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このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-雨の誓い 後編-



「今日の隊長には惚れ惚れしたよ」
フランソワは近衛隊の進軍を止めたオスカルのことをしきりに誉めていた。


「そんな事を言っていたらアンドレが嫉妬するっす」
ラサールが口を挟んだ。


「何だよ、お前の方が普段から隊長に入れ込んでるじゃないか」
雑談となればジャンも参戦してくる。


とにかく、近頃の兵士たちのうわさは議会と警備のことばかりで、いずれも先行きの見通せない話が多い。
なので、たまには胸がすくような出来事があると、もちきりになる。


「まあ、何て言うか、俺たちは少なくとも隊長の部下で良かったって事だな」
フランソワが満足げに締めくくった。


実は同じフランス衛兵隊でも、パリの留守部隊は連隊長がひどく傲慢な性格で、兵士たちから嫌われているのだという。
特に兵士が平民だと知ると、人を人と思わない扱いをするらしい。


「気に入らなきゃ殴られるんっす」
ラサールも初めはパリの留守部隊にいたので、もうあそこには帰りたくないと言っている。


度を超えた任務をさせることはしょっちゅうで、気に入らなければ兵士を勝手に処分するなど、聞こえてくるうわさはろくなものがない。

時にはいかがわしい女たちを馬車に乗せ、夜のパリを徘徊する際に御者にさせられるなど、とにかく人としての品格も疑わしかった。


かと言って、それに比べてオスカルが生やさしい事でもない。
任務は場合によって厳しく、たるんだ兵士に対する態度は男以上に手厳しいと言われている。
だが彼女は決して気を抜くことはなく、時には兵士と同じ待遇もいとわない。

どんなに任務が深夜に長引くことがあっても最後まで立ち会って必ず彼らの労をねぎらう。



「だがなぁ、完璧すぎるっていうのか、息抜きしねえままよくやると思うぜ」
兵士らの雑談を黙って聞いていたアランはボソリと言った。

確かにオスカルは持って生まれた才能で、何でもこなしてしまうのかも知れない。
だが人間である限りは誰でも弱い一面を持っている。
それを隠し通したまま、生きられるものなのかとアランはふと思ったのである。




**********




その日の夜になって、ジャルジェ将軍はオスカルを書斎に呼びつけ、激しく叱責した。
彼女が近衛兵を下がらせ、議会を守ったことをブイエ将軍から知らされたのだ。



「国王陛下のご命令に背き、平民議員の味方をするなどと言語道断。お前はジャルジェ家の名誉に傷を付ける気なのか、オスカル」


「私は最悪の事態が起きないように議場の安全を最優先したまでです。たとえ陛下のご命令であろうと、あの場で近衛兵が乗り込んでくれば無駄に命が失われるのは目に見えておりました。もし暴動に発展していれば、結果として心優しい陛下がお心を痛められるのは必至。まして王室をないがしろにしようと言う輩がそれを機にどんな動きを起こすかわかったものではありません」

オスカルには任務上、一応の言い分があった。
ただ、平民議員に対する理不尽な扱いに彼女が怒りを感じていたことは隠しようもない。


「言い訳は不要だ、お前は今後一切、軍務に付くことは許さぬ」
父の怒りは収まりそうになかった。


「私はもう父上の人形ではございません、一方的な取り決めは受け入れられませぬ」
オスカルもまた、激しく応酬した。


「何を生意気な事を言うのだ」
将軍は激しい怒りのために目の前がゆがんで見えた。


ジャルジェ家は王家を守ることを誇りとしてきたはずだった。
しかししきたりと秩序の大切さをたたき込んだはずの娘が、最近になって自らの意志でその社会の仕組みから外れていこうとしている。これが危険な行為以外の何であろう。



何かがおかしい。よもや娘の考え方はゆがんできたのではないだろうか。
父にはとうていオスカルの考えは理解できるものではなかった。


だが今まで浮かれたうわさや流行りすたれに一切乗らず、いつも一歩離れた所から静観していたはずのオスカルが今、王政の根幹を揺るがす事態に際し、王室の考えとは全く反対の立場を明らかにしている。

