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このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-雨の誓い 前編-



六月二十二日に開かれる予定だった御前会議は、議場の整備で一日延期となった。

実はこの整備にもお粗末な理由があった。
議場の中には三千人を収容する傍聴席があったのだが、傍聴者の激しい野次で会議が荒れることを考慮した宮廷は席の撤去を行うことにしたのだ。

しかしこの延期のために、僧侶議員と少数ながら改革派の貴族議員は国民議会への合流を実行し、平民議員と手を組んでしまったのである。


そして二十三日の御前会議は始まる前から雲行きが怪しくなった。

朝から雨が降っていたにもかかわらず、特権階級の議員に対しては正門から即座に入場をみとめたのだが、平民議員には以前と同様、通用口からの入場を、それも一人一人の名を点呼するというまどろっこしい方式を取ったため、険悪な雰囲気が辺りにただよっていた。


だが、平民議員たちは自分たちの逆境にひるむことはなかった。

相手が強気に出たとしても、今さら崩れていく壁を支え続けることは出来ない、そう確信していたのである。
むしろ平民議員よりも、警備に当たる衛兵隊の兵士のほうがくやし涙を流していたほどだった。


「これは国民の代表に対する侮辱ですぞ」
オスカルの忠告など全く無視し続けている儀典長のブレゼ候は、淡々とした様子で平民議員の名を読み上げていった。


「ブレゼ候、聞こえぬのですか」
すでに集まった群衆は怒りの声を上げており、雨の中をひたすら我慢してたたずむ平民議員とは対照的に一触即発の状態になっている。

ブレゼ候の高慢な態度が火に油を注いでいることが、オスカルにはこの上なく危険に感じられた。


「私は国王陛下のご命令に従っているだけだ。議論するひまがあったら、警備の手を抜かないよう部下に命じてくれ給え、ジャルジェ准将。何かあれば貴君の責任だぞ」
ブレゼ候も少なからず集まった人々の殺気を感じ始めている。


身分の違いを思い知らせるためとは言え、これほどあからさまに侮辱された者がどれほど怒りを抱くのか、国王も王妃もそして大臣たちもきっと想像出来ないであろう。

宮廷は民衆を理解しない、知ろうともしない。
その無関心な態度が、人々にわからぬはずがない。それはともすると手ひどいしっぺ返しになりかねない。

オスカルが振り返ると議員と共に雨に濡れる群衆が拳を握りしめてブレゼ候をにらんでいる。



議員への当てつけに怒りがこみ上げてきたオスカルだが、これ以上ブレゼ候との言い争いはやめ、アランをはじめ部下たちに見守られながら一人さっそうと雨の中に出ていった。

彼女は平民議員たちのすぐ横に並び、兵士たちにも議員を取り囲んで警護するように命じた。
部下たちは彼女の意図を察して全員が雨の中に飛び出して行き、てきぱきと議員を囲み、等間隔に並ぶ配置についた。


「我々が守るのは国民の代表である議員の方々だ。ブレゼ候、あなたご自身の身は儀典長のご威光で守られるがよい」
激しくなる一方の雨の中、オスカルの声は議場の入り口にいたブレゼ候にしっかりと届いた。


見渡せば平民議員は我慢を重ねて雨の中を無言でたたずみ、集まった群衆のざわめきが儀典長を非難しているかのように聞こえてくる。

人々のざわざわという話し声は次第に大きくなってきており、ブレゼ候の読み上げる声は届きにくく、あいにくの雨も手伝って声をかき消しはじめていた。
議員たちも自分が呼ばれたのかどうかうまく聞き取れず、首をかしげている。

特にオスカルたちが議員を守るように警護の配置を変えてから彼の周囲に警護の兵はおらず、不安のため少しずつ声が小さくなってきていたのである。


「ええい、そんなにモタモタとしてどうするつもりだ、もっと早く進み出なさい」


できるかぎり平民議員をゆっくりと入場させろと命じられていたにもかかわらず、彼は身の危険を感じ、つい苛立って言った。


「お前のせいじゃないか」
それまで黙っていた群衆が、突然大声を上げはじめた。


「議員を平等に扱え」

「お前なんか引っ込め」

人々は興奮して手近な石をブレゼ候めがけて投げはじめた。


と、オスカルはすぐに部下たちに指示をし、民衆が飛び出してこないように再び兵士の配置を換え、彼女自身はブレゼ候を護衛するために駆け寄った。


「どうにかならないのか、ジャルジェ准将」
彼はうろたえていた。もし群衆が興奮して襲ってきた場合はひとたまりもないだろう。


「仕方ございませぬな、最後の手段です」
オスカルは待機するアランたちに手を上げて合図した。


「みんな、正面入り口の扉を開けて議員の方々をお通ししろ」
彼女の声は遠くまで響き渡り、怒りに火がつき始めていた民衆の声を歓喜の叫びに変えた。


「おうよっ」
アランは待ってましたとばかりに正面の扉を開け、まだ外にいる大多数の平民議員を誘導しはじめた。


「おい、何をするんだ」
予想もしない展開にブレゼ候は声を荒げてオスカルに抗議した。


「どうにかならないかと言われたではないですか。第一このままでは貴方だけではなくここにいる全ての人の身が危険です。そうなればブレゼ候もお困りでしょう。ならば警備の都合上、正門を開けるのはやむを得ぬ事です」
オスカルは突き放したような厳しい口調で答えた。


