することを決め、翌二十五日にはオルレアン公に率いられた四十七人の貴族議員が国民議会に合流、時代の流れは一気に加速した。 すでに多数の貴族議員も、国王に付くより議会の勢力に乗る方が得策と考えはじめている。 いまや宮廷の意に反して、国民議会という新しい権力が確立しつつあった。 だが国王はこれらの動きを決して認めようとはしなかった。 何が何でも世の中を元通りに戻し、この悪夢を忘れ去ろうと考えたのだ。 彼の脳裏には武力を行使してでも議員や民衆を押さえ込もうという考えがはっきりと浮かび上がっていたのである。 とは言え国王の思いとは裏腹に、平民議員のみならず民衆は国王に対する反乱など全く考えていなかった。 彼らはこれまでの慣習に従い、国王はフランスで最高に身分の高い偉い人であり、相変わらず国王は国の父であると考えていたのだ。 ただしパリの有力者たち、特に平民議員を選出した選挙委員と呼ばれた有力者たちはパリ市役所に本部を設け、治安の維持と今後の展開を慎重に見極めるべく、平民議員たちとの連携を強めることを決めた。 危機を感じたアルトア伯やエリザベート内親王はアントワネットと相談し、いまだに強硬な態度を取らない国王に対し、王室が今こそ民衆に対して威厳を示すべきだと進言した。 エリザベートは武力の行使には難色を示したが、全てにおいて国王が覇気を見せれば、議会の上に立つことは難しくないと考えていた。 アルトア伯はエリザベートとは違い、武力を行使すべきだと主張していた。 特に彼と仲の良いランベスク公爵は普段から非常に身分制度に固執し、超保守派として知られている。 彼はたとえ相手が議員であろうとその身分が平民であれば、宮廷に逆らった場合、暴徒とみなして命を奪っても良いとさえ豪語していた。 それほどまでに貴族が武力で民衆を押さえ込んでいないと、社会の秩序は保つことは出来ないとランベスク公は常々語っており、アルトア伯は彼の考えに傾倒していたのだ。 アントワネットは実際に武力を行使することには賛成しかねていたが、軍隊を集めて威嚇する程度なら構わないと思っていた。 特に平民議員の中には話し合いを尊重する弁護士などが多い。 もし宮廷側が軍隊を集結させたとしても、彼らは感情的になって武力を集めて反撃するのではなく、命を惜しんで引き下がるであろうと楽観視していたのだ。 そうこうしているうちに二十六日、態度を留保していた多数の貴族議員と、いまだ特権階級側にいた残りの僧侶議員は国民議会への合流を決め、反対にルイ十六世に対し、国民議会を国王の命にて開くように詰め寄った。 ついに国王の考えは決まった。 彼は主立った将軍を集め、この日のうちに地方の部隊を動員してパリに進軍させる命令を出すことを伝えた。 そしてブイエ将軍に対しては、パリにある衛兵隊の留守部隊の強化を命じた。 ブイエ将軍はこの命令を受けてひとつの提案をした。 このところの国民議会の影響を受けて留守部隊は兵士に気持ちの乱れがあり、統制が取れていないと報告を受けていたのだ。 「現在、議場の警護をしております中隊をパリへ進軍させましょう」 将軍はちょうど良い機会とばかりに配置換えを思いついた。 ********** 先日ジャルジェ家では大騒動があったにもかかわらず、オスカルはすっかりいつものように平静な態度に戻っていた。特にアンドレには目もくれない。 しかし彼女は決して冷静だったわけではない。 刻々と変わる状況に対応すべく、常に神経を集中させておく必要があった。 あえてアンドレに気を取られてはいけないという理性が感情よりも勝っていたに過ぎない。 もっとも、彼女の様子をよく見ていれば、アンドレから不自然に視線を外していることに気付くであろう。 だが、兵士たちはあいにくそれを見抜くほど繊細に出来てはいない。 又、彼女はこの日、六月二十六日、ブイエ将軍に呼び出されていた。 将軍の控えている本部に行く時は何かいやな事が起きる。つい先日は会議で重い風邪をうつされ、苦しんだばかりだ。 そればかりではなく、先日の議場での騒動について将軍がどう考えているか計り知れない。 そして予感がした通り、オスカルはそこで思いがけない任務を命じらることになった。 「明日の早朝、君の隊はパリに向かってくれたまえ。なに、議員のことなら心配はいらぬよ」 穏やかに語る将軍の表情とは裏腹に、平民議員を擁護するオスカルにもうこれ以上議場を任せたくないという決意が伺われる。 特に自由主義を気取るラ・ファイエット候が満面の笑みを浮かべてオスカルを賞賛するのにもうんざりしていた。 ブイエ将軍は幅広い人脈を持っていたが根本は保守的だった。自由主義などという流行りの考え方にかぶれた貴族など毛嫌いしていたし、ラ・ファイエット候の喜ぶ顔など見たくなかった。 