−お知らせ−

このお話は史実に基づくものではなく、単なる妄想です。
一部に実在した人物・団体・物体・出来事・地名・思想・制度なども登場していますが、その行動や性格設定・実態・本質及び情景etcは、全て「でっちあげ」です。
又、内容も原作から大きく外れている場合も大いにあり、予測なしにオリジナルキャラクターも登場します。
まれに、現在は控えるべき表現も出てきますが、あくまで場面を描写するためにやむなく使用しています。
気になる誤字脱字誤用も当然、存在します。
それを承知の上、多少のことは目をつぶり、遊び心で読んでみようという方のみ、下へお進み下さい。




-逆らえぬ流れ-




6月に入ったというのに、会議はほとんど進展を見ない。

相変わらず平民議員と貴族議員は主張を譲らず、膠着状態が続いていた。
しかしそんな中、王太子ルイ・ジョゼフの容態が一気に悪化、三部会は一時中断した。


「主よ…」
屋敷に戻っていたオスカルはこの時、心から神に祈った。

幼い王太子が病と戦っているだけではなく、アントワネットやルイ十六世の心痛を思うと、祈ることしかできない自分がいかに無力かを思い知らされる。


しかし祈りの甲斐なく、ついに六月の四日、幼い王太子は天に召されたのである。

お悔やみに駆け付けたオスカルの前でアントワネットは泣き崩れ、誰もがかける言葉さえ失ったのである。




**********




嘆きの中、王太子の葬儀が済んだ六月十日、議会はついに動き、平民議員たちは貴族議員たちが今の制度を変える意志がないことを広く民衆に知らしめた後、今度は自分たちが主導して、全議員たちに対して三部会の再開を呼びかけた。


十二日になって特権議員たちもこの呼びかけを受け入れ、結果としてわずかながら僧侶議員が応じ、平民議員に合流した。

特権階級であるはずの僧侶議員だったが、彼らの多くは身分の高い僧侶から平民同様に扱われており、社会の底辺を知っていたのである。


議場の警護に就くオスカルたちの士気は高まっていた。
平民議員たちが勢いを増し、改革は順調に進んでいるかのように見えた。


そして十七日、平民議員たちは身分制度があからさまな三部会という会議名を改め、国民議会と呼ぶことにした。

彼らはすでに国民を代表する議会であると自負し、徴税に関する権利を主張し、これらの決議に対する国王の拒否権の行使を拒絶した。これは国王を絶対とするかつての制度を打ち破るもので、革命的な出来事となった。


世論は盛り上がり、絶対王政の基礎はぐらつきはじめていた。

そんな中、最愛のジョゼフを亡くし意気消沈していたアントワネットはここ数日ふさぎ込み、国王を補佐する事が出来ないでいた。

宮廷はしばし沈黙し、平民議員の勢いを止める手だてを打てず、その間に国民議会が発足したのである。

この頃になって、ようやく貴族たちは自分たちがたくらんでいたはずの王権の縮小が、全く違う方向に向かいはじめていることを思い知った。



「俺たちの時代が来る」
アランは確信に満ちていた。


オスカルも又、議会の躍進に異論はなかった。

時代は変わっていく。いつまでも破綻した制度を引きずっていてはやがて世界からも取り残されていくのだ。
そして同時に、改革は神の光に照らされた希望に沿って行われるべきであると願ったのである。


議会はさらに勢いづき、十九日には僧侶議員も多数決によって国民議会に合流する事を決め、平民議員らは大いに力を得た。


当然、このままで済むはずがない。

貴族や高等法院らはこぞって国王に対し、平民議員の中でもとりわけ改革を主導している者や、財務総監のネッケルも含めて、民衆に味方する者を早々に処分するように詰め寄った。



「今だからこそ、国王の威厳を見せる時です、陛下、今こそご決断を」
アントワネットは今までになく厳しい口調で進言し、緊急時への対応が不得手な夫を奮い立たせようとした。

彼女も又、国民議会などは到底受け入れることは出来なかった。


最愛の息子を失った悲しみを整理できないまま、一国の王妃としてのアントワネットはジョゼフのためにも、そして弟のルイ・シャルルのためにも、何が何でも絶対王権の存続を誓っていた。

