−ジェローデル・旅立ちの時−

−ベルサイユのばら外伝 その3−


 ジェローデルは久しぶりにオスカルの部屋に呼ばれたので、うきうきしながら近衛隊から馬をとばし彼女の部屋に飛び込んだ。
だがそこにいたのはオスカルではなくブイエ将軍だった。

そこで聞かされたのは、たまたまパリに来ていたオスカルの姉ワカコンスタンツを護衛して、アナーセイの屋敷へ無事に送り届ける事だった。


 最初、オスカルもこんなしょーもない用事にジェローデルを使うことに抵抗したが、父ジャルジェ将軍の友人で陸軍参謀総長のブイエ将軍が、親友の娘とあらば何か事が起こってからでは間に合わぬと、ジェローデルをこの任務に抜擢(?)したのだ。



 ジェローデルはワカコンスタンツの護衛を命じられたことで、ぶつぶつ文句を言った。
「こんなことなら、サルの護衛の方がましだ」
彼は憤りのため、はあはあと肩で息をしながら言った。



だが、不意に彼は思い出した。


・・・確かあのアンドレは、私よりもはるかに長い時間、ワカコンスタンツに接しているはずだ。
なのに彼からは文句を聞いたこともなく、顔色ひとつ変えず、特に不満げもなくワカコンスタンツに接しているという。


 ジェローデルはその秘訣を教えてもらおうと思った。
めったなことでは人に頭を下げない彼であった。当然、平民に頭を下げるなどとはもってのほか、である。だが躊躇をしている暇はない。



「おい、アンドレ。おまえはあのオスカル嬢の姉上、・・・たしかワカコンスタンツ様といったが、・・・あの方とうまく接しているようだな。何か特別配慮をしているのか」
ジェローデルはなるべくアンドレの気持ちを逆なでしないように聞いた。


アンドレはふっと笑った。
ジェローデルの思惑が、わかり過ぎるくらいわかったからである。


「秘訣は特にない。俺はあの方をオスカルだと思うようにしている。ワカコンスタンツ様もオスカルと同じ母君からお生まれになったのだ。お二人は同じものなのだと、同じように接しようと心に言い聞かせている」


 ジェローデルは本能的に「そんなこと、出来るわけない」と心で叫んだ。
髪を逆立て、眉間にしわを寄せ、下唇をかみしめて、(←真似をしないで下さい)彼は絶対不可能だという目でアンドレを見た。


・・・いや、だが待てよ。


思うに、アンドレは何と心の広い男なのだろう。あのワカコンスタンツとオスカルを広い意味で「同じ」と見なせるとは。
ジェローデルはアンドレの懐の深さに改めて感心した。

とは言うものの、この男がやがてにはオスカル嬢の心をつかむのは時間の問題だ。
・・・そうするとこの男はオスカル嬢と、〇〇〇や×××をするのかと想像したら、はらわたが煮え繰り返って、いてもたってもいられない気分になって来るのだった。




 出発の朝が来た。急ぎで往復すれば、三日で済むだろうとジェローデルは冷静に計算し、その三日が早く過ぎることを祈った。


ジャルジェ家に着くと、彼はさっそくワカコンスタンツの乗った馬車を見つけ、覚悟を決めてそばへ寄ろうとした。



馬車の方へ馬を向けたとたん、オスカルが近寄って来た。
「すまぬな、ジェローデル。この忙しい時に私用を頼んで・・・」
オスカルは済まなさそうに目を伏せた。濡れたような長いまつげの間から彼女の揺れる瞳がのぞいていた。

ジェローデルはその美しいさまを見て、とたんに目の前がパァーッと明るくなった。彼の回りに天使が飛び交い、彼を祝福しているかのような錯覚にとらわれた。




死ねる!オスカルのためなら死ねる!




彼は至福の思いに満たされた。


いざ、護衛の旅に出ん!!たとえ敵が幾万の兵を率いて我に襲いかかろうとも、おお・・・うるわしのかの人の御為ならば・・・。
ジェローデルは盛り上がった気持ちのまま、馬車のワカコンスタンツに一言あいさつしようと、馬車に近づいた。



「ワカコンスタンツ様、私めジェローデルが命にかえても貴女様をお守り申し上げます」
ジェローデルはうやうやしくお辞儀をした。


 すると馬車の中からワカコンスタンツがぬっと顔を出した。
そしてジェローデルの顔を、けげんそうな目でまじまじと見た。



「また、あんたけ」
ワカコンスタンツはうんざりしたように言った。衛兵隊の門の事件がまだ尾を引いている。彼女は思いのほか根に持つタイプの人間だった。

「そしたら、あんじょうやってや。あんた死んでもええけど、私は命惜しいさかいにな」
そう言ってワカコンスタンツは再び馬車に引っ込んだ。



(死ねぬ、こっんっなっ、おばっハーンのために誰が命を捨てるものか)



ジェローデルはこぶしを握り締め、わなわなと震えた。



と、その時、背後からアンドレの声がした。
「旅の無事を祈ります、ジェローデル大佐」
「・・・」
二人の目が全てを物語っていた。オスカルを愛したばかりに二人はイバラの道を歩んでしまった。その共通感。


・・・だが、この男はやがてオスカル嬢と〇〇〇や×××をするのだ。
アイツには大きすぎる報酬が待っている。だが、報われぬ私は一体なんなのだ?!
ジェローデルはふつふつと沸き出す怒りで思わず地面にころがっていた小石を蹴飛ばした。

いい迷惑なのはとばっちりを受けた小石である。




 旅が危険であるはずはなかった。馬車は質素で、たとえワカコンスタンツが馬車から顔を出しても、貴族と思うものはいなかった。どちらかと言えば、明らかに高貴な顔立ちのジェローデルが護衛に付いていることの方が危険だった。


ワカコンスタンツは馬車の中でマンガを読み、お菓子を食べたりしてハネをのばした。ついでに早く帰りたくないので、道草も食った。


屋敷へ帰ると主人のニュシーダー伯爵があれせえこれせえとうるさいのだ。彼女は命の洗濯とばかりにくつろいでいた。




通り過ぎる町や村で珍しいものが目に付けば、ジェローデルに命じて買わせた。請求書はオスカルに回した。


ジェローデルは、時にはおでんやタコ焼きまで買いに行かされた。
だがさすがに洗剤やトイレットペーパーは彼女が買った。
とは言え、彼のプライドはズタズタになっていた。
その上、三日で済むと思ったのに、道草まみれの旅は片道で一週間かかっていた。


 ジェローデルは、もう物事を深く考えるのをやめた。
ワカコンスタンツにはお手上げである。

あかん、ついていけへん・・・

いけない!
言葉遣いがうつって来た・・・。ジェローデルは頭が混乱していた。



・・・この女に平気で接しているとは、やはりアンドレは偉大な男だ。確かにオスカル嬢と〇〇〇や×××をする資格はあるのかも知れないな・・・。ジェローデルは独り言で負け惜しみを言った。




 これが本当のイバラの道なら、今頃ジェローデルの足は血まみれになっていた事だろう。
だが、彼がこうしてパリを留守にしている間にアンドレとオスカルはふとしたきっかけで愛を確認しているかもしれないのだ。




 おお、神よ。あわれなジェローデルにいつか喜びの愛をお与え下さい。


                         終わり


                    1996年5月15日



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