そのせいもあり、自由主義貴族や平民議員などに支持されているオスカルを、国民議会から遠ざけたかったのだ。 「それは一体、どういう事ですか」 オスカルはパリに行く真意を将軍に問いかけた。 「国民議会なるものは日に日に力を付けてきておる。国王陛下はその事を秩序の乱れと大変憂慮しておられるのだ。平民どもは議場を取り囲み、まるで議員を警護するのは自分たちだと言わんばかりだ。これでは君たちの任務はほとんど意味がない。ならば君の隊はパリに行き、治安維持に当たるべきだと陛下は判断なさったのだ。事態は一国も争うのだよ。主な任務として、特に国民議会に肩入れして陛下を侮辱する者や、それらに乗じてデモを行ったり治安を乱す者たちを即刻取り締まることになるだろう」 ブイエ将軍は頭から国民議会を解散させることが正しいと信じていた。少しずつ彼らを不利な状況に立たせ、力を弱めようという考えだ。 今回の任務も本来であればパリの留守部隊から兵士を回せばいいのだが、あいにく統制が乱れている。 ならばこの際オスカルに頭を冷やす機会を与え、軍規の再確認をさせるためにも彼女の隊を送り込もうとしたのだ。 「将軍、それはおかしいではありませんか。何の武器もない市民を軍隊が威圧することは、すなわち彼らの意志を踏みにじることになります。そうなれば、きっとただでは済みませぬ」 「君に意見など聞いておらんよ、ジャルジェ准将。私は君にパリへ行ってくれと命令しているんだ」 将軍は怒りのために顔を紅潮させた。 彼はジャルジェ将軍の友人として、これで最後だという信頼を込めてオスカルに命令を伝えたのである。 だが彼女の意外な反発で、将軍の好意は拒絶されてしまった。 「パリ市民を威圧するのが目的であれば、私はそのご命令を聞くことは出来ません。はっきりと申し上げますが、武力行使には反対です」 オスカルには迷いもなかった。 議会という理性で話し合う場がありながら、力でねじ伏せようというのは時代を逆行しているようなものだ。 命を扱う軍人であればこそ、流血の事態はもっとも避けるべきではないのか。 「君には失望したよ、ジャルジェ君。父上が聞かれたらさぞがっかりなさるだろう。しかしそれなら仕方ない、君の隊へは私から直接命令を伝えよう。君はしばらくここに居たまえ」 将軍はそう言い放つと、オスカルに鋭いいちべつを投げかけて司令官室を出ていった。 「将軍!」 オスカルはすぐに後を追おうとしたが、外から警備の兵士がすぐにドアを押さえ込んだ。 重いドアはびくともせず、激しく叩いても外から反応もない。 「アンドレ、アラン、みんな、無事でいてくれ」 オスカルは心の中で祈った。 その頃、練兵場には明日の議場警護についてオスカルから報告があるため、部下たちが待機していた。 普通なら時間には正確な彼女が今日はなかなか現れない。 不審に思っていたところにブイエ将軍が乗り込んできて、鼻息も荒くパリ行きの命令をいきなり伝えはじめる。 もちろんそれ聞いたアランたちも又、オスカル同様、素直に命令には従わなかった。 「俺たちはジャルジェ准将の命令ならその通りにやってみせよう。だけど隊長はこの場にいないし、第一、俺たちにパリ市民を脅せって言うのならお断りだぜ。聞く耳もたねぇ」 アランはさも不真面目そうに小指を耳の穴につっこんだ。 「何をふざけておる。治安維持部隊としてパリに駐屯せよと言っておるのだぞ、お前たちは反逆罪に問われたいのか」 ブイエ将軍はここでも怒りのために顔を真っ赤にした。 「パリにいるのは俺たちの家族や友達だ。誰が好きこのんで仲間に銃を向けるものか」 いつもは内気なフランソワさえ反論した。 「上官が上官なら部下も部下だ。所詮、女の采配は兵士を腐らせるものだな、ふん」 将軍も彼らに負けず皮肉った。 「よく知りもしねえで他人の悪口を言うもんじゃねえ」 アランは将軍をにらみ据えた。 「そうだ、隊長を悪く言うな」 「誰がパリに行ってやるものか」 兵士たちは次々とブイエ将軍に反論し、その場は騒然とした。 「これでは示しが付かぬ。こいつらを反逆罪で捕らえろ」 ブイエ将軍の怒りはついに頂点に達し、連れてきていた兵士にアランたちの逮捕を命令した。 ********** 兵器廠を点検するために練兵場を離れていたアンドレが戻ってきた時、兵士たちは青ざめて立ちつくしていた。 そこには、本来ならいるはずのアランやフランソワ、ジャンにラサールなど、十名ほどの姿が見あたらない。 「何かあったのか」と聞くアンドレに対し、幸いに捕らえられずに残ったメルキオールが事の次第を知らせた。 「アランは逆らったので憲兵にひどく殴られていた。あんなに乱暴に引っ立てていくなんて、ひどすぎる」 いつもは無口なメルキオールも声に怒りがこもっている。 