ジョゼフの戦いを最後まで見守り続けた彼女にはもう死すら怖くなかった。

終わりの見えない戦いに挑み、少しでも悲しみを紛らわせたかったのかも知れない。



ルイ十六世は周囲から押されるようにして、対抗策を考えはじめていた。

国民議会を解散させ、元の身分ごとの協議に戻るように命じるために何が最良なのか、彼は身体をベッドに横たえてからも悩み抜いた。


場合によっては武力による排除すら頭をよぎる。だが、それはまだ時期尚早だと打ち消した。

そして結果として、ひとまず考える時間を作るため、彼は国民議会の会場を内部修理という理由を付けて閉鎖、さらに自らが出席する御前会議を二十二日に開くことを取り決めた。




**********




オスカルがブイエ将軍から議場閉鎖の命令を受けたのは十九日の夕方だった。


「議場の修繕など必要ないではありませんか。議会は日々、国の改革のために話し合っています。それを中断させ、議場を閉鎖することは妨害に他なりません」


「これは必要があって議場を修繕すべきと国王陛下がお決めになったものだ。二十二日には陛下が臨席される御前会議が開かれる事になっておる。直すべき所は直さねばなるまい」
ブイエ将軍は譲らず、オスカルは憤りを感じながら司令官室を辞した。


事情を知った兵士たちの落胆は大きかった。

しかし必要以上に騒ぎが起きなかったのは、命令を伝えるオスカルの様子が非常に沈んでいたことと、彼女が兵士以上に怒りのために無口になっていたからだ。


「命令と有れば仕方ない。おいみんな、明日は早朝から出動だ」
いつもなら一番に不平を言いそうなアランが、かえって素直に従ったほどだった。




そして夜になって、珍しい人物がジャルジェ家の門をくぐった。


「隊長…いえ、ジャルジェ准将」
ここしばらくオスカルから遠ざかっていたジェローデルが何やら浮かぬ顔でやって来たのだ。

彼はいつになく親しげな様子を見せず、今夜は真顔である。


迎えるオスカルも少し気まずいところがあり、さすがに「また婿騒動か」と冗談を言う気にはなれなかった。

以前、彼が求婚者として現れた時に、オスカルはアンドレを傷つけてしまった。
その時の苦い思いがふとよみがえる。


アンドレがこれまで長い間、心の支えになってくれていたことに気が付いたのはそんなに古い話ではない。

最近になって彼に対し、一兵士というだけではない目を向けているのではないか、又それを兵士たちに気取られていないかと、自分がこのように軍人らしからぬ事を考えねばならぬようになるとは思いもしなかった。


かつてフェルゼンへの激情を制御できず、悩み苦しんだ日々。

あの時の気持ちを再び繰り返すことになるのだとすればどうしよう。
オスカルは真剣に人を愛することを躊躇していたのだ。


さて突然やって来たジェローデルだが、実はこの日、近衛連隊長である彼は国王から出動の打診を受けたのだと言う。


「もし国民議会が解散しなかった場合、国王陛下の直属軍である我々が、元の三部会に戻るように彼らを説得してみてはどうかと聞かれました」
つまり、軍隊が銃剣を携えての説得というのは、議会の制圧になる可能性が高い。


「ジェローデル、お前はどう答えたのだ」


「即答は避けました。今、国民議会は世論に支持されています。我々が説得するとはいえ、実際には武力介入になりかねませんから、そうとなると非常事態です。よほどの事がない限り引き受けられませんと答えています。…しかし正式に命令が出た場合、私は出動せねばなりません」


「そうか、そんな事になっているのだな」
ついに宮廷はそこまで考えるようになったのかと思うとオスカルは重い気分になった。

国王や王妃に謁見したわけではないので、両陛下の心境を計ることは出来ない。
しかし、王室と民衆の目指す未来が全く違うというのは確かだ。


「もしもの事が有れば、議場を警護するあなたの隊にご迷惑をおかけするかも知れません。ですから今日、前もってお知らせしようと思ったのです」


「わざわざ知らせてくれたのだな、ジェローデル。おまえが色々と気を回してくれるのは有り難い」


「いえ、単なる私の気持ちです。それに…」
彼は少し言葉を切った。


「もしあなたさえ良ければ、私はいつでも諸手を広げて歓迎致しますよ、隊長」
半分笑いながら会釈するジェローデルにオスカルはあっけにとられた。
相変わらずつかみ所のない男だとしか言いようがない。



そして彼は屋敷から去る間際、ちょうど門の所にいたアンドレと出くわした。


「今、隊長をお守りできるのはおまえだけだ。しっかり自覚しろよ、アンドレ」
ジェローデルは馬上から冷たく言った。

気を張って元気そうに振る舞ってはいるが、会った瞬間にオスカルが疲れていることは見て取れた。
常にそばにいるアンドレが彼女を支えていることはねたましい反面、安心感もある。