「しかしだな、これは国王陛下のご命令で…」


「それとももう一度、お一人で点呼を続けられますか」


「むぅ」
ブレゼ候は黙るしかなかった。




**********




御前会議は当然ながら国王の反撃となった。

玉座に立った王は議員たちに対して国民議会を早々に解散し、従来の三部会形式にのっとり、最初の通りそれぞれの身分に別れて討議することを命じた。

又、課税に関しても国王として主導権を手放すことはせず、国王ただ一人が真に国民の代表であり、国民議会の決議など認めないと明言した。


その後、国王は一方的に宣言を済ませると、議会はこれで閉会したとばかりに退出し、おおかたの貴族議員も退出していった。
だが、平民議員と大多数の僧侶議員、それと一部の貴族議員は議場から動こうとはしなかった。


彼らは国王の決定を不服としたのだ。

これまでの絶対的な王権であれば、ルイ十六世の発言は誰にも逆らえぬもののはずだった。
しかしもはや改革の勢いは止められない。

それは国王ばかりではない。動き始めた国民議会はまるでそのものが生き物のように勝手に意志を持って成長し続け、平民議員たちにとっても、もう以前には戻れぬ様相になっていたのである。


国王が立ち去った後、議場の後始末に来た儀典長のブレゼ候は居座る議員を退去させようとしたが、彼らはその場を動こうとしなかった。



「国王陛下の仰せの通りに、議会は即刻解散すべきである」
ブレゼ候は議長のバイイに命じた。


「残念ながら国民議会はその命令を直ちに受け入れられません。まずここにいる皆さんに聞いてみなければ…」
彼は丁寧に断り、議員たちを振り返った。

ブレゼ候は怪訝な表情でバイイを見つめていたが、本心は何としてでも議会を立ち退かせようと考えていたのだ。


とその時、議員の一人であるミラボー伯爵はゆっくりとした二人のやりとりに苛立ったように叫んだ。

「我々は今、民の意志でここにいるのだから、武力を行使しない限り立ち退くことはない」
彼は力強く解散を拒否した。


その言葉は他の議員たちを励まし、中には逃げ腰になりかけていた議員たちすらをも勇気づけた。

そして彼らはこの場ですぐに、何人たりとも国民議会の決議を覆すことは出来ないのだと提案し、熱狂のうちに大多数で可決したのだ。


国民議会は日一日と力を得ていた。

先日に議会を発足させたばかりではない、今日はさらに国王の決定を不服として拒絶したのである。

彼らには、自分たちこそが国王に代わってこの国を導くのだという実感が少しずつ我がものになりつつあったのだ。




ブレゼ候は議員たちの無礼な態度に怒りを感じ、この事をさっそく国王に報告した。

「平民議員は武力でしか解散しないそうでございます、いかが致しますか」


「それでは彼らの言うようにしなければならぬな」
ルイ十六世は即断で武力の行使を決定した。


優柔不断な国王にすれば早い決断であった。だが、本当のところはミラボーの言った事を深い考えもなくそのまま現実に行っただけなのだ。

国王の命令を受けて、ジェローデル大佐率いる近衛隊がすぐに出動して議場に向かうことになった。



思わぬ事態に国民議会は事の重大さをようやく認識した。

彼らは近衛兵が出向いてくることを知らされ、先ほどのミラボーの発言を「行き過ぎだ」と非難し、次第に意気消沈しはじめていた。




**********




雨はますます激しさを増し、近衛隊が議場に到着した頃には水煙を立てて土砂降りになっていた。

そして彼らがいざ建物の中に突入しようとした時、入り口の前に一人の人影が現れた。

その人物は紛れもなくジャルジェ准将その人だった。

「…隊長」



ジェローデルは思わず息を呑んだ。
馬上で剣を抜いた彼は、議場の前で部下たちに突入を命じる直前だったのだ。



「今、この議場では重要な討議の最中である。そのように剣を振り上げて気勢を上げるとは一体何事か。中にいるのは国民から選ばれ、国民を代表する方々だ。彼らに剣を向けることはすなわち国の代表をおとしめる事になるのだぞ」
オスカルは近衛兵をにらみ据え、激しい雨の中へと歩み出て彼らと対峙した。


「ジャルジェ准将、そこをお退き下さい。我々は国王陛下の命令で議員の排除に参りました」


「ここを通すわけにはいかぬ。もし抵抗するすべもない民を武力で威圧するのであれば、それは暴力の正当化に他ならない。たとえお前が命令を受けてこの場に来たのであろうと、私がここを退くことはない。どうしても行くというのならまず私を倒してからにせよ」
オスカルは静かに剣を抜き、近衛隊の兵士たちに言い放った。