「隊長はどうした」 「わかりません、ずいぶん前にブイエ将軍に呼びだされたと聞いてます」 その場に残された兵士たちは途方にくれるばかりで、仕方なくアンドレはわずかな手がかりを求めて駆けだした。 とにかく今はオスカルを一刻も早く見つけ出し、今後の対策を取らねばならない。 いや、もしかすると彼女も捕らえられているかも知れないと思うと、アンドレはじっとしていられなかったのである。 彼女の所在が知れないという事は、彼にとってこの上なく不安材料だったのだ。 ********** しばらくしてブイエ将軍は部屋に戻って来て、アランたちをみせしめのためにアベイ牢獄に収監するとオスカルに伝えた。 「陛下のご命令に従わなかった罪は重い。まず銃殺刑は免れられぬぞ」 将軍は怒りも冷めやらず興奮していた。 「彼らに何の罪があると言うのですか、ブイエ将軍。彼らが動かなかったのは私が不在だったために配慮をしたに違い有りません。私はどんな刑罰でもお受け致します、しかし何卒、罪のない彼らは一刻も早く釈放なさって下さい」 衝撃を受け、尚それでもオスカルは抗議した。 「何を寝ぼけたことを申すのか。君の隊の兵士どもはパリに行かないと鼻息を荒くしておったわ。これでは示しがつかぬではないか。やはり女には軍隊は任せられぬものだな」 結局彼は余計に気を悪くして司令官室を後にした。 そして代わりにやってきたのはブイエ将軍から事情を聞き、怒りのために顔を真っ赤にしたジャルジェ将軍で、その後ろにはアンドレもいた。 彼女が司令官室に軟禁されていたことを聞きつけたアンドレは、ちょうどジャルジェ将軍と廊下で出くわしたのだ。 が、オスカルのいる司令官室に向かう二人は会話もない。 特に前と後ろになって黙々と歩く図は、何も知らぬ者が見ても異様に張り詰めた空気を感じたに違いない。 特にアンドレはオスカルの安否が知れず、ひどく緊張した面持ちでジャルジェ将軍の後を歩いていた。 将軍はオスカルを見るなり、監視の兵士たちのいる前でいきなり彼女の頬を平手で激しく打った。 彼女は勢いよくはじき飛ばされ、マホガニー製のテーブルの角に頭の後ろをしたたか打ち付けて、倒れ込んだ。 「旦那様…!」 口の中を切り、うっすらと唇の端に血をにじませるオスカルを見て、アンドレは青ざめた。あまりに急すぎて止めることすら出来なかったのだ。 「父上…」 一方のオスカルはぼう然とするばかりだ。 「馬鹿者めが。…しばらく屋敷で謹慎するがよい、ブイエ将軍の寛大な処分だ」 ジャルジェ将軍は冷たく言った。 オスカルのみならず、彼女が率いる部下までが平然と命令を拒否するなどという事態では、もう何を言っても無駄かも知れぬ。 特に総司令官であるブイエ将軍の命令を無視することは将軍には許し難いことだった。 ここで怒りにまかせて先日の再現をすることも出来た。 だがあいにく将軍のすぐ後ろに、オスカルを心配したアンドレが駆け付けている。 又、あの騒動をこのような公の場で繰り返すほど彼は愚かではない。 「アンドレ、お前がもし妙なことをオスカルにあれこれ吹き込んだのだとしたら、私はお前を決して許すことはない」 ジャルジェはアンドレを振り返り、苦々しく言った。 どういう理由であれアンドレを許せないという思いが父の顔ににじみ出ている。 「違います。アンドレには関係のないことです」 言い返すオスカルの言葉など将軍は聞いてはいなかった。 彼は手近にいた兵士に命じてオスカルを馬車に乗せて屋敷へ送るように指示し、振り返りもせず去っていく。 ぎくしゃくした関係はなかなか修復できそうにもなかった。 ********** 又、この日の夜、衛兵隊の兵士がパリの治安維持命令に従わなかったことについて、国王はブイエ将軍から報告を受けていた。 地方の軍隊をパリに進軍させようとしている今、規律の乱れは許されない。 見せしめのためにも捕らえた衛兵隊の兵士は銃殺刑に処すべきという将軍の進言を国王は受け入れた。 正確には感情的になっていたブイエ将軍が語気を強め、国王に対して処刑を許可するよう、強引に押し切ったのだ。 しかし国王にすれば、兵士の処分は将軍に一任するつもりであったし、もっと重要な事に気を取られていたに過ぎない。 先日からさんざんに悩み抜いた国王はアントワネットら王族の意見も取り入れ、地方の軍隊をパリ西方のシャン・ド・マルスに集結させる命令を、この夜、密かに下したのである。 彼は考えた末に、召集する兵士の大多数を外国人部隊に任せることにした。 今日の衛兵隊の反発を考えたならば、動員するのは国内の兵士よりも、外国人部隊のほうがより確実に、より冷静に任務を遂行してくれるであろう。 これで国民議会は解散し、浮かれた祭騒ぎは収まるはずだ。 彼は大きな決断を終え、安心して床に就いた。 2006/10/14/ up2006/12/12/up 戻る |