時代が激変すると民衆はうかれて騒ぎ立てているが、これほどまでに決意を固めた娘の信念を見るにつけ、もしかするとこの国は本当に変換期を迎えているのかも知れぬ。

しかし、しきたりに従わずジャルジェ家の伝統を守らぬのであれば、跡取りとして認めるわけにはいかない。

ついに彼は決意したようにいきなり剣を抜くと、オスカルの頭上に振り上げた。




「お前の処分は陛下ではなく、父である私がなすべきなのだ。軍務を退かぬと申すのなら…」


「父上、それで父上の気が済むのであれば…私をお切り下さい」
彼女は父を見据え、避けようともしない。

父娘は頑固で気の強い似たもの同士である。彼らは互いに意地を張りあい、一歩も譲ることが出来ない。



オスカルは、たとえ自分が父の考えに逆らっているのだとしても、引くに引けなかった。
しきたりも今までの制度も、もはや行き詰まっている。そして変わるべき時が今なのだと心の声は訴えている。
だかその反面、父の固い忠誠心は手に取るようにわかっていた。


父にも又、葛藤はある。
誰も好き好んで大事に育てた我が子を切りたい親はいない。

彼は振り上げた剣をそのままに、抜き差しならぬ状態で留まっていた。




**********




「お待ち下さい、旦那様」

二人の様子を見守っていたアンドレが見るに見かねて飛び出してきた。


不意をつかれたジャルジェ将軍は彼に腕を押さえられ、思わず後ろへよろめく。
ついには書斎の壁に押し当てられた。


「何をする、アンドレ。そこをどかぬか」


「お願いでございます。今一度、お二方とも冷静にお話し合いを」
アンドレは暴れる将軍を押さえたまま懇願した。


「ならぬ、これの処分を国王陛下がなさらぬのであれば、私がやらねばならぬ」
将軍にはジャルジェ家当主の意地がある。


そして召使いに過ぎないアンドレに押さえられたことへの怒りも手伝って、このまま決して後へは引けぬとかえっていきり立ったのだ。


「もしオスカル様に危害が及ぶのであれば、私は貴方を倒さねばなりません」


「何を言うか、アンドレ。お前の主人は誰だと思っておる。そのようなことをすればお前もただでは済まぬぞ」
将軍は掴まれた腕をわなわなと震わせた。


「このお屋敷には大変お世話になったことは言うまでもありません。ただ、命に代えてもオスカル様をお守りすることが私の信ずる道でございます」
アンドレは反発しようとする将軍をそれでも押さえ込み、はっきりと言い切った。


ジャルジェ将軍には彼の言葉の意味が瞬時に理解できた。

かつてオスカルのそばに置き、生涯の友とすることで、彼女がより男らしく生きるであろうと考えて屋敷に引き取ったアンドレだった。

だがアンドレとて男である。そばで仕えるうちに、オスカルの秘めた女性らしい内面を知らぬままでおられるはずがない。


屋敷で長く見守る中、彼の人柄は非常に素直で我慢強く、オスカルに良い影響を与えていた。
引き離そうにもその機会はこれまで一度も見いだすことが出来なかったのだ。

父にすれば、いつか彼がオスカルに惹かれるのではないかという予想はいつからともなく頭の片隅には有った。



「お前は身分が違う。もしたとえお前が貴族の身分を得たとしても、所詮その血は平民に過ぎぬ。私はお前の気持ちなど認めるわけにはいかぬぞ」
将軍はアンドレをにらみ据え、アンドレも又、真摯な表情を彼に向けた。


「認めてもらえなくとも構いません、私は今のままで結構です。ただ、私の命はオスカル様のためにあります。もしこの場でオスカル様をお切りになるとおっしゃるのであれば、代わりに私をお切り下さい」