「わかっている」
アンドレもムッとしながら横柄に答えた。

しかし振り向きもせず片手を少し上げて立ち去るジェローデルと彼の間には、奇妙な空気が流れていた。
少なくとも、斜に構えたジェローデルなりに善意をあらわしたのは間違いなかった。




**********




翌日二十日、ムニュ公会堂に集まった議員たちは閉鎖された会議場を見てがく然とした。

議場の閉鎖は事実上、国民議会への侮辱だった。

宮廷は彼らを拒絶したのであり、議会に合流すると決めた僧侶議員たちが実行に移すことにも不快感を表したのである。


集まった民衆からは衛兵隊の兵士たちに中傷と怒りの野次が飛び、腰抜けとののしられてもオスカルはそれを腹立たしいとは感じなかった。

むしろ彼女は命じられた任務がこれほどみじめで、自分自身に恥じ入ることは今まで一度もなかったと、自分に対しる怒りで手が震えそうになっていた。

すでに兵士たちの大半は目に涙をため、悔しさをにじませている。


しかし、である。
国民議会に対する宮廷側の、これほどあからさまな妨害はないのだが、この逆境は平民議員たちにとって、次の段階に上るために用意された試練に過ぎなかった。


「諸君、議会を進める場はここだけではない、我々が集まる所がすなわち国民議会だ」
議員の中の一人が興奮して叫んだ。


「そうだ、球技場へ行け」
平民議員らは怒りを希望に変え、近くにあった球技場に向かっていった。

緊張した面持ちの議員たちの、黒々とした集団が移動するさまは一種異様な光景にすら見える。

だが彼らの姿は、見守る民衆にとって非常に力強く写っていた。

オスカルと兵士たちは議員の去っていく背中を見つめ、またある者は興奮冷めやらぬ中、我を忘れて議員の後を付いていった。



「アラン、球技場の警護を頼む。さきほど付いて行った兵士たちも合流するように伝えてくれ」
オスカルはすぐに指示を出し、喜々として飛び出していくアランを見送り、議員たちの安全を図った。

彼女には、これから球技場で決定されることが歴史的に偉大な一歩になることは間違いないと思えたのである。


「もう歴史の流れは誰にも止めることは出来ない、新たな力が確実に育ってきている」
普段は穏やかなアンドレすら何かを感じ取っていた。



そして間もなく、球技場から大きな歓声が上がった。
議員らは熱い気持ちで一致団結し、国民議会の存続と憲法の制定を決議したのである。


二十二日には国王陛下が臨席する御前会議が開かれることになっている。
国民議会はひるまずに前進するであろう。




オスカルは自分がここに居る意義を考えていた。

アントワネットに忠誠を誓い、そしてこの国のことを思い、やがて自分の心に従って生きようと飛び出していった広い世界。

衛兵隊の中隊長として、平民の身分が多い兵士たちと苦楽を共にする日々は、かつてない充実感を彼女に与えていた。


もしこのまま改革が進むのであれば、その様子を見守り、新しい国造りが無事に成し遂げられるように導くのが自分の使命なのだと、オスカルは改めて自分の心を引き締めていた。


同時に、だが、とふと彼女は果てしなく広がる青空を仰ぎ見る。

あらがいがたい流れに逆らい、時にはその流れに乗り、ただ、目先のことで精一杯になっている自分がここにいるのだと。



そしてアンドレも又、遠い目をしている彼女を見つめていた。

ひょっとするとオスカルは、生まれ持った才能で本来やり遂げるべきことを無意識のうちに押さえつけ、むしろ社会の中で無理矢理自分に割り当てられた役割を演じているに過ぎないのではないだろうかと。


今、時代は着実に変わろうとしており、人々を熱狂させるものが目の前にある。

その過渡期に巡り会ったことを幸せと喜ぶべきか、あるいは生まれる時代を取り間違えた神のいたずらと嘆くべきなのか。

人は生まれ持った運命に翻弄され、避けられぬ現実に直面し、ごく少数の選ばれた人間以外は自分の本来の使命をなしえずに一生を終えるものかも知れぬ。

結局、人とはそういうものなのだろうか。
それはアンドレにはわからない。


今は変化を求めずにやまない人々の熱い想いが、世の中の全てを支配しようとしている。
その中でもがけばもがくほど、流れの中から抜け出すことは出来ないであろう。


だが、いずれにしても彼はオスカルをこれから先も見守り続ける考えを決して変えるつもりはなかったのだ。



2006/6/25/



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