「もし諸君らが武器も持たぬ善良な民に剣を向けると言うのであれば、今一度、武人としての誇りを自ら問い直すがよい」
彼女の気迫に、ジェローデルたちは押し黙った。



国王陛下直々の命令をないがしろにすることは出来ない。

だが彼らとて、ここに来ることを望んだわけではない、むしろ武力行使は渋っていたのだから。
ましてオスカルは彼らの直属の上官だったのだ、彼女の言うことは心に突き刺さっていた。



と、その時、沈黙を破って一番に声を上げたのはラ・ファイエット候だった。
「私もジャルジェ准将に賛同する」
彼の声は議場内にいる人々をさらに勇気づけた。


「私もだ。議員に危害を加えることは断じて許さぬ」
続いてリアンクール公も姿を現した。


そして国民議会に合流していた一部の自由主義貴族議員たちが議場を守ろうとして、次々と剣を抜いて出てきたのである。
土砂降りの雨の中を両者は互いに動かず、しばし時間が止まったような沈黙が流れた。


だが、オスカルをはじめ貴族議員の抵抗に対し、ジェローデルはついに折れた。


「私は議員の排除は命じられましたが、貴族を倒せとは聞いておりません。ジャルジェ准将、この場はひとまず兵を引きましょう」


彼はオスカルに敬礼し、後から出てきた貴族議員に対しても一礼し、いっこうに止む気配を見せぬ雨の中を部下と共に引き返していった。



飛び出してきた議員は大きく息をついて安堵の表情を浮かべ、成り行きを見守っていた衛兵隊の兵士たちもこわばった表情をゆるませた。

ひとまずオスカルの機転で武力衝突は避けられたのだ。

議員たちは議場に戻り、近衛隊を押し返した勢いをそのままに、精力的に様々な改革をこの日のうちに決議していったのである。


また、ラ・ファイエット候はこの場でオスカルに出遅れたことを痛感していた。

彼は常に自分に脚光が当たっていることを望んでいたのだ。
ただ立っているだけでも目を惹き、言葉を少し発するだけで人の気持ちを動かすオスカルの天性に、彼は自分がかなわないと感じていた。

「このままではいつかジャルジェ准将に出し抜かれてしまうかも知れない」
彼は危惧していた。




**********




「なに、貴族議員が出てきたと申すのか」
ルイ十六世も抵抗する相手が平民議員であれば議場に近衛兵を突入させていたに違いない。

だがそれが貴族であったため、思わずひるんだのである。


「ならばやむを得ない。世は貴族の血を流すことは望んではおらぬ」
儀典長のブレゼ候が事の顛末を語り、命令を遂行できなかった近衛兵の処分を国王に伺ったのだが、結局は事なきを得た。



さらにこの日の御前会議にはネッケルの姿は無かった。

そのために彼が解雇されたのではないかと民衆の間にデマが飛び交ったのだ。
ここのところ、宮廷の思惑はことごとく外れ、全て裏目に出ている。

あわてた国王と王妃はネッケルに対し、今のまま大臣を続けてくれるように頼んだのである。
しかしこれはやがて国民議会を解散させる有効な手段を画策するための時間稼ぎであり、単に一芝居打ったに過ぎなかった。

本心を言えば、彼らは一刻も早く国民議会を解散させ、ネッケルにも大臣を降りて欲しかったのである。



そして未然に防いだとは言え、今後も国王による武力の行使は現実にあり得ぬ手段ではなかった。

ルイ十六世にとって国民議会の横暴は目に余るものがあった。だがもうこのままでは会議の席で彼らを阻止することは難しい。


ミラボーが吐いた暴言のように、国民議会を解散させるためにはもはや国王の威光など役には立たないのかも知れない。
今となっては、実力行使のみが最良の解決策ではないだろうかとルイ十六世は具体的に考えはじめたのである。



もはや武力に訴えるしか手だてがないのではなかろうか。
彼はその考えに取り憑かれるように、他の選択肢を切り捨てていった。




**********




会議が終了した後、司令官室に戻るオスカルはふと兵士の中からアンドレの姿を見つけ出した。

興奮した様子で今日の出来事を語る他の兵士のように浮かれることはなく、彼はオスカルを見つめ返して穏やかに笑った。



オスカルはこの時、はっきりと気がついていた。
アンドレは彼女が心の支えを必要としている時には必ずそばにいるという事を。


普段の彼は場面によってはおどけてみせるが、緊迫した事態や非常時には取り乱すことはなく落ち着いて彼女を見守っている。

アンドレが感情的になったのは、彼女に対する激情が押さえられなかったあの時だけなのだ。
オスカルは彼の深く静かな愛情を感じて急に切ない気持ちになり、思わず目を閉じた。




2006/10/13/




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