彼は秘めていた心の内を全て吐きだした。
言うべき事は全て言った。そう思ったとたん、アンドレの腕から力が抜けた。


すると今度は身体が自由になった将軍がアンドレをはねのけ、いきなり彼の頬を拳で激しく殴りつけた。


「この馬鹿者っ」
オスカルに対する怒りの矛先が、今度は彼に向いたのだ。

アンドレは床に転がり、それでもすぐに半身を起こして将軍を見返している。
だがジャルジェ将軍は無慈悲にも剣を上げると、彼に向かって振り下ろそうとした。



と、その瞬間、二人の間にオスカルが割って入った。
彼女はとっさにジャルジェ将軍の剣を受け止めると、その腕からたたき落とす。


「父上、私のために争うことはおやめ下さい。アンドレは我が屋敷の一員です。…それを切って捨てるような事があってはなりません」

オスカルの声は思わずうわずっていた。

なぜなら父の振り下ろそうとした剣は、初めからアンドレの身体から逸れていたのだ。


「私は…、私はこんな事になるためにお前を男として育てたのではないっ」
ジャルジェ将軍は混乱していた。

我が娘と召使いに過ぎぬアンドレが互いにどのような気持ちでいるのか、知りたくもなかった。


「この親不孝者めが、一人で一人前になったような顔をしおって…」
将軍の脳裏には不意に、幼い頃からのオスカルの愛くるしい表情の一つ一つがよみがえってきた。


厳しく叱りつけられ、泣きながらも決して本人からやめようとは言い出さなかった剣の練習。

つきはなしても尚、追いかけてくるオスカルの強い精神を彼は誇らしく思っていたし、彼女も又、父の叱咤も愛情であると感じていた。

そうして父娘は、かつて心が通じ合う喜びを感じていた頃もあった。



わけもわからぬ激しい感情が彼を襲い、その目はみるみる潤んできた。


「大馬鹿者!」
そう言い捨てると将軍は部屋を出て行った。




**********




怒りにまかせた大げさな足音が遠ざかると、ドアの外にいた召使いたちも一安心して散っていった。

オスカルは肩を落として書斎のドアを静かに閉じる。

そしてアンドレに向き直ると、戸惑うことなく彼の胸の中に飛び込んでいった。



「アンドレ、ああ…」


もし、アンドレの身に何かあったとしたらきっと自分は耐えられない。

安心すると共に思わず涙があふれた。

ブレゼ候と対立しても、近衛隊と対峙した時もこれほどまでに取り乱すことはなかった。
むしろ差し迫った困難は彼女をさらに勇敢にしていたからだ。だが今は違う。


「すまない、私のためにおまえまで巻き込んでしまった」
いつも黙って自分を見守り続けているアンドレの存在はどれほど心強かったことだろう。

今、父の刃が彼に向けられたことでその存在の大切さが身にしみた。


「俺のことはどうなってもいい。お前が無事なら、俺の命など…もうどうでもいいんだ」
我を忘れて飛び出した彼に対し、結局、身を挺して守ってくれたのは他ならぬオスカルだった。

かけがいのない女性を我が腕に抱きしめ、彼も又、思わず感極まった。


「おまえの命は私のものだ、アンドレ。どうでもいいなんてことはない、わかっているな」


昼にはあれほど緊迫した状況の中で雄々しく振る舞い、今も又、父に対しても冷静さを保っていたとは思えぬほど彼女の瞳は生き生きとし、激しく燃えていた。

アンドレはその美しさに目を奪われ、言葉を失ったほどだ。

もしその時ばあやが書斎のドアをノックしなければ、激情の赴くままに彼はどうなっていたかわからない。




「お嬢様、お怪我はございませんか」
ばあやはおそるおそる部屋の中をのぞき込んだ。


彼女の目には、部屋の真ん中で目を赤くし、不自然にたたずむ二人の姿が写っていた。




**********




アンドレはばあやにつまみ出され、お嬢様にちょっかいを出したんじゃないだろうねと詰め寄られながら、何とかその場をしのいでいた。


ばあやも色恋沙汰によほど鈍いわけではない。

孫のアンドレが主人であるオスカルに恋心を抱いていたのは以前から気がついていた。
いつか間違いをしでかすのではないかと胸騒ぎを感じたこともあり、今のように衛兵隊に転属してからも二人が一定の距離を保っているのを遠目に見守り続けていた。

だが、それでも彼が問題を起こすのではないかという事をばあやは恐れていたのである。



一方のアンドレは自分の部屋に戻ってからベッドの縁に腰を下ろしていた。

そして古いカバンの中から母の形見の黒い小冊子を取り出し、中身を読むとも読まないともなくパラパラとめくりはじめた。

詩やことわざが書いてあるその本の所々には亡き母の手による祈りの言葉や、勇気づけられる言葉が書いてあり、かつてつらいことが起きた時、幼いアンドレを幾度となく救ってきたのである。



いつかの誓いは守らなければならない。だがこの腕には彼女を抱いた感触が鮮明に残っている。

彼は早く冷静になりたかった。


愛とは相手を奪い支配することではなく、自分を与え続けることではなかったのか。
彼はまるで祈りの言葉のように自問していたのだ。


ばあやはちょっとした用事を作ってアンドレの部屋のドアを叩き、中の様子を確かめようとした。

だがこれと言った異変もなく、彼はただ黒い冊子を手に取っておとなしくしている。
やれやれと老女は胸をなで下ろしていた。



「何事もないのが一番だよ」
彼女は一人つぶやいた。




2006/10